小石の波紋
街の中で放置されている子供達、浮浪児達は、広場大画面を観ながら、腹を減らしていた。
街の人の、ちょっとした事を請け負って、少しばかりの金を貰い、出店などで食べ物を買い、分け合い、腹を何とか騙して生きている。だけど、このテレビ放送がある間は、みんな観に来てしまうので、稼げる仕事が減る。それなら広場に来て、広場でちょっとした迷子探しや、出店の情報を教えたり、そんな事で稼いだ方が良い。
それに、浮浪児達も、テレビをじっと観たいのだ。今までなかった、そして、一生見る事も叶わなかったであろう、ギフトの御方や王子様、王様の顔、その生活を垣間見れる。
そうして自分達とは遠い人だと思っていられたら、良かったのに。
「アイツは、助かったんだ。助かった先で良いことばっかり言う。俺達は、助からないのに。」
地べたを這いずり回って、寝る場所も無くて、軒下で雨に降られて、冷えて腹を壊して死んでいく。
「助ける気もないのに、生活に困らない所で、助かって欲しいです、なんて言う。俺は。」
アイツが、許せない。
「許せないって、どうするんだよ。ジェム?」
ジェムと呼ばれた浮浪児達のリーダーは、茶褐色の、伸びすぎ脂じみた前髪から、空色の目を覗かせて、ギリ、と唇を噛み締めた。
「石の1つも投げてやる。それで、文句を言ってやる!」
ええええ!!!?
「アガット、ロシェ、お前らついて来い。アイツ、テレビの前で本当には俺達を助けられないって、言わせてやるから。」
「捕まって殺されちゃうんじゃない?だって、すごく偉い人でしょ。」
同じくらい脂ぎった、白金色の髪のアガットが、ビビりながら止める。
がぱがぱの靴の上から布を足に巻いた、2人より一回り小さいロシェも、「怖いよ。殴られたら、どうする?」痛いの、いやだよ、と言う。
「ああいう良いこと言う奴は、テレビみたいな大勢の見てる前で、子供を殴ったりしねえよ。後でやるんだ。だから、テレビに映ってる間は、大丈夫だ。」
それに、うまくしたら、金をせびれるかも。ちょっとでもアイツに、俺達の助けになってもらおうじゃないか。
例え、1日か2日の飯代くらいだったとしても。
助かって欲しいって言ったんだから、助けろよ!
今、『求婚♡大作戦』のテレビ撮影をやっている、騎士団庁舎前の訓練広場は、ここから遠くない。丸い小石を拾い上げ、握り締めると、ジェムとアガットとロシェは、続いているテレビ番組を後目に、目当ての場所へ駆け出した。
その頃、訓練広場では。
「さて、次はエーグル副団長ですね!」
「応援が、かなりの数、来ていますね。」
エーグル副団長は、戦いの前の歌を歌う。戦いの歌は、騎士団で集って歌うもの。だから、騎士団の応援を呼びました。
「やっぱり、バラン王兄殿下に対抗するには、このくらいしないと、見応えありませんよね。壮観たる騎士団の、戦いの歌、準備はできたかな?」
騎士団の団員達が、きちっと並んで、エーグル副団長を囲んでいる。
侍従さん達が、サササとマイクをセッティングして、スーッと去っていく。
「準備ができたようです。では、歌っていただきましょう。エーグル副団長と騎士団で、『戦いの歌』。」
エーグル副団長が、すうっ、と息を吸い、雄叫びをあげる。
オーオーオー
オーオオー
騎士団の団員達が、後を追う。
オーオオー
オオー
みよ ここに つどいし
我ら 騎士団
強者どもよ
剣を捧げ 護らん 君を
振り向くこと なく 進め 前へ
いざ ゆかん
戦いの歌
オーオオー
オオー
オー
ザッ ザッ
一斉に、剣を掲げ、振り下ろす動作も、ビシッと揃っている。
オーオー、と雄叫びを最後に、歌は短く終わった。サアッと、団員達のマントを、風が巻き上げてゆく。
「勇壮ですね。」
「本当に戦う時の、戦意をあげる為の歌なので、ちょっと興奮してしまいますね。」
本能として、益荒男を良きものと思う心がある。
今が戦いの最中じゃなくて良かった、と竜樹は思う。戦うのが仕事の人達だけど、国の中でも護りの仕事はあるから、この人達が守ってくれてると思うと、安心感があるから、どうかどこの国ともお互い刃をたてずに、平和であって欲しい。
竜樹は、この国での新参者で、国際情勢なども詳しく知らないから、願いを口には出さずに、拍手をして、エーグル副団長と騎士団を讃える。
ザッ と揃って一礼をして、騎士団とエーグル副団長は広場中央から退出して行った。
「さて、次はカシオン文官ですね。」
「彼も、応援が、いっぱいいるようですよ。•••あれ?」
騎士団が引いた後の広場に、3人の、子供が立っている。
ボロボロの服に、細っこい身体、折れそうな手足の子供達だ。
真ん中の、前髪の、長い子供が、ギラギラとした、空色の目で、振りかぶって。
竜樹に、石を。
「いけない、誰か!」
カツン!
「いてっ!」
「竜樹様!!」
「あーあー、そんなに痛くない、痛くないから!皆、子供にそんな殺気立たないで!」
顔を背けて避けて、手で払って。
小指の所に当たって、ちょっと痛かったが、何せ子供が投げた石だ。
それよりも、はけた筈の騎士団にぎゅうぎゅうに押さえ込まれた子供達が心配である。
「ギフトの御方様、申し訳ございません!ウチらの街の子供達なんです、殴って仕置きしておきますから、どうか、どうか命ばかりはお許しを!」
お許しください!
観客の中から、2、3人の男達が広場に出て、頭を下げて膝をつく。
これは。
子供が無事では済まないやつか。
「あー、殴らないでいいから。はい、ハイ、ちょっと、助けて欲しいです!吟遊詩人の人、誰かいますか〜!」
お医者さんはいますか〜のノリで、竜樹は手を挙げて、助けを求めた。
「は、はい、私、やってます、歌とか、リュートとか、とか。」
おずおずと、片手を挙げた、リュートを持った吟遊詩人は、シルバーの髪を肩から前に流した、ヒョロリとしたつり目美人(男)だった。
「ありがたい。こっち来て、頼みます。これから子供達と話し合いするから、その間、テレビの映像が殺伐としないように、何か穏やかな曲を流して欲しいんです。」
お代は支払いますし、場つなぎに使ってしまって申し訳ないんだけど、助けてくれませんか?
あわあわと慌てて出てきた吟遊詩人は、名をロペラと言った。
「わ、私で、よろしければ。」
「助かります。よろしくお願いします。」
ギュッと握手しておいて、竜樹は拘束されている子供達の所へ。
「ミラン、カメラ頼みます!」
「はい!撮れてます!ついでに放送もしてます!」
それでこそカメラマン。のミランである。
ポロリロポロン♪
穏やかな、爪弾くリュートの音の中、観客も固唾を飲んで見守っている。
「さてさて。初めまして。俺は竜樹だよ。お名前は?」
騎士団員に、グイッと引っ張られて立って、空色の目の子供は、ぽそっと何かを言った。
「ん?聞こえなかった。も少し大きな声でお願いします。」
「ジェム!」
叫ぶように言って、不貞腐れて下を向いた。
「ジェムね。ジェム、何で俺に石投げた?何か俺、悪いことしたか?」
「•••言ったから。」
「ん?」
「食べるのに精一杯な人が助かればいい、って言った!どうせ言っただけで何にもしないんだろ!俺達みたいな親も家もないのは、助けないんだろ!」
口ばっかで、腹が立ったから、投げた!
むん!とぶんむくれて、ギラギラした目で竜樹を睨んだ。
「ジェムは、助かりたい?」
「••••••。」
「ジェム。今これはテレビで流れてる。この王都だけじゃなく、7都市全部で流れてる。ここで約束したら、俺はもう逃げられない。ジェム。助かりたいなら、助かりたいって言いな。俺を約束で、追い詰めてみせろよ。助かる方法、考えようじゃん。」
で、どうなんだ。助かりたいか?
「•••たい。」
「ん?」
「助かりたい!!」
言ったんだから、助けろよ!俺達、全部だ!
「ほうほう。ジェム達は、3人じゃなくて、もっといるんだ?家とか、親とか、ないのか。」
「もっと小さい奴とかいる。家も親もない。食べ物とか、くれたら、それで勘弁してやる。」
ぷすん。息を吐いて、大分しょぼくれたジェムは、竜樹の目を見ずに、俯いた。もっと文句を言ってやろうと思っていたジェムは、なんだか思ったように言葉が出てこなくて。静かな竜樹の言葉が、生きていた頃の父さんに、怒られているみたいな気持ちがして。
「食べ物一回くれただけで、ジェム達がちゃんと助かる訳ないだろ。これは、働いてもらわないとな。」
働く•••ただ働きだろうか。罰か。
「石投げたの俺だけだから、他のやつは勘弁して•••ください。」
涙が出てきそうになったジェムは、鼻を啜って目をつぶった。
「全員でやるんだよ。お前たち、家と世話する人を用意するから、新聞とアンパン売らないか?」
「は?」
「子供が金持ってると悪い大人に取られそうだから、交番もそこらに作ってその側で売ろうかな。チリさん、活版印刷とシルクスクリーンの応用で、絵入りの新聞印刷ができるようにならないかな?テレビで放送しきれない記事を載せた、紙で何度も読める、新聞事業を始めよう。どうでしょう、この提案。」
「い、いいと思います!活版印刷!なにそれ、面白そう!」
チリは面白い事に貪欲である。
テレビを観ながら、バーニー君は、「またあっさりと事業を発起して〜!!」と叫んでいた。のは、今の竜樹達には聞こえない。
「しんぶん•••?」
「助かりたいんだろ。全力でしがみついて来いよ。助かりたい奴の方が、助かる確率は上がるんだ。新聞売るからには、読み書きも教えるからな。まぁ俺も勉強中なんだけど。」
ニカカ、と竜樹が笑うと、ミランも、ニハーと笑った。
「ほんとに助けてくれるの•••?」
「助けるよ。ジェム達の頑張りも必要だけどな。何せ俺は自由なギフトの御方らしいから、思いついたら言っちゃうんだ。みんなが実現に協力してくれるだろ。よろしくな。」
ジェムと握手。
した所で、ロペラが、
ジャカジャ〜ン!
とリュートをかき鳴らし。
会場が、わあっとした歓声に包まれた。
ジェムは、半泣きで、竜樹にハグされて、真っ赤になって。
「コリャ王子達のいい友達ができたなぁ。」
なんていう、恐れ多い竜樹の言葉を、耳に聞き流していた。