らぶれた
「出来たよ!」
バラン王兄殿下が、サラリと封筒を配達員に渡す。
「よろしく頼むね。」
「はいっ!」
「バラン王兄殿下も、ニリヤ王子様と同じく、鼻歌歌いながら書いてましたね。どこか工夫された点が?」
「私は偉大な巨匠のお力を借りました。」
「ん?代筆を頼んだと言う事でしょうか?」
むふふふ、とバラン王兄は自信ありげに微笑む。
「違います。」
パージュさんに届いた手紙が読み上げられる。パージュさんは、流石に良い声で、みんな聞き惚れている。
『貴女は風 きまぐれに
私に吹いて 気を引いて
貴女は花 朝露まとい
私の心に 咲き誇る
恋よ恋 寝ても覚めても
貴女の事が 忘られぬ••••••』
「んん、詩ですか?これは。」
竜樹は分からなかったが。
「これは、歌詞ですね。有名な歌ですよ、『恋よ恋』っていう。」
ミランが、にはーと笑って解説した。
「ん!?まるパクリって事ですか?」
「人聞き悪いなぁ。私ごときが文を捻るより、恋の歌詞の方が、グッとくるだろう?ラブレターに歌詞を書くのは、よくある手だよ。私もあやかったという訳さ。」
バチーン!とウインクをして、バラン王兄は、ワハハと笑って腕を組んだ。
パージュさんは、読み終わりパチパチと目を瞬いていたが、バラン王兄の言葉を聞いて、「バラン王兄殿下らしいですね。」とクスクス笑った。
「むむう、やる人と歌詞によっては、かなりくどい事になるこのテクニック、バラン王兄殿下は、流石に自分を分かっていると言いましょうか。彼ならさもあらんと思わせます。一点突破の人って、強いですね。」
竜樹とミランがうむうむと頷く。
エーグル副団長が、何故か焦って、書いては反故にし、書いては反故にしている。「その手があったとは•••!」と、苦しい吐息。
「あー、もう何だか分からなくなってきた!これで!」
グイッと便箋を折って、封筒に入れると、ペタンとのりをつけて綺麗な丸い紙を貼って配達員に託した。
「恋文、お届けします!」
「はい、ありがとうございます。」
パージュさんが受け取り、ぴぴっとペーパーナイフで封筒を開ける。
ピラッと一枚、便箋を。
「え。」
ダラダラダラ、エーグル副団長は、なんだか緊張して汗をかいている。
パージュさんは、読みます、と前置きして。
『好きです。』
カサリ。便箋を折って仕舞う。
「ええ!!?それだけ!?」
全員一致の声である。
「エーグル副団長、ずいぶんシンプルなラブレターですが。何か•••意図が?」
スーリールが、そそそそ、と近寄って、頭を抱えるエーグル副団長に聞いた。
「もう、もう、何が何だか分からなくなって•••考えてきた恋文は、カシオン君が言うように、くどくて、暑苦しくて、ダメだと思ったら、もうこれしか書けなくて•••!」
「カシオンさん、罪な男ですね。」
「自滅してますね。」
解説席がツッコむ。
しかし、パージュさんは、「これも、エーグル副団長らしくて、いいと思います。男らしい感じで。」ふふふ、と嬉しそうにしている。
エーグル副団長は、それを聞いてホッとして、「パージュさん•••。」ホワッと緊張を解いた。
さて、残るはミネ侍従長である。
サラリと封蝋をして、配達員に渡す。
お届けして、クロシェット侍女長がそれを開く。
『クロシェットへ
長い時間を共にしてきました。
これからも、貴女と、仕事と、良き時間を過ごしたい。
後進の育成も、まだまだこれから。
私達が残せる事が、沢山あると思っています。
そして、少しだけ、私達2人の時間も増やせたら。
あとちょっと頑張って、老後は一緒にのんびりしませんか。
これからも貴女と共に
ミネより』
「渋い!」
「もう、誰も何も言う事ない、ピッタリのお二人です。」
クロシェット侍女長は、ふふ、と笑って便箋をたたむと、うんうんとミネ侍従長に頷いてみせた。
この二人は、安泰です。結婚するとかしないとか、もう関係なく、出来上がっているよ。
「できた!ぼくのらぶれた!」
ニリヤ王子が、封筒を両手で持ち上げて、ぴょん、と椅子から降りる。
王子達は、姫君達宛てではないので、自分で読むようになった。トコトコ竜樹の側に歩いてきて、ニリヤが読み上げる。
『ししょう
いつも あそんでくれて ありがとう
ぼくは たのしくて うれし
やくそく ずっと いっしょだから
また いっぱい あそんでぬ
おべんきょおも がんばる
だい だい だいすき です
にりや』
竜樹は、読み終わったニリヤをうわ〜っと持ち上げて、ニコニコしながらグルグル回してやった。キャハ、ハ!とニリヤは笑って、「いっぱい遊ぼうな!」と竜樹が言って抱きしめると、「うん!」と良いお返事をした。
ネクターは、観客席に近づくと、口をまむまむして、サンセール先生へ手紙を読み始める。
『サンセール先生へ
いつも、私に、勉強を教えてくれて、ありがとうございます。
小さい時から、勉強のことだけじゃなくて、いっぱい、さみしい気持ちのこととか、きいてくれた。
大人になって、幸せになれるように、ずっとお話ししてくれました。
私は一人の気持ちがしてたけど、でも先生がいてくれた、って思いました。
竜樹に、気持ちを話してごらん、って先生が言ってくれてなかったら、ニリヤを、うらやましくて、ぶっちゃった時に、気持ちを話せてなかったかもです。
私も大人になったら、先生みたいに、さみしい子供の側にいてあげたいと思います。
これからも、勉強いっぱい教えてください。先生を、そんけいしています。
ネクター』
読み終わった後、観客席が、うんうんと頷き合い、ほんわりした顔でネクターに拍手を送った。
サンセール先生は、観客席から会場へ降りてきて、ネクターの手を両手でギュッと握ると、
「ネクター王子殿下。私は、あなたという教え子を持って、とても幸せです。これからも、よろしくお願いしますね。」うるっと潤んだ瞳で、ぎゅうぎゅう両手を揺らした。
オランネージュも、王様の前に行くと、一つ礼をして、読み始める。
『父上へ
いつも、国のお仕事、お疲れ様です。
私も、将来、父上のように仕事をするのだと思うと、お手本が父上で良かったなと思います。
どんなに忙しくても、ちょっとしたユーモアを忘れない所、そういうのが案外重要なんだよ、と教えてくれました。
厳しい仕事も、みんなと一緒に解決していけるように、私も頑張ります。
あと、忙しいのは仕方がないけど、たまにはお休みをして、私も、ネクターも、ニリヤとも、お話する時間を下さい。もっと父上とお話したいです。
竜樹と遊んでるの、面白いから今度お休みの時、一緒にやりましょう。
貴方の息子 オランネージュより』
王様は、目をパシパシしていたが、涙を目尻に、指で拭いて、
「オランネージュ、もっと話をできるよう、父は仕事をもっと頑張るぞ。お休みがもらえるようにな。」
封筒を受け取ると、オランネージュの背中をポンポン、叩いて抱き寄せた。
姫君達のラブレター評価は、ずいぶん紛糾した(それぞれが、それぞれ良い所があると)。あわや誰も選べない、となる所だったが、みんなで見比べて、そしてやはり、カシオン文官に1ポイント、入った。
地味だが、貴女が好きで、これからお付き合いしたいですよ、という重要案件が入っていること、そしてこれが決め手となった、美しい字である。
なんか、感じいいよね!
とは、姫君達の総意であった。他の者は、それぞれ、特徴のある癖字であった。
それはそれで、いい•••!
という事ではあるのだが、やっぱり好感もてる。字が綺麗だと。
字か•••!
会場の男達、読み書きできるみんなが、自分の書く字を思い浮かべて、ため息をついた。
「こちらの世界でも、美しい字の書き方教室、とかあるの?」
「学校で習いますね、でも、必須ではない授業なので、文官になりたい者か女性でもないと、受けませんかね。」
ミラン情報局が教えてくれた。
こちらの世界でも、女子の方が、字が綺麗だったりするんだなあ、と竜樹は思った。