デュデュはまだ言えない
「デュデュ、お前、分かってんだろうな?」
ムキ、と腕に筋肉のついた、粘土を日に何度も捏ねる、職人の腕が、ムンと組まれる。
それは、デュデュとカルメンが、王都のお祭りにやってくる大分前。
目の前のズボンも青灰色の、陶土に汚れている。
地元、プリエ地方のサララ工房、孤児たちに作陶を繋いで営んでいる、デュデュの血の繋がらない兄弟たちの1人。
それだけではない。デュデュに凄んだのは、手先を土に汚して誇る男兄弟たち、それはスラリやガッチリ、青年から。ヒョロリの少年、お腹ぽっこり幼児まで、でこぼこなみなみと、だけどまだまだ、他にも。
「う〜ん、そうねぇ。デュデュなら大丈夫だと思うけれど、やっぱり、結婚するとなると、ラプタ専門の工房なんて先行き不安だわねえ。」
姉妹たち、サララ工房の作陶職人仲間たち。男女、絵付けをするために、手の綺麗な者もいる。
皆、片足出して開き、中にはトントンと爪先床打ち。幼女の妹たちも、腕を後ろに組んだり、むむんと厳しい顔。
取り囲むは、綿毛頭のデュデュ。
デュデュは、何となくそうすべき、と思い、膝を折りたたんで床に正座であった。許しを乞う立場なのである。この世界に、正座するという文化はないが、なんかキュッとかしこまりたかった。
「それでも、お、俺は、カルメンと結婚、したい。結婚を申し込みたい、です!」
泣きそう。
だけど、デュデュだって男である。
好きな女に、好きだって言って、夫婦になり、2人で家庭を築きたい。
多分、多分、カルメンはデュデュを好きなのだろう。それは、幾ら、色事に不慣れで仕事ばっかりのデュデュでも、鈍感じゃない。分からない訳はなかった。
その気持ちに、いや、内心応えたく、うずうずしていたのだけれど、素っ気なくしていたのには、理由があったのだ。
踊り子として、プリエ地方の賑やかしを一手に引き受けている、カルメンの。そして、なかなかその、踊り子業も、内容は日々穏やかで豊かであるとはいえ、金銭面ではそんなに儲かる訳でもないカルメンの事を心配して。
愛想が良くて、小ちゃい子たちの面倒見も良くて。
物作りに没頭し、時に行き詰まる作陶仲間に、大事なヌケを、楽しみを、心沸き立つ思いを、躍動する美を。与えてくれる存在の、皆が憧れているカルメンを、それぞれなりに愛しんで。
デュデュの兄弟姉妹は、カルメンの兄弟姉妹でもある。そんな、身内たちの言い分は。
『分かっておろうな、デュデュ。お前がしっかりと身を立てないウチは。カルメンの将来が不安なウチは。』
『私たちが』
『俺たちが』
『結婚を許すと思うなよ!』
周り中からの、厳しい戒め。
結婚の申し込みは、何らかの見通しが立った後だとしても、恋人としてラブラブ仲良く甘々すれば良いじゃない、と思われる向きもあろう。だが、デュデュとて年頃の男である。
そんなん、魅力的なカルメンと甘々してたら、何もかも理性、吹っ飛ばしてしまいそうなのだ。
正座をしたデュデュは、分かっております、と兄弟姉妹たちに、頷いた。
「竜樹様のおかげで、ネクター殿下がお祭りでラプタを演奏される。それに便乗して、何とかする!これが上手くいったら、ひとまず、結婚の申し込みをさせて、下さい……!」
「話は聞いたけど、上手くいくのかよ。」
「竜樹様がお優しくて、私たち民の話を聞いてくれるとはいえ、デュデュが突然ぶつかって聞いてくれるかしらね?」
懐疑的。でも、兄弟姉妹たちは、デュデュだって大事に思わない訳ではないから。
「頑張る!頑張ります。まずは、やってみるから、だから、協力して下さい!」
「……いいけどよー。」
「デュデュは真面目だし、頼り甲斐もあると思うしねー。ただ、ラプタ工房だなんて、見込みの難しい、やりたい事をやるんなら、カルメンを付き合わせて、苦労させるだけじゃ、ダメなのよ。私たちだって、許せないわ。まあ、デュデュの頑張りに、協力しようじゃないの。」
「ちようだないノ。」
1番小さい妹が、フス!と鼻息吹いて、デュデュを見下ろすのである。
うんうん、だねだね、と頷き合う女子たち男子たち。
中には、クソッあの可愛いカルメンを、俺だって…!とか、あーあー、デュデュ兄ちゃんやっぱりカルメンお姉ちゃんとくっついちゃうのかぁ〜、とか、まあ、わいわいぎゃわきゃわ、何だかんだあったのだが。
デュデュは、頑張って、このお祭りの準備を。竜樹とも渡りをつけ、型抜き屋台でのラプタ演奏本番をもって、カルメンへの求婚への道を、クリアするところだった!目前だった!のだが。
本当に俺、大丈夫なんだろうか。
カルメンを苦労させずに、2人でやっていけるかな。
突っ走って、もう少しで。そんな時、ほかっと、誰だって不安になる。やるしかないのに、心の不安が息になり、揺れてラプタが吹けない。
そうして、カルメンに励まされ、アミューズやプレイヤードたち、おしゃべりラジオ変則チームに本気を見せつけられ、まあ、まあ、それは良いのだが。
デュデュだってちゃんと、これが終わったら、カルメンに求婚しようと思っていたのである!!
目の前で踊るカルメンは、何と素敵な女性だろう。
川べりの道は、広くはないから、その場を動かずに踊ったプレイヤードと同じように、カルメンもそんなに広く場を使ってはいない。
その分、立ち尽くしたデュデュに、絡みつくように、煽情的に、柔らかな腕が、匂い立つ頬が、ふっくらした胸が、滑らかな足が、デュデュに掠めては誘う。
愛してる。
愛して。
(だから、俺だって結婚して!って言いたいんだって……!!!)
約束として、このお祭りでの諸々が成功に終わったら、ということ、なのだけど!
この場を、カルメンに愛を請われたこの場を、どうしたら!?
デュデュは苦悩に、眉をキュムリ、頬をカッカ、口をムグムグするのだ。
カルメンはデュデュの、力の抜けた腕を取って、そこの胸に背中から飛び込んだ。そうして、腕を誘導して、バックハグの姿勢をつくりあげると、切ない顔をしてデュデュを見上げて。
そのまま、ピタリ。
踊り、終わった。
はっ、はっ、と息の荒さ。
……ふぅ〜っ。 観客たちが、ため息である。
流石に、田舎での踊り子業とはいえ、生業にしている者の、亡くなった母親仕込みの踊りである。
そうして、踊りも歌も、コンセプトにバッチリ合った年齢のデュデュとカルメンに、舞台は、その美を、陶然、気持ちがノッて入り込めたのだ。
「素敵……!」
「こっちの歌詞、最初のやつと比べて、激しくて!え!?と思ったけど、すごく、なんか!」
「お姉さんもキレイだったー!」
パラ、パラ、と拍手が起こり、わあぁ!とそれに力が増してゆく。
屋外、音は響かないけれど、それでも皆、立ち止まって、そんなにまだ人通りが多い訳ではなかったのに人だかり。今度はアガットが景気をつけなくても、見ていた若者たちが、ピュウウウィ♪と口笛を吹いた。
「デュデュ、アタシの本気、分かってくれた?」
見上げるカルメンは、何と美しい事か。吐息の甘い事か。
「う、うう。」
「うう?」
うん、なんだか、ううん、なんだか。カルメンにツッコまれて、デュデュは、すー、ふー、はふはふ。
アミューズ、プレイヤード、アガット、エクラ王子、そしてベルジュお兄さんは、黙って、ニヘヘヘ、である。ハンナは尻尾を振るばかりである。
バァン!
モゴモゴしているデュデュの背中を、バチッと叩いた者がいた。
そそそそ、と近寄ってきた青年。片手に2つのヨーヨー。ニハハ!という顔の、赤いベストにスカーフ、八重歯の人懐こそうなお兄ちゃんである。
「デッ!な、なに、パーケット!?」
パーケット、と呼ばれたヨーヨー兄ちゃんは、デュデュとカルメンをニコニコ嬉しそうに見て。背中をバンバン、バン!と乱暴に。
「やったじゃん!デュデュ!カルメンちゃんに、求婚できたんだ!?でも、型抜き屋台で上手くいったら、って言ってたのに、我慢できなかったんだな?アハハハ、このこの〜!」
キャ!とカルメンは頬に手を当てて浮かれたし。
デュデュは、あぁあぁあ〜!と叫んだし。
アミューズは、きゃふ!と笑って息を整え胸に手。プレイヤードは、えへ、とハンナにほっぺを擦り付け。
アガットは、おおおお〜、と拍手して、エクラ王子はニコニコと、デュデュとカルメンの足元に、1輪、ピンクの花弁がふわふわと沢山ある、手のひらくらいの薔薇めいた花をニュニュニュ、と魔法で育てて咲かせた。
ベルジュお兄さんは、それを見て、なかなか上手に咲かせられましたね、求婚の花を、とエクラ王子を褒めている。
あ、あ、あ、とブルブルしつつ真っ赤なデュデュに、友達らしいパーケットは、構わずニハハである。ヨーヨー兄ちゃんパーケットは、知り合ったばかりだけれど、同じく田舎出身で友達になった、デュデュはちょっと、恥ずかしがり屋だと。恋バナをし合って、知っていたので。
「デュデュ、アタシに求婚してくれるつもりだったのね?ね!?」
カルメンの瞳は潤んで、もう、うっとりキラキラである。
「あう、あ、うう……。」
「デュデュ、デュデュ!」
感激して抱きつくカルメンに、ヒュ〜♪ 口笛囃し立て。観客たちも、ニッコニコ。
うわ〜っぅうううっっ!!!
「約束で!型抜き屋台が成功するまで言えないから!結婚してって、まだ!まだ言えないから!」
真っ赤な綿毛は、ピェ!とビビビである。抱きつかれた事は、まだ、なかった。刺激的すぎる。
「まだなのね。うん、うん、『まだ』なのね!分かったわ!」
え?まだだったの?
と、ニハハ顔のまま止まるパーケットであった。
ピーッッッッ!!!!
居た堪れなくなってきたデュデュが、ラプタを勢いよく吹く。
それは高く、だけどどこか温かくまろく、鋭いところのどこにもない、ラプタ特有のコロコロとした音で。
「型抜きの屋台に、そ、そろそろ行かなくちゃ!パーケット、行くよ!カ、カルメンも、その、そのう。」
ん?とニコニコのカルメンに。
「カルメンも。……一緒に行こう。」
「ウン!」
ピーコロロ♪
デュデュは、ラプタを吹きながら、長い足を、とん、トコン、と出して、リズム良く歩き出した。
何というか彼なりの誤魔化しである。恥ずかしくて、ラプタでも吹かないと、やってられないのである。
ピッコロコロ
コロロ コロロピッ♪
新しい旅に
出かけよう 朝日を浴びて
何もかも 素晴らしい
この世界に 一歩踏み出して
君と 君と 2人で
時には雨も降るだろう
濡れて歩こう
君と 君と 手を繋いで
髪が乾いたら 風が手を振る
虹がかかる
凍てつく夜も
抱き合って眠れば
何も心配する事はない
君と行こう
どこまでも どこまでも
この世界の、明るく希望に満ちた、古くからある恋愛の歌である。コロコロとラプタは、朗らかに。
タン、タン、と足を出す。
デュデュが歩いて、カルメンがスキップする。
不思議そうにパーケットが、ヨーヨーをビュンビュンしながら、ついてゆく。何と言っても、型抜き屋台でのお仕事は、パーケットも一緒なので。
「俺たちも行こう!大通りまでついてって、大道芸とか、見に行こうぜ!」
アガットが立ち上がる。
「行こう!行こう!デュデュについて行こう!」
アミューズが、地面に置いていた白杖を握って、反対の方の手を、オー!と上げる。
「ハンナ、行こう!やったね、私たちの本気、通じたさ!上手くいった!」
プレイヤードも、ニャハ!と笑ってハンナのハンドルを握って、モフモフの背中をポンポンし、立ち上がり。
エクラ王子が、パンパン、と土埃のついた手を払って、ムフフフ、と立ち上がり。タタタ、と小走りに、求婚の花を摘む。ピョンと跳ねて、デュデュのもこもこの綿毛頭に、それを差した。
綿毛頭にピンク、何だかそれを目印に。
コロコロ、コロン♪
トン、トトン トントントトン
観客たちも、リズムにノッて、歩き出す。デュデュの先導する行進が、大通りとぶつかるまで、コロコロトトン、まあるくまあるく、続いて行った。
アミューズたちは型抜き屋台で、緊張しいが何とかなったデュデュを見届けたその後。
大通りを楽しく歩いて、野良バトルの司会とか、球技大会の司会をやった、燃え燃え闘魂のアルトの盛り上げる大食い大会を、その声の賑やかさ、様子の詳しい解説も面白く見て。
大道芸のお兄さんたちに、飛び入り手助けを頼まれたり。
さっき愛の讃歌、新しい歌を感激して参加していた吟遊詩人のお兄さんと歌ってみたり。
そのお兄さんに、もっと新しい歌、教えてええぇ!と縋られたり。
存分に街歩きを楽しんで、美味しい屋台メシも食べた。
焼き飯、揚げソーセージパン、コロッケパン、トマトチーズ肉団子、蒸しバタードゥ芋、たまごのワッフル、甘いリンゴの飴。
見事に野菜がない、お腹にたまるものばっかりなのは、少年あるあるのご愛嬌である。
コロッケパンは、ここでもコロッケを食べる、ぶれないアガットであったのは言うまでもない。
冷えた空気が夕方の、陽が翳る頃まで、楽しく遊んで、従者、護衛たちや、ベルジュお兄さんにもニコニコされながら、遊び切って。
かえろ、かーえろ。
と、温かい寮に帰った。
デュデュとカルメン、おしゃべりラジオ変則チームのお祭り2日目街歩きは、これでお終いです。
予告した通り、次回更新は、来年となります。
1月3日くらいからやりたいかな。曖昧ですみません。
活動報告にも、もうちょい補足コミで、お休みについて書いておきますので、よろしかったらのぞいてみてね。




