生きていくのはあなたと
活動報告に、お休みの予告を書いておきました。
デュデュとカルメンのくだりに区切りがついたら、年内いっぱいお休みをいただきたく。m(_ _)m
だるさなどの体調も整えて(更年期のお医者行ったり)、お休みで書きたい事なども蓄えて、来年からまた楽しく、嬉しく、更新できたらなぁと思っております。
今日からお休みするよ!ってなったら、またちゃんと、お知らせしますね。
のんびりお付き合い下さると嬉しいです。
完結までちゃんと、楽しいまま続くよう、色々工夫しつつ書きますので、お休みもいたしますが、どうぞよろしくです。
カルメンは、しゃがんでいたデュデュを、上に引っ張った。
戸惑いつつも、デュデュは言うなりに。彼は踊り子でもないから、姿勢は良くない。手足の長さ、身長を持て余した、カルメンの旋毛が見える俯き気味に、背中がゆるりと丸く立つ。
一歩、カルメンは見上げて、見つめて、視線を合わせて向かい合って、すー、ふ。瞳がちりちりと揺らめいているのは、何とも魅力的である。
女性というのは、一生の内に、一度は誰でも一番に魅力的に輝くときがある。いや、女性に限らない。人は誰でも、そうだ。若さもよし、そして歳をとった経験の滲み出る魅力もあるが、その時は人それぞれ。魅力的に輝くいっときというものは、本当にそれぞれに、ああ、今、この時!と選べず訪れるものである。
ふっ、と立ったカルメンは、そう、今が、彼女の、繊細で、すぐ壊れてしまうバランスの、瑞々しく美しいその時なのだ。デュデュの顔は、それを知ってか、視線ウロウロ、頬が赤い。
乙女と大人の女性の境目にいるカルメンの、伸びやかな身体は踊り子として、程よくついた筋肉もしなやかに、息もかかるか、デュデュを真剣に見つめて鼻と鼻先がつくかとも。
こくん、と唾を飲み込む。
見ている賑やかしの、川べり通り観客たちも、始まる始まる、と息をソッとする。
プレイヤードが息を落ち着かせて、アガットに引かれてハンナの横、2人しゃがんでふさふさのお腹を撫でた。エクラ王子も、今ならお仕事中の盲導ウルフではないから、緊張を和らげようとハンナのお耳をモミモミと。
ハンナは鼻をスン、とさせて目をパチンとする。
「いいわ、アミューズ、始めて。」
アミューズ、息を吸う。
空が落ちる事を想像するような、そんな愛とは、どんなものだろう。
この歌詞を作った、そして歌った、エディット・ピアフという人の恋人には、妻と子供がいた。
愛して愛されて嬉しいな、楽しいな、という、幸福の歌ではないのだ。
アミューズは、良くある話だよな、と、心の栄養、歌の背景を知るってやつをレッスンしていて、ふーん、くらいに思ったものだ。
男と女は、すったもんだする。
子供のアミューズには、それは、何だか馬鹿げた騒ぎにも思えて。
「人を愛してしまうというのはね。理性の埒外にある事なんだ。本能と理性のせめぎ合いがあるから、恋愛は楽しいだけじゃなくて、苦しい。周りから祝福されない、認められない愛。その苦しい土壌に咲いた、美しい花が、この歌なのだろうね。成就する事が叶わなかった愛だ。ねえ、アミューズ。エディット・ピアフという人は、その生育歴から、愛に飢えていたといえようか。からっからに乾いているところに、優しく潤いを与えられたら、愛を知ったら、人はどんなにかそれを宝物のように思うだろうか。けれどもそれは、既に他者のものであったのだね。」
バラン王兄は、アミューズのレッスンのために、歌を選び、背景を読んで。そうして子供だからといって、曖昧に歌の生まれを誤魔化す事はしなかった。
求める心は嘘をつけない。
アミューズには、それは痛いほど分かる。
まだ恋愛については分からないけれど、心が儘ならぬものだと、知っている。
目が不自由だって愛してくれる、でっかい父ちゃんの手が、優しい母ちゃんの胸が。
貰えないと知っているのに、何だよそんなものと唾をぺっと吐いても、心の中はぎゅりぎゅりと苦しかった。
ほしい。本当は、ほしいんだ。
歌う。
歌う事は、叫ぶ事だ。
心のありようを、どうしても消せない気持ちを、空に向かって訴える事なのだ。そうせずには、いられないのだ。
「不倫は、おれ、いやだな。でも、歌は、綺麗だと思う。おれ、不倫がいいと思ってるのかなあ。将来、するようになったら、やだな。」
アミューズは竜樹とーさと、ラフィネかーさが仲良しだと嬉しいので、将来自分が家庭を持つなどと考えた事はないけれど、このほこほことした気持ちのおウチがずっとあって欲しいから。自分が恋愛をするにしても、三角関係や二股や、不倫はいやだなと。
心が歌に、ふぅ〜、と感情がノってしまうのとはまた別に、胸に凝るものがあるのだった。
その時レッスンを見に来ていた竜樹とーさが、アミューズに言ったものだ。
「エディット・ピアフは、この歌を、恋人との関係を終わらせるために書いたって言われているね。終わらせるためなのに、とっても、愛してる!って言っていると思わない?終わらせなければならなかったからこそ、心が叫んだのかもしれない。……だけどね、俺、思うんだ。エディット・ピアフは、この、『愛の讃歌』が、今も残る名曲となって人々の心に痛いほどの愛を伝えているけれど、恋人の妻子は、結局その後、どうなったのよ、って。俺はそっちの方が気になる。」
はっ。
そうだよね。
「飛行機事故で恋人が亡くなった事もあって、運命的に、大々的に有名になったこの曲を。その歌手に捧げられた恋人が、自分の夫であり、父で。生きていくのに、どんな気持ちがしたろうか?不倫は、苦しくて、その苦しさまでもがどこか美しく激しく叶えられない愛として、ドラマチックに皆の心を動かすかもしれないけれど。静かに、日常を、愛を育んできた、のかもしれない妻と子は、どう思ってたのかなぁ、って。」
だから、不倫は悪い、とか。
妻と子の側が、正しいとか、そんな事じゃなくて。
「子供は、お父さんと同じ、プロの拳闘士になったんだ。そのデビュー戦を、未亡人と、ピアフが並んで観戦していたんだって。そこまでには、どんな思いがあったろうか?人は人と、出会ってしまうよね。」
竜樹は、ラフィネに恋する前、元の世界で、お付き合い、というか、歳上のお姉さんにうまいこと付き合わされた事があるのだ、と秘密みたいに、アミューズに教えてくれた。
「彼女は、大人で、俺とは全く対等な関係じゃなかった。何でも教わる、注がれる、その割にこちらからはそんなに何もしてあげられない関係だった。可愛がられてたんだな。大学生から社会人になりたての頃くらいまで。誘われて、いつの間にか付き合ってたんだ。」
彼女は、仕事の仕方から、人間関係の上手い流し方から、大人の一歩引いたやり方を教えてくれた。
仕事の愚痴も言うけれど、責任感をもって仕事していて、竜樹と結婚するつもりなんて、毛頭なかった。
愛でて、注いで、竜樹が家事をやって彼女が癒されて。
「俺、そのまま結婚するんだと思って、親御さんに紹介して、って言ったら、なんで?って言われちゃったんだ。結婚するなら、もっと頼り甲斐のある、イケメンがいいんだって。何で俺と付き合ってたの、って聞いたら、何でか分からない、って。本当に不思議そうな顔をするんだ。俺、困って、ズルズルしたくなくて、女の人は子供を産みたいなら期限があるでしょう。悪いし。……結局、お別れしたんだけど。」
その時、彼女は、とても悲しそうな、何かが欠ける、震える弱さ、そんな顔をした。
どんな別れも、引き裂かれ、相手に注いだ繋がっていた部分が痛む。
別れてから、彼女が教えてくれた事が、日々の時間が、ひょっこり顔を出す度に。彼女が、あの時の自分をつくって育てたんだと知った。
「人が、人といると、お互い干渉し合って、育ったり、注いだり、注がれたり満たされたりする。それが、夫婦や恋人、パートナーって形になった時、いつまでも一緒に注ぎ注がれ足りないところを、成長し合えれば良いけれど。近く寄り添う事が必要だった人でも、満たされて気持ちが育って、欲しい気持ち、擦り合わせるこころが、違ってきちゃう事がある。」
その時、その人といることが、必要だった。
運命だった。
自分の時間を、刹那で永遠を、そこに捧げた。
「その、偶然と必然で合った組み合わせは、ちょうど良く恋人がいない、年齢も性別も程よく合う、独身同士だとは限らなくて。心は求めてしまうから、不倫だとか、二股になっちゃうんだと思うよね。現実にそうなったら、とても苦しい思いをすると思うし、人を傷つけるとも思うけれど。」
アミューズは、もっと下品な欲で、不倫したり二股したりしてる人の方を。見てきたような、気がするけれども。
竜樹とーさが言う事は、難しくて、だけど、無視できない1つの本当のような。
「………竜樹とーさも、ラフィネかーさと、合わなくて別れちゃうかもなの?育っちゃったら、道がわかれる?」
ショボ、とアミューズが聞けば。
バラン王兄が、カカカ、ハハハと笑って。
「エディット・ピアフの歌を聴いて、恋人の妻子に気持ちがいくような男が、竜樹父さんなのだろう?そんな男が、子供たちを捨てて、不倫なんかするもんか!」
竜樹もアミューズの頭をほこほこと撫でながら、優しく話を。
「うん、俺は子供の頃いた施設で、親の離婚でそこに入った、似たような境遇の切ない子供を見てきたからね。よっぽどの事がなければ、結婚したいなあと思うほど好きになった、ラフィネさんと、別れる事はないし。アミューズたちを捨てる事は、絶対にしないね。それは自分の、子供の時の心を、殺す事だから。……誰か、他の人に、ほんのり恋愛感情が湧き起こったとしても、揺れても、人間だからそれが絶対にないとは限らないけど、その時は。」
苦しみごと味わって、自分のこころの糧にして、そう。笑おう。
「愛の讃歌を自分の中でつくるみたいに、心が叫んだ時の歌を聴けばいい。歌えばいい。叫んで終わりにしてしまえばいい。そうして宥めて、揺れても、脇目を見ずに、ラフィネさんと、形を変えてゆきながら関わり合って一緒に生きて。長く寄り添った人との人生は、多分、味わい深いと思うから。」
心揺れるな、などと。
人なのに、自由な気持ちを、寄り添う人にも、強要することはない。揺れてもいい。揺れても、手を離さずにいてくれたら。
「一緒に時を、流れていく。深く、浅く、苦しく、楽しく、賑やかに、静かに。愛の形を、皆、自分で、相手と、つくっていくんだ。」
だから、愛の讃歌は、苦しみから咲いた花、心の叫びの歌は、この世に、必要なんだ。
アミューズは歌う。
カルメンは、アミューズの、激しく熱い愛の歌を聴きながら、カッと身体に熱が灯ったのを感じる。
デュデュは、まだ戸惑っているが、その愛しい人を、片手で愛おしむように、触れずに、けれど今にも触れようかという距離で、頬から首、肩、腕と撫で下ろす。
あなたの愛があれば。
あなたの愛さえあれば。
カルメンは歌の生まれた訳を知りはしないけれど、ああ、と思う。これは一つの物語なのだ。
求める。不安で苦しい中を。
身体いっぱいに。
デュデュは、立ち尽くして。
その周りを、身を振り絞ってカルメンが踊る。
どうか2人、愛し愛され。
そうして結ばれて、ひとつになりたい。
あなたと、生きていきたい。




