川べりのおせっかいウルフ
プレイヤードは、す、と息を吸った。
まばらに人が歩く道の真ん中、手を広げて、さあ、始めるよ、と。
愛を讃美する、あの曲。
同じくチーム荒野仲間のアミューズが、息を整えて歌い出す準備をしている。プレイヤードは、光は分かるけれど視覚はぼんやりと見えないので、その、子供の呼吸を、広い空間の中で、辛うじて良い耳で聞き分けた。
アミューズが歌い出す一音。
一音で、世界が変わる。引き込まれる。
周りを歩く人々が、はっ、と足を止めて。
それは、女性の側から歌う歌。そして、若さではなく熟した、ただ善性だけではない、人の深い場所から滲み出る愛の、時には埒外な事さえ可としてしまうほどの愛、だけれど、それごと、うねりながらも真っ直ぐな、まるごと。
響き渡る、こころを、飾らず、愚かで、愛おしく。
それでも良い、命さえ超えた、愛をひたすらに。
プレイヤードは、燃える愛の炎を、手のひらを合わせて包み、少し顔を上げて唇の前、柔らかくメラメラと動かす事で表現した。
炎を目で見た事は、生まれてから一度もなかったけれど、それがどんなものかは、身体が見て知っている。
領地で、ガーディアンウルフたちと、父と、野営の真似事をさせてもらった時に。焚き火。
寒くひたひたと襲う冷気を、ゆらゆら、メラメラと、押しやり包み込み、肌に近づけば、頬を焦がれさせる熱さをもったゆらめき。
竜樹の世界、パリのオリンピックで、有名な女性歌手の歌った、胸ゆさぶる愛の歌を、視覚の不自由な2人が。道の真ん中、伝えたくてアミューズが歌い、歌い。踊りというには静かに、手足を身体全体を使って、荒削りだけれど、ただ乱暴なだけではない、プレイヤード、そこには静謐な熱があった。
道でのパフォーマンスを始める、前のこと。
お祭り2日目、プレイヤードたちは、出掛ける準備が出来て、そわそわワクワクと、張り切って寮から街に出掛けた。
メンバーは、5人。そして、プレイヤードには護衛と従者、それから。
ガーディアンウルフのハンナも、盲導ウルフのお試し歩きとして、握る手に行く先の情報を伝えるハンドルをつけて、お利口に脇にピタッと付いて。
『街を遊び歩く
小規模の大食い大会や、吟遊詩人・大道芸人達を見たりしたいチーム』
⚪︎アミューズ(寮の子、歌うま・視覚障がいあり):「混むのやだけど、大丈夫かなぁ。歌とかコメディとか、もっと聞きたい〜!」
⚪︎プレイヤード(公爵家貴族少年・視覚障がいあり):「おおぐい、気になる•••!何食べるのかな。」
⚪︎アガット(寮の子、いつも大人しい):「わ〜い!アミューズの、おススメって、どこも外さないもんね!」
⚪︎エクラ王子(エルフ。ロテュス王子の弟•••まだ性別は決まってないが。黒髪骨太):「大道芸人とは、どんな者達かなぁ。えへへ、エステのお仕事は、ウィエとカリスが任せてよ!って言ってくれたし。」
⚪︎ベルジュお兄さん(エルフ。寮の子のお世話人、穏やか兄さん):「せっかくのお祭り、皆ワクワクだね。よそ見して転んで怪我をしないように、楽しく歩こう!」
プレイヤードのお試し盲導ウルフ、ハンナは、プレイヤードの父、アルタイルのパートナーである。
プレイヤードが生まれる前から家にいて、目の不自由な彼のよちよちを、賢く何も教えない内から、護る者としてサポートしていて、信頼も深く何かと頼りになるウルフだ。
盲導ウルフ事業はこの冬、竜樹が領地のガーディアンウルフ生息地に、視察にくる予定に合わせて、今少しずつ、現実化するには、とハンナに教えてプレイヤードでお試しをしている所。視覚が不自由な者に慣れているハンナだから、学習は順調である。
本来なら、プレイヤード本人と生涯パートナーになる、ガーディアンウルフを見つけて、盲導ウルフ学習をさせたいものだが。
狼の繁殖期は冬で子が生まれるのは春、新しい個体にするも季節が合わず、そして既に何年か育った個体と出会うにも、領地で過ごす冬にじっくりと、お見合いしようとなっていた。賢いガーディアンウルフたちだから、学習したハンナから、後輩ウルフが指導を受ける事も、可能かもしれない。
ハンナは危なげなくプレイヤードにピタッと付いて、忠実に護り子を、道歩く通行人の進行先から誘導していく。
アミューズは魔道具白杖片手に、付いてくれているベルジュお兄さんに腕と背を任せて。前に街で同じく街の浮浪児だったジェムたちと、弱みを見せないように視覚障がいを隠して歩いていた時と、全然違う。どこか街に期待する、心地よい緊張感をもって、歩いていく。
アガットは、ニコニコと手を振って、視覚障がいのある、道幅を多めに使う2人の後ろを歩いて。こんな出店があるよ、とか、あの人あんな面白いもの持ってるね、とか、時々ぽつり、ぽつりと、2人に教えてくれる。
エルフのエクラ王子はアガットと並んで歩きながら、相槌を打って、それに補足をしたり、仲良く、そして自分も楽しく、お祭りを楽しんでいる。
ベルジュお兄さんは、満遍なく子供たちに目を配りながら、細やかに、かつ誘導し過ぎないように、アミューズから主導権を奪わないよう気にしつつ。ニコニコと抜かりなく。
ピッ コロコロピー♪
コロピ〜〜〜♪
音が震えている。息がきれているのだ。
川べり、なだらかな斜面に枯れ草、座る男女。
「デュデュ、頑張って!大丈夫、アンタならできるよ。息吸って、吐いて、落ち着いて。アタシだって踊る前は緊張するんだ、誰だっておんなじ、アンタだけじゃない!」
ふさふさのついた、よく見れば少し古びてはいるものの、金刺繍の美しいストールを身につけた女性。曲線、豊かな胸、細く長くしなやかな手足を折り曲げて、舞台衣装めいた薄物の、切れ込みあるワンピースを上手くたくし込んで足を隠し、三角座り。
ウェーブのある黒髪は、赤の差し色がハッと鮮やかである。
とても心配そうに、側の、笛を吹く男性に声をかけ、背中をさすっている。
すー、はー、と息を吸って吐いて深呼吸、デュデュと呼ばれた男性は、モサモサの綿毛みたいなアフロの、手足が長い青年。
ピー ピッ コロ ピッ
頑張れば頑張るほど、引っ掛かる。
「あぁぁあ〜、ダメだあ〜。カルメン、どうしようぅ。」
とほほほ、と額に手、俯くデュデュの背中をパシンと叩いて。
「ダメじゃないよ!ラプタを広める、いい機会なんだろ?ネクター殿下だって吹いてくれてさ!きっと上手くいくって、信じなよ!デュデュのつくったラプタは、上等だよ!いい音だよ、アタシは信じてるよ!」
「ラプタの音だね。」
アミューズが、聞き逃さず、立ち止まってそちらに顔を向ける。
「だね、だね。でも、息がめっちゃくちゃ緊張して、震えてるね。」
プレイヤードも立ち止まって、瞳をキラリ、ムニ、と面白そうな顔をした。
アガット、エクラ王子は、はてな?と2人を待って、川べりのデュデュと女性にもなんだろ?と目を向けながら、同じく立ち止まっている。
ところで、何度も言うが、ハンナは賢い。
賢い上に、何というか、ウルフよしである。お人好しのウルフ版だ。
見知らぬ子でも、道端、子供が困っていれば、プレイヤードに一旦合図をして引っ張っていくし、それが大人だったとしても、何とかしてやらねば、と主人のアルタイルやプレイヤードを対応させる。
盲導ウルフ的には、ちょっと困った、指示通りではない、だけど情のあるそれを、プレイヤードは楽しく受け入れている。
人は助けて、助けられて生きているものだから。
おせっかいは人好きなガーディアンウルフだからこそなのだろうし、また、野生の感覚で、危うい人物には近寄っていかないから、ハンナが寄っていくというのなら、プレイヤードたちは、何だ何だ?と関わる気、遊び気分もコミで興味わくわく。
護衛と従者はハラハラし、エルフのベルジュお兄さんは、細身だけど腕っぷしも魔法も、つよつよなので、余裕のニコニコと子供たちを自由に。
言葉少なく嘆く綿毛頭デュデュに、何とか励まそうと踊り子女性のカルメン。
チーム街歩き5人は、ハンナに引っ張られて、ととと、と2人に近づいた。
「お姉さん、それ、ラプタだよね。」
「何か困ってるの?俺たちに、相談してみない?ハンナが、どうしたのー、って、心配してるよ?」
「えっ?」
「ハンナ?」
ビク、としたデュデュとカルメンは、びっくり顔のまま、プレイヤードたちに視線を向けた。
そう、ハンナ。
「ハンナはガーディアンウルフなんだ。とっても良いやつ、えーと女の子だから、良い女なんだあ。」
何となくムフンとドヤ顔のハンナである。
短めなので明日も更新したいです!
パリオリンピックの愛の、あの歌、動画で見れますが、何度観ても胸が、ふわぁとなります。
→ちょっとまとまらなくて11月3日の更新は難しそう!
すみませんがもう1日下さい!m(_ _)m




