手のひらの本
午後、歩き出したチームラフィネと子供たち、初恋連盟おじいちゃん先生おばあちゃま看護師、グランドとキャフ。従者のピコも、ニコニコと付き従って。人の流れに乗って、あちこちきょろり。
大通りから交差する大通りへの繋ぎ。出店は場所代を払い、許可さえ得れば出店できるので、中には普段は対面での商売などしていない、ぎこちなく声上げも慣れない初心者店主がいる。
ラフィネたちが通りかかった、販売台に端がレース編みされた布、使い込まれたのだろう古色のアイボリーが目に優しくかかった出店に。
ドレが、ハッ!と目を見張ってタタタとマレお姉さんを引っ張り、食いついた。
ラフィネ、んん!?と口を閉じる。
いかにも対面の接客に慣れてない店主。
スキンヘッドの強面、大柄な若者で、頬にギザギザの引き攣れた傷も恐ろしい。ムンとした威圧感でもって、ギンギンにお客さんを睨んでいる。
だけど商品は……似合わない、繊細な美しさ、か、か、かわいい、小さな、本。
スキンヘッド傷兄ちゃんの目の前に、扇型にズラリと置かれている。
様々な、布張りの、小さな可愛らしい、そして上品で、キラキラと彩り豊かな。
ある本は、黒、でこぼこした質感の表紙布に、四角く凹みが、その形に合わせて紙が貼られている。一輪の花が、セピア色のインクで線画、刷られて。どこか懐かしい色のくすみピンクに彩色された花びらは、それだけで惹き込まれる存在感がある。
花ぎれとしおりは鈍い金。
タイトルは、『花物語』。
『君の物語』
『ことりのあ』
『マニマニ山へ』
『ロティは泣きたかった』
何とも魅力的。触りたい。
手に、とりたい。
その他、どれも、どこか柔らかな線の、手触りの良さそうな紙に絵、モスグリーン、萌葱色、赤にクリーム、白に青の小鳥柄もある、布表紙に貼られた。
手のひらサイズ、豆本、本、本、本。
販売台に、ふわぁぁあ!とキラキラした瞳で近づくドレを。ふぬう、と息吸い、吐いて、スキンヘッド兄ちゃんはグッと睨んだ。
ひっ、とその近くにいた通りがかりの男性グループが、肩をビクリとさせて速足で去っていく。
お、お、おー。
ラフィネは、人は顔ではないと思っている。
だけれど、顔でもあると思っている。
簡単な人の好悪を、美醜ではかる、という話ではなくて。人として、その時、他者の受け入れ態勢がちゃんとしているかどんな状態かの雰囲気は、顔、態度に反映されてくる事がある。
心労を抱えて、病かというほど落ち込んでいる人は、顔が固まって瞳が動かず、ひたひた、ボーっと光を失っているし。逆にイライラとしている人は、落ち着きなく視線が泳いだりする。息の浅さ荒さ、緊張。
そして目の前の豆本店の店主は。
目が血走って、興奮しているのか。常ならぬ状態である。
(えーとドレ、お店のお兄さんに目がいってないわね。子供は触るな!なんて、怒られたりしないかしら。)
でも、ラフィネは、こんなに人通りの多い通りで、お店を出しているのだから。きっと子供でも、そう邪険にはされないだろう、とも思った。
そして、ドレが、こんなにも、嬉しそうに寄っていくのだから、豆本を手に取って見せてやりたかった。
話しかければ分かる。お母さんおばさんというものは、物怖じせず、人に程よい距離感で話しかけられるようになるものである。
「こんにちはー。本、見させてもらって良いですか?汚したりしませんから。」
スキンヘッド兄ちゃん、すふー!と大きく息をして。
「う、う。」
何か唸ったが、多分、うん、なのであろう。
きゃふ!と怖いもの知らずのマレお姉さんと、分かってないドレがしゃがんで。ニコニコキラキラ、豆本を見る。ドレの手はギュッと膝頭を握って、まだ触らない。けれど、今にも触りたそうに、小さな指に力が入り、白く爪がぴかぴか。うずうず。
ジゥとセリュー、そしてキャフも、その豆本の出店、ドレの隣にしゃがんで、ふわぁ!となった。
「きれい……かわいい、でちゅ!」
「ちっちゃいから、ほんのこどもだね!」
「こどものほんでちゅか?ぼくみたい?こどもでちゅか?」
フレーズおじいちゃん先生も、アマンおばあちゃま看護師も、良くできているねえ、本当小さくてもどれもちゃんと本ね!と覗き込んで笑顔だ。治療チームは厳つい人など全然怖くないのである。何なら人はどんなに強面だろうが全て病気にもなれば怪我もするし、それが手に負えない、治療が叶わない状況の方が、よほど怖いのであるから。
グランドとピコは、のーんと静観である。
ドレ、そーっ、と指を伸ばして。
『ことりのあ』を、もう少しで触ろう、かと。
ん?って、スキンヘッド傷兄ちゃんに、いーい?って目線。
ぬふ、と兄ちゃんは、一層鬼の顔になりつつ。くわっ!
コクリ、と頷いた。
「ことり、の、あ。くふふふ。」
「なになに、みちぇて!」
ドレが開いて見ている本に、キャフが顔を寄せる。短くて細い指さし、絵を辿る。
小鳥がアーの字のアウトライン線の中を飛んでいる。雲、空、翼はためく。リアルな絵ではなく、デザイン化された、一本の線が味を生む、シンプルなものである。
それに、これ以上引けない、けれど充分に満たされた色数、彩色。
ぺらり、とドレがページを捲る。
キャフの横からセリューが鼻を突っ込み、ジゥも中腰になって、頭を寄り合わせる子供たち。
4つのまろい頭は、ふす、ふす、とこちらも興奮気味である。
小鳥がアーから、ベーの字に飛んでいって、ベーの頭文字の単語、小麦のベー、嘴で小麦を咥えて次のページへ、どんどんとその、こちらの世界のアルファベット、頭文字単語の絵が絡んで、絵物語が続いてゆく。
「あー、良くできてるねえ。見て楽しくて、文字も覚えられるんだな。」
フレーズおじいちゃん先生が、キャフの後ろから。
きゃふふ!と楽しそうな子供たちに、兄ちゃんは、フゴー!と鼻息、そして、ニカカカ!と笑った。
「……気に、入ったか?」
子供たちは顔を上げずに夢中だ。
「ウン!」
「すげえ!」
「ことり、かわゆ〜でちゅ。こんどは、おぼうちにとまったでちゅ!」
「おれ、もじはおぼえたからしってるけど、これすき!」
ラフィネも手に取らせてもらって、丁寧な造りに、ほう、と息を吐いた。子供にも、大人の鑑賞にも、だ。
「これ、お値段はおいくらなんですか?」
す、と目線を落として兄ちゃん。
「どれも、銀貨1枚。」
やすっ!
「これ、魔道具で刷ってるんです?」
「いや、銅版画に、色を、手で塗っている。」
一冊一冊である。
「お兄さんが作ってるの?」
「う、う。」
ウン、なのであろう。ちょっと顔が赤い。この顔で、この可愛い本。だが、だが、そうだろうそうだろう、そうでもなければ、この対面接客の全く向いてなさそう兄ちゃんが、出店などやらないだろう。
話を聞いていけば、手製本で。
内容も自分で考えているし、デザインもして、面付けして彫った銅版を自分でプレスして、彩色して、切って、折って、糸で縫って、糊で貼って、とにかく1から十まで全部1人で。
スキンヘッド傷兄ちゃんは、名前をルリユールと言った。
「安すぎません?」
「う、う。材料費しか出ん。」
ラフィネは、タハッとなった。
ダメじゃん、それ。
ルリユールは子爵家の三男である。
そう、貴族家の出身なのだ。
だが、この身体で荒事は全くダメ。身体を動かし鍛えるのは好きなのだが、生き物に対すると人でも魔獣でも、カチンコと固まる。
騎士にはなれない。
そして、どこかに婿入りする器用さもなかったので、何か得意な、そう、作ること。手先が器用で、綺麗なものを好きなのを生かして、生きていこうと決めた。
感想でいただいた、絵本、素敵だなあって思って出しちゃいました。
短いので明日も更新したいです。




