拙くもリズムで会話を
従者ピコとラフィネは、買った飲み物とスープをトレイに、モグモグ中のセリューたちのテーブルに戻ってきた。
「お待たせ、ピティエ様がおっしゃってた、茎茶にしたわよ。香りがいいわねえ。お代わり用のポットも買ってきたから、沢山飲んでね。」
コト、コトン、と木のカップを皆の前に置いてゆく。
キャフの前にも、セリュー、ジゥ、ドレと同じように茎茶のカップが置かれた。元々、不足なしに食べられるように果実水を買ってはいたが、きっと同じものが飲みたいと言うだろう、とピコが気を利かせたのである。お腹、たぽたぽになっちゃうな。
でも、嬉しそうにムフ、とニコニコのキャフ。
残したら私が飲めばいいかなあ、とフレーズおじいちゃん先生が、目を細めている。
おじいちゃん先生は修行時代に、食事がつましい平民と、同じ場所で同じものを頂く機会がそこそこあった。お残しなどは基本的にしない。
貴族も食事のマナーとして、自分の食べられる分だけ把握して、お皿に量を指示していただく、というのが大人の嗜みであるから、グランドも残さないが。キャフの飲み残しを貰う、というのはちょっとハードルが高い。
そもそも、グランドはあまり、キャフと食事時間が被らないので、このくらいの子供がどれだけ食べられて、どんな食事風景なのかを、あまり把握していないのだ。
さっきから、ケチャップ口端べったりのキャフに、ええええぇ!?ってなっている。こんなに不器用に、汚すものなのか!?
そう、お祭りにキャフを連れて来たこと自体、とても珍しくて。そして、妻のルシオールが、手を合わせて小さくはしゃぐほど、喜ばれた出来事なのだ。
何故だかそうしようと思ったのは、お祭りの時に父と母に連れて行って貰った、神馬が欲しいと駄々をこねた思い出を、言われるまでもなく、うっすら思い出していたから。
つい「行こうか。」と、口に出た。いい子にしないと、と重々約束をして、煩く頑固な父そのものの照れ隠しを、ルシオールはただ、ふんわり笑って、いってらっしゃい!と手を振った。
そこで、妻のルシオールを連れていかないのが、グランドの、安定の上手くやれなさである。
「かーさ、スープなあに?」
「玉ねぎのスープか、ミルクスープ、どっちかよ。皆が先に選びなさいな。かーさやマレお姉さんは、余ったのを貰うわ。」
「たまねぎ、おいしいよね!」「じゅわっとした、によいする!」「ちゅきー!」
スープを覗き込む3人に、マレお姉さんもふふふと笑って。
「ミルクスープ、ドゥ芋が入ってるんですねぇ。玉ねぎも甘いけど、こっちも甘いわよ。」
「おー。」「ジゥ、ミルクにちまちゅ。」
「おれはたまねぎ。」
わあわぁ、わちゃわちゃ。
ジゥは、葉っぱに包まれた、きのこの炊き込みご飯を、はぐはぐと食べている。バターが効いているのが、じわっと美味しいのだ。
ドレは、ナッツぱらりのハードパンに、クリームチーズと鶏肉の薄切りにカットした香草焼きを挟んだもの。なかなかのご馳走だ。
エルフの里に伝わる、もちもちする麦の肉ちまきを、懐かしく同胞の出店から買って。葉っぱを剥いて片手でもぐもぐするマレお姉さんは、ジゥの食べこぼしをちょちょ、と拾ってやりながら、玉子野菜焼きも隙間にモグリ。
ラフィネかーさは、やっと座って、葉っぱに包まった挽肉入りのたまごいろが輝く蒸しパンをちぎって一口。
アマンおばあちゃま看護師と、フレーズおじいちゃん先生は、仲良く同じお豆のスープに、生ハム玉ねぎマリネのシードパンサンドを食べている。包んであった葉っぱをお皿に、ちょいちょい手を休めてちびっ子のお世話をしながら。
グランドが肉サンドを食べ終わる頃、アイスティーにお酒の飲み物は、ゴクリゴクリと喉を潤し、あっという間に空になってしまった。
後ろに下がっていた従者ピコが、そ、とグランドの脇に近寄る。
「グランド様。」
ん?と目線を送った先のピコは、口角を上げて、胸に手を当て、そっと腰を緩く折る。
グランドは、ひく、と唇を引き攣らせた。この顔のピコは、何か企んでいる。長い付き合いだから分かる。
大体において振り回されて、そして結局はお陰で何とか困り事が解決方向に近づく。恨むに恨めない、が、いつもモヤモヤしてしまう。
「ラフィネさんが。グランド様のお悩みに手助け下さると。」
「え、なに?」
ラフィネは、蒸しパンを口にポイっと入れて、もぐ。首をちょっと傾げニコッとした。セリューが茎茶を飲んで、ンはー!とするのを、溢さないかチラリと見て、睫毛が頬に影を落とす。
ふうぬ?悩みに、手助け?
この、平民の女性が?
竜樹様の思い人であれば、かの方と同じように、何か特別な能力でもあるものだろうか。まさか?
訝しむグランドに対し、ピコは澄まして、するりと続ける。
「ルシオール奥様に、今までよりもっと、ご親密にお心を打ち明けるつもりでございましょう?」
「な、なぜそれを!」
ドーナツをあんなに意気込んで買う主人を見ていて、分からない方が。従者としてどうかしている。
ふふふ、と含み笑い。
「ピコは従者ですので。グランド様、ラフィネさんが、練習台になって下さるんですって。ルシオール奥様に話すようなつもりで、聞いていただいたら?女性として、母親としても、参考になる意見が聞けますよ、きっと。」
「な、なにを、そ、そんな、我が家のうちうちのこと……。」
「グランド様。」
ピコの笑顔は、ニニン!と引かない。抵抗を無にする、ピシャリとした声。ジリジリと無言の間。
じーっ。
「………………。」
じ、ジリジリ、ジトーッ。
「………………っ、……。」
「っ、………ハーッ、分かった、やってみる。」
「そうなさいませ。きっと何もかも、上手くいきますよ。」
目を覆った手指の間から見るラフィネは、薄く微笑んで自然体だ。
貴族のグランドやキャフと同じテーブルで食事をするなんて、普通の平民ならば緊張して遠慮するものだろうが、この場はフレーズ父の関わりで、こちらが横から入ったのだからと、お祭りでもあり無礼講である。
キャフが、ちゃぷちゃぷ、と茎茶を飲んでいる。ぷは!
音をたてて飲むな、と言ってもいいのか?ご機嫌なのに、また泣かせるのか?
「…………。」
あちこちに視線を巡らせて、一向に口を開かないグランド。えーと、えーと、と声が聞こえるようだ。
ラフィネは、あんまりにあんまり、クスッとして。
「グランド様。奥様の代わりなどと大それた事は申しませんが、一度言葉にされたら、お困りの事が言いやすく整理もされましょうから、どうぞ、おっしゃってみられて、どうぞ。」
「あ、ああ、あ……うぅ。」
モヤモヤもや、と胸の中はぐるぐるである。ルシオールに言いたい事。何を、どう、言えば伝わる?自分の気持ちも、良く分からないのに?
「………、…………………。」
ふ、と息を吐いたラフィネは、いつまでも待つのは嫌らしい。ピコの見立ては正しいのだろう。このままでは、ドーナツを無言で妻のルシオールに渡して、いつまでも何も言えなかった、がっくり、だ。
子供たちも、モグモグしながら、目線がグランドに。このおじさん、なんで赤い頬に汗かき、おかしな顔で、モゴモゴしてんだろ、って。
「………グランド様。会話って、音楽みたいだな、ってこの間、竜樹様と話をしたんです。」
「会話が、音楽?」
ラフィネは茎茶を、すす、と飲んで。テーブルの上にカップを置き、背筋を伸ばした。思い出して、楽しそうな顔になる。
「私は平民で、そんなに音楽をきちんと知らないけれど、竜樹様が聞かせて下さるので、随分色々な曲を耳にするようになったんですよ。楽器で掛け合いしますでしょう。リズムがあって、ピアノが鳴って、間に声が。トン、タタン、タンタン、トトン♪って、全てが合わさってハーモニーになる。会話って、一つ一つの音の粒、言葉の粒を、掛け合いして出来てくるものですよね。」
それは、美しくて整然として、素晴らしい音を、一方的に1人の人が、わ〜っと流し続ける曲ではないの。
「会話が苦手な人って、素晴らしい事を、正確すぎる事を、きちんと間違いなく言おうとしすぎていたりするの。流れていくのが、会話なのに、いつまでも上手く言えなかった一言を自分の中でぐるぐる思っていて、相手の話を聞いていなかったり。」
リズムを合わせて掛け合うのに、相手に意識が。向いていないのだ。
「子供たちは、知っている言葉は少ないけれど、とにかく喋って、自分の気持ちにしっくりくる言葉を知らなくたって、伝えようとする。それを、交互にやるのが、会話で、モヤモヤ〜っとしている、何でもいいからとっかかりを、ちょい、ちょい、ってお互いに打って、続けていくのです。」
「ふ、ふむ。ふん。ふん。」
「それを続けていけば、きっと思っている言いたい事も、思ってなかったような本当の気持ちも、ポロッと出てきて言えるんじゃないかしら?」
ゴソゴソ、とラフィネはスカートのポッケから、セリューにもらった土鈴を出す。コロンと可愛いふっくら鳥の形。素焼きの土の色が素朴である。
テーブルに、ぽん、と置く。
「グランド様、私から、一言、何か喋りますね。喋る前に、この鈴を鳴らします。私が喋る番だよ、って意味です。喋ったらグランド様に鈴を渡しますから、鳴らして、私が言った一言に返してもいいし、何か思った事でもいいし、何か喋って下さい。それを交互に続けていって、会話にしていきましょう。長く喋らないで、交互にですよ。リズム良く、音楽みたいに、失敗しても、次の音、次の音、っていきましょう。」
「う、う?う、ああ、分かった。」
遊びのような、そんな事。
だが、まだまだピコはいい笑顔で、逃げられそうにない。
「では、いきます。」
コロコロコロン♪
「竜樹様と今夜、お茶したいなー。」
ラフィネはそんな事を朗らかに言って、さっ、と土鈴をテーブルの上、掴んで滑らせ、グランドの前に置いた。
グランドは、躊躇いながらも始まった、不思議なルールの音楽会話をするしかなかった。
コロコロン♪
「竜樹様と夜、お茶したりするのか?」
コロコロロコロン♪
「子供たちが寝た後、良くお茶しますよー。」
ええっ!?とセリューたちは鼻息フンフンだ。お茶。よるにおちゃ。いいなぁ。
コロコロン♪
「夫婦はお茶をすべきだろうか。」
コロココロン♪
「ゆっくり落ち着いて話ができますよー。」
「どうやって誘えば。」
「お茶しない?でオーケーでーす。」
「竜樹様から?貴女から?」
「どっちの時もありまーす。グランド様は奥様のどこがお好きですか?」
えっ!?
ぐちゃぐちゃぐちゃ、とグランドの頭の中が混乱したが、サッと鈴が滑ってきて、ああ、そう、一言、一言なんだっけ。
コロ……コロコロコロン♪
「……可愛いところ。」
「どういうところが可愛いです?」
「見た目。」
グランドよ。マレお姉さんとアマンおばあちゃま看護師が、タハッとなっている。
「見た目だけ?」
「中身も可愛い。キャフをお祭りに連れて行くと言ったら、ピョン!とちょっと飛んで手を合わせてはしゃいでいた。息子のために本気で喜べる所も可愛い。」
「素敵な奥様ですね。」
「ああ、素敵な妻だ。」
「恋愛結婚ですか?」
「見合いで結婚した。いまだに自分が好かれているか自信がない。」
「奥様、嫌な顔されたりする?」
「全くしない。優しいと思う。」
「グランド様は優しくできてる?」
「全くできていない。」
「どういう所が?」
マレお姉さんとアマンおばあちゃま看護師、何だかふぬふぬと関心ワクワク聞いている。
ラフィネが鈴をすすっと渡そうとした時。
鈴のやり取り、あっちこっちを見ていたキャフが。その小さなお手てを。
ぱ!と開いて、鈴を掴み。
コロコロコロン♪
「おとうちゃま、おかあちゃまが、がんばったねーちても、おちゅかれちゃまーちても、ちんぱいちても、ありがちょゆわないでちゅ。ひちょりで、うんうん、おちごと。ぼく、もっちょ、あちょんでほちい。ちょれで、だいちゅきだよ、って、なかよち、ちてほちいの。」
コトン、と鈴を置く、キャフ。
ラフィネは、あ、う、となっているグランドは放っておいて。
「キャフ様は、グランドお父様と、お母様と、大好きだよーして、遊んで欲しいのねえ。」
「ウン。ちょうなの。」
「グランドお父様、大好きなのね?」
コロコロロ♪
「うん。ちゅき。」
顔の横で、鈴を振ったキャフは、ムン!と真面目な顔で。パッ、とグランドを見上げたから。
おとうちゃまは、ムグッ、鼻がツンとするのだった。
キャフ。
私は、ルシオールに。キャフに。
嫌われているのじゃ、なかったのか?




