惚れるなよ
「まあまあ、キャフ様、そうですよねえ。お腹空きましたよね。セリューもジゥもドレも、ぺこぺこじゃない?先に食べていてね、かーさはちょっと飲み物とスープ買ってくるわね。」
ラフィネがトートバッグから、食べ物をどんどんと出して、子供たちの前に置いてゆく。
「おれ、てつだおうか?」
「ジゥも!」
「おれも、もつよ!」
子供たちは、いつも自分たちで食卓の準備をするものだから、お祭りでも自分たちが動くものと思っている。だが、ここは、人が多く混雑している中なので、どう考えてもちびっ子たちに、お運びさんは無理だろう。大人の足の間を、おとととと、ってなっちゃう。
「ありがとう〜、お手伝いの気持ちだけで充分よ。ピコ様が運ぶのを手伝って下さるそうだし、ラフィネかーさが何を買ってくるか、どうぞ、お楽しみに!よ?」
セリュー、ジゥ、ドレの頭を、腰を折って撫でて。
キャフ、それをジッと見ていたが。お任せ下さい、な従者ピコの袖をツンツンして。
「ぼくも、てちゅなう?」
目の前の屋台ご飯、お口に涎がたふっと、コクン。お腹クークーなのに、何でもお兄ちゃんたちの真似っこをしたいキャフなのだ。
「キャフ様、ありがとうございます。ですが、先に食べていらして、ピコにどれが美味しかったか、教えて下さいませな?ピコも後で、それを食べたく思います。」
ピコは、キャフは貴族なのだから、そして幼いのだから、食事のお運びなどなさらないで下さい。身分が違います!と。キャフの気持ちをペシャンとするような事は言わなかった。父のグランドはもう少しで何か言いたそうだったので、先んじて、ニコリである。
「ウン!おちえてあげゆね!」
ムフ!とまた、意気込みりんりん。
「お願い致しますね。重大な任務ですよ?」
ラフィネは、ピコと、何か決まっているものありますか?あちらのミルクスープが……茎茶が、などと打ち合わせをしつつ、一緒にあちこち動いて飲み物とスープを調達した。
スープなどの器は、クラージュ商会の彩り葉っぱ部門、緑の開発部隊がお祭りでも大いに仕事をしてくれて。大人の拳ほども大きくて食べられないお豆の木から、その殻を採取してパカっと2つに割り、使い捨ての器としている。
グラグラしないように、厚みのある鞘の膨らみ側を、ちょっとだけ平らに削ってある。どれ一つとして、全く同じ形がないのが、味があって屋台飯に合っている。
スプーン、フォークは流石に使い捨てではなく、木製の先割れスプーンを。使い終わったら回収して洗っている。どの出店でも、共通して、お祭り運営の部署から借りているもので、出店をやる者は色々と自分で準備をしなくてよく、また、自分の店に返してもらわなくて済むのも、便利である。足りなくなれば、洗い場から戻されたものをまた、借りればいい。
今まではフォークとスプーンが貸し出しで用意してあったので、今もそれを使っている店もあるが。長年使って、大分傷んだものもあったので、新しくする分があるなら、先割れスプーン、1つで良くないかい?と、その形と使い勝手を、ほーいとばかり、竜樹が投げて。
なるほど!と順次、ほどほどに数を揃える予定である。
飲み物は木のコップ。
そして、ウツボカズラに似た、壺型の植物も使っている。木のコップは回収して洗い、使い回すが、壺植物は使い捨てである。
勿論、底が平らではない。そこは、気を遣って洗わないで済む、直接口をつけないカップホルダーがあるので、それにセットして売る形だ。
食器洗いの仕事が減ったところ、それでお祭りの臨時収入を願う、子供たちや平民の主婦たちも、不満を言わなかった。
お豆の器作りや、壺植物の事前に洗って検品などで、お祭り以前に収入があり。お祭り当日はそれなりに時間が空く事は、やっぱり、子供たちにも主婦にも、とても嬉しかったからである。
シチューよりはサラサラしている、ミルクスープ。こちらでのサツマイモ、ドゥ芋とベーコン入り。そして、具の少ない、でもキラキラした出汁が美しい玉ねぎスープ。全粒粉のパンのクルトンは、渡す時にパラパラっとかけてくれる。
茎茶は、美味しいよ、と、ピティエが。今まで、お茶農家で自家消費していたものを、お祭りで気軽に飲んでもらおうと竜樹にお願いして、出店にしてもらったものだ。
緑茶の味に、親しんで欲しいな、と。ちょこっとだけ喫茶室を営む、視覚障がいのモデル、ピティエのお仕事から、竜樹に役立てばな、という彼の思いである。
路面で出店している本日、ピティエの喫茶室でも、お買い得品として、茎茶をお祭り特別品、そっとワゴンで扱っている。目端が利く者が見つけては、ふくふくの顔で買っていく。
ピコは、グランドの飲み物を迷って、茎茶ではなく、ほんのり蒸留酒を効かせたアイスティーを選んだ。
グランドは大人であるし、お酒というほどの量が入っている訳ではないから、小ちゃな子供連れのグランドが飲んでも全く問題はない?はずなのだが。
「ラフィネさん。ちょこっとお酒を飲んで、饒舌になった男性が、悩みを告白したら、お相手するのって女性はどう思います?」
ピコ、すん、とすまし顔して、そんな事を言う。ラフィネにトレイを持たさず、お運びに徹しつつ、ひそ、と。
ラフィネは、んん?と首を捻ってピコを見た。
花街にいた事もあるラフィネである。男は、大概ちょっと酔い加減だったりもして、景気をつけてくる。中には大虎、酷い酔っ払いもいたし、愚痴グチ、泣き上戸、ネチネチするやつ、滅茶苦茶謙遜する人、嫌味に、時には物凄く陽気な者も。
割り切ってさっさと、な者も多くいたが、花街の花の店そのものでも、嗜む程度に(浴びるほどではない)お酒は出す事が出来るので、酔い加減の男に色々聞かされるのは、ラフィネは慣れている。またか、ってなもんだ。
「あー、色々あるんだなあ、と思いますよね。でも、しつこいと、聞いてて意識がヨソに飛んできちゃいますけど。」
「竜樹様は、酔ってふにゃふにゃ、何か言ったりなさらないんですか?」
竜樹がふにゃふにゃ?
想像して、くふふふ!と笑う。
ラフィネに対して、お母さんお父さん業以外の、ちょっと男女を意識しちゃう瞬間に、途端に何だか、ふにゃふにゃ、もじもじと。そう、ラフィネにとって、そんな時間はくすぐったくて。
「竜樹様は、お酒を飲まれないのです。お酒に溺れた親から酷い目に遭った子供たちもいますので。……でもね、ふふ、ふにゃふにゃ、する時はありますよ。なんていうか、男の人って、仕方ないなあっていうか。そういう時、初々しい感じがあって、私も引っ張られて。恋するのが初めての少女や瑞々しい乙女みたいな、綺麗な気持ちに、どこか、なれるのかなあ、なんて思いますね。」
ひゅ〜。
「そういう時に、好きだなあと思う訳ですか?」
興味ありありのピコである。
「う〜ん、色々です。一緒にいて、とっても頼りになる方ですし、落ち着くし、笑えるし、ああ、良いなあと折々に思うんですよね。ダメな所も、あるんですよ。面白くして、何でもやってくれるので、つい頼ってしまうけど、重荷だったりしないのかな、なんて不安になったりもしますよね。本音を隠しているとは思わないけど、もっと弱音を吐いてくれても良いのにな、って。」
重責がある竜樹だけれど。
力になりたい、そんな私でいたい、もっと貴方に食い込みたいと、それは。
「竜樹様は、意識して、あんまり落ち込むように、暗く考えを巡らさないようにしているのかもしれないです。彼は養子であったと聞いていますし、愛情ある家庭に行く前は、寂しさもある施設にいたそうですから。それを話してくれたのは、私が、竜樹様と身分があまりに違うと引け目を感じないようにですね。優しいんです。……弱音を吐いて欲しいというのは、私の我儘なのかもしれないですね。好きな人の弱い所を見たいだなんて、どうして人は思うんでしょう。」
不思議ですね。
ラフィネはそう言って、ピコに、ふにゃんと味のある顔で笑った。クシャ、とかわいくて愛嬌があって、細めた瞼の間から、瞳が淡く光っている。
大人の恋愛、愛する人がいる女性っていうのは、綺麗なものだな、とピコは思った。ちょっとドキドキした。だから、少し早口になりながら。
「グランド様、ほんのちょっとのお酒でも、お喋りになっちゃうんです。だから、人前では、お酒を絶対に飲まないんですよ。酔ったりはしないんですけど、普段、抑制し過ぎてるんだと思うんです。」
う、うん!と咳払いをしたのは、ドキドキを止めるため。
「あら、余計に時々、お家で飲まれればよろしいのに。溜め込んでばかりでは、お辛いわよね。飲み過ぎやお酒に溺れるのは、いけませんけれど。」
デスヨネ?
ピコは、ニンニンと口端を上げる。
「ですので、奥様、ルシオール様に、初めてでバーっといらん事まで吐き出す前に。女性に言ってはいけない事なんかを、ちょっとだけ聞いて、ご指南してあげてくれませんかね?ラフィネさん。」
ラフィネの責任は、何だか重大である。
歩いていれば、テーブルに着いてしまうので、今、2人は、人混みの中立ち止まっている。あちらからはきっと、何か買い物の相談をしているように見えるだろう。
キャフがニコニコ、重たそうに串を持ち、揚げドッグを食べている。口端がケチャップで真っ赤である。そういう、上品でない食べ物なんだから、いいのだ。
玉ねぎ、ひき肉とお豆をソースとケチャップで炒めた具、ハンバーグをそぼろにした感じのサンドパンを葉っぱに置いて、セリューが横から、ハンカチで、グイッと拭いてやった。なかなか面倒見がいいのだ。自分の口の端も濃い茶だけれど。
「何をおっしゃるにしろ、奥様が聞くより前に、私たちが聞くのは、奥様に悪くありませんか?だって、私だって、夫なら、どんなに支離滅裂でも、私に話して欲しいと思うもの。」
ウンウン。それはある。
だが、もうお酒入りのアイスティーは買ってしまったし、そして。
「今のままだと、お土産のドーナツを渡して、無言になってしまいますでしょうね。乳兄弟の、長年お支えしてきた私が思うに、きっとそうなります。練習が足りてないと、自信が持てなくありませんか?人と話すのだって、慣れが必要でしょう?」
ふむ。
おはなし、してごらん。
と竜樹様は良く言うわね。
「……関係ない私の方が、言いやすかったりするのかしらね。もしかして。」
花街の男たちも、そうだったのだろうか。
ラフィネは、もう花ではないけれど。遠く感じて、もうどこも、チクリともしないのは、何だか不思議だなあ、と思う。
ピコに、ニ、と笑ったラフィネは悪戯っ子の顔だ。
「私はお母さんですから、迷っている男の子のお話なら、聞いても良いですよ。ピコ様のお運びのお礼に、ちょっとだけですよ?」
ピコは、高く見積もって頂きまして、ありがとう存じます、と。
トレイがあるので、ふやふやと笑んで、目礼した。
何だよ、惚れたら困るだろ、とドキドキの胸、ああ、何だか好みなんだよなぁのラフィネの、魅力的な優しい微笑みに吸い寄せられる気持ちを。ヤバいヤバい、と押し留めながら。
今日は体調が午後から良かったので、書けました!




