ピコは知ってる
道幅いっぱいにテーブルと椅子があり、屋台飯を皆、笑顔で頬張る、それが長々と続いていて、周りに出店もたっぷりな。ご馳走天国の台所通りに着いた。
ラフィネはセリューと手を繋いで、リュックから出した肩掛けトートバッグ、これも竜樹が手縫いしたもの、に色々と買い込んだ屋台ご飯をたっぷりと。葉っぱに包まれたそれらは、ソースとろりだったりもするのだが、もし漏れたら洗えば良いや、と染みどんとこい。
少しお昼時間を過ぎた事もあって、キョロキョロしていたら、食べ終わった賑やかな大家族の奥さんが、貴女たち、ここ、空くわよ!と手招きしてくれた。
「まぁまぁすみません、ありがとう、助かるわ。」
「いやいや小ちゃい子がいると大変なのはよく分かるし、お互い様だからね、良いお祭りを!」
大家族のチビちゃんと、ありがとなーなんて、手を振り合ったセリューは、よっこらどっこい、と、自分の腰よりも高い折りたたみの座面が帆布の椅子に、ぴょんと飛び乗って収まった。
マレお姉さんが、ドレとジゥを座らせて、ささっとテーブルの上、トレイに用意された台布巾で天面を拭く。
各自がそれで気持ち良く綺麗に食事をして、お祭りの運営、出店関連のサポート働き係さんたちが、ちょくちょく新しい台布巾に取り替えていくのだ。
フレーズおじいちゃん先生も、真似っこして勢いよく椅子を背にぴょんするキャフを、お〜と脇に手を差し入れて安全に着地させてやり、アマンおばあちゃま看護師は、ジゥのスカートが大胆に捲れているのを、ピッちょちょっ、と直してあげて。
グランドも、椅子を従者から引いてもらって、うむ、どっかり。と座った。因みに何を食べようかどうしようか、などと彼はあれこれ目移りしなかった。肉の挟まったオープンサンド一択である。
(従者が気を利かせて、他にもつまむおかずやスープなどを見繕っている。)
「飲み物やスープ買ってきましょう。マレお姉さん、お留守番頼める?」
「大丈夫ですよ!トレイ貸してくれるみたいね、1人で大丈夫ですか?」
「なら私がお運びさんしようか。」
フレーズおじいちゃん先生が、ニコ!と動こうとするが……おじいちゃん先生、子爵家前当主じゃないの。
彼は治療師として、ペーペーの頃から街中、平民にも親しみ、修行で汚れ仕事もしてきたし、貴族としては規格外に手を動かす、フットワークの軽いタイプなのだが。
外での平民たちとの触れ合いの様子を、グランドは知らなかったのでギョッとした。
ハッ!とグランドの従者が、それはなりませぬ〜!的に自前のトレイをササっと素早く空に、キャフやグランドの前に食べ物を美しくセッティングして。ニッコリ。
「大旦那様、私めに運ばせて下さいませ。美しい女性たちに、良い所を見せられる仕事は、独り者の特権でございましょう?」
ん?あっはっは!
おじいちゃん先生、受けて笑って、ごめんごめん、そうだね、と。
「ピコ、頼んだよ。ただ、ラフィネさんはとっても素敵なお相手がいるからね。」
「なっ!」
ラフィネ、ぽっぽのほっぺ。
「存じております。かの方に競り勝てる者など、そうそうありますまいね。何といっても甲斐性、大きな懐、是非ラフィネさんには、その中でもどこが決め手になったのか、参考までに、なかなか女性のこころが掴めない私に、ご教示頂きたく思います。」
ピコは軽口、ツルツルっと流暢なのらしい。まあ、それも、この穏やかで滅多に怒らない大旦那様相手だからの遊びである。グランドにはこうは対さない。
無口で真面目な従者ピコも、遊び言葉が軽妙な従者ピコも、どちらも同じピコであり。そしてピコは大旦那様も、現当主旦那様も、同じく敬愛している。
「もー、揶揄わないで下さいな!」
顔を両手で覆う、ペシ!と空を叩く真っ赤なラフィネに皆、ニヤニヤふふふ、である。セリューもニフフ。
「それってたつきとーさのこと、だよね!」
ジゥ、ドレも。うんうんニコニコ、なのだ。
「たちゅきとーちゃ、かーちゃとなかよち。」
「ケンカとかグチとか、しないねぇ。」
それを、んん?と聞き留めたのはグランドで。
「そ、それは、もしや、ギフトの竜樹様の事か?えっ、あの方のお相手!?貴族の女性たちが、虎視眈々と奥方の座を狙っていると聞いていたが、そのう、貴女様は……。」
グランド絶句の後、ポッポとまだ照っている頬を、片手でペトッとしながら、ラフィネは何という事もなく。
「いえいえ、グランド様、私は平民ですので。身分の高い方に丁寧に呼んでいただくような者ではありません。えーと、えーと、そのう。竜樹様の事は、私は子供たちのお母さんですし、竜樹様はお父さんですし、何というか、自然にというか……。」
「では貴女は後々、どこかの貴族の養女にでも入られる?」
はい?
ハテナ?なラフィネに、マレお姉さんがくふふふ、と笑った。
「人はエルフと違って、身分に拘りますよねえ。竜樹様は、そういうの、全く気にしていないと思いますけどね。」
そんなのありなのか!?
グランドはびっくりして椅子が5センチ飛び下がった。
我々貴族の、いやいや、王族よりも、ある意味身分が高いかもしれないギフトの御方様。歴代のその中でも、群を抜いて、貴族に民に、国に大陸に、単純な金だけではない豊かさを齎し、またそれが継続している竜樹様。そのお相手が、そりゃあちょっとは綺麗だけど、こんな親しみやすい、そして若さもそれほどではない、この、この、平民のラフィネという女性!?
グランドが口を開けてパクパクしているのを、ふっふっふ、と父のフレーズおじいちゃん先生は横目で。
「グランド、お前、情報が古いんじゃないかね。竜樹様は、新聞寮と孤児院のお父さんとなって、お母さんであるラフィネさんと心を分け合い助け合ってやっていってる、と有名な話だよね。貴族女性たちは、色々思いもあるのだろうけど、神なるお方の後押しがあられる竜樹様に、何だかどうしてか、強引に擦り寄る事ができないらしいよ。ほぼほぼ、諦めているようだね。本人に会うと、話している内に、スルッと思惑から逃げられちゃうんだって。エルフの王子様とも約束をされているしね。身分がというなら、そちらで充分だろうし、お母さんとお父さんが仲良しなのは、この国の、沢山の孤児院の子供たちにも、とても良い事だしね。」
結局、竜樹に下心を持って突撃する女性は、ハシタナイ、とほとんどの貴族女性の間でも忌避される事になり、だけどもっと竜樹様と話したいわ!と彼女たちはワクワクしている。
というのが、現状である。
そして今日、まさにお酒の試飲品評会会場で。
竜樹がその、良識あるほとんどの貴族女性から外れた女性、ザックス男爵未亡人に、下心ありありで狙われて。美の神、ボーテ神を顕現させて美の勝負の賭けに勝っているとは、つゆ知らぬチームラフィネたちである。
竜樹はラフィネとロテュス王子、ひいては子供たちのお父さんとして守るべき所を守るためなら、割と何でもやる。
ラフィネは、グランドに、ニコ!と笑った。
恥ずかしいけど恥ずかしくない。
誰にも後ろ指をさされはしない、パン!と胸を張ってお母さんです!とラフィネは言える。
「そういう事も、奥様のルシオール様はきっとご存じよ。」
アマンおばあちゃま看護師、女性の話は仕事の邪魔なんかじゃないわよ、と言葉でツンツンする。
そもそもピコだって知っているのだ。何でグランドが知らないのだ。いっぱいいっぱいにも程がある。
「おじいちゃま、ぼく、おなかちゅいた。」
くー、と鳴るお腹。
キャフにはどうでもいい話なんである。




