キャフとおじいちゃまとグランド
「おじいちゃまぁ!」
もじもじ、ビチビチ、父親の腕で暴れて、天使の輪っか、胡桃色ボブカットの小ちゃな息子ちゃんは無理くり降りた。護衛がサッとすぐ後ろに付く。
シャツはシンプルで柔らかそうな生成、上品で上等な仕立ての秋色ボルドーの上着は、寒くないように膝上まで。フードつき、上着を揺らして、とたとた、型抜きをしているお客さんの木箱の椅子、隙間をくるくるりん。
いかにもお貴族のお坊ちゃんな子を、型抜きをやっている子供たちは集中していて見向きもしなかったが、見守っている大人たちは、そっと避けて道をつくる。
フレーズおじいちゃん先生は、聞き覚えのある孫の声。ハッとあちこち見回した。後ろに振り返ると、その腕に、どん!といつもの感触。
「キャフ!あぁ、お祭りに来たのか。びっくりしたよ〜。」
フレーズおじいちゃんにそっくりな、長男グランド。その小さな頃にそっくりな孫キャフ。3人、成長過程が分かる幼児、大人、老人。
キャフは、むうぅ、とお口をへの字に、フレーズおじいちゃんの前にまわって、お腹に取りついて、ぷすぷす文句。
「おじいちゃま、ぼくとおまちゅりダメよってゆったのに!どちておまちゅり?うちょちゅき?」
う〜ん、嘘ついたつもりはないんだけど。でも、キャフには、嘘に思えるよね。
クフフフ、と隣のアマンおばあちゃま看護師が思わず笑う。マレお姉さんも、ラフィネも、ふふふ、だ。
「ごめんごめん。お仕事でね、急に、ちょっと心配な子たちに付き添いする事になったんだよ。あ〜知ってたらキャフに、一緒に行かない?って言ったんだけどなぁ!急にだから〜。でも、会えて良かったなぁ〜!おじいちゃま、嬉しいなぁ〜キャフとお祭りで会えて!」
アハハハ、とフレーズおじいちゃん先生は調子が良いのである。
「ほんちょ?ぼくとあえて、うれちい?」
おじいちゃまの顎に両手をペチとつけて、キャフ、問い詰める。
「嬉しいとも。可愛いキャフだもの。」
可愛い、と言われて撫でられて、キャフはご機嫌をなおす。ゆるちてあげるのだ。ニパッと笑って。
「じゃあ、いっちょ、ちゅる!」
「キャフ、お祖父様はお仕事なんだろう。お祭りで何のお仕事だかは知らないが、治療師なのだから何かしらあるんだろうね。さぁ、こっちに来なさい、父様とお祭りするだろう?」
グランドは、腰を曲げてフレーズおじいちゃん先生の背中越し、息子キャフに。
ちょっとチクチク、皮肉含みで、呼びかけた。
「やぁだぁ〜!おじいちゃまと、おまちゅりちゅるぅ〜!」
ヒシッと抱きつき、もみもみ身体を振る。おじいちゃん先生の手、型抜きのお皿が、ゆさゆさ揺れる。
「キャフ!良い子にしないとお祭り連れて行かないと約束しただろう!もう帰るか?」
グランドは厳しい父親なのらしい。だけど、折角のお祭りに来たばかりなのに、帰るだなんて、小ちゃなキャフには残酷である。
キュ、とおじいちゃまのオフホワイトの上着を握って、顔を伏せる。
「ほら、キャフ!こっちに来なさい!」
「……っ、ばっかち…。」
ぽそ、と呟かれた言葉は、何だか湿っている。涙?キャフ、泣いているの?フレーズおじいちゃん先生は、まろい頭を、撫で撫でとした。
「グランド、折角のお祭りの日にまで、厳しくしなくても良いだろう。」
「父上は黙っていて下さい!我が子の躾は私の領分です!甘くすれば、何でも思いの通りになると我儘になる!」
ふー、とため息。
「そんな事を言うけどグランド、お前だってお祭りの日に、どうしても飾り神馬が欲しいって泣いて泣いて、乗っけてもらってニコニコしてた事もあるんだから。」
春、練り歩く飾り神馬は人を乗せない。けれど、子供ならば許される、という所があって、グランドは我儘言った幼い日があったらしい。
アマンおばあちゃま看護師や、マレお姉さん、ラフィネも、くくふ、と笑いを噛み殺す。立派な体躯のグランドに、幼き日の駄々、どんな大人もふにゃふにゃと、あれ欲しいこれ欲しい言うものなのだ。
カッと赤くなったグランドは、言葉も返せなく、ただ。
「父上!」
と怒鳴った。
「……ばっかち!」
「は?」
キラ、と瞳が潤んで睨む。
「おこって、ばっかち!おとうちゃま、いっちゅも、いっちゅも、イライラ、ぷんぷんばっかちよ!おかあちゃまにも!ぼくにも!もっとニコニコちてよ!ぼく、やだ!」
やー、やだー、やっ、やぁ〜
ぐずぐずフンフン、泣き出す幼児の泣き声というものは、人の耳につき、グッと障って嫌な気持ちにさせるものだ。
グランドは。
型抜きの手を止めて、ジッと見上げる子供たちの目、このおじさん何で怒ってるの?という純粋な。そして、怒らなくても……という非難を含んだ大人たちの目に、むぐぐ、と顔を赤らめて拳を握った。
しばし、キャフのぐずぐず泣き泣きタイムである。思うだけ泣かせて、しゃくり上げが収まってきて、宥めるようなラプタの穏やかな曲がずっと流れて、ヨーヨー八重歯お兄ちゃんの静かな技が、ビューンと合間を埋める。
ホーンオジさんは、ニコニコしている。あるよね、あるある。子供が小ちゃな時、その親でいる時、何であんな事で怒ったんだろうって事が。
グランドは、泣いたキャフをどうしたらいいか分からない。
「キャフ、おじいちゃまがお仕事で付いてる子たちに、一緒していいかい?って聞いてみようか。おじいちゃまとお祭りしようかね。」
「………ゥン。」
ズビ、と鼻を啜る音。
アマンおばあちゃま看護師のお膝に、型抜きのお皿を置いて、フレーズおじいちゃん先生はキャフを抱っこポンポンして。
「セリュー、ジゥ、ドレ。おじいちゃん先生の孫のキャフだよ。もし良かったら、仲良くお祭りしたいんだけど、良いかな?」
と3人の頭をつるつると撫でた。
「うん、いいよー!おれとカタヌキする?」
「いいでちゅ〜。なかよち。」
「いっしょ、しよー。」
さあ、キャフ、とセリューたちの側に寄せてやれば、コロンとお目々から溢れた涙を手で拭いて。
「なに、ちてるの?」
「カタヌキなんだって。ヨーヨーとか、できたら、もらえるんだよ!やる?おれとはんぶんこ、すわろ!」
「ジゥはパッチンほちいんでちゅ!」
「もうすこしで、できるー!」
子供たちは、自己紹介なんかしなくたって仲良くなれる、遊べるのだ。
グランドは、怒りとも何ともつかないぐるぐるの胸の中を、はーと息で逃がして、トットッ、後ろに下がった。
すかさず従者が、折りたたみの椅子を広げて。まるで型抜きしている人々を見渡すかのような位置で、ドカリと椅子に座った。
額に手。
「怒ってばっかり……、いつも、イライラ、か………。」
私だって。
怒りたくなんかないのに。




