老いて恋
お昼に間に合わなかったけど更新してみます。
次からはまた朝の更新に戻るかな、って思います。
王宮には医務室がある。
ある、というか、できた。
竜樹が来る前までは、ハルサ王様やマルグリット王妃様、王子たちなどの高貴な方々に対して治療を行う、高名な治療師、医師の2名と看護師がいた。それも、常駐ではなくて、必要に応じて呼ばれるスタイルだった。王様たちとはいえ、貴重な治療師を囲って、大体の時間を暇させて常駐専属にというのは、腕が鈍るということもそうだが、あまりよろしくないという考えからである。
そして、王宮で働く様々な人たちが怪我や病気をしても、仕事を休んで自分でどうにかこうにか、治療院に出向くのが普通だったのだ。
「こんなに大勢の人が、王宮で働いているのに!?医務室がないの!それってどう考えても、誰かが無理しているんじゃない?」
学校に保健室。
中小企業に医務室がある事はあまりないけれど、大きな企業にも医務室があったり。
ちょっとした切り傷、打ち身に。体調を崩した時にお薬を、備え付けのベッドで少しの休息を。お悩みの相談にも。沢山の人がいる場所には、必要な備え、ゆとりである。
王宮に医務室があれば、もしもの時に子供たちも連れて行けるし、どうか設置してみてもらえませんか?
と竜樹のお願いに、ハルサ王様は、うんうん、いいよいいよ、と早速設置してくれた。
王宮の、誰もが行ける医務室は広く清潔な白、1階の外れにある。王宮の中から訪れた時は、廊下に医務室、と真鍮の飛び出しの表札、実直な書体で書かれていて白インクが流されて目立ち、ドア外にも待合の椅子が置いてあって、静かな雰囲気である。
勿論正規な入口はそちら側、王宮の中から行くのであるが、ラフィネたち新聞寮の者や、警護の者が怪我をした時などは、一旦王宮の正面入り口に回って、などは遠すぎる。
外、庭に向かっても裏口のドアがあって、そこにも同じく真鍮の、形はドアに掛けるプレート表札があった。鉢植えの植物などが、一部季節に色付きながらも、その白塗りの木のドアの周りに美しく、誰かが朝、水をやったのだろう、水滴でキラキラしている。裏口周りの庭といっても日陰ではなく、明るい雰囲気だ。
何気ないドアだが、防犯上、万が一ではあるが狙われる点にもなる。エルフの魔法で特定の者がいないと裏口のドアはどうやっても開かない造りである。ラフィネはドアの認証に登録済み。そして中では、無理やりに連れてこられて開けさせられた時のために、教会の転移の部屋前のように、エルフの門番がいるのだ。
「こんにちは、ラフィネです。おじいちゃん先生いますか〜?」
ラフィネかーさとマレお姉さんは。いたずら小ちゃい子組セリューと、まだ、でちゅまちゅ喋りな幼女ジゥと、大人しいけどやっぱりサプリのグミ食べちゃったちゃっかりドレ、3人と手を繋いで、リュックを背負ったまま、サクサク芝生を踏んで裏庭から、医務室をノックした。
コンコン、に合わせて、表札がコトントン、と揺れた。
ちなみに、新聞寮と医務室の位置関係は、くるーりん、と寮のお庭を横切って回り、王宮の建物に着けば、その壁沿いに医務室の裏口がある。ドアトゥドアは5分程度である。
カチャリ、と鍵が開いて、門番さん、緑と青の瞳が左右で違う、また一層美しいエルフの長身男子プラスターがひょい、と顔を出す。口元の黒子が色っぽい。
「ラフィネさん、いらっしゃい。おじいちゃん先生いますよ。今は他に患者さんもいないから、ゆっくり診てもらえますよ。」
「ありがとう、プラスターさん。門番ご苦労様です。」
ニッコリ、プラスターは流れるストレートの金髪を耳にかけ、腰を折ってセリューとジゥとドレを順繰りに、撫で撫でして。
「今日はどうしたの?可愛いこたち、具合悪くしちゃった?」
セリューが、ムフンと鼻息を吹いて、したり顔で。
「おとなのぐみおかし、たべた!おいしかったんだよ!ねんのため、きた!」
ジゥも。
「もう5ちゃいだから、おとなのおかち、たべられるでちゅ。」
ドレは上目遣いで。
「おにいちゃんだから、ぼく、だめなんじゃない?っておもったけど、だから、どくみしたの。」
ラフィネとマレお姉さんは、悪びれない子供たちに、もー!であるが、怒った所で子供のいる場所にグミを紛れ込ませた大人が悪いので、タハハ……である。
プラスター、ええっ!?おおおおぉぅ!と芝居がかって、よろよろ、と後ろに下がり。口元を手で覆う。ニヤニヤしちゃうのを隠すためである。
「な、なんて事だ……!大人のサプリを食べちゃっただって!そ、そんな……。苦しくないかい?お腹が痛くなっちゃうかも…!ピーピーしちゃうかも!?お祭りに行けなくなっちゃうんじゃない?大変だ!おじいちゃん先生に診てもらわなくっちゃ、大変だ、大変だ!」
……ええええっ!?
セリュー、ジゥ、ドレ、なんだか冷や汗たらりである。
そ、そんなにいけない事だった?
お腹痛くなっちゃう!?
お祭り、行けなくなっちゃう!?
「ど、どうしよう……。」
「おまちゅり……。」
「ぼ、ぼく3つもたべちゃった!」
サーっと顔色の悪くなる3人。
ラフィネとマレお姉さんは、おおお、プラスターさんやるわね、と目配せパチパチである。
ウインクしたプラスターは、3人の子供たちの肩を、深刻そうな顔でポンポン叩いて促して。
「さあさあ、早くおじいちゃん先生に、ごめんなさいして診てもらいましょう!間に合うかな!はやっ、早く!さっ!」
うん!と真剣な顔になった3人はトットコ医務室に入る。
治療師のおじいちゃん先生は、クルンと回る椅子に座ってそのやり取りを聞いていたので、口の端が笑っていた。医師の若い先生と、看護師さんのおばあちゃまは、むくくくく、と笑って、3人の姿がお部屋に入るなり、スン、と真面目な顔になった。
おじいちゃん先生も、若先生も、看護師のおばあちゃまも、実はサプリの誤食に関しては事前に情報をもらって対策を考えていたので、余裕があるのだ。
「おじいちゃんせんせー、みてください!」
「ジゥ、ぐみたべちゃったのでちゅ!」
「ぼく3つも!」
おじいちゃん先生は、焦る子供たちに3つ、木のスツールを差し出して座らせて。
「まあ、まあ、一体どうしたって?大人のグミを食べちゃっただって?それはいかんなぁ〜。」
と腕組みした。
「目を離したすきに、移動の時に間違ってお部屋に落ちてたらしいサプリのグミを食べてしまったんです。袋はこちらです。セリューの食べた量は分からなくて、ジゥは1個か2個くらい、ドレは3個です。ついほんのさっきの事です。吐かせる事も考えたんですが、毒ではないと聞いているし、まずは診てもらおうかと。」
ラフィネの説明に、うんうん、とおじいちゃん先生は頷いて。
「それで大丈夫ですよ。無理に吐かせるほど量を食べた訳じゃないと思うし、大量に食べるのはかえって大変なくらいです。まあ、鑑定してみましょう。」
まずはセリューの小ちゃな手を取って、おじいちゃん先生は、むぬぬぬぬ、とやっぱり芝居がかって鑑定をする。
3人順繰りに診て。
「セリューは食べたの3個ですね。確かに子供にとってはちょっと多い量だね。分離もするけれど、まだ胃の中だし、食事で食べた分との塩梅が難しいから、様子を見て大丈夫な分にしときましょう。脂溶性ビタミンは入ってないから、身体に蓄積されないし、おしっこで出ると思うよ。まっ黄色のおしっこが出るよ〜!セリュー、ジゥ、ドレ、おしっこが出たら、おじいちゃん先生に教えてくれるかな?」
「「「はーい!」」」
と元気なお返事である。
「せんせー、おまちゅり、いってもいいでちゅか?」
ジゥは心配なのである。
むーん?とおじいちゃん先生は、3人の子を前にして。
「お祭り、大丈夫と思うけれどね。分離もするしねえ。鑑定でも、急性症状があるほどではないって出てるから……。」
若先生が、そこにトスッと突っ込んだ。
「フレーズ先生、心配なんでしょう。なんたって、初めての子供のサプリ誤食ですからね。一緒にお祭りに行ってはいかがです?……あぁ、そうそう。看護師も必要でしょうねぇ。アマン看護師、是非ご一緒に。」
え!?
とおじいちゃん先生……フレーズ先生は目を見開いて、なんだかほっぺを赤くして。
「いやいや医務室を放ってはおけないよ。お祭りだからといって王宮は通常皆さん働いているんだし、怪我や病気でもあったら。」
「そ、そうそう、そうですよ。フレーズ先生は無責任な事をなさる方じゃありませんよ。」
アマンおばあちゃま看護師も、お耳が赤い。
「デートなの?」
セリューの一言に、はた、とおじいちゃんとおばあちゃんは時を止めるのである。
「ラフィネかーさと、たつきとーさもこんどデートするってゆってた!ホテル・レヴェってとこの、おとまりゆうたいけん?」
「セリュー!!」
ラフィネかーさが真っ赤になった所で、正規の入り口の方から、ひょこ、と顔を出したのは。
「こんにちは。交代要員が来ましたよ。」
白いローブを着た、ふくよかな、おばちゃまの治療師さん。ニコニコと愛想が良い。
「良く来てくれたねー!セリン治療師!フレーズ先生はちっとも交代しようとしないんで、私は週2で休むのに気が引けてたんだよ。さあさあ、お祭りなんだし、2人とも行った行った!子供たちを放ってはおけないでしょう!」
若先生はニンマリと、ラフィネに目配せするのである。
おじいちゃん先生と、おばあちゃま看護師が、初恋の相手同士だったって、本当かしら。
2人とも、違う相手と結婚して、そして連れ合いを既に見送って、子供たちは大人になり独立していて、のんびりと独り身なのだが、うむ。ラフィネの主婦情報網は、お助け侍従侍女さんたちとのお喋りでも充分に広く王宮を網羅している。
おせっかいよね。
おせっかいだわ。
だけど、2人の顔はなんだか、初々しい少年と少女のようではないか。
マレお姉さんと顔を見合わせた後、ラフィネは、コックリ頷いて。
「おじいちゃん先生がいてくれたら、看護師のおばあちゃまがいてくれたら、この子たちも、お祭りを楽しく心配なく、行ってこれると思います。」
ウンウン、と、マレお姉さんも、そしてエルフ門番のプラスターも。




