御使いペタルの見守り
元王女シエルが、はったと御使いペタルを見つめて。
今も自分のやらかしを認めない、クピド嬢へと、神鳥オーブの一撃をもらえるよう、助力を頼み、キリリとする。
オーブの一撃。
やってしまったしでかしを。
それによって痛んだ心の他者たち、ルーシェ、クピド嬢のせいで狙われた落とし屋に、騙され、花街で苦しみ、毎夜心許さぬ違う男性に無体にされた、その体験を。無理を通して心潰された、関わってきた沢山の人々の体験そのものを、自分の体験として夢、みさせる神鳥の罰。
痛みを知れ!
「いやぁ、いいのかなあ?シエルたちには助けてもらいましたから、それくらい出来なくはないんですけれど。」
御使いペタルは、ふわふわニコリと笑って、顔を傾げる。
施術をするルーシェを囲んだ、視察の、元花街組の家族の貴族家たちや、エステティシャンたちが、シエルと御使いペタルの会話を気にしている。
「ルーシェが今、クピドと関わって。他者からの事実を、少しでも気づいてもらえるように、頑張っていますよね。普通の人々っていうのは、そうやって、何の因果か関わってしまった相手と、対話して傷ついて気づいて、立ち上がって癒し、迷い考え、時には逃げて膜の中に閉じこもって、だけどそれだけでは生きていけない。誰しも、多少なりと人と触れ合いながら、自分をつくっていく。直接話せばいい、そればっかりやれば良い、ってものでもないけれど。せっかくの、クピドにとっても、何かを芽生えさせつつある時間を、関わる事でつくっていく何かを、神がやっちゃうと、サクッと、とばして、もしくは短縮なんですよ。彼女たちのつくり上げていく、人生って時間を、奪ってしまうんです。」
簡単にいく。
神の力をいただく事が、良いばかりじゃないのです。
「だって、それが、死ぬまで他者と関わって、知っていくのが、人ってやつでしょう?」
御使いペタルの眼差しは、神のお手伝いだけれどもやはり、人ならざる者。天上に連なる、大きな穏やかな、けれど高みにある優しさと厳しさをもっているのだ。
「もう少し、見守っていましょう。せめて、ルーシェが、エステのフェイシャル施術を終えるまで。」
ニコリ再びの微笑みに、元王女シエルは、ムグッと口をへの字にした。
「……私、私が、クピド嬢みたいだった時、多分、他の人に何と言われても、膜を破って気づく事ができなかったです。だってその方が自分に都合が良いもの。そういう人が変わるなら、痛い思いを同じようにしなきゃなの。神様の、オーブの罰は、考えれば優しいわ。だって、本当に、痛い事が起こる訳じゃないもの。本当に思えるだけだもの。」
ルーシェの気持ちを、痛みを知るのに、本当に純潔を汚されて花街へ行く必要も、ない。
シエルは俯いた。視点の高い、御使いペタルの言葉を、目を見開いて、咀嚼する。
人が可愛い、って神々は仰るけど、こういう所かもしれないなあ、とシエルを見、ペタルは思う。
「クピドの周りは、優しい人ばかりですよね。恨んで彼女を同じ目に遭わせよう、とはしないもの。身分の事があるとはいえ、クピドは、このまま気づかずいけば、未来はどこかで、誰かに手痛い仕返し。恨み返しを受けるでしょうね。」
それさえも学びか、と御使いペタルは、パタリ、ふーわ。羽根を緩やかに動かして、目を細めた。
元王女エクレは、暴れなくなった妹シエルに、御使いペタルに、しゅーんとした視線。
同じくオーブの夢を見た者として、自分は幸運だったのだと思う。気づいて、生き方を修正することができたのだもの。
「御使いペタル様。それでもやっぱり、彼女は、今、気づいた方が良いわ。私たちも、オーブの罰の後に、沢山の子供たちや人たちと関わって、あの罰の意味を知れたもの。ルーシェがエステを終えても、あんまりなようだったら、少しだけお助け願えませんか?」
エクレの考え考えの申し出に。
うん?うん。
「そうだねえ。他者の痛みを本当に思えるということは、なかなかに残酷な所もあると思うけれど。本人にとっては本当なんだからね。まあ、それも学びであるかなぁ。分かった、エステ施術が終わったら、ランセ神様に、いいですかー、って聞いてみるね。」
御使いペタルが勝手にやっていい、ってもんでもないのである。神界も管理はビシッとしている。
広場の大画面は、未だ、『初めてのエステ〜それぞれの美と健康を求めて〜』と静止画美人とタイトルで止まっている。
ルーシェが取材のエステ施術を終えて、会場の観客たちが入り、整い、本番となってからそのコンセプト映像はスタートする予定である。
観客たちは、自分たちも体験することをある者は期待し、エステ施術に興味津々、集まり始めている。テレビカメラが回っているので、ニュース隊のアシスタントディレクター、クーリールが、近寄っていいのはここまでですよー、とステージに距離をとらせ始めた。
ステージの上で、ルーシェとクピド嬢の話を聞く近さにいる、視察の、ルーシェの母、トランキール男爵家キャトル夫人は。夫サンテミリオンに肩を抱かれて、ジッとエステ施術を見守っている。
どこまでも落ち着いている娘。その話す内容は母にとって、やはりとても娘は辛かったのだ、と針で心臓を突かれるような気持ちもしたけれど、自分の言葉で、ハッキリとクピド嬢に、穏やかに伝えられる娘は、立派だと。
涙を浮かべ、どこか胸が熱くなる。
ルーシェの兄、ダミアンも、父サンテミリオンも、痛みごと育ったルーシェ、大人の女性、もう子供だとキャラキャラ身を寄せて揶揄ったりできない雰囲気の彼女を、少し寂しく、けれど背中を手で包んでやりたく、側にいたく思った。
エルフのエステティシャンたちは、ルーシェのあれこれを知らなかったけれど、自分たちも似てジュヴール国に呪われ縛られて傷ついて、踏み躙られた事があるから、多くは語らず胸広く受け入れて、ルーシェは大丈夫、と見守っている。
テレビ取材班にくっついてきた二次試験見学チームは、御使いペタルとシエルたちの会話を気にしながらも、エステ施術から目が離せない。
問題ばかり起こす、と思っていたクピド嬢だけれども、そこまで他者を傷つけるほどの事があったとは。ショックで、撮影中でなくても、口を開く事ができない。
聴覚障がいのクラシャン嬢も、視線の指向で周りの声を拾って、メガネのレンズに会話が文字になって出る魔道具があるので、顔を青ざめてクピド嬢を見ている。
3歳の弟みたいだと、テレビ局に勤められたら、クラシャンお姉様と慕ってくれる皆と一緒に、クピド嬢も何とか仲良くやっていけるだろうと、簡単に思っていたけれど。
エステティシャンたちのまとめ役アドバイザー、ボナ夫人は、心配した風もなく落ち着いて。同じくアドバイザーで息子のアラザンは、心配そうである。これは、ルーシェとクピド嬢、花街へやられた経緯を知っていたかどうかにもよるし、人生経験の違いもあるだろう。
ニュース隊のスーリールは、後で皆に、ルーシェの個人情報、クピド嬢との経緯、ご実家のことを、口止めしなきゃなぁ、と頭痛く思っていた。竜樹様、観念して報告しますから、呆れないで下さい。
カメラマンのプリュネルは、この映像、これからテレビ局に戻って編集するのめちゃ大変そう!とハラハラしながら、少しでもエステ施術が素敵に見えるよう努力している。
男子音声さんオーディは、困り切ってルーシェたちの、エステに関する会話が時折挟まれる、クピド嬢へのルーシェの語りかけを。だけどもう開き直って吐息まで逃さず、大きなモップめいたマイクを頭上から差し出して収音していた。
ある意味記録、うん、これも記録だ、と。
垂れ耳兎少女ルルンと、馬獣人少女シュヴァはシエルたちの隣で御使いペタルを見ては、ルーシェを見るということを繰り返している。彼女たちも心配なのだ。
エルフのウィエ王女カリス王子はやはりエルフ、虐げられた事のある者たちはなりゆきを落ち着いて見ていられる。最悪はこんな事ではないからだ。そして、ルーシェだって、嫌だったんだ!って言っていいはずだ。
ルーシェは、鮮やかな手つきで、角栓と角質の除去、蒸気を当てて肌を和らげ、吸い付くペン形、細身の魔道具をシュポシュポいわせて小鼻のあたりを念入りに。
パック、マッサージ、保湿と進んで。
「クピド様。私は、私が花街へやられた事も、家が共同事業を諦めざるを得なくなって、経済的に打撃を受けた事も。母や、父や、兄が、心を引っ掻き回された事も。貴女様に、何とかしてほしい、とは思っていませんのよ。」
「な、何故よ!私なら、きっと、上手くできるわ!ちょっと、そうね、その、失敗しちゃったかもしれないけれど、これからいくらだって……!」
微笑み、優しい手技。
魔道具から、ほわほわと蒸気が顔を温め、一見何の蟠りもなさそうな様子。
「それは何のためなんです?こちらは頼んでもいないのに?やり散らかした貴女が、それをできるとでも?もう、私や、私の大事な人たちに、関わって欲しくないんです。お願いします。もう私たちに構わないで。お店に来られたらちゃんと接客はしますが。」
「そ、そんな……ひどい。」
酷いのはどちらであろうか。
ピシャリ、拒絶の言葉はいっそ柔らかい。
「貴女が自分を優良な人間だと証明するために、その勘違いを貫き通すために、私たちを利用しないで。竜樹様なら、分かるわ。かの方が、ご自分で思いついたお仕事で、私たちにも、ご自分にも良いように、お互いに、ってするのは、分かるの。私たちの気持ちを、尊重して下さるもの。ちゃんとした、酸いも甘いも噛み分けた、大人なのよ、竜樹様って。そういうのって。」
人として、信用できる人とでなければ、できない事なのよ。
「クピド様のやり方は、拙くて、幼くて、無神経で、かえって悪いことになってばかりです。掻き回さないで。無遠慮に関わってこないで。……さあ、お喋りもエステも終わりますわ。どうでしょう、温かくて、さっぱりして、潤って、気持ちの良いものでしょう?まるで生まれ変わったように。」
ルーシェは皮肉を言ったつもりはなかった。それでも皮肉になってしまった。
ぶるぶるぶる、と震えながら起き上がったクピド嬢は、確かにつるんと卵肌になったが、顔は赤く、腹に胸に、うねうねと気持ちの悪いしこりがあるか、眉が寄っていた。
「る、ルーシェ。あなたはひどい、ひどい人ね!わ、私が一生懸命にがんばったのに、それを、それを。」
「頑張っても失敗は失敗です。それも、取り返しのつかない、ね。貴女には、他人を思い遣る、本当の気遣い、心の優しさ、細やかさが足りません。鈍感すぎます。」
クーッ!!!
悔し紛れ握り拳に立ち上がって、クピドは、ガッとルーシェの胸元を掴んだ。ゆがゆがと揺らす。令嬢だけれど、力は強い。
こんな事、はっきり言われた事はなかった。皆、良かったでしょ、私が上手くやったわよ、と言えば、ちょっと笑って、そうですね、と応えたり。無言な時もあった。嬉しそうじゃない時も。
いいえ、いいえ!そうじゃない!
私は優秀な、人に優しく気遣いできる……。
「御使いペタル様!助けて!」
シエルが叫ぶ。
もう、もうダメだろう。
クピドには、優しい罰が必要だろう。
気づき始めたから怒るのだ。
それは抵抗だが、暴れれば暴れるほど、認めなければ認めないほど、誰にとっても痛い事になる。
エステの実演を、成功させたい、その切なる思いを抱いた、関わる全ての人にとっても。
大人になれない、素晴らしい人物だと思いたい、クピドにとっても。
ステージ外で、もう結構集まっている観客たちも、何事?とざわつく。
と、ふんわりパタタ、羽根をはためかせ、ふわっと一瞬でルーシェとクピドの間に入った御使いペタルは。ぐい、とルーシェの胸からクピドの手を外す。
ふーす、とため息。
「クピド。ダメダメ。ボーテ神様が、とっても楽しみにしているエステを、台無しにしちゃわないで。……仕方ないなぁ、キミ、今のままだと、一生あちこち引っ掻き回す嫌な人で、沢山の人の恨みにまみれてしまうよ。今日はお祭りだっていうのに。……ルーシェ?」
「は、はい?」
黙ってクピドに揺さぶられていたルーシェが、解放されホッとして胸に手を当てて、しわくちゃになった制服を撫で、御使いペタルに応える。何故か分からない安心感と、何故か分からない尊さを、ペタルからは感じるのだ。
クピドの両手を器用に、片手で押さえてピチピチ暴れるのを微風にも思わず、ニッコリと御使いペタル。
「私、ボーテ神様のビタミン、いえいえ、ある方のお使いで、ビタミングミを買いにきました!クピドの事は任せて。だから、グミいっぱい色々買わせてくれないかい?」
ニハー、と笑うこのお方。
親しみもあるのに、言うことを聞くべきだと自然思わせる。
「……ビタミンなどサプリメントのグミは、副作用などのこともあって、いっぺんにいっぱい食べてはダメなので。1日に幾つ、とかってあるのです。そういうご説明を聞いていただければ、そして、買い占めたり転売などされなければ、どなたにもお売り致しますよ。勿論、貴方様にも、充分な量を。」
ウンウン、ニコニコ。
御使いペタルはルーシェの応えが気に入ったらしい。
片手でクピドを戒めながら、もう片手で、ちょっと乱れたルーシェの黒髪を。ちょちょっ、と直してあげて。
はっ、としたルーシェ、そのほっぺに、そっと手、差し出し包んで。
「よしよし、良く頑張った。頑張ったね。本当に頑張ったのは、クピドじゃなくて、ルーシェだね。これから先は、きっといい事ばっかりだよ。」
温かい手のひらに、ルーシェは叱られた後に抱きしめられた子供の頃を思い出し、じわ、と目尻が潤んだ。
食後に、血糖値が高くならないよう、動画みて運動してます。ドスンドスン、ジタバタ。何か良い気がする。
今日はそんなわけで、いつもだったらお休み予定だけど、更新してみました。




