手紙は男を叫ばせる
郵便局のセレモニー。
王様一家やご兄弟、ギフトの御方様である竜樹も、バルコニーに集まっていた。私書箱へ届けられたお手紙が、各宛名毎に、美しくリボンで飾られた木箱に入って、運ばれてくる。
王宮や兵舎、大きな商会など、大まかな施設には、配達される他、地方では、冒険者が配達業務を行う。
中小商人や王都、7都市の一般家庭などでは、数が大きすぎるので、私書箱にあるものを個人が取りに来る方式だ。
手紙が配達されるか否かが、商会の大きさのステイタスとなっていくのだが、それはさておき。
パッパラパラパパーン♪
ラッパが鳴って、「郵便局」という赤い腕章をつけ、白い手袋、緑色の制服を着た郵便局の配達員が、うやうやしく王様へ、お手紙箱を差し出す。王様が受け取って、側の台へ置き、木箱の蓋を開けて、一番上のお手紙を取り出す。
バルコニー下へ集まった民へ、その手紙を掲げてみせると、王様が口を開いた。
「皆の者!ここに初めての民からの手紙、確かに受け取った!私宛の手紙は、国の政務や、民の生活など、多岐に渡って伝えたい事が、数多くあろう。私と担当の者とで、しかと読ませていただく。初の郵便事業を寿ぎ、またこの国の更なる発展を祝おう。情報の神、ランセ神様のお導きの元に!」
うわわわわ〜っ!!!
歓声が沸き起こり、民がばんざーいと称えて、興奮する。王様に、直接手紙が出せちゃうんだ。いっぱいあるから、なかなか読んでもらえないかもしれない。でも、直接声が届くんだ!
ギフトの御方様、ありがとう!の声も聞こえる。
王様が、民のみんなに手を振って、やがて別室へと下がった。そうして、王家と竜樹とで、お手紙拝見タイムである。ニュース隊がそれを、ジーッと撮影している。
竜樹にも、木箱いっぱいの手紙が届いている。王子達を保護しているからか、子供達からの手紙も多かった。郵便事業で、お母さんが番号仕分けの仕事に就けました、毎日パンが食べられるようになって嬉しいです、ありがとう。という母子家庭の子供の、なけなしの銅貨1枚を使った手紙もあった。誰か代書屋ではない、字を少し知っている大人に書いてもらったのだろう、ちょっと文章が変だったり、字を間違えたりしているけれど、心のこもった手紙である。竜樹は、ジーンとくるものを、なかなか押さえ難かった。
「ぼくにも、おてがみいっぱい!」
くふふ、とニリヤが、リボンがけのお手紙箱に抱きついて笑う。
「お、と、もだち、に、なりたいです。いっしょに、あそぼう、だって!」
くふふ、くふふふ!
お手紙って、嬉しいんである。心がポワッとあったかくなるのだ。
「私もいっぱい、お手紙!ラプタの笛、楽しみにしています、だって!」
私も、歌が下手です、でも、笛を吹いているネクター王子様をみて、勇気が出ました。私も笛を吹いてみたいです、って!
ネクターも、お手紙を胸に抱きしめて、クルクルクル〜っと笑顔で回っている。
「私のは、結婚してください、とかきたよ。それは難しいなぁ。」王子様、素敵!って事なんだろう。オランネージュも、満更でもない顔をしながら、次の手紙を開ける。
「王様教育は、大変ではありませんか?私の長男も、厳しくしすぎて、心を患って儚くなってしまいました。オランネージュ様をテレビで見ていて、微笑ましく思うと共に、長男を思い出し、心配しています。お勉強も大変でしょうが、どうかご自分の好きなものもお作りになって、楽しく子供時代を過ごされて下さい。ネクター王子様と、ニリヤ王子様と、仲良しで、とても嬉しく見ています。助け合うご兄弟を大事に、幸せがオランネージュ様に降り注ぎますように。だって。」
色んな人がいるね。
じっと便箋を見て、そっと封筒に入れ、大事に読んだ手紙箱にしまう。オランネージュは年配の人に、なんだか人気だ。期待もされているし、可愛く思われてもいるのだろう。
「色んな人がいて、色んな意見があって。そんな人たちが集まって、この国を作っている、って実感するね。いっぺんに読むと疲れちゃうから、ゆっくり大事に読めばいいよ。オランネージュも、ネクターも、ニリヤも、自分がお返事したいな、と思ったものがあったら、お返事、後で書いてみな。全部にしなくていいんだよ。受け止めるのって、力がいるからね。」
神様じゃないから、全部はできないんだ。なんなら、テレビで、お手紙ありがとう、ってみんなに言おう。
竜樹が言うと、はあい、と3人よいこで返事をした。
ポポン!
竜樹の顔の横で、オレンジの花が咲いた。
いいね5000。
ランセ
『初の郵便事業、おめでとう!
お祝い いいねです。
5000いいね にしてみた!
これからも 頑張って!
ニュースも、いいじゃないか。
明日のテレビも 楽しみだなぁ。』
竜樹
『ありがとうございます!』
ニュース隊が、焦って咲いた花を撮影し、竜樹にランセ神からのメッセージを代読されると、またもやスーリールが感極まって涙ぐみ、プルルっと仕事を思い出して頭を振った。
ハハハ、と竜樹は笑って、スーリールに咲いた花を渡した。
「 ッんなぁっっ!?」
バラン王兄殿下が、突然の大声である。
みんなの注目を浴びながら、プルプルと手紙を握った手を震わせて、便箋を穴が開くほど見つめる。ぐすっ、と鼻をすすり。
「王兄殿下?も、お手紙に感激されたのでしょうか?」
スーリールの、ツッコミに、はっとして。
「ああ、うん、あー、いや、なかなか感動的な手紙で、ハハハ、ハハ•••。」
どよーん、と顔色を悪くさせてガックリする。
竜樹君、後で!とバラン王兄殿下が言うので、ハイハイ、と軽く返事をして、その場は誤魔化された。
「「「みんな、お手紙、ありがとう!!」」」
王家と竜樹とで、カメラに向かってお礼を言うところまで撮影して、ニュース隊は他の人気芸人さんや、騎士団などにも取材する、と足早に去っていった。
「竜樹君、竜樹君、私は振られてしまったよ!」
ぐすん。
音楽家らしく、感情表現豊かなバラン王兄は、夢みるようなタレ目をしっとりさせて、言い募る。
「パージュさんですか?副団長を選ばれたって事ですか?」
「違うんだ!これを読んで!」
『親愛なるバラン王兄殿下へ
いつも、私に優しくしてくださって、ありがとうございます。
あなたとの日々は、音楽に満ち溢れ、楽しく、また、心穏やかな、それでいて心踊る日々でした。
バラン王兄殿下と、エーグル副団長と、お二人のいずれもを選べない、悪い私をお許し下さい。
元彼達が言うように、私ではお二人の幸いになれないのだと、痛感しています。
ただ、心でお慕いするばかりを、お許し下さい。
あなたの幸せを心から願って
さようなら
マルク・パージュ』
「•••こんな手紙一通で、諦めちゃうんですか。王兄殿下は。これ、パージュさん、王兄殿下を嫌いでも何でもないでしょ。副団長もだけど。」
「だよね!?だよね!?諦めない、諦めないよ私は!パージュに会う!これから!今すぐ!」
まあ待て。
「エーグル副団長とも合流しましょ。お二人の力が、パージュさんには必要です。」
「ぼくもいく!ちからが、ひつよう、だ!」
「私も!」
「私も、騎士団と図書館だったら行ける!」
みんなで、まずは、騎士団だ!
「ッッんあぁっ!?」
「何だねエーグル副団長。そんなにびっくりするような手紙が、あったかね?」
ガッチリとした体躯の、ロマンスグレー、額に傷持ち、灰色瞳の騎士団団長が、スーリールの取材を受けながら、目を見開いてエーグル副団長を見た。
スーリールは、手紙って、大人の男の人を、大声で叫ばせるほど威力があるものなんだなぁ、と感心する。
「はっ、失礼しました、ちょっと、びっくりする手紙で•••。」
冷や汗流しながら、エーグル副団長は手を揉む。
『親愛なるエーグル副団長へ
いつも、私を楽しくしてくださって、ありがとうございます。
あなたと話し合った本の感想や、一緒に食べた屋台の味、歩き回って疲れて休んだ広場でのひととき、これが本当のデートなんだわ、と温かく嬉しく思えました
エーグル副団長と、バラン王兄殿下と、お二人のいずれもを選べない、悪い私をお許し下さい。
元彼達が言うように、私ではお二人の名を汚すばかりになってしまいます
お二人を、心でお慕いするのだけは、お許し下さい。
あなたの幸いを心から願って
さようなら
マルク・パージュ』
ダラダラダラ。
「おい、大丈夫かね。汗がすごいが。」
「はい、•••はい。急ですが、団長、午後お休みいただいても?」
それは構わないが。
バーン!!
「エーグル副団長!パージュのところへ行くぞ!」
「いくよぉ!」
「図書館のパージュお姉さん、助けるよ!」
「諦めるなぁ!」
騎士団の団長室の扉が、乱暴に開け放たれて。
「王兄殿下、竜樹様、王子様方。もしや、手紙が。」
「私のところにも来たよ。君にもかね?」
はい!
「慕ってるなら、別れなくていいだろ!このまま諦められるか!そうだろ、エーグル副団長!」
「はいっ!あんなクズの元彼連中に、パージュさんの幸せを邪魔させるものですか!私か、バラン王兄殿下か、とにかく最低でもどちらかが、彼女を幸せにするべきです!いや、そうしたい!」
「これは、事件の匂いです!」
スーリールは、リポートを続ける事にした!
そしてそこには、カメラマンの先輩のミランも、しっかり撮影隊に加わっているのだった。ニカカ!と笑って。
図書館では、お昼休憩も終わり頃、パージュは2階の窓を一箇所だけ開けて、空気を入れ替えていた。
古びた図書の匂いは沈殿して、胸に静寂を呼ぶ。あんなにも好きだった本が、二人と出会う以前ほど、興奮を起こさせはしない。新鮮な空気を吸い込むと、頭が冷える気がする。
あのお二人は、人気があるから、私のような瑕疵のある女より、ふさわしい淑女が現れるわ。
どうして気軽に、他の男に身体を与えてしまったのだろう。パージュは、過去への後悔を、しても詮無い事を、ずっと考えている。
押されて押されて、何となくの事だったが、自分で自分を軽くみて扱ったツケがきている。大事にしなけりゃならなかった、自分でも自分の事を。大切に扱われたくなった、二人といると。無理強いは決してしない優しい二人に、いつか、どちらかと思い思われて結ばれたいと願った。
だが、あんなクズ元彼を、二人に近づけたくない。そのためなら、幸せになれなくても、我慢できる。
ふうっ、と息を吐いて、窓を閉めようと手を伸ばす。と。
「「パージュ!」」
「バラン王兄殿下、エーグル副団長•••。」
窓の下、ごちゃごちゃっと、現れた一団の中で、パージュには、その二人だけが、光って見えた。
「あんな手紙、ひどいだろう、パージュ君。あれで私達が、君を諦められると思うかい?」
「大事な女性も守れないで、何が男なものですか!あんなクズの言いなりに、不幸になってやる事はないんです。」
まだ私達は、始まったばかり。
話もせず、一方的に、終わりにしないで!
もっと私達を頼って!
ピィウウィ♪
ヒュー! と誰かが口笛を吹く。
「だって、だって私だって、お二方が大事なんです!あんな奴らに、お二人を馬鹿にさせたくない!」
パージュは叫んで、涙ぐんだ。
ダメだ。ダメだ。泣いてる場合じゃないのに。
「私達の事なのに、勝手に一人で決めないで。一緒に考えよう。」
「他に方法はあるはずです。愛している人が苦しんでる事に比べたら、何とでもなります。」
ぽろぽろ、きらきらと、涙が2階から窓の下へ光って落ちる。
「お二人が諦めないから、私だって、諦めが、ヒック、つかないじゃないですかぁ!」
ひえーん。
パージュは、窓の枠に両腕をつけて、蹲ってしまった。
「おねえさん、だいじょうぶ!だいさくせん、なの!」
「求婚♡アピール大会、開催だよ!」
「大々的に、テレビでやっちゃうもんね!」
王子達の掛け声に、竜樹は。
すっ、と片手を挙げ。
「今週末、パージュさん、プティさん、侍女長さんへのプロポーズをかけて、選ばれし男達が、自分の見せ所をアピールする大会を開催します!」
みなさま、こぞってご観覧あれ!
「正々堂々と申し込めない、不埒な邪魔する者には、社会的な死が、待っております!」
ニヤリ、と笑った。
「あのう。」
パーンが、おずおずと、建物の影から、王兄殿下とエーグル副団長に向けて、声をかける。
「パージュさんの手紙でしたら、僕が間違って出してしまったんです。最初から、パージュさんは、手紙を出すつもりなかったんですよ。お別れの手紙かなんかだったんですよね?」
「パーン!」
パージュは真っ赤になって、パーンを遮ったが、王兄殿下とエーグル副団長は、途端にご機嫌になった。
「さぁ、泣かないで!今慰めに行くよ!」
「私達が、ついてますよ!」
「ちゅうする?」
「するかも!」
「どっちとするの?」
気がはやり、駆け出す男2人に、王子達もトコトコついて行った。言わずもがな、撮影隊もである。