竜樹のクピド嬢への思い
大画面広場にエステ実演舞台、ルーシェはクピド嬢とトランキール男爵家の家族たちを連れて、ゆっくりと段を上った。どこから見ても分かるように、大画面は一旦テレビ放送を切り替えて、エステ実演のアップロング、データや見やすく編集されたエステをテーマにした動画などが流される。お祭り特別仕様である。
今は準備中、『初めてのエステ〜それぞれの美と健康を求めて〜』と静止画美人とタイトルが映されている。
集まったテレビ取材の者たち、視察の貴族たちが、舞台袖で、エステティシャンの声も分かるほど近くにごちゃごちゃとしている。椅子に座ってしまうと見えにくいので、皆、立ち見である。
スーリールたちニュース隊が、ルーシェに一声かけた。
「あの、エステティシャンのルーシェさん。資料を頂いております、パシフィスト国営テレビの、ニュース隊、リポーターのスーリールと申します。こちらがアシスタントディレクターのクーリール、カメラマンのプリュネルです。その……本日は私に試しのエステをしていただく、という予定でしたが、その。」
クピド嬢にエステする事になっちゃったから。
スーリールも、打ち合わせ外の事と、クピド嬢のリポートへの不安と、ルーシェに話しかけずにはいられなかったのである。
「スーリールさん。初めまして。予定にない事を申しまして、すみません。ですが……もしよろしければ、こちらのお嬢様にお試しさせていただいて、それをカメラで映す事は可能でしょうか?ご質問などには横に付いていただいて、お応えする形で。」
可能かどうかといえば、可能ではある。全ての映像を流す訳ではなく、編集できるから、もしクピド嬢がおかしな事を言っても切って捨てられるし、音声だけ差し替える事もできる。
ただ。
スーリールは、むぐぐ、と唇を引き結び、そして、考えた後に言った。
「できます。できますが、こちらのクピド嬢、正式にはテレビ局の者ではありません。テレビ局の二次試験の、こちらもお試し見学者なのですけれど、昨日から問題を起こしがちな方なんです。」
「ちょ、ちょっと!何を言うのよ!私が問題を起こしがちだなんて!」
ビクッ!と肩を上げてのクピド嬢の苦情は、耳にスルーである。
「ご迷惑をおかけした場合、叱る事はできますが、正直言って、お任せするのに不安があります。いいお仕事に、お互いならないかも……。」
スーリールは、クピド嬢を叱れる実力のあるクラシャン嬢をチラッと見ながら、ひそ、ひそそ。
ルーシェも、ひそ、と応えて。
「存じております。以前より新聞寮で、竜樹様から、クピド様について伺っておりますの。私とは、一口に言えない関わり合いがあるお嬢様なのですわ。竜樹様は、クピド様が二次試験に参加していること、そして本日のエステの実演お試し取材には、クピド様を配置しないよう取り計らったと聞いていましたが、お手違いがありましたのね。」
あー。
スーリールは、私たちが、やっちゃったのか……。とガックリした。
確かに竜樹が、二次試験の見学者たちの振り分けをチェックしたと聞いている。ルーシェとクピド嬢がかち合わないように、とは、竜樹は言わなかった。
もしそれを言えば、2人の間に何があるの?と誰しも思うであろう。ルーシェの花街への成り行きや実家のあれこれを、誰も彼もに言う訳にはいかない。公には、ルーシェは亡くなった事になっているからだ。
クピド嬢たちのチームは、昨日ニュース隊の街頭インタビューを見学したから、今日はテレビ局内のお仕事の見学をするはずだった。
しかし、今日スーリールたちに付くはずだったチーム内のご令嬢が、朝、足首を捻ってしまって、あまり外を歩けない状態に。
それを知ったクピド嬢が、ならば私たちがまたニュース隊に付きますわ!と申し出た。クピド嬢は制作編集室や総務経理、営業、などのテレビに映らない仕事は、何だかつまらなそうだと思ったらしい。
本来ならそんな我儘は通らないのであるが、足首を捻ったご令嬢たちのチームは、内勤を希望している者が多く、テレビ局内を詳しく見られたら嬉しい、建物内ならば、何とか歩いて回れそうだし。と申し出たために、通らないはずの我儘が通ってしまった。
何やかや、ルーシェの事を知らない現場単位で急遽チーム取り替えがあってしまい、ルーシェとクピド嬢が顔を合わせる羽目になったのだ。
「よろしいんですの、スーリールさん。竜樹様は、おっしゃっていました。」
何故、問題が沢山あるクピド嬢を、テレビ局の二次試験まですすめたか。人手不足で、あまりにあまりな人物以外は採用すると決めている竜樹たちだけれども、それにしても、クピド嬢は爆弾のようではないか。
「不思議に思うかい?」
と竜樹はルーシェに、へにゃ、とちょっぴり困り顔をしながら言った。
「クピド嬢は貴族のお嬢様だね。そして、エステ店は、貴族の女性もお客様だ。このまま出会わない確率もあるけれど、どこかでルーシェとクピド嬢が出会う事も、きっとあるかもしれない。その時。」
クピド嬢が未来も今のまま、自分勝手で無神経に、周りを引っ掻き回すことをやめられなかったら。
エステ店に、クピド嬢がまた何か振り回し邪魔をする事にはならないか。
ルーシェ、君は、心を波立たせず、お客様としてクピド嬢に接する事ができるだろうか。
悲劇がまた一つ、引き起こされはしないか。
そうして、ルーシェの事だけじゃない。
狭い貴族社会の中、お嫁に行ったとしても、クピド嬢が身分と豊かさに頼み、このまま傍若無人に振る舞う損害を、ただ黙って周りが受け入れていていいものか。テレビ局に、貴族社会に、ひいては民たちに、害なす者となるのではないか。
「力のある傍若無人な人って、そんな強いものないよね。世の中には、色々な人がいるとはいえ、なんだかんだで、後々、俺たちに影響してきそうじゃないかい?だったら、今のうちから関わって、ダメならダメって決定的にテレビ局としても離れておくし、何とかなるならしておきたい。」
人を変えようとは傲慢な事か。
だけれど。
「テレビ局は貴族家の継嗣以外の者が働きたいと多数応募している。身分に関わらず、意見の言える風通しの良い職場にしようと社風を作ろうとしている。そこで、クピド嬢には現実を見てもらいたい。」
気づいて欲しい。
クピド嬢が自分を特別だと思うように、周りの皆も、それぞれ自分が主人公の、唯一無二の人生を、特別な人生を送っているのだって。
誰にもそれを、取るに足らないものだと言う権利なんて、周りに勝手にされていい理由なんて。
どこにもないのだって。
ルーシェは竜樹の言葉を反芻する。
そして、スーリールに頷いて見せる。母、キャトル夫人に。ボナ夫人に、頷いて見せたように。
「クピド様には、私、結局、何かとご縁があるのでしょう。でしたら、今日、逃げずに当たってみたいんですの。お互いに、よきお仕事にしてみせますわ。スーリールさん、お願いします。」
そう言われては、スーリールたちニュース隊は、頷くしかないのだ。
「クピド様、こちらのエステベッドをまずはお椅子に致しますね。こちらにおかけになって、お肌や身体のお話を伺いましょう。」
ルーシェがニッコリ笑ってクピド嬢を促す。
クピド嬢は面白くなかった。今までにない事、皆がクピドを、はっきり面倒な手のかかる者として扱っているように思う。忖度が剥がれたのだ、とは気づきたくない。見たくない。
なので、ルーシェに従わず。
「貴女は、キャトルおば様の娘さんの、ルーシェ嬢なんでしょう?私が共同事業を邪魔してあげたから、花街から、お家に帰れたのよね?」
ルーシェはニッコリのまま、椅子へクピド嬢の手を両手で取って、柔らかく促す。
そんな訳がない事を、さて、どう伝えれば良いものか。




