ロンと子犬
調理台は整理整頓されている。
ピティエは、お茶を淹れ、ドゥ芋大福と栗餡しぐれ、それから練り切りも一つ、お皿にぽんぽんと乗せて黒文字を添え。
自分の脇に座る小さな尊いお客様に、お茶と合わせてそっと差し出した。
ボンボンテール神は、ふぅあくふっ、と嬉しそうな声をあげて、小さなセット盆ごと受け取り、チマッとした膝に載せる。
ぷす、と黒文字で刺したのは、栗餡しぐれの方だ。
ニコニコ、お口を、あーっく。
「ピティエ!きたよ〜!」
「ピティエ様〜!すごいね、お客さんいっぱい!」
アルディ王子とエフォールが、とっとこガタンコ、ピティエがお茶を淹れ終わってスッと立つ調理台に近づく。
白熊眷属レザン父ちゃんの抱っこなスヤスヤすーすーロンも、後ろから。ほっぺをレザン父ちゃんのむっくりした筋肉の形にへこませて、ムニャ、すふー。深く息を吸った。
「ロンも来たよ。レザン父ちゃんも一緒だよ。」
アルディ王子が、見えていないピティエに、4人で来たよと教える。
エフォールも。
「ロンは、お昼寝しちゃってるんだ。」
とヒソソ、声をひそめた。
もぐもぐ、と気にせず食べているボンボンテール神は、ないしょね?って事だから、見えていないのだろうアルディ王子たちに、ピティエはシレッと普通に返事をした。
神なるお方を、こちらの都合で無理にお構いするより、自由にしていただいた方が良いのだろうし。調理台の内側、ボンボンテール神様のお姿は、丁度魔道具ケトルや小分けになっているお茶っ葉の小棚などで隠れている。
レザン父ちゃんだけは、見えないそちらを見て、ふ、と笑ったが。モグモグ、すすす、とお菓子を食べてお茶をほろほろお口に味わう、少女神を放っておく事にしたらしい。
「良く来てくれましたねえ、アルディ殿下、エフォール。レザン父ちゃんにロンも、ロン、ふふふ、ほんとだ、お昼寝の時のスースーが聞こえる。」
話題の中心になったのを分かったのかどうか、ロンの瞼はピクピクして、睫毛がふふ、と震えた。
「せっかく美味しいお菓子があるんだのに、ロン、がっかりしちゃうから起こす?」
「お昼寝の途中で起こしたこと、そういえばないですね。どうなんだろ?」
少年2人の会話に、ピティエは苦笑しながら。
「お昼寝させておいてあげようよ。お菓子はお持ち帰りもあるから。目が覚めたら、食べる?って聞いてあげたらどうかな。」
小ちゃな子を起こすのは、その安らかな寝息、無防備で幼気な寝しぐさからしても、どうにも可哀想なのである。
「そろそろ起きる時間なんだけどね。結構歩いたから。お菓子を鼻のとこにふよふよ〜ってしたら起きるかな?」
ニシシ、と笑うレザン父ちゃんは、ロンの頭をそーっと撫でこ。
「満席なんだね、ピティエ様。どうすればいいのかな、予約とかってとってる?」
エフォールが聞いた時。
はっはっはっはっ。
バサバサ、ふりふりふ。
んん?と皆が足下を。
舌を出して、首輪のない毛むくじゃらの子犬が、尻尾ふりふり、調理台の前に。
ワン!ワウ、ワウ!キュン!
ククウ、ワン!
ダッダカダッ!と丸くそこでぐるぐる、土煙。子犬は興奮しているようだ。
「どこから来たコだろ?」
「野良ちゃんかなぁ。」
子犬は可愛いがここは通り出店といえども飲食店である。野良の子には、ちとご遠慮願いたい。ピティエは胸に付けていた片翼バッジを黒ベストごと摘んで、口元に寄せると、小さな声で指示を出した。
「こちら調理台、野良ちゃんかもしれない子犬一匹はしゃいでいます。トラブル担当1名、傷つけないように、また噛まれないように気をつけて捕獲願います。」
ジー、ザッザ。
『トラブル担当トリコ、了解です。ただいま、そちらへ向かいます。』
片翼バッジは魔道具マイクになっているのだ。良く見ればピティエの右耳にも、銀の片翼イヤリングが控えめについて、そこから応答の声が上手く響いた。
ほえ〜!と何だかカッコよく指示出ししたピティエに、少年2人は驚きのまなこである。
ワン!キャワンワン!
子犬はトラブル担当トリコがこちらへ小走りで向かってくるのも気付かず、しきりに吠えては遊んでと。
ピクピクしていたロンが、ビクン!と震えて、はふ!と起きた。途端に。
「うわぁああん!……ダメ!ダメなんだよ!あちいけ!あっち!もう!くるな!いぬ!ダメ!」
ビチビチと暴れるロンを、おお?とレザン父ちゃんは一旦下ろしてやる。
と、子犬がまさかの調理台の中側へぴょんぴょんと走り込んで……ロンもふにゃふにゃ、追いかけた。
子供と子犬、お客さんたちはそれを、あらあら、なんて笑って見ているけれど、レザン父ちゃんには分かった。
ロンは、本当に必死で、起きぬけで訳が分からないながら、身体を張って。
何かを、守ろうとしているんだって。




