お菓子を食べに神きたる
喫茶室プラージュは、高級なお店と庶民的なお店の境目、混ざり合う気水域のような場所にある。
ピティエがあまり沢山動かなくても、お客さんの全てを把握できる、小さなお店だ。
お祭りの今日はドアが開いたまま、ドアストップで止められて。真鍮の喫茶室・プラージュと洒落たプレートの足下には、告知板が立っている。
『本日喫茶室プラージュ、店前ジャサントゥ通りでも営業中!』
ジャサントゥ通りの道幅はプラージュ店前までは太い。高級店に一角馬車で乗りつけられるように、またすれ違えるように。余裕があるのだ。
庶民的なお店の所になると、道幅が狭くなる。両側のお店を徒歩で見るのに、あまり広いと閑散とした雰囲気が出てしまうから。
今日はプラージュが縁台を12台出している。道の真ん中に、堂々と。
誘導の者が旗を振っている。馬車は少し離れた川沿いの道に並べて停めてもらい、そこから徒歩、歩いてジャサントゥ通りを楽しんでもらうようになっている。
身分の高い者も、そうでない者も。
いつもの5席、ちょっと難しそうな身分ある方々を喫茶室プラージュで。
そしてジャサントゥ通り道中出店ではそれ以外のお客さんを。
その2つを基地に、ちょっとだけ庶民的な通りを楽しんでみよう、だとか、少しだけ高級なお店の雰囲気を見てみたい、お得なお祭り特価もあることだし、だとか。
高級店もよくしたもので、お祭り特価品は店前でワゴンなどを出し、上品な店番もそこにいて。例え粗末な服を着ていて店中に入るのが躊躇われても、その場だけで買えるようにしている。
身分ある方々も、庶民も。
喫茶室プラージュ店内や、通り出店で、痛む歩き過ぎた足を休めたり、戦利品を友達同士で見せ合ったりと、とても楽しそうだ。
「通り店含め満席です、ピティエ様。」
ピティエの補助役、10歳のコンコルド少年が上品なウエイター姿で嬉しそうに。銀のお盆を胸に、報告した。
「お茶時間だものねえ、はい、こちらお待たせの5番台へ、ねりきりセット。温かいお茶で。お運びお願いします。」
ピティエは、お祭りの雰囲気も楽しみたくて、今日はフープを張った外の調理台で、朝からせっせとお茶を淹れ、お菓子をお皿にセットしている。ピティエは視力が弱いので、その場をあまり動かず、とにかく注文の品を用意する係だけれど、ザワザワとしたお喋りのあちこちが、何だか華やいでいるなと感じる。
本日は席が多いので、お茶は緑茶、温かいものか冷たいもの、カフェインレスの温冷、飲みやすい銘柄で4つの中から選んでもらう。お水もある。
お菓子は季節の練り切り、まあるくて、小さな、黄緑、黄色、オレンジ、赤ととりどりの葉っぱが全面に散りばめられた、きらきらしいもの。そして、前と後ろがないものだ。ピティエでも盛り付けられるように、料理長が考えた。基本的に練り切りはお茶とセットだ。
お茶だけを頼む事もできる。
お茶だけを頼むと、ドゥいも大福と、栗餡のしぐれ、一口でパクッと食べられる大きさのものが、どちらかオマケでつく。こちらはお得に少しだけ甘いものが食べられるので、数がめっぽう出ている。
コンコルドだけが注文お運びでは、全く回らないし、いつもの店内にも店番が必要なので、ピティエの兄、ジェネルーが手配して、アシュランス公爵家から人員が沢山出ている。ピティエだって休憩もしなければならないし。
上品なお給仕、女性も男性も、黒ベストに白いシャツ、銀の片翼バッジがぴかり、踊るように颯爽と銀盆。
同じく片翼バッジをつけた、トラブル担当の護衛もいつもより多い。
ピティエと頭を突き合わせて、お祭りの通り出店の計画をした兄ジェネルーは、あっちが心配、こっちが心配。それでもピティエから考えて色々言い出すのを待ってジリジリしたものだったが、ちゃんと頼ってもらえて嬉しく。
午前中にさっそく店に来て、鋭くあちこち見回して、うんうんと練り切りを食べて、ニコニコお茶を飲み、ピティエに声をかけて肩を叩いて帰っていった。何度も振り返りながら。
調理台で、注文も途切れてホッと一息、ピティエは光と色がなんとか見える目に、なんだか端っこから、ぽーっと輝かしいもの?ひと?
あれは、ひと??
……が、近づいてくるのを感じて。
「もし、お願いしても良いかしら。」
高い声。
ピティエの腿ほどの少女は、側から見れば、光ってなどいない。ツインテールの6歳くらいな幼さ、ツヤッツヤの蜂蜜な瞳に長い睫毛、可愛らしい甘い顔にちんまりの鼻ぷっくりした唇、髪飾りは飴の透き通った赤いまん丸がぽっちり2つ。
ふにゃん?と首を傾げて、調理台を挟んで見上げている。美幼児ではあるが、人以外のなにものでもないと、見えるのだが。
ピティエの眼裏、輝きはあれど眩しくはない。
けれど、いかにも神々しく、ふんわりふわりと7色に光が舞っている。
自然とピティエは胸に手、頭を垂れて、恭しく。後ろで一つに緩く縛った髪が、肩からするんと前に滑った。
「尊きお方、でいらっしゃる?私にお願いとは、何でございましょうか。」
少女は、ニニン!と笑った。
「おや、ピティエは分かるのね?そうね、私、ボンボンテールよ。お菓子が管轄なのよね。そちらの料理長が、今日のお菓子も捧げてくれたけれど、1番よくできた練り切りしか、くれなかったのよ。」
「それは申し訳なかったです。」
つつう、と冷や汗のピティエである。料理長にしてみれば、1番良いものだけを捧げたかったのだろう。気持ちは分かる。だが、この場で言い訳はできない。
しかし、ううん、とボンボンテール神は、ツインテールをパシパシ揺らして、大きく頭を振った。
「いいのよ。皆そうよ、1番良いところをくれるの。でも、でもよ?自分で食べる時、切れっぱし端っこが美味しかったり、余りで作ったのや、何でもない普通のお菓子が、美味しかったり食べたかったりするものじゃない?私も普段ならこんな事いわないのよ?でも、ほら、お祭りだから。気になったもんだからね、芋大福と栗餡しぐれが。」
トコトコと、ボンボンテール神は調理台を回ってきて、ピティエが疲れた時に座れるよう、用意されていた木のスツールに、ピョコン!とお尻、飛び乗った。
「満席だから、ここでいいわ。とくべつに、お茶とお菓子をお願いしていい?」
「もちろんですとも。こちらでよろしいんです?」
他のお客さんを退かしたりはできないだろうから、ピティエは聞いてはいるけれど、どうにもしようがない。ありがたい話の分かる神様だな、そして可愛い、とほっこりしていた。
「うん、いいの。ここがいいわ!目立たないしね!あのね、お兄様神やお姉様神たち、なんか宴で盛り上がって、お祭りで気になるものをそれぞれ買ってこようじゃない、ってことになってね?バレないように、万が一にもお祭りで、人の子らを混乱させないように、って事だから、ナイショでおねがいなの。」
しー、よ。
といかにも幼げに、唇の前に指を立てるボンボンテール神は、くふふ!と笑って、足をゆんゆん振った。
「では、お持ち帰りもご用意しましょうね。」
「うん、ありがとう。」
調理台の外からは、ボンボンテール神が見えない。
ピティエがゆっくり、温かいお茶を丁寧に淹れているのも、今までの他のお客さんへの対応とどこも違わず、けれど。
どこかその様子は静かで、真剣で、そして楽しそうでもあるのだった。
沢山の人がこの場にいるけれど、ボンボンテール神がここにいるなどという事を、ピティエ以外、誰も知らない。




