ディスティナ神様の微笑み
ぐしぐしと泣くトラジェに、ハピ母さんが寄って行って。
肩を抱き、髪を梳きながら。
「私は、ごめんなさいって、言って欲しいわ。トラジェちゃん。私はお母さんだから、ショワの仲良しなトラジェちゃんの事、娘みたいに思っているし。娘がいけない事をした時、ごめんなさいって、言える子でいて欲しい。それに、トラジェちゃんを許したいから。」
エトも、骨折して痛かったしね。
と、お胸にトラジェをぎゅうぎゅう、ぽんぽん背中を叩きながら言った。
ショワも、エトも、そしてトラジェちゃんも。
「3人とも、大事よ。だから、このまま今までみたいに、トラジェちゃんを可愛がる事も、勿論出来るけれど。スッキリしたいじゃない。いつまでも、あの時ね……なんて、言っていたくないの。」
許したいから。
この先も繋がっていたいから。
謝れる機会がある、やり直しがきく。それはトラジェにとって、甘い、優しいやり方である。
謝らないで良くて、だけど、近くにいる事を宣言したショワのやり方は、もっとトラジェに、迫る熱さを運んでくる。
「そうだよ、痛かったんだよ!でも、俺も、謝ってくれたらそれで良いよ。」
エトも、むぷん、と怒った顔をワザとした。仕方ないのだ。弟ってやつは、姉に対して、ソンな役回りなものである。トラジェも、姉のようなものであろう。
程よい温もりの関係の、ハピやエト。何も言わないティザン父ちゃんも温かい。
近く熱い姉妹、ショワ。
遠く、見守るロン、エフォール、アルディ王子。ファフニール、トール、レザン父ちゃんなどの、色とりどりで常温の、けれど決して冷たくはない他者。
トラジェが嵌めたトロットサンダッツでさえ、この占い師の少女を咎めるような目はしていない。
占い師の教え導く。優しくも厳しい目のモントレお師匠やルルーシュ。
それらが絡まって、トラジェを取り巻いている。
ふいに。
それが、その編み目が、ぼんやりと心の中で、人と人とが、繋がって関わり合って、どこまでも広がっているんだな、とトラジェには分かった。
運命のディスティナ神様が、今気づいたの?と微笑んだものか、ふいに。
過去、養われて虐げられていた家、その裏で、1人ぼっちで泣いていたあの時よりずっとずっと。
それは怖いことで、だけど、あの家の裏に戻りたいとは、決して。
決して思わなかった。
トラジェは胸を押さえて、ギュッと絞った喉から、出ない声、はく、はく。
「ご、ごめ、さ……。ハピおばさん、エト、ごめんな、さ……!」
ロンは、ふわぁ、と欠伸をした。
ムニムニ、と瞼を擦って、ちむ、と胡座で抱っこのレザン父ちゃんのシャツを口に含んだ。むぐむぐして、寝るのに丁度良い位置をごそごそ探して、ん、こうかな、どうかな、こてんこ。
す、す、すふー。
とあっさり眠ってしまった。
「ロンは寝ちゃったね。」
「私たちの、トラジェのお客さんのアンケート、どうする?モントレお師匠さま?」
エフォールとアルディ王子は、せっかく聞いたのに!なんて言わなかった。小ちゃい子が寝ちゃった時、何が途中でも、しーするのは、いつものことだからだ。
レザン父ちゃんが、ニカ、と笑って、部屋の隅っこに寄って、片手でくるーり、天に円を描いた。つう〜と白い光が指の後を追う。
ぱくぱく、と口が、聞こえないから大丈夫、と動く。防音の結界である。
モントレお師匠の講評とトラジェのお客さんへのアンケート発表を安心してやって。
悩めるお客さんたちの、癒しで心を整える、そんな占いを未熟ながらできているから。ショワと学び合って、癒しの段階を過ぎ、勇気の足りないお客さんの背中に寄り添い、一歩だけ前へと指し示す事ができたらもっとよい、精進しなさい、となった。
シールを貼った板は、ショワのものより貼られた数は少なかったが、何となくお客さん同士で色味を合わせたそれぞれは美しかった。トラジェは涙で腫れた瞼、胸に板を抱いて、エフォールとアルディ王子のメモも受け取り、ありがとう、としおらしく言った。
「占い勝負は、結局どっちが勝ちなの?」
弟エトの疑問である。ハピ母さんが、これ!無粋だぞ、とほっぺをツンツンしたが、勝負は勝負じゃん、とエトは思うのだ。
モントレお師匠は、う〜ん?
と姉妹弟子に目を遣って。
「ショワに足りないものを、トラジェは持っている。トラジェに足りないものを、ショワは持っている。勝負は無効、としたいところだけれど、あえてこれからも競い合う姉妹のために、今日の暫定を出そうか。」
ショワか。
トラジェか。
占い勝負の結果は!
「今回の勝者は。」
ごくり、とエト、エフォール、アルディ王子が結果を待って喉鳴らし。
ショワとトラジェも、ピッと真面目な顔をして。
「ファフニール嬢、とさせていただこうか!」
んん?
とお茶を飲んでいた、面白大好きファフニールが、視線を浴びてニン?と笑った。
「ええっ!?ええ〜っ!?」
「ファフニール様占いしてなくない?モントレお師匠さま?」
「そんなのあり?」
少年たちは、びっくりこなのだ。
ショワとトラジェは、あ〜、と何だか納得している。
「占いとはね。」
うむうむ、と少年たちに、モントレお師匠はゆっくりと諭すのである。
「癒しで、前への一歩の促し、気付きで。無責任で、だけど一時の真剣な関わりで、そうして、お客さんに、何らかの良い変化を齎すもの。心の中を整えて、凝り固まった視点から、あっと違う所へ連れて行ってくれるもの。こんな考えがあったのか。こんな見方があったのか。それができたら、お客さんは、随分心ほぐれて、自由になれると思わないかい?」
それが一番できたのは、占い、そのものではなかったけれど。
笑い話だったけれど。
ファフニールの婚活話だったのだ、と、ファフニールとトールを見ながら、モントレお師匠は言った。
「占いの腕は、読み解き語る、その喋りの腕でもあるんだよ。説得力がなければいけないんだ。ショワとトラジェは、そのまんまファフニール嬢を参考にはできないけれど、ぽーんと有無を言わせず違う視点へ連れて行ってくれる、その腕を、結果トール氏を救ったやりようを、学ぶといい。」
ショワとトラジェは、不満もない。心当たる所があるから。
「はい、モントレお師匠さま。」
「はい、学びます。お師匠さま。」
「さて、私はそろそろお茶もいただいたし、帰ろうかしら。ダンナと娘が待ってるわ。こんなにのんびりお邪魔しちゃって、ハピさん、ごめんなさいねぇ。」
ニコニコしていたルルーシュは、なんだかんだショワとトラジェの姉妹弟子の行末を心配していたのだろう。よいしょっと、立ち上がった。
「あらあら、ウチは大丈夫よ。娘たちをありがとうございます、ルルーシュさん。」
ハピ母さんとの主婦やりとり、玄関の方へ。いただき交換果物を籠に入れて抱えて、じゃあ…となったところで。ドアにノック、ココン。
あら?
と開ければ、そこには眼鏡をかけた優しそうで穏やかな顔の男性と。男性の耳をにぎにぎしている抱っこされた、ちょんぼり赤リボン髪の赤ちゃんが、ちむちむ指を吸っている。
男性は、赤ちゃんのお尻を抱っこした先の手に、魔道具ラジオを持っている。
ジジジ、ザーザー、と雑音。
「あら、ダンナが来ちゃった。」
えへ、と笑うルルーシュに。
「遅いよルルーシュ。ハピさん、うちのがすいません、長くお邪魔して。ちょっとちょっと、今ラジオ聞かないでどうするのルルーシュ!」
ええ?
と皆、耳をそばだてて。
チューン、と調子を合わせる魔道具ラジオの音を聞く。
『ザザ・ザーちから・ザーでるぞ〜チューン かみたまご♪……チッ チャラリ〜ン・はーいCMあけまして引き続き、今日はお祭り2日目、公開収録で大画面広場、クレピッピサーカスに連なる屋台店近くに来ています。アナウンサーのチャーリでーす!屋台店の皆さんやお客さんを突撃でブースにお呼びして、インタビューしつつ、進めてまいります。収録ブースには占い屋台のヴァニーユさん、こちらには元々住まわれて、先輩占い師さんと占い勝負で、激闘!負けて!修行に出たのを、この度帰ってきたと、そしてクレピッピサーカス近くの屋台店で占いをしながらその先輩を探していると、そこまで伺ったところでした〜。』
ロンは、スースー眠っている。
少年たちはびっくりの顔、大人たちは、ああ!とほんわか顔。
ルルーシュは、ニコニコして赤ちゃんを抱き直しているダンナ、時計屋オルロが持ってきたラジオを両手に乗せて、ふ、と虚をつかれた顔で。
視線はその小さな、音を発するラジオに釘付けで。
『では、ずっとその、先輩占い師、ルルーシュさんを探されてきたと。ルルーシュさんに会って、まずはなんておっしゃりたいですか?』
ショワとトラジェも、息を潜めて。
『私、ずっと、ルルーシュお姉ちゃんにくっついて、守ってもらってきました。負けても、いつもホッとしていました。ずっとお姉ちゃんと、妹で、私は前に出る事はないんだって。だけど、それじゃあ、人の後ろにいたんでは、守れないものがある。占い勝負に負けて、知りました。……私は修行して、少しは成長したと思います。今度はルルーシュお姉ちゃんを助けられるようになったよ、ようやく一人前になったよ、って。言いたいです。』
ラジオは流れ続ける。
ヴァニーユの屋台は明日もやっていること、ルルーシュがいたら、訪れてほしい事。
チャーリアナウンサーに促されて、ヴァニーユが、呼びかける。
『ルルーシュお姉ちゃん!』
『待ってるから、きてね!』
『いつでも、どんな時も、お姉ちゃんがしてくれたみたいに、私もお姉ちゃんの味方だからね!』
『会いたいです、ルルーシュお姉ちゃん!』
『ルルーシュさん、もしラジオを聞いていたら、是非大画面広場のクレピッピサーカス近くの占い屋台店まで、来て下さいね!それでは、占い師ヴァニーユさん、ヴァニーユ・リーブルさんのインタビューでした!』
ルルーシュは。
ラジオを見つめたまま。
ふわぁ、と段々に花開く笑顔で。
ダンナのオルロと娘ちゃんに目を向けた。
葵さまに感想で、ロン眠くなっちゃわないかな、といただいて、まんまと眠くなってみました。でも大丈夫、ピティエのお茶屋まで、一眠りしてお茶で、お口を潤して、ちょうどいいかも。ご安心ください。




