リルケ男爵家ファフニールの婚活 10
いい夫婦パーティ、いや、パシオン侯爵家当主夫妻結婚45年記念パーティの当日となった。
ファフニールは、前日からベルゼウス伯爵家へ泊まり込んで、念入りにビューティーの調整、お支度の準備をしてきた。
ペルーシュ夫人付きのお支度担当な侍女たちプラス何人かは、いつも地味で決まりきったお支度で鈍った技術とセンスを、レッキスの兄嫁なコンフィズリー伯爵家グレースの家で修行し直した。
そして、若い、レッキスの婚約者に是非なってもらいたいファフニールへと、張り切って、もう、もう、楽しく盛り上がってお世話をした。
女性同士、一緒にお支度をしていると、ペルーシュ夫人も何だか興に乗ってくる。お義母様として、若々しくないとね!なんて張り切って、いつもより彼女も、清楚で年齢相応に落ち着いていながら華やかに、楽しくお支度している。
レッキスも、隙がないように念入りに計画して支度をした。
今まで、身体が弱くて、こういった公のパーティに、あまり出ていなかったけれど。ベルゼウス伯爵家を継ぐのならば、他の貴族家当主やご家族たちとも、コミュニケートし馴染んで、ちゃんと話が出来るやつ、と認めてもらわなくてはならない。
すぐに話上手になどならないけれど。レッキスは、領地経営の勉強は合っていたのか、机上ばかりだけれど進めていたし、若くて分からない事もありますから教えて下さい、とまだ請える年齢でもある。それを言っていい人が誰か、も見抜けないといけないのだ。侮られてはならない、だが、傲慢になるのはいけない。謙虚であり、弱気ではいられない。他の皆と同じ舞台に立つということは、表に出る覚悟を持つ事だ。
身だしなみを整えていれば、臆する気持ちの少しは、自信に変換も出来よう。そのために、念入りに、自分を把握して美しく着飾るという事を、レッキスは真剣にやった。
結果、まるで王子様な麗しい青年が、ここに爆誕したのである。
どこか儚げな。線の細い、けれど男性であるから、基本の筋肉もある、すっきりしっかりとした若鹿の体躯。
白金の髪はミリ単位で整えて、自然な揺れも取り込んだ。サラッと風に乱れるのさえも色っぽい。透けるような白い肌に、少し興奮した薔薇色の頬、唇は、そこだけ絵の具をつけて咲いたような、瑞々しさを持つ。
そして、どこか、心が満たされた事によるしっかりした余裕の表情。
キラキラと深い煌めきの、紺色の瞳。
昼と夜が同居する、少年を脱しかけた青年の繊細な美しさ。
王子の冠をつけたなら、肩にマントを纏うなら、翻し翻し、さぞかし似合う事だろう。
装いは白である。差し色に、ファフニールの髪の色、オレンジっぽい茶色を入れた。爽やかでいながら、落ち着いていて、また、パッと目を惹く。
とはいえ、女性より男性の方が支度に時間がかからない。
ファフニールのお支度を待って、ソワソワと部屋で待っている。服に座り皺もつけたくなくて、椅子に浅く、慎重に腰掛ける。
「ファフニール様のお支度が出来ました。」
ラムダ老執事が、レッキスを呼びにきた。
今日のパーティは夜会だから、まだ時間がある。それなのに午後、夕方にはならないこの時間に準備を終えたのは、ファフニール嬢の美しく着飾った姿を、リルケ男爵家のご家族に見せたいから。寄ってからパーティに行くためだ。
貴族向けの写真館からも出張してもらって、沢山家族で写真を撮ってもらうつもり。
勿論、レッキスとファフニールの、美しいパートナー姿、2人の写真もバッチリ撮る。レッキスが欲しいからだ。
「ファフニール……?」
扉をラムダ老執事が開けてくれた。
吸い込まれるように、室内に入れば。
そこには、朝のオレンジの花が。
爽やかに、朗らかに、ふわっと咲いていた。
ニッコリ笑ったファフニール。
白のドレスには、差し色がレッキスの瞳の紺。胸の辺りがグラデーションで夜の空から朝焼けに。印象的に、金ビーズがチラリ、キラリ。さやかな星か、明けの明星か。朝露のガラスビーズが、ツヤひかり。
あまり広がりすぎない、柔らかで繊細な布を幾重にも重ねて、肩には薄布が1枚、透けている。その丸さも、愛おしい。
奔放で自由なその髪も生かして、くりくりと踊らせながらも結い上げて。ゆる可愛いまとめ髪には、柔らかな布でつくられたオレンジの花の髪飾りが、小花ちらちら、垂れてゆらゆら、匂い立つようである。
整えられた肌は、お化粧を薄くされて。濃く誤魔化すのではなく、地の肌を生かして、差した口紅のオレンジが明るい。そばかすが薄ら見えているけれど、それさえも生き生きとしている。
ドレスの裾を、ふわりふわ、と蹴り出しながら、ファフニールが腕を広げて。口が薄ら開いて、固まって立ち尽くすレッキスへ、オレンジの花が近づく。
「レッキス様!まぁ!なんて素敵!よくお似合いでらっしゃるわ、こんな素敵な殿方にエスコートしてもらえるなんて、私、有頂天になってしまいそう!」
レッキスの胸に、とん、と手を置いて、えへ!と笑いかけるファフニールは、可愛らしさから、大人の女性としての美しさへと、花開いて。
「……ファフニール、あ、あの、ありがとう。驚いた、すごく、ものすごく、その……何ていうか。」
あく、あく、と口が開かなくなっているレッキスである。端的に言って、めちゃくちゃ好みなのだ。
ファニーなそのお顔も、見つめるほどに明るく、女性の影の部分をほんのりとも感じさせずオフホワイトで柔らかい。好ましい。綺麗だし、優しい、可憐、目に愛おしい。
「私、綺麗になりました?」
うんうんうん!と忙しく頷くレッキス。ほわぁ、と頬を触ろうとして、身支度をした侍女に、う、ううん!と咳払いをされる。細部まで配慮され尽くした、装いなのである。
興奮して触って、お化粧を崩してしまわれては、台無しである。
「き、綺麗だなぁ。うわぁ、こんなお嫁さんがもらえたら、私、どんなに幸せだろうか。」
呆然と口をつく、心からの言葉に、ファフニールは、ふ、くく、と笑った。どんな美辞麗句よりも、レッキスの上手くない、でも心のこもった言葉が嬉しい。
「さあ、レッキス様。ファフニール様をエスコートされて、リルケ男爵家へそろそろ。あちらでも、首を長くしてお待ちいただいていますでしょうから。」
ラムダ老執事の言葉に、ハッとして。どうぞお手を、と何とか格好をつけてレッキスは片手を差し出す。
ファフニールはそこに、つん、と指先を乗せて、ふくくく!と本当に嬉しそうに笑って、次の瞬間レッキスの隣に、腕を緩く取って絡ませて組んで、首をコテンとレッキスの肩に乗せた。
「……ドキドキしちゃうよ。」
「私も、ドキドキしてます!さあ、連れて行って?大好きでカッコいいレッキス様!」
有頂天になったのは、どちらかといえばレッキスであった。
馬車は2台だてである。
ファフニールとレッキス、2人だけでは破廉恥なので、ファフニールのお化粧直しや不測の事態に備えてバックアップをする付き添いの侍女が1人。この侍女はベテランで、何にでも対応できる応用力がある。
もう1台の馬車には、写真館から来たカメラマンと現場を整える補助スタッフが機材を持って乗っている。
「レッキス様、写真館を出張させて下さって、ありがとうございます。ドレスまで、仕立てていただいて。」
馬車の中で、ドレスをふんわりと皺にならないように広げて座ったファフニールの、向かいにレッキスである。侍女は控えめな装いで、ファフニールの側に座った。
「いいや、これで君の使った持参金の代わりにはならないだろうけれど。少しでも、ご家族にも、君にも喜んでもらえたら、嬉しい。」
そうなのだ。
レッキスのお腹に優しい、魔道具ポットや、歩数計や、栄養があって消化のよい食材、気分を上げるための雑貨、お誘いのための軍資金、腹巻きの毛糸玉の材料費、シャツの下に着られる、冷えないための上等な肌着などなど。
リルケ男爵家は、貴族ギリギリ、子沢山で。次女で成人してはいるけれど収入は何らない、ファフニールに、それらを買うための潤沢なお金なんて、ある訳がなかった。
切り詰めて準備してきた、嫁入りのための持参金を、金貨20枚まで、と決めて。父と母、そして嫡男ジャバウォックに頼み込み、ファフニールは手元に貰い受け、それを。
レッキスが元気に、健康になるための投資として使ったのである。
見合いを避けまでした相手に、どうしてそこまで、とレッキスは心がツキリと痛んだ。何の違和感もなく、まるで当たり前のように、受け取ってしまった。
彼女はそれをするのに、身を削って素知らぬ顔をしていたのだ。
デートで、たまたま帰りに、ご挨拶をしにリルケ男爵家に寄った際。ちみっこ5女ティアマト5歳が、お膝に乗っかりながら。
「ファフねえたま、だいじの、じさんきんつかったのですってー!げんきなった?レッキスさま!」
とバッチリ暴露して発覚したのだ。
ファフニールは、大事な話を、ちみっこの前でしちゃなんなかったな、あっちゃ〜あはは〜、とたらり冷や汗。
レッキスは、4男ヨルムンガンド1歳、ヨルちゃんに髪をにぎにぎされながら、ギョッとしたものだ。
あははー、とリルケ男爵家の父、セイグリフと、母、サラは笑うばかりで、不甲斐ないレッキスを責めたりしなかった。まあ、まあ、お家の複雑な事は、ファフニールから聞いていましたから。大変でしたね、今まで、と労わってさえくれた。
嫡男ジャバウォックは、思い人が元気になって、結婚もできれば、財産なんてお互い様でいいんじゃないか?嫁入りの時に、お金が少ない、なんてケチな事を言ったりしないだろ?レッキス様は。
と刺すんだか、飄々と言い切ったので。
「勿論、勿論、持参金がどうので彼女を下に扱う事など、絶対にさせません!家の者にも、使用人にも!」
と宣言をしたのだ。
ジャバウォックは、うん、うん、まあ合格。といった顔をしていたので、ヒヤヒヤしながらも、温かい家庭のリルケ男爵家で。ごちゃ混ぜに、家族扱いされて、何だかホワリと嬉しかった。
父セイグリフは、優しい目で、こんな風にレッキスに言ってくれた。
「継ぐ事を決められたんですねぇ。当主というのは、孤独で、大変な職業でもあります。私は男爵ですが、長く当主をして、人生の先輩とも言えましょう。伯爵家のやり方など知っている訳じゃないですが、お知り合いから聞いた事もまあ、ない事もないから。もし良かったら参考程度に、お話しに来て下さいね。気軽にね。あと、お身体が弱いなら、ウチの娘、ファフニールは丈夫も丈夫だし、祖父ゆずりのしっかりした所がある娘だから、補佐に沢山使って下さいね。妻というのは、本当に、有難いものですから、大事に、末永く、仲良く協力してね。」
母のサラは、また夕食を食べに来て下さいね!とニコニコして、本当のお母さんみたいに手を握ってくれた。
ファフニールの兄弟姉妹たちは、どの子も、へーファフ姉様の恋人ー、偉そうにしないし良いんじゃなーい、って感じで。あれ食えこれ食え、これ見て遊んで、おにーたま、レッキスお兄様、と躊躇いもなく絡んできて呼んでくれた。
えへへへ、と顔が緩みがちなレッキスとファフニールである。良いのだ。お互いのために、できる事がある、それはとても嬉しいこと。
喜びと痛みと。切ない胸が熱くなるような。
大事にする、丁寧に。
それは、とても満たされて。
「ところでね、ファフニール。君、父上に、何か言っただろう?」
しょんぼり、囲った女性と手を切ったベルゼウス伯爵家の父、セティーク。代わりのような子猫、キュキュちゃん。
そして、父セティークの囲った女性たちと話をしてくる、と言っていたファフニール。
誰がどう見ても、何かがそこにあった。
ファフニールは、あー。アハッ、と困った笑顔をして、でも、やっぱりその笑顔も綺麗で。騙されないぞ、とニヤけた口端を、むぐぐとするレッキスだったのである。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
暑いけれど、身体に気をつけて。
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