表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

635/692

リルケ男爵家ファフニールの婚活 9


ファフニールをお嫁にもらいたい、ベルゼウス伯爵家レッキスは、ごくり、と唾を飲み込んだ。

緊張している。


テレビがついている、いつものベルゼウス邸の食堂で、ファフニールがオススメして料理長が工夫した、栄養たっぷり消化のよい朝食を、お腹に程よく摂りながら。


義母、ペルーシュ夫人も、テレビを観ている素振りで、だが、レッキスを気にしている。


父のセティークもいる。

セティークは、モグモグと朝食を食べ、無言でチーズの一欠片を、フォークで割って、足下の猫の餌皿へ摘み落とした。

チリンチリン、ニャ、ニャーン♪と鈴と高い鳴き声、飼い猫になったばかり、子猫のキュキュちゃんがやってくる。トトトトト、軽い足音で跳ねるように。

うみゃうみゃ、とニャゴニャゴしながら、ちょびっとのチーズをはぐはぐしている。


3人、無言でテレビの音とうみゃうみゃが響く食堂、奇妙で何かを孕んだ、少しの緊張を皆がもった空間で、一見穏やかに。ベルゼウス伯爵家の家族全員が揃って朝食を。


こんな時間が、なんと、ここ暫く続いているのだ。


最近、父、セティークが、外の女性の所へまるきり行かなくなった。

老執事ラムダによれば、それなりにお世話の金銭は、今まで通り少なからず発生しているものの、どうやら父セティークは、外の女性を囲うのをやめていきたいらしい。

お相手にも区切りがついて将来、行き先の目処がつくまで面倒はみるけれど。段々と手放してゆく算段をし、お相手達とも話し合いをしているそうだ。


何故。

何故、今。


セティークは、グッと老けた。元気なく、威勢も弱い。

不思議はあるけれど、レッキスには、何となくそれが何でか、想像がついた。


とにかく、父がどうであろうと、計画は進めなければならない。ファフニールがレッキスに心から打ち解けて、お互いの未来を描いて頑張ろうと言ってくれたのだ。

それに応えて、今度はレッキスが頑張る番だ。


「父上。」


父と呼ぶのも抵抗感があるのだが、目的のためなら、何という事もない。


「……何だ?」


セティークは、大人しくフォークを置いて、子猫のキュキュちゃんを柔らかな腹から抱き上げて膝の上、くしゅくしゅと撫でた。まだ子猫らしく落ち着かないが、優しい子なので、人の手を嫌がらない。


「パシオン侯爵家のご当主夫婦の、結婚45年記念パーティがあったでしょう。私も招待されています。婚約者か、恋人候補か、とにかく真面目なお付き合いの女性を同伴で、と。」

「……ああ。いい夫婦がテーマのパーティだったか。」


何と、いい夫婦がテーマのパーティなのに、ベルゼウス伯爵家セティークとペルーシュ夫婦、そしてレッキスが招待されているのである。


それには、レッキスの腹違いの兄、コンフィズリー伯爵家へ婿入りしたムエットが関係している。また、その嫁グレースもだ。





ムエットとグレースは、弟のレッキスから、助けてレターが届いて早速ベルゼウス伯爵家、実家へ赴いた。

まだヒョロいけれど、ピカリンと輝く笑顔のレッキスは、どう見ても適切なお世話をされている恵まれた子息とみえた。

満たされて、ふくふくと。

幸せそうに。


そうさせたのは、恋に違いない。そして、レッキスが恋したからだけでなく、ファフニール嬢のお世話も、身体と心に適切であったのだろう、とムエットとグレースは察した。

ファフニールに一定の評価をしたものだ。


「レッキス、ファフニール嬢は、大変お世話好きなお嬢さんなのかな?どんな子なの?詳しく。微に入り細に入り。ムエットお兄様に教えてごらん?そんな事はないと思うけれど、でも、もしも、もしもだよ?男爵家から伯爵家へ、格上に嫁ぎたいから今だけ頑張ってる、なんて事は……。」


喜びに号泣、ハグの後。

何か難があれば見抜いてやろう、くらいの勢いで、あまりにも直接的にムフーッと鼻息むんむん、ムエットは聞いたのだが。


レッキスは、ファフニール嬢に深く思い入れているのだろうに、気を悪くなどしなかった。

ふふ、と余裕があるのだ、笑って。


「……ムエット兄様は、ファフニールにまだ会っていませんものね。話だけでは、そう危惧するのも分かります。ただ、会えば分かります。今日もファフニール、これから来ますから、会ってくれませんか?」

「是非!会うとも!」


ペルーシュ夫人も、レッキスに口添えする。

「あの娘は、とっても滑稽で変わってるのだけど、私やレッキスを騙したりするような、そんな根性の悪い、浅知恵はないわ。セティークが、ベルゼウス伯爵家の一応当主なアレが、あの娘を嫁にしないつもり、って分かった時に。言ったのよ。どうしてもの時は、貴族である事を捨てて、リルケ男爵家の領主邸で、文官とお手伝いの夫婦になろう、ってレッキスに。そして私もお義母様として、連れて行ってくれるって。」


ウンウン、と嬉しそうにレッキスが恥ずかしそうにする。ペルーシュ夫人も満更でもなさそうに。


グレースが、まぁ!と驚いて、本当に?とお茶のカップを口までの途中の軌道で止めて、目をパチパチする。

「そんな事、リルケ男爵家のお家で許すかしら?」

「お父様とご嫡男に確認したそうよ。良いのじゃない?って雰囲気みたい。」


まぁ、まぁ、まぁ!

ムエットと、特にグレースは、ファフニールが下心ありありの、玉の輿狙いであってもレッキスにそれなりの尊敬と配慮があるならば良い、くらいの気持ちであったけれど。

全く考え違いなのかもしれない、と顔を見合わせた。

まだ、半信半疑ではあるが。


「ムエット兄様。ファフニールは、多分、貴族の位などに拘りはないんだと思います。笑っていたいんですって。些細な事を、面白くするのが、大好きな女性でね。……ただ、まだ、私たち何も頑張っていないだろう、って。外に向けての根回しとか、何か、父が認めざるを得ないような、そんな案を、私たち、反対されて嘆くばかりで、頑張ってない。家の、ファフニールや私たちを慕ってくれる使用人たちも、置いていくのは気が引ける。そう言われて、思ったんです。」


はし、とムエットの手を握ったレッキスの手は、いつもなら冷たかったのに、今はほんのり、温かく。

ムエットは、それに、ゆらら、と瞳が動揺し興奮して揺れた。


「本当にファフニールは、いざとなったら私を引っ張って、貧しくとも楽しいリルケ男爵家の領地へ、連れて行ってくれるでしょう。どこか、覚悟が決まっている人ですから。……私も、いっそ、そうしたい気持ちもあります。でもね、私、ーーーお金がかかるでしょう?」


虚弱体質で、元気になったとはいえ、無理はできない。周りの健康な男子より、ちょっとした事で、寝付く事も、治療師を呼ぶ事も、これからあるだろう。

また、健康でいるのに、基本の生活にお金がかかる手間もかかる。魔道具、食事、時間に余裕を持たせるために、誰かを雇うこと。そんな、面倒さを抱えた身体なのだ。


「私だけなら、何でも良い。だけど、彼女や、ペルーシュお義母様を、そして将来、来てくれるだろう私たちの、その、赤ちゃん……。私のせいで、苦しい不自由な思いをさせたくない、のです。」


レッキスは、男子として、家庭をつくり家族を養うという事について、本当に本気で、悩み、考えたのだ。


「だから、ベルゼウス伯爵家を継いで、彼女と結婚しての、それなりの生活を、まずは目指してみても良いかな、って。」


ーーー頑張って、みたいのです。


「……!よく言ったわ!でんでん虫ちゃん!」


ムエットの手を握るレッキスの上から、兄嫁のグレースは、ガッシリ両手を被せた。ブンブン振る。その顔はニッコニコの笑顔だ。

「そうよ!そう!守るべきものを持って、やっと、でんでん虫ちゃんも大人の男になったのね!偉いわ!ファフニール嬢は、貴方にそれだけの気持ちをもたせた女性ね。賢いのだと思うわ。正直言って、まだファフニール嬢に会っていないから、お人柄は信じきれていないけれど。でもそれが、何だっていうの。これは、貴方が大人になるために、必然の出会いなのでしょうよ!」


でんでん虫ちゃん……。

レッキスとペルーシュ夫人は、その呼び名に、あは、は、と笑ったが、それでも、うくんと飲み込んで。

「まだまだですけど、少しだけ大人になれているかな、って自分でも思います。嬉しいです。グレース姉様。」


へへ、と前髪をかしかし、と恥ずかしそうに上げた。


ラムダ老執事が、話も盛り上がっている所、するりと入ってきて。

やはりニッコニコに、ファフニールが来た事を告げた。この部屋にこのまま通して良いか許可を得て、そうしてムエットとグレースは、ファフニールと初めての顔合わせ。


10分後には大爆笑。


話す度に練られて完成度が上がっているファフニールの婚活話。ウケないでいられようか。


ひー、はー、と腹を抱えてムエット。ハンカチで口を押さえて、笑い涙拭き拭きグレース。

2人は、やっと分かった。

この娘、変わってる、そして凄く魅力的な。

どこででも面白く生きていける、ぶっとい心の持ち主で。

レッキスが惚れるに値する、お茶目な可愛い子なんだな、って。


くくく、と笑いながら、グレースは、はふ、はふ、と手を招いた。

ん?とファフニールがつつつと寄る。

「あぁ、ファフニール嬢。私、貴女が気に入ったわ。義妹になるなら、貴女が良いわ。」

「おお!ありがとうございます。嬉しいですわ、グレース様。」

えへっ、と手をこねこねしてーーー美人に気に入られて照れちゃうのは、男も女も一緒である。


「あぁ、これからは、グレースお姉様、って呼びなさい。良いわね?さて、でんでん虫ちゃんと我が妹が、晴れて結婚できるように、策を練ろうじゃないの。」

ウフフ、と流し目。




次の日には、ご婦人たちのお茶会で、グレースはこんな事を言っていた。

「皆様方。浮気をする男性って、許せなくないです?女性もですけれど、身近に私、イラッとする親戚がいますものでね?」


あー、ベルゼウス伯爵セティーク様の事よね、と噂好きな女性たちはすぐ思い当たる。それにしても直接的な言い方ではないか?


「そんな男性が、軽く扱って捨てさせようとしている義弟の恋人を、私、どうにか娶らせてやりたいと思っているのですよ。もう、レッキスは、恋人に夢中でね。会ってみて、そのお嬢さんも、人柄の良い素敵な、しっかりとしたお世話好きな方でね。リルケ男爵家ファフニール嬢。身体の弱いレッキスと、相性も良いのよね。下位貴族ですけれど、あそこはしっかりとしたお家ですもの。悪くはないと思うのですわ。ーーー愛し合う恋人たちを、軽い気持ちで、自分がしている不純な関係はそのままに、潰そうとする義理の父。ファフニール嬢は、お見合いの相手ですのよ?つまり、最初から、ちゃんとお人柄に保証のある方でもあるの。女性たちを軽く扱う、ベルゼウス伯爵家セティーク様を、皆さま、ちょっとハメてやりたくありませんこと?」


ムフ、と扇で口を隠して、ヒソヒソヒソ。

まあ、いい夫婦のパーティを?

そう、ご招待いただきたいわ。パシオン侯爵家夫人、ローディア様。


面白いだけじゃなくて、ちゃんと見返りもありましてよ。

独身のご子息、ご息女たちも招待して、よき結婚相手としたいパートナーに、告白して連れてらっしゃい、ってするのです。いわば、婚活のきっかけをつくらせるのですわ。


適齢期のお子さんを持つ方たちにも、そういう場や、機会を設けた事で、一つ、パシオン侯爵家と、ご関係を深める、有難いとご恩に思う、きっかけになりますでしょう?何なら。そういう場なので、活用して下さいね、と招待状に書くのも良いわ。


ご領地の取り引きなどにも、直接関わらなくても、後々ご関係ができる、良きお話ができるのじゃなくて?そういう、面倒見の良い事をして下さるお家である、となったら、信用も、ね?


ぜひ招待してくれないか、とお話が寄せられるでしょうね?


「そこで、仲睦まじいと噂された男女は、いかにも結婚に近い、と皆さんに思われるでしょうね?」





グレースが社交の色々を尽くして、いや、奥様方が面白がったから、というのが90%くらいあるかも……。

とにかく、場は、整った。


後はレッキスが、ファフニールをパシオン侯爵家のいい夫婦パーティに、お相手として連れて行くからね、と。

父セティークに対して、何とか納得させて、婚約者目前!という事実を作ってしまう流れなのである。


こくん、唾を飲む。


「父上、私は、わたし、は。パシオン侯爵家のパーティに。パートナーとして、ファフニールを連れて行きます!からね!」


言った!

言ってしまった!



「……そうか。……好きにしなさい。」

セティークは、しょんぼりとキュキュちゃんを撫でている。

ペルーシュ夫人は、もう、ジッと夫のセティークを見ている。


は、と息を吐いて。

ふるる、と震える指先を握りながら、それでも、緩んで、そして驚きもしていて、レッキスは言った。


「……それだけですか、父上。貴方は、ファフニール嬢を、気に入ってなかったのでは?」


ふん、と鼻息を吐いて。

「どうあっても、お前は、あの娘を連れて行きたいんだろう。私の許可など、気にもしていないくせに。……ただ、ベルゼウス伯爵家に、恥をかかせるような事は、させるなよ。」


ガタン、と椅子をずらして、セティークは執務室へ去ろうと。キュキュちゃんを抱いたまま。


「父上。」


後ろ向きで、セティークの顔は見えない。

レッキスは、何故そんな事を言いたくなったのか、分からなかったが。


「何だ。」


「ファフニール嬢を認めて下さって、ありがとうございます。」


トン、と子猫が床に降りる音。


「……まだ、だ。まだ、認めては、いない。あの娘、私の、じょせ……いや、何でもない!とにかく、まだ!まだだからな!私はまだ、認めてはいないから!」


子猫のキュキュちゃんを連れてきたのは、ファフニールである。

セティークは、女性と手を切って、何でか分からないが、キュキュちゃんを代わりに可愛がっている。

食堂からセティークが、トボトボと去っていってから、顔を見合わせたペルーシュ夫人とレッキスは。


くふ、くふふふ。

ニシシシシ!


パァン!と手を打ち合わせて、ヤッタネ!した。

そうして、パーティに向けて、楽しい準備が始まったのである。


(こそっ)

良かったら、いいねやお星さまなど、よろしくお願いします。反応がありますと、励みになりますので、楽しみにしていたり。

もちろん無理にではないので、良かったら。

まだまだ引き続き、ファフニール話からチーム街歩き2日目話、頑張りますよ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
セティークパパにも急展開が。 これは、勃ちが悪くなったとかそういうことでしょうか。 グレース義姉上は、絶対にファフニールのこと気に入ってくれると思ったんですよ。 でんでん虫だったレッキスは角を出した…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ