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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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リルケ男爵家ファフニールの婚活 5


ファフニールが、放置され気味のベルゼウス伯爵家レッキスとお見合いをしてから、ここの所、毎日かの家にお邪魔している。


最初はペルーシュ夫人も警戒していたし、義理の息子レッキスもファフニールに戸惑いポッポとなってはいたが、彼はペルーシュ夫人に逆らう事はないので。先触れを出す度に、そんなに毎日!?という反発を仄めかしてきたのであった。


「ペルーシュ様!レッキス様!ごきげんよう。ファフニールが来ましたよ。ラベル元子爵様も、これからいらっしゃるとおっしゃってましたし、竜樹様がオススメの、林檎のお菓子、タルト・タタンを焼いてもらってきましたから、一緒に食べませんか?レッキス様にはもう一つ、温かいトーファ、って豆乳を固めた、プルプルのおやつもありますよ!」


めげないファフニールなのである。


「ファフニール嬢、う、うん、おやつありがとう。いつも美味しいよ。」

レッキスは、モジモジしながら彼女を迎えて、エスコート。玄関先からお茶の支度が整った、ベルゼウス伯爵家の、ピアノのある見栄えの良い部屋へと促す。

ペルーシュ夫人も、その側で、先導しながら。

「ファフニール嬢、レッキスは、そんなにおやつばかり食べられないわよ。夕飯が入らなくなってしまうわ。この間も勧められれば勧められるだけ食べて、後でお腹を痛くしていたんですから。」


もう。

と、言いながらも、今日など、この義理の母と息子は、ファフニールが来るとなってから、ソワソワ玄関先まで行ったり来たりして待っていたのである。




ファフニールがラベル元子爵のお見舞いにくっついて、ペルーシュ夫人とレッキスに特攻した初日。レッキス様が寒そうよ、などと言ってお茶を促した彼女は、経済的には安定しているベルゼウス伯爵家の、リルケ男爵家のものより断然美味しいお茶をたっぷりいただきながら、当然、お笑い話をした。


「ある時、出かけて家に帰ったら、次男のニーズと3男ヘッグが、部屋の壁に足をくっつけて、こう、ね?交互に逆立ちをしていましたの。何をやってるの?うん、あのね、ファフ姉様、逆立ちしてお水を飲んだら、ちゃんとお腹にお水が入るのかなって、実験してんだよ、なーんてね?」


それを身振り手振りを、面白おかしくつけてやるのである。ファフニールの話は、ものすっごく面白い話の時と、割と何でもない事なのに彼女の仕草がユーモラスで笑っちゃう時とあって、どちらにしろバカバカしいほど純粋に笑えるものである。

次男のニーズと3男ヘッグが、逆立ちしながらお互いにコップを差し出して、ムム、コクン、と飲んでは、あー!コテンと倒れたり、ブハッとなったりしてる様子をダイナミックに真似。


「何でお腹まで水が!?逆立ちしてるのに?ニーズ、もっとゆっくり飲んでみろよ。え〜?……それ口の中にゆっくり入れてるだけじゃん!ヘッグが起き上がって、お腹の中で水が、渦をまいてるみたいだ!ってふらふらしてね。」

酔っ払いみたいに千鳥足。水飲んだだけなのに。

ちゃんと立って真似をする、グニャングニャンのファフニールである。


クスクス、とまずはペルーシュ夫人が口を緩めた。次の瞬間、ファフニールは、しめた!と猛攻撃で笑える話、このファフニールの婚活話の始まりからをぶっ込んだから。

ペルーシュ夫人は、何とか笑うまい、笑ってなどやるものか、と咳払いをしては誤魔化したのだけれど。途中からもう誤魔化せず、沢山の個性的なお見合い相手の、どこか味のある真似もしながら、話す度にパワーアップして皆を撃沈させてきた話に負けた。

くくく、く、くふ、ぐふ!とハンカチに唇を埋める。


レッキスは、元々あまりない腹筋を酷使して、ひくひくしながらソファで半分寝そうな体制にズッコケて、ククク、っんく、ふはは、と苦しそうに腹を押さえていた。

ラベル元子爵は、何度聞いても可笑しいなあ、アハハハ!と笑って。


レッキスも、ペルーシュ夫人も、笑った初日、あー、これで、と思っていた。気が済んだだろう。ファフニール嬢も、ラベル元子爵も。

負けた、負けた。笑っちゃった。

あーあ。これでおしまい。


レッキスは、腹筋を使ったからか。あー、はー、と深く息をして沢山吸った吐いたしたからか、身体の中に良く血が巡って、程よく疲れて。その日は気持ちよく深く眠れた。夢も見ずに。朝まで一度も目覚めずに。

いつも眠りが浅いというのに。


パチ、パチ、と瞬いて目を覚ました次の日、あれは、何だったのかなあ、と怒涛の笑い攻撃を思い出し。

クスン、僅かに微笑み、寝台の側の水差しから水をコップに、飲んだ。水は冷たい。氷水なのだ。だが、熱がある事が多いから、飲むたび、お腹が冷たくてヒヤリと痛むけれど、日々温度を変えてとは言えなくて、遠慮して、いつも冷えた水を飲んでいる。


「ファフニール嬢……夢みたいなだったな……。」


いつもの沈んだ日常を送ろうと、冷えた朝食を食べに下りて……ペルーシュ夫人は、朝はミルクティーに果物、ビスケットにゆで卵くらいしか食べなくて。レッキスは用意してもらうのを遠慮して、パンと、昨夜夕食時についでに茹でて、冷ました野菜くらいでモソモソと、斜め向かいの席で食べるいつもの……静かな、視線も合わせない沈んだ朝食に、その先触れは来た。


「リルケ男爵家のファフニール様より、話の続きをしに本日お昼、伺ってもよろしいか、と。」

老執事は、ツンとした澄まし顔に、些か口端を上げて、愉快であると隠さずにペルーシュ夫人に告げた。


え!?

「あの、今日も来るの!?」

「はい。何でも、これからが笑いの本番であると。話さずにいられないと。先触れにしては長文のお手紙を頂きまして、私、失礼ながら頬を噛み、笑いを噛み殺して読ませていただきました。」

渡された先触れの手紙を、目を丸くして読み始めたペルーシュ夫人は、途中で、ぶふ、ぐふふ、と噴いた。

「あのは手紙も滑稽なのねえ。はあ、仕方がないわ。お昼に来るなんて、昼餐の準備をしなければいけないじゃない。はあ、仕方ないわねぇ。」


仕方ない仕方ない、と言いながら、精一杯に顔を顰めた義母から手紙を受け取って読んだレッキスは、ぶ、と噴いて、くくくく、ぶるぶる震えた。


(ああ、またファフニール嬢と会えるんだ)


いつもの朝食にぶっ込まれた笑いで、いつもはいつもじゃなく、そわそわと浮き立ったものになった。さあ、それから昼餐の支度にてんやわんやである。何しろ、今まで、お客様をなかなか寄せない家だったのだから。




それから毎日である。

ベルゼウス伯爵家の老執事含め、使用人たちも、何だかファフニールが来るのを、ドキドキワクワクして待っている。

住まう主人たちだけでは、腕のふるいがいもなかった日常。だが。


お食事に、若い娘さんが好きそうな、食べ頃のタイミングを丁度合わせた温かいものを。

ファフニールは健啖家であるし、楽しく食べて、料理長たちにも嬉しそうにお礼とざっくばらんな感想を言ってくれる。決まりきった食事に、その都度工夫をする楽しさができた。


お茶の支度に、決して気取ったものは用意しないけれど、細かな気遣いには面白楽しく、そして喜んで反応してくれる。知らない事は、使用人であっても丁寧に聞いてくれて、教えてもらえば感心してお礼を言う。

庭でのお茶会で、庭師も張り切る。

レッキスとファフニールで、庭を散歩しながら花を愛でる。


使用人たちはお茶や昼餐、晩餐に付いてファフニールの面白話を聞く。

笑いを堪えるのが苦行であるが、つい笑ってしまっても主人たちも大笑いしているから、咎められないし、何だか家の雰囲気が良い。


そうだよな。旦那様が外の女の家に行ってるからって、奥様やレッキス様が楽しくしちゃいけない、なんて、なかったのだよね。

使用人たちは、少しだけ、不憫な奥様とレッキス様贔屓である。


遠慮の塊なレッキスに、ファフニールはバンバン温かい、栄養のある食事を摂らせる。美味しいわね!と同意させ、リルケ男爵家なりの節約飯だけれど味も美味しい料理の話をしては、明日朝食べてみて感想下さいな!なんて、レッキスと料理長に嬉しいことを言う。


通ってみて分かったのだが、そもそもお腹が弱いレッキスなのに、食事の温度も栄養も、基本的な衣服の組み合わせ、気持ちよく冷えず暑くなく過ごせる選択も、できていない。教える人もいなければ、欲求を通そうという気もなく、ぞんざいに。

そして運動も上手くいっていなかった。

虚弱体質なのもそうだが、放置されると、こうも身体に、そして心に、気を使わなくなるのだな、とファフニールはむぐぐとなるのだ。




「レッキス様、今日は、いつもお食事を頂いて沢山食べてしまう私からの、お礼を持ってきたんですのよ。」

「お礼?そんなのいいのに。ファ、ファフニールがくると、食事が、楽しいから。」

ファフニールと笑いに全肯定なレッキスよりも、少しだけペルーシュ夫人はツンとした素振りをワザとする。意地っ張りだ。

「お礼を持ってくるなんて殊勝ね。いいわ、私がこういう時、どういうお礼をするべきか、判断して教えて差し上げてよ。お礼をお出しなさいな。」


はーい、とゴソゴソ大きな手提げバッグを探るファフニールに、そういうものは執事に預けておくのよ!と早速怒られる。

はーい、と素直に返事をしながら、袋から出てきたのは、コップ2杯分位の、小さな銀色のポットと、お花の描かれたプレートである。


「? 料理長にお礼?」

「2つもあるのね?でも、厨房で使うには小さそうだわ。」

ポットは無骨だし。

お花のプレートは、飾る絵にしては厚みがありすぎる。


料理長にお礼ではないのだ。

「これはね、魔道具なんです。竜樹様が発案された、お水を入れてこのボタンを押せば、すぐ沸くポット。それから、このプレートは、温かくなる、保温のプレートなんですよ。のせとけば、ちょっとずつ飲んでも冷めずに長い間楽しめます。これに対応したコップが、これ。底が平らで、広くなってます。あったかさを沢山受けられるようにですね。」


はい、とレッキスの前に、2つじゃなかった3つを揃えて、ぐいと押し出す。濃紺の瞳が、ふる、と震えるレッキスである。

「これ……。」


ふー、とため息を吐き。

ファフニールはツンツン、と。魔道具ポットを、触って良いものか、両手を出してほうわり囲んでいるレッキスをつついた。

「レッキス様はねぇ。お腹が敏感なんですから。遠慮せずに、温かい飲み物を欲しい、って言っていいんですよ?人にものを頼まれる、って、嬉しいことだったりもするんですから。信じてもらえてる、って事ですものね。」


うんうん、と老執事、使用人一同、頷いて熱くレッキスを見つめる。

待っているのだ。いつだって。

この遠慮の塊が、気持ちを開いてくれるのを。

時に諦め、沈み、この冷たい家族の間で、惰性で働いていたけれど。今までは。ファフニールによって、今は、少しの光、希望を。


レッキスは、しゅん、と項垂れて、怒られたかのように目を伏せて瞬く。


「……でもね、なんていうか、まずはやりやすい所から、ですわ。どういう方法でも、まずは身体を、ご自分を、大事にする事ですわよ。私のお祖母様はやっぱり身体が弱かったのですけど、そういう人ほど、身体に気をつけて、無理をしないから、長生きしたりするもんですわ。お祖母様、領地でゆったり、幸せにお祖父様の思い出に囲まれて、暮らしています。お庭をいじったりするのが楽しいのですって。」


「自分を だいじに?」


幼児おさなごのような口調で繰り返すレッキスは、そんな事を今まで誰にも、言われた事がなかった。

ファフニールの熱い手が、レッキスの指を握る。伝わる。温度。あたたかい。


ふわっ、と血の気が身体中を巡るのが、レッキスには自覚できた。


「夜中にお腹をあっためたい時も、あったりするでしょ?気兼ねなく、これで、温かい、夜飲んでも良い優しいお茶を、飲んだら良いんです。寝室に置いて使って下さいな。朝の始めのお水が冷たくて、お腹が痛いのでしょ。朝イチの白湯も、なかなかよくってよ。」


この間、お腹を痛めて寝ていたレッキスを見舞った時でさえ、寝室には冷たい水が置いてあったのだ。水差しを触ったファフニールは、ヒェッとなった。


「……貴女が、そう言うなら。」

そう、言ってくれるなら。

そうして、側にいて、くれるなら。

「ありがとう、ファフニール。私はお腹をいたわって、温かい飲み物を、飲むことにするよ。」


握り返した手の力は、ギュッと強く。ニパッと笑ったファフニールに、雰囲気がパッと花咲いてほぐれた。


「ふぅ〜ん、ふぅ〜ん。レッキスにだけなの。ふぅ〜ん。私には?私には何かないの?」

ペルーシュ夫人は子供みたいにニヤニヤしながら催促、もとい、若い2人をからかうのだった。


「ペルーシュ夫人には、これ!毛糸玉です!一緒に腹巻きを編もうって言ってたでしょ。どのお色が良いです?ピンクに紺色、ミックスのグリーン。ベージュにナッツ色、赤に白。差し色用に色々持ってきましたの。えーとあと、お母様に編み方の編み図を貰ってきました。私はシンプルに棒針編みの二目ゴム編みで、糸を変えようかなって。あっ、レッキス様、好きなお色はどれですか?」


「このオレンジっぽいあったかい茶色がいいです。」


迷いなく選んだ糸の色は、ファフニールの髪の色に似ている。



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