リルケ男爵家ファフニールの婚活 3
「ウチの末っ子ヨルちゃん、きっと、おしっこ出たねー、よく飲んでいっぱい出たねー、いいねー!って褒められるから、きっと、おちっと!って言ったのよね。皆が舞台で何かやってるから、自分もって思ったのかしら、ふふふ、可愛いわよね。えーと、それで何だっけ。」
ファフニールの話は、面白いと思った事が重要なのであって、話の本筋は時々あっちこっち見失う。
聞いている皆は、それを、何だか踊らされているかのように、うきゃ〜!と笑ったり緊張したり心惑わされながら、それでそれで?と先を促す。
脱線しがちな話を、先ほどから、脚本家になりたいトールが。うんうん、と頷き、ニコニコソワソワしながら本筋に戻している。
「元子爵ラベル様が拍手して大笑いしたって。ラベル様、なんと言われたのです?」
75歳のラベル様は、何だか笑い上戸だったらしいの。
前の奥様が亡くなられてから、ふさいでらっしゃったようなのだけど。
騎士爵トルネード父から、娘アリアナの事を頼まれて、危ういなあと思っていたのだそうだ。トルネード父の義理の息子への選定も、娘アリアナの今後についても。
本当の意味で妻に迎えるというよりは、籍を一度汚したとしても、若い娘さんの未来を学びとお世話で何とかできたらな、と様子見していた。親切な人である。
「亡くなった奥様が、人と人とを繋げる仲人さんを良くしていたそうなの。アリアナさんとの話をもらって、そういう事が将来できたらな、ってラベル元子爵は思ってらしたそうなのよ。だけどね。」
さんざっぱら笑って、涙の目尻を拭いながら、ラベル元子爵様が、ひくひくしつつ。
「アリアナ嬢を掌に入れて大事に育てながら、どんな若者を紹介したらよかろう、と思案していたのだけれどね。オルカ君、きみ、振っちゃう事になる現婚約者のファフニール嬢とそのご兄弟姉妹に、これだけ応援されるのだから、人柄は充分、保証されようよねえ。」
歩み寄り、舞台の真ん中で立ち尽くす2人の恋人たちの肩を叩いて。
「私に任せておきなさい。2人の良いようにしてやろう。そしてね、ファフニール嬢。」
「はい?」
ファフニールは、一仕事終えて、全くもって気を抜いていた。なんなら真似っこの時に使った、つけ髭もついていたし。
ニカリ、と笑う元子爵ラベル様は、ファフニールに目を付けた。ある意味。
「貴女はオルカ君と婚約を破棄するのだね。そうして、この先、ずっと1人でいると?そんな事はないだろう?結婚も経験だよ、面白い事が沢山あるよ?1人面白いだけじゃ暮らしてゆけないし、男性に嫌悪感があったり、拒否感がある訳ではないだろう?」
「ありませんわ。」
と正直にファフニールは応えた。
「ならば、この私に、新しい婚約者候補をオススメする栄誉をくれないか?散々劇中では揶揄ってくれただろう?この老人を?ならば、私に、若いお嬢さんが付き合ってくれても、良くないかい?アリアナ嬢は取られちゃったし。」
ムフフフ、と含みある笑いを、その時ファフニールは分からなかったので。ラベル元子爵、紳士だなあ!ありがたいなあ!と感心して。
「よろしくお願いします!」
ニッコリと笑って手を取って、さあ、それからが大変だった。
「ラベル元子爵様のオススメする男性って、何だかクセがある人ばっかりで!ある時は、何があっても笑わないと言われる、ムッツリした騎士様。次は、研究ばかりで、普通の会話ができない内気な男性。女性に嫌悪感のある、いばりんぼうな男性。まあ、私、その全員をお顔合わせの時に笑わせられましたけれどね。どの方も、どの方も、最後には、ありがとうファフニール嬢、女性にこんなに楽しい人がいるなんて、って笑ってくれて、そしてーーー。」
あーあ、笑った、笑った。
これで新しいお見合いの時には、もっとリラックスして望めそう。
「って、お試し笑い袋の役割が私だった訳なのよ。しまいには、笑いたいから私に一度会ってみたい、ってだけの男性とかいて、大笑いしたら満足して、じゃあねえ、って帰ったり。喫茶店のデートの後、帰られてから、お給仕の小ちゃな男の子に、何とも言えない目で見られてねえ。ニコッと笑いかけたら、くふ、って笑ってもらえたから、私、帰った男性のモノマネをすぐにやったわ。大ウケしたっけ。」
ラベル元子爵は、その報告をする度に大笑いして、今度こそ、今度こそ、ごめんごめん、と言ったけれど。
「でもね、ファフニール。君のおかげで、気持ちが明るくなって、幸せになった人が、沢山いるんだよ。だから私としては、君に男性を紹介するのを、何だかやめられないのだよ。」
「まあ、良いですけど。私も面白いので。」
見る事は見られる事。
ファフニールだって、男性たちの独特で個性的な様子を、面白く学んでいるのだった。まあ、だからといってーーー女性として、少し寂しさを感じない訳ではない。
だってファフニールは、どの男性にも、女性として魅力的なアプローチする相手、とは見てもらえなかったのだ。単なる面白要員なだけで。
でも面白に手は抜かない。
だからだよ、と長男ジャバウォックが突っ込んだが、それがファフニール。それこそがファフニールなのであるから、仕方がないのだ。
ちなみに嫁に出ている長女リヴァイアは、男性に笑われて去られる度に、ファフニールのこめかみをぐーでグリグリした。私に相談もしないで劇なんてして!と、若干拗ねてもいた。
そんなこんなで、笑わせ溶かした男性が10人を越える頃、(父と母には内緒でオルカとアリアナの馴れ初め劇をやったため、怒った真面目な彼らは、如何様にも娘ファフニールを使ってください、と彼女を差し出す勢いである)ラベル元子爵様が、いつになく真面目な顔をしてやってきた。
「ファフニール嬢。今度で最後にするから、どうしても笑わせてほしい、男性がいるんだ。」
そうして、紹介されたのが、ベルゼウス伯爵家レッキス様。
虚弱体質で、年の半分は床について弱り、熱を出したり咳をしている、大人になるまで生きてはいられないだろう、今まで生きているのが奇跡だと。そんな、ほっそりした青年なのだった。
「彼は、次男だから、元々お家を継がなくても良かったのだけれど、ご家族との縁も薄くてね。女性好きな父親に反発して、賢いご長男はレッキス様を蔑ろにはしなかった。レッキス様は愛人の子で、正妻の養子にしたのだよね。ご長男は正妻の子でね。兄弟仲は良いから、何とか今まで、身体を労って育ってこられた。……ご長男が、格上の伯爵家のご息女に見初められてね。突然な話なのだけど、婿入りに。レッキス様は、身体が保つか自信がないのに、請け負って兄を送り出した。そうして、自分は早死にして、ベルゼウス伯爵家を遠縁の者に継がせれば良いと、色々と諦めている。今はもう、静かに毎日、ゆっくり息をして、何も楽しい事がないような日々だ。お父上は、せっせと新しいお子をつくろうと、数多の女性に、種をまき散らしている。正妻の奥様は、どうせ継がせるなら、長く手元に置いたレッキス様が良いと言っているけれど、家庭内は冷え切っていてね。」
「それは、いけませんねえ。」
「いけないだろう?ファフニール嬢。」
ニコッとファフニールは笑った。
悲しそうな顔を、ニヤッとさせて、ラベル元子爵様も笑った。
そうしてファフニールの、新たな婚活相手、ターゲットが決まったのだ。




