リルケ男爵家ファフニールの婚活 2
真似っこファフニールの婚約者、太っちょオルカと、その恋人、騎士爵トルネードの娘、アリアナとの会合は、最初、どよ〜んと暗い様子だった。街に出て、喫茶店で会ったのだ。
アリアナ、18歳は可憐で強気な女性であったが、ファフニールにまず、頭をぐっと下げて謝った。謝ったフリをしながらマウント、などではなく、本当に苦しそうにである。
「ファフニール様。申し訳ありません!オルカ様は、私に、決して、決して、ご自分から言い寄りなどしませんでした!でも、私……いつか、うちの父が、貴族であるならば条件は何でも良い、といった風に私を売りつけるつもりで根回ししているのを、本当に恐ろしく思っていたんです!冒険者組合で書類整理のお手伝いのお仕事をしている時に、オルカ様に受付でお声かけいただいて、優しくて、気取っていなくて、ああ、こんな人だったら、貴族の方でもいいなあ、って思ってしまって……。」
オルカは、ナンパしに冒険者組合に行った訳ではなく。
自領の冒険者たちが最近少なくなっているので、何かと便利屋な彼等を呼び込むには、と話を聞きに何度も行ったのだ。
時々受付で会うアリアナが、目尻を赤くして泣いたあとが度々あり、オルカは冒険者組合内でイジメでもあるのか、と心配して声をかけたのだそうだ。
アリアナは父親の言うなりに結婚をしたくなかった。でも、頑固な父親は貧乏暮らしから這い上がった人であり、家の経済が豊かであれば幸せだろう、と偏った考えの持ち主なのだ。娘が可愛くない訳ではない。
ただ、雨水を啜るような思いを、娘にさせたくないのだ。
気持ちは分かるが、経済的な豊かさだけでは結婚相手として充分ではない。女性としては、お互いに認め合って夫婦としてやっていこうという、そんな気持ちのある相手であってほしい。
だが、アリアナの父親は、つまり、そのう。
「荒事は得意なのですけど、細かい契約ごとをまとめたり、家の中での夫がどうであるかを見る目が、全くないんです。この人はどうだ、あの人は、と勧められる人全てが、女性を蔑ろにしたり、2度目の結婚で嫡男の方もいらして、子供も産ませてもらえない、こちらに何も自由がない契約だったり。ほどほど良くてお会いしても、あちらのお母様がものすごい……とにかく何でも決めてしまわれる方だったり。」
年齢が離れていてもいいけれど、限度がある。
子供も欲しい。嫡男を産んで家で大威張りしたい訳じゃない。ただ、我が子が欲しい。
あまりに厳しいお姑さんは困る。所詮メイドの扱いなら、仕事でやるならば割り切ってできるが、蔑まれて嫁までやりたくない。
あんまり大金持ちの所にもいきたくない。そういう家は、ちゃんとそれなりのふるまいを求められるだろうし、アリアナはそれを習っていない。性分でもない。
女性にだらしない男性と夫婦になんて、いくら家で悠々自適だろうと、何だか虚しくていやだ。
そんなこんなを相談にのってのられている内に、人の好いオルカと、心の中を曝け出して、受け入れられたアリアナは、恋をしてしまったのだ。
結局、最終的には、75歳の貴族男性との結婚を、まとめかけられていて。
どうしても、どうしても、何度でも謝るから、オルカ様と結婚させて欲しい、と。
「ふむ、つまり。」
ファフニールは、トントン、とグーでほっぺを叩きながら言ったものだ。
「アリアナさんは、逃げたいからオルカと結ばれたい?将来、オルカのおっきなお腹が、嫌いになっちゃったら、どうする?」
「なりません!」
アリアナは、頭を下げていたが、その時は真っ直ぐにファフニールに言った。
「オルカ様は、確かに少しお太りですけど、不健康なほどじゃありません!顔や身体が、かっこいいからってこちらをバカにしてくるような男性とは、違います!私は、オルカ様ならば、と思いました。例えこの先、オルカ様が変わってしまっても、私は今、オルカ様が良いと思っていることを、後悔はしません!この選択肢には、将来オルカ様をお支えする、どんな事になっても、という私の覚悟ありきです!」
しばし、目と目で。
今の婚約者、ファフニールと。
今の恋人、アリアナの視線が、バチ!と混じり合う。
ニヤ、とファフニールは笑ったものだ。
「だったら、こうしましょう。ただ白紙にするんじゃ、オルカのお母様は融通効かないから、きっとダメにされるわ。私のためにも、面白く婚約破棄しましょうよ!」
そうと決まれば。
ファフニールの兄、リルケ男爵家の嫡男で長男のジャバウォック、明々後日の方向に解決してくれる、面白メガネに相談である。
「ジャバウォック兄様は、話を聞いて、ふん、と澄ました顔をして言ったわ。『じゃあ、ウチでファフニールとオルカの結婚前の懇親会をやろうよ。独身時代に、ファフニールや私が仲良しの、お相手のいないお嬢様坊ちゃん達も招んで、はっちゃけて交流しようみたいな趣旨でさ。少しテーブルを変えて、保護者たちも招ぶ。そこでファフニールは、お得意の面白をやる。それで、オルカのお母様に嫌われる。いいや、そうだな、我が家のお子様達と、アリアナさんと、オルカもまとめて、劇をやったら良いんだ。』ってね。」
劇!?
話を聞いていた、脚本家になりたくて悩んでいたトールが、ひょん!と首を伸ばして目を丸くした。
「そう、劇よ。ジャバウォック兄様は、お人が悪くってねぇ。アリアナさんの、75歳の旦那様予定の方もその場にご招待して、私たち、どんな劇をやったと思う?」
クックックッ、と忍び笑いしながら、ファフニールが皆を見回す。
アルディ王子が、狼お耳をハタッと片方倒して。
「分からないー。」
編み物大好きエフォールは。
「恋愛、のげき?」
「そうそう。恋愛の劇よ。」
パチン、とウインクするファフニールは、でも、それだけじゃ不正解、と他の答えを募る。
寮の小ちゃい子組ロンは。
「ちゅっちゅ!するやつ!」
「キスシーンは、あったわね!してるフリのやつよ!情熱的ね!」
ショワの弟エトは。
「ファフニールさまが、オルカさまに、だいきらい!って言ってー、アリアナさんが慰めて、めでたし、めでたし、とか?」
チッチ、チチ。
指立てフリフリ。
「う〜ん、惜しいわね。」
占い少女ショワ、占い先輩少女トラジェはそれぞれ、占い勝負でヤンヤンやっていたのも、その後結局ぶっ倒れたトールのために助けてもらっちゃって気まずいのも忘れて。
「オルカ様とアリアナさんの恋愛劇よ!」
「きっと、馴れ初めをありのまま、演じたんだわ!」
それが一番、説得力あるもの!と声を合わせた。
「むっふっふ。半分正解。2人の馴れ初めを劇でやったの。でもね、ありのままなんかじゃない。もっと沢山、誇張して、私は面白がもっとやりたくてオルカと結婚したくない、って度々出てきて茶化すし、2人は、大袈裟に悲劇になって逆に面白いし、アリアナのお父様の滑稽な真似っこも私がやったし、お髭つけたのよ?オルカのお母様の真似もしたわ。ウチの3女ムシュ、4女フシュは天使役で歌を入れたし、次男ニーズと3男ヘッグは舞台の効果で花を散らしたり、小道具を用意したりしてね。5女ティアマトはまだ5歳だから、お客様してね、って言ったけど聞いてくれなくて、場面が変わる度に、ここは冒険者組合〜、とか書いた紙をまくってお手伝いしてね。脚本はジャバウォック兄様よ。はちゃめちゃに皆で考えたわ。えーと何だっけ。」
「オルカ様とアリアナさんの馴れ初めを、誇張してやった、って話です。」
トールが、目をワクワクきらめかせながら、笑っている。
そうそう。
75歳の、アリアナさんの旦那様予定の方は、タムダム子爵家の元子爵、今はご嫡男にお譲りになってらっしゃる、ラベル様とおっしゃる方よ。
アリアナさんにお顔を笑み崩しておられて、可愛く思ってらっしゃった。スケベじじい……ではなくて、ちゃんと紳士でいらしたようよ。
「で、私たち、ラベル元子爵様も役で出してね、もちろん私が演じたのだけど、若い2人の恋を邪魔立てするとは〜、って嘆かせてね。アリアナさんは、お許し下さい!って縋るし、オルカも若輩者にどうか、生きる道を!って跪くしでね。最後は、ラベル元子爵様、いかがでしょうか!ってやったら。」
やったら?
皆、ファフニールの言葉を、ワクワクと待ち。
「ウチの末っ子、4男ヨルムンガンド、ヨルちゃんが、よちよち出てきて、おちっと!……って舞台の真ん中で。」
ふにゃふにゃふにゃ〜、である。
オルカもアリアナも。
リルケ男爵家の兄弟姉妹たちも。
ひっ と息を呑んで、人によっては怒りを堪えていた懇親会の観客たちも。
今、ファフニールの婚活話の始まりの婚約破棄事件の話を聞いている、昼食会の面々も。
かっくん、と緊張を外されて、ダハハ、となった所で、そう。元子爵ラベルが、アッハッハ!と大口を開けて笑って拍手したのだった。




