幸福と不幸と
「シヤワセだから、できるだって、たつきとーさがいったよ。」
ロンが、ヒュンと悲しそうにしながら2人の少女に言うのである。
「うらない、わかんないけどぉ。たつきとーさが、いっぱいおしごと、できるのは、おれたちといて、シヤワセだからできるだって。まちで、おうちがないとき、たつきとーさとラフィネかーさがいないとき、ゴハンがなかったときのはね。おれだって、ぜーんぜん!がんばれなかったも。」
シヤワセだから、できるんだ。
頭をふんふん左右に振りながら、目をパチパチ、ムーンとロンが一生懸命考え考え。トラジェの握った拳を、ポンポンと小さな手で叩きながら訴えるのに。
触れた温かい感触、トラジェは、チラッと見た後逸らして、まだ、そして余計に、ム、と口を噤んだままだった。
アンタに何が分かるのよ、と口だけ、音が出ず動いた。
うん。
うん。と頷き合ってアルディ王子とエフォール。ロンが言うのも一理ある。ショックを受けて黙り込む占い少女ショワと、頑なな姉占い少女トラジェが、喧嘩したままじゃ、いけないじゃない。
それに、不幸が必要だなんて、なんか違くない?って、苦労を子供なりにしてきた2人だって思うのだ。それは、あっちゃうものだけど、無理に与えなくても良いものじゃない?
しかも、自分から苦しい事でもやってみよう!じゃなくて、勝手に都合も顧みず、良かれと、良かれとなのである。
「良かれとって、本当にそれが必要だなって、自分が思わないのに押し付けられたらイヤじゃない?それに、無理やりだと頑張れなくない?」
アルディ王子が、ゆうらり尻尾を揺らして、ショワの腿をふわふわ、隣で柔らかく打つ。
「不幸って、難しくない?私は、足腰が不具合あって、立てなくて、お、お、おトイレも自分でいけなかったのも、喘息も、不幸だったよ。だから手先が器用だ、って言われた時にうれしかったりも、した。編み物が、好きになった。歩行車を、同じに歩けなくて辛い人に、貸し出しとかも、考えれた。」
エフォールが、車椅子をギコ、とショワの側に寄せて、トラジェに心から分かって欲しいと前のめり。
「そっかー。ふこうだと、いろいろ、できるかもなの?おれもできる?」
ロンが、ほっぺに手を当てて、ハテナ?と考えちゃっている。目を合わせてくれないトラジェを見上げて、真剣な話し中のエフォールを見て。
白熊眷属レザン父ちゃんを見て、微笑みと共に、ん?と一つ頷かれてお返事されて、その後エフォールの方をジッと優しく見守るその眼差しに。
え〜と、とまたエフォールお兄ちゃんを見た。
「不幸だと出来るも、あるかも。ロン、でもさ。ロンだって、ロンみたく。お父様お母様がいなくって、街でひもじい思いしながらなんかじゃなくて、私は優しい家族にいっぱい守ってもらったんだ。それは幸福だよね?アルディ殿下だって喘息だったけど、おウチはあったよ。幸福なおウチで、お姉様やお兄様と、仲良く育って知ったことが、いっぱいロン達と一緒に遊ぶのに、役に立ってるよ、って思うの。」
幸せと、不幸せ。
「それって、どっちも、誰でも、ほっといても、あっちゃうじゃない。」
「あっちゃうねぇ。おれも、シヤワセだから!やっぱりシヤワセだから、がんばれるだもの!」
ロンも、ふんふん!と嬉しそうにフス!鼻息を吹いた。
竜樹とーさと、ラフィネかーさと、ジェム兄達と、みんなといて、ロンはシヤワセなのだ。
「•••ショワは、だから、すごく幸せだから、能天気で、このままじゃ、不幸が足りないって、•••思ったの!勝手だって、分かってるもの!それでも、私が、やらなきゃ、誰が。このままじゃ。」
トラジェは、口をあまり動かさず、ぎゅむりと漏らすように言った。胸の中は、トゲトゲゴツゴツ。
やるべき事をやった、だのに、どうしてこんなに苦しいの。
大人達は、黙って見守っている。
何を言おうか。この、未熟な、何もかもこれから味わって知っていく少女達に。
上から知った者の言葉で、それは、説得でき得るものか。
特にショワの母ハピは、もしかしたら、トラジェの中で、良かれと思ってにきっと、僅かに含まれると自分で気付いていない、羨望、嫉妬、成長への焦りや苛立ち。もっとのんびりで、その時、その時の現実に学んでいけば良いのに。
そして、世界をこれから、思いのままに出来、していこうかという、若さからの夢と思い上がり。
そんなものが、きっとあるのよね、と自分の少女時代を顧みて。
親のいないトラジェに、不幸が必要と断じられたショワ、温かな家庭からの母ハピ、父ティザンの言葉は、きっと、伝わりにくい。
だからと言って何も言わない訳にはいかないだろうが、ショワがまず、どう思っているかだ。
「•••お師匠様は。」
ショワが、拳をギュッと握ってポツリ。口を開けば、もう流れるままに。
「•••占いは、可能性を、考えを、ちょっと広げて、空気の通りを良くして、あげるものだって。何もかもを、決めつけるように、大きな、神様みたいなもののつもりでいちゃ、いけないって。ショワは、そういう、細やかな幸せへの道を、示してあげられるよ、ってお師匠様は言ってくれたもの!•••初恋の占いの、何がいけないの?トラジェは、なんかすっごく不幸な人以外の占いは、テキトーで良いっていうわけ?くだらないって思ってるの?」
初恋、いいじゃない!
叶うか叶わないか、どうかなぁ、ってドキドキして。
占ってもらって、ちょっと勇気もらって、頑張ってみたりして。
「私は幸せの占いをしたい!」
トラジェの不幸せの気持ちを良く知った占い、ダメだとは言わないよ。だけど。
「何で私とトラジェが、おんなじやり方しなきゃいけないのよ!私はわたし!トラジェは、トラジェよ!」
それを聞いたトラジェは、突き放され、ググウと胸苦しい塊を飲み込むかのように。喉を鳴らして胸に手を当てて、大きな瞳に涙を滲ませた。
母ハピが、娘よ良く言った、と、あらあらどうしましょうトラジェちゃん傷ついちゃうわ、と両方の思いでハラハラし。
男の子達は、ハワワワ、とお口をフニフニさせて。
ショワとトラジェの占いへの考えの違いを、今ぶつかって傷付き合いながらそこから花開く2人の少女を、レザン父ちゃんは、あぁ女の子も可愛いなあと思って。
「あのー、お取り込み中でしょうが、こちらも仕事中でして。」
ルルー治療師が。
丸メガネを、つん、と位置直ししながら。穏やかに微笑んでいるのは、仕事柄いつもの事だが。
「ティザンお父さんの腰の治療も、やってしまって良いのでしょうかね。」
少しだけ申し訳なさそうに聞いた。同僚治療師ルイーユが、ニコッとしながら、コクコクと頷いて。
「ひとまず、お茶でも飲んで落ち着いたらどうかしら。叩きつけるように一気に、お話しても、傷付け合うばかりで、良いことなどないですよ。その間に、治療をしましょうねえ。」
デキル治療師のお姉さんは、治療院で揉める家族の、ひとまずの収め方など、嗜んでいたりするものなのだ。
少女2人など、どんとこいだ。
母ハピが、王子様やお貴族様に、出せるお茶だなんて!とアワアワしながらも支度をしている。
治療師ルルーとルイーユは、父ティザンを寝室で寝かせて、身体スキャナを駆使して診察している。
「神経や骨に異常は、ないみたいですねぇ。•••指物師でいらっしゃると。姿勢を前屈みで、丸くしていたり、長時間していませんか?」
「し、してます。」
「癒しをして、血行が良くなる温かい湿布を出しておきましょうね。なるべく長く同じ姿勢をしないで、お仕事しながら途中で運動をしたりとかも必要です。竜樹様が教えて下さったのですけど、すとれっちと言って、こんな風に•••。」
「注意しなきゃいけないのは•••。」
占い3女達は、稼ぎ時だからまたねー、と言って出ていった。
弟エトが、自分で木のコップにミルクを瓶から注いで、誰よりも早くそれをコクンと飲んでいたが、母ハピも姉ショワも、アルディ殿下達お客様より先に!なんて怒る余裕がなかったので、スルーである。
トラジェに占ってもらって特攻してきたトロットサンダッツ若様は、もう、もう•••私ここにいなきゃなのかなあ、と小さくなるばかりである。やった事は悪かったが、ある意味トラジェという、まだ幼い占い少女に利用された彼は、ルルー治療師に不能を治してもらう算段を取り付けるまでは無言で付き合うしかないのだ。
それくらいは、雰囲気読める•••女の子の争いに口を出すと、ロクな事はない、と母と妹によって知っているのだ。
「姉ちゃんたちが、占いが大事なのは分かるけど。俺、なんで骨折らなきゃいけなかったの。なんか、なっとくできない。」
口の周りのミルクひげを、ぐい、と拭いて、弟エトが思わずという風に漏らした。
「だよねーエト。なんか、なんかだよね。」
アルディ王子が、エトの隣で木箱に座りながら、肩をポムポムした。椅子が人数分ないのだ。ロンもエトの反対側の隣で、小ちゃいお手てで、真似っこポンポンした。エトはこっくん、と頷いて、「なんかです、でんか。」お口がとんがる。
「ハピお母様だって、何で、その、ゴニョゴニョされなきゃいけないのか、分かんないよねえ。」
ようやっと、お茶を持ってきたハピ母さんは、アルディ王子の、ねえぇ?っていう問いかけに対して、えへ、ふふ、と。王子様って高貴なお方なのに、良い子だなぁ、というのと、半分お茶が大丈夫か焦って、愛想笑いをした。
白熊眷属レザン父ちゃんが、腰痛の治療を興味深そうに見た後に、やっぱり黙り込む少女2人と、男の子達に目をやって、微笑み優しい目で。
ハピ母さんが配った、揃いじゃない色々なコップでのお茶はレザン父ちゃんの分、木のマグに口をつけて、はふ、と息を吐いた。
それにつられるように皆、飲んで。温かいもので、雰囲気が少しだけ緩む。
さて、と白熊眷属レザン父ちゃん、仕切り直して。
「ショワもトラジェも、こう!ってのがあるんだよな。それは、占いをやらない俺たちが、こっちが良いよとかは勝手に決めて言えないなぁ。まあ、トラジェは勝手だった、って自分でも分かってるみたいだけど、その真似をしたら、トラジェが、皆だって!って思うだろう?」
アーソッカー、と困り眉お口がホワと開く男の子達である。
トロットサンダッツもそうだぞ、と言われて、ハイぃ!と彼も肩が竦む。ハピ母さんをゴニョゴニョしに拉致しかけ勝手にしたのだから、同罪であるぞ、とレザン父ちゃんは言うのである。
「どっちが良いか、決められない。占いをして、良かったなぁって思うのは、それか、あんまりなぁ、って思って良いのは、な?お客さんだよね?お客さんに、どうですか?って聞くのは?ジェム達とやったよな?それで、こんな時。」
竜樹とーさんだったら、どうしようって言うっけ?
ニカ!と笑うレザン父ちゃんに、エフォールが、ハッ!とした。
「ジェム達と、アンケートやった!新聞の!それに、お酒の品評会でも、美味しいお酒に、えっと•••!」
アルディ王子も、ピンッとお耳を立てて、コクン!とお茶を飲み込んで。
「シール貼ってるんだよ!買って飲んだ人が、美味しいかったよ、のお酒の場所に、ボードがあって、シール!そしたらさ、そしたらさ!」
「シール、おれ、はるー!」
ロンもチャプ、とお茶から口を離してニコニコした。
「ショワとトラジェ、お祭り占い通りで、占いのお仕事するんだろう?」
「私たちが、出てきたお客さまに、アンケート!どのくらい満足しましたか?って聞いて、好きな数だけシールしてもらったら良いよ!」
「占い勝負って訳ですね!?まあ、良いじゃない?あなた達2人、お客さんの声まで無視して占い、なんてしないでしょう?」
ハピ母さん、パチン!と手を合わせてふわっと盛り上げる。
「あらでも、そうしたら、同じお客さんに、同じ事で2人が同じ占いをした方が、どっちが良いかの勝負にいいかしら?」
あっそーかもネ、と男の子達は思ったのだが。
「「ダメよ!」」
バッ!と2人の占い少女が、同時にハピ母さんに顔を向け目をキリッと光らせる。
「同じ占いを、何度も繰り返し、時を置かずにしてはダメなの。」
トラジェが言う。
「そうよ。仮にしたとしても、2度目の占いは、一度占って可能性が示されたのを、うまく意思決定できない、強い気持ちが向いてない、っていう決断力の無さとして占われるのよ。」
ショワも言う。
「結果、絶対に1度目と2度目が同じになんてならないし。」
「それならまだしも。」
「最初の占いの結果が良くても、どんどん良い結果から遠ざかったり、するのよ!」
「迷いがどんどん強くなって。」
「結局どうしようか分からなくなるの。」
「だからダメよ!」
「「同じ占いを何度もしてはダメ!」」
少女2人は、声を揃えて。
何だかなぁ。勢いに押されて、ハピ母さんは、「そうなノォ。ごめんね、良く知らなくって」と、ふふ、笑った。
「ショワ。トラジェ。ならば、2人でそれぞれお客さんをとっての占い勝負、やってみるのだね?」
女性にしては低い声が、玄関扉の方から。
「「お師匠様!!」」
エルフである。
耳尖り、年齢不詳だが、美しいかの種族らしく、ローブを纏った銀髪ストレートの。臈たけた雰囲気に、サラリと産まれたてのしっとりした肌。瞳は紫に深く、ピカリと叡智の光。
額には護り石、銀の細い線のくるりとしたサークレットの真ん中に翠。
麗しの美魔女的お師匠様。
「あらあら、モントレお師匠様。いらっしゃい。」
「ああ、ハピ殿、話はエリーとヒウとイグライから聞いているよ。申し訳なかったね、未熟な弟子がご迷惑をお掛けして。」
それを聞いてトラジェが、ふぃ、と顔を俯いた。そもそも悪い事をしたのは分かっているのである。お師匠も自分を咎めるのか、と味方を無くしたギュムとした苦しさ。
因みにエリー、ヒウ、イグライは、先ほど出ていった先輩占い3女である。
モントレお師匠は、コッ、コッと歩いてトラジェの側。細い指でその頭、くしゃんと髪を揉む。指先の爪は紅だが、オレンジ含みな温かい色である。
ピッ、と弟子は肩を竦めて。その柔らかさ優しい指先を恐れた。
「トラジェ。言いたい事は、色々あるけれど。」
「ひゃ、ひゃい!」
こんなにも怖がっているのに。
悪いと分かっているのに。
何でやったのかナァ、って、言ってもなのだよね、とモントレお師匠様も、ハピお母さんも、そしてルイーユ治療師も、溜め息、ふっと仕方ないなぁって思っちゃうのだ。
「お客様に、どんな満足をしてもらえているか。勉強になるから、皆様に手伝ってもらって、聞いてもらい、勝負をやってごらんな?」
言葉でねじ伏せて、2人の少女のこころが守れるものかと、大人達は思うのだ。
「シール、はる、ね?」
ロンは嬉しそうである。
ショワの弟、エトは、何となくブスくれているのだが、なっとくに関わるからであろう。でも、姉ショワ頑張れの気持ちで。
「俺もてつだう。姉ちゃん、負けるなよな!」
と、ミルクの残りをぐいっと飲んだ。
アルディ王子、エフォールは、やは!とちょっとワクワクして、顔を見合わせて、きっと竜樹様みたいに、私たちだってデキル!と。
ニコニコ顔を傾け、ねーっ?ってした。
◎お知らせ
私、竹美津、『諏訪見町のわんこたち、時々ねこ』というお話も書いておりまして。
しかし投稿して半年以上経ち、更新しない可能性が〜って書かれてしまってショボンなので、6月から『王子様を放送します』と、かわりばんこくらいに『諏訪見町のわんこたち、時々ねこ』のお話も更新できたらな、って思っています。
読んで下さってる方には、更新も不定期なのに他のお話書くのかヨォ、って思われたり、かな?なんても思うのですが、王子様〜、も、ちょっと時間を置くとなんかいいアイデアが浮かんだりするので、王子様〜の更新が途切れないように、だけど2つのお話でお互い新鮮な気持ちで交互に書けたらな、ってちょっと6月はやってみますね。
ケモ耳な遺伝子操作で産まれたヒトガタ獣がいる世界。諏訪見町のわんこやにゃんこ達の、愛と放浪と自由とお仕事のお話です。
ちょっとクセがある書き方なのですけど、そして登場犬紹介の項を読まないとお話が意味不明な部分も多、と思われるかもなのですが、もし良かったら読んでみて下さい。今後更新分からは、もっと分かりやすく書きたいです。
『諏訪見町のわんこたち、時々ねこ』
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