ショワの占い
占い師のツインテール少女、ショワ・リーブルと、落ち着いて話をしようと、アルディ王子とエフォールは、歩行車ガタンコひょこひょこ、道の端に寄った。
レザン父ちゃんが、ロンの手を引きながら。出店で、ミュラという、黒にも見えるほど濃い紫紺の、竜樹が言う桑の実を一回り大きくした果物と氷と水を魔法で砕いた飲み物を買って、ショワ・リーブルに、さあ、と差し出す。ロンもついでに、小さなカップでちょこっと飲んでいる。嬉しそうなロンだ。
少女は、けふけふ、乾いた喉、咳き込みながら、背を丸くして一息に、ガラスのストローに紫のジュース、くく〜っと半分ほどもゴクゴク喉鳴らし。
ぷはぁっ! は、は、と胸を木のコップを持った手で、とんとんした後、はふ〜っ、と息を深く吐いた。
こめかみには、汗がふくりと浮かび、つつ、と一雫、顎に向かっていく。
「あ、ありがとうございます。はふ、これ、飲んでしまうので、少し待ってくださいね。ふ、コップを返したら、あの、弟たちが待っている家の前、すぐそこです、その、占い通りにあるんです、そちらまで、あ、歩きながらお話します。あの、あの、弟、足を痛めてしまって、多分、骨が折れてると思うんです。」
「それで、私の車椅子を貸して、って言ったんだね。」
「治癒師のひと、お祭りだから、臨時きゅうごじょにいるよ。よんだら来てくれるとおもう。ルルーに連絡してみようか?」
アルディ王子お付きの治癒師、ルルーだとて、今日はお祭りではしゃいで怪我や、急病になった人を臨時救護所で迎えるために、特別に別行動をしているのである。運べない急患のために、往診もする。
入院、預かり患者のいる、いつもの治療院から出張って。通常の勤務に加えて、治癒師の彼らはお祭りの間、交代で家族サービスと仕事を両立している。交代、分担での救護所詰めは、パシフィスト王都の治療師と医師全員に課せられた責務である。
ルルー治療師は、アルディ王子付きではあるものの。
癒しの魔法は、想定よりも喘息に良い影響を齎すものらしく。彼の王子は最近、身体もしっかりしてきて、ストレスもなく、発作の回数も随分落ち着き、丈夫になってきた事を加味し、ワイルドウルフ側とも相談を勿論している事でもあるが、午前中だけお祭り救護所に顔を出すことになっていたのだ。
少しずつ、ルルーがべったりとくっ付いていない場所でも、不安なく過ごせるように。
楽しくお祭りで、お試しの意味もあるのだ。ピティエのお茶屋さんで、合流の予定である。
アルディ王子が携帯電話を、ズボンのポケットから出す。ルルーにも持たせているから、これから呼んだら、話がすぐ通るだろう。
「携帯電話でよべばすぐだよ。救護所って、たしかこの通りから、何本か、大画面広場の方へ行ったところだっけな?」
「すぐだね!連れて行かなくてもすむよ。」
はっ、はーっ。
ホッとした風に爛々としていた目を、ひゅーんと落ち着かせて、ショワ・リーブルは、コクンと一つ、頷いた。
ガッ、とジュースを呷る。ズズズ、と最後まで飲んで、まだ口にぷくっと含んでいながら出店にタタッと走り寄って木のコップを返した。
ゴクン。
「ごちそうさま、リーリおじさん、おいしかった!」
「おうおう、ショワちゃん、良かったよ。母ちゃんと父ちゃんによろしくな!」
顔見知りの出店なのだろう。
その間、アルディ王子は狼尻尾をブンとしながら、ルルー治療師に、二つ折りの携帯電話をパクッと開けて、ポチッと電話。
側でエフォールが、黙って目を、少し背の低いアルディ王子に落として、くっついている。
「うん、うん、私は全然大丈夫、あのね、けが?足を、ほねおったかもしれない子がいるんだって。占い通りで、助けて、って言われてね、ううん、今はケガしたこはすぐそこには、いないの。これから連れてってもらうとこ。うん、じゃ、またその子と会えたら電話するね、様子と場所を伝えるんだね。わかった、じゃあ、またすぐね。」
ポチ、と通話を切って、ショワの方を向いたアルディ王子は、ピーンとお尻尾をまっすぐにして、キリッとした顔で。
「じゃあいこっか。お母様もなんか困ってるの?話をしながらだっけ?」
「ごめんね、急ぎだと思うけど、私、足、ゆっくりじゃないと歩けなくて。」
エフォールは眉をキュッと寄せて、ごめんねの顔をした。
ロンが、そんな2人と、いえいえ!と手を振るショワをチラリ。手を繋いでいるレザン父ちゃんを、どうしよう?って感じで、口をとんがらせて見た。
レザン父ちゃんは、それを、ん?って見返して。うん、と少し目尻を下げて頷いた。
よっ、としゃがんで、ロンのお尻を片手に乗っける。
「怪我している子がいるなら、急ごう。ロン、おいで。エフォール様も、こっち。」
片手にロン、もう片手に、ぐいーっとエフォールを乗っけて立ち上がったレザン父ちゃんは、苦もなく笑むと、ショワに穏やかに話しかける。
「さあ、行こう。案内してくれるか?ショワ。」
レザン父ちゃんの首や頭に手をかけて、抱っこされてる2人は、高い見晴らしに、少しだけフワッとなった。
「何でケガしちゃったの?弟くん。」
アルディ王子が、早足で歩きながらレザン父ちゃんの大股歩きに、チョコチョコ、とくっ付いていく。
ショワも早足で、ふ、ふ、と息を漏らしながら応える。
「お貴族様に逆らったんです。あの、その、うちの母を、その、見初めたわけじゃないのに•••。」
ショワの言うところによれば。
お祭り2日目の今朝、ショワが占いの仕事をしに、お家で支度をしていたら、コココ、ココン、と玄関にノックがあったそうだ。
ショワの家は、占い通りにあるけれど、一家が皆、占い師をやっている訳ではない。どころか、父は指物師、母はクラージュ印のクリーニング店で働いている。
ショワが、占いの素質がある印、占い師の星、とされる赤い花型の痣を腕に持って生まれてきた時に。お師匠がどこからか産屋へ訪れて、自分の弟子になる子だと、占じ運命をみた、だから来た、と言ったのだ。
眉唾だ、と父と母は言わなかった。
近所に、よく当たる占い師のオババがいて、そんな事があるとうっすら聞いていたからだ。
何も連れて行ってしまう訳でない。
ただ、生業として、占いを教え込みたい。占い師は全て女で、後継は突然、運命の神に占いを通じて伝えられ、紆余曲折あっても弟子に迎えられる事となる。
死ぬまで手に職、何かあっても、口に糊する術がある、というのは良いですよ、とも言われて、ショワの父母は、それもそうだな、と思った。
やりたいと言ってやれる職業でないのだから、(インチキ占い師はお客からは勿論、占い師仲間からかなり厳しい訴追を受けて、絶対に許されない存在となる)やらせてみよう、と。
かくて赤ん坊の頃からショワはお師匠に親しんだ。父と母は、占い通りに家を借りて、娘が学びに出かけてもご近所で安心、となるよう、占い師達の先輩ご近所と街に、愛想よく親しんだ。
弟が生まれた。
弟は頭がよく、天才ではないけれど、読み書きに興味があり、周りの占い師オバお姉さん達に習って、これからできるという学校に行きたい、何なら学園の平民枠に入りたい、と意欲的な子だ。
ショワが占い師として働いていても、そのお金を頼りにしてグウタラ、なんて両親は元々していなかったけれど。将来、弟が学園に行けた時にお金がかかるんじゃないかと、一層張り切って父も母も、協力して貯金をしている。
ショワも、その貯金に少し協力しているが。
「女の子は、お嫁に行ってから、自分のお金がなくて苦労する事もあるから。」
と、両親はショワの名前でも貯金をさせてくれたのだった。
そんな幸せなショワの家に、ノックは悪いものを運んできた。
「開けたら、何だか、恥ずかしそうな顔をした、お貴族様が立ってたんです。あと、ごえいのひと。えーっと、若様です、お貴族の。」
「顔に蝶々の痣がある女とは、ここの女か。」
ショワは腕に花の痣があるが、母は顔の、顎のあたりに蝶々の形の痣がある。赤いそれを、物静かな父は、俺の蝶々さん、と呼んで愛しんだものだが、それを、何故、若様が?
ショワは玄関口で、眉を寄せて、そこから中へ彼らを入れさせようとはしなかった。
だって、怪しい。
「ショワ、お客様かい?」
父と母が、あれ?と思って出てきてしまった。
母の蝶々を見た途端、護衛が3人、ザッと寄って母の手を掴んだ。
何だ?!と、母は当然、抵抗をした。ショワは突き飛ばされて、お尻を打った。父は今、間が悪い事に、腰を痛めていた。それでも母の手を取り戻そうと取り付いて、揉み合う事になった。
「暴れるな!あー、あー、相応の金はくれてやる。一度、たった一度で良い。私の相手をすれば良い。大人しく寝ていればすぐ済む!私だって嫌なんだ!こんな事するの!」
嫌ならやるな、と言いたい。
若様は、呆れた事に、美しい花街の女でもなく、貴族の素晴らしいお嬢様でもない、働き者でちょっと呑気な良き母、だけれども平凡な平民の女であるショワの母を、寝所で好きなように一夜、弄ぶというのだ。
「やめろ!母ちゃんに!なにすんだ!」
護衛の1人に掴みかかっていった弟は、剣の鞘で打たれた。足の脛を、鈍い音がしてもんどり打つほどに。
「大変じゃないか!ショワ、急がないと若様?に、お母様が連れて行かれちゃう!」
アルディ王子が、狼耳を怒りにワッピワッピと左右に開いて揺らして、もっと早足になる。
「いえ、ご近所の先輩占い師さんたちが、いっぱい集まって止めてくれているから、まだ家でごちゃごちゃやってる、とは思うんです。でも、弟は痛い顔をして足をおさえてるし、母も父も抵抗するのに精一杯で、弟をこのまま、治療に連れて行ってあげられなくて•••。」
占い師達は、呪われるぞー、とか、このまま連れていけば悪運がー、とか、おぞぞな事を沢山言って、攻撃力はないけれど、主に口撃力で、若様達をタジタジとさせているらしい。
「それでおれたちに、たすけてってしたのか!」
ロンが、難しい顔をして、ウンウンとレザン父ちゃんの腕の上で頷く。
ん?
「何でそれで、私たちに助けて、って走ってきたの?お家から離れたら心配だろうし、私たちがいるのが分かってた訳じゃないでしょう?」
エフォールが、レザン父ちゃんに掴まりながら、腕の上で、ハテナ?と顔を傾げる。
アルディ王子も、はっ、はわわ、と気づいて、そうだよね、そうだ、ショワを窺う。
「私は占い師ですから。とっさに、商売道具の、占い石を投げました。そうして、それが示したんです。運命のはしっこをつかまえろ。思いのままに走って急げ、と。」
ショワは自分の占いに誇りがある。
そうそう自分の事を占ったりはしないけれど、それをやる時は、真剣に、読み取った事をやってみる。
そもそも占う時は困ったり迷ったりしているのだから、打開するために、自分の中で落ちるよう、占いの結果から自分で自分の中の何かを読み取るものなのだ。
だから占いは、曖昧な言葉で話される事が多い。広げるための言葉だ。占い師の思い込みで断言をして、あまり決めつけてしまってはいけなくて、あくまでその人生を生きるのはその人なのだから。
ショワは、そうお師匠に教わった。
占って走ってそれでダメなら、いいや、騎士団の人を見つけて頼っても良い、とにかく誰か、何かを呼んで来よう。
ショワは走った。
「占いって、何でもズバリ当てる、っていうもんじゃないんです。でも、可能性を、選択肢を、示してくれる。つかまえなきゃ!って思えたから、走りました。そうしたら、アルディ殿下と、エフォール様と、ロンくんと、レザン父ちゃんさんが、いた!これだ!って思ったの。」
運命は掴まえるまで分からない。
本人にも、そして、関わる周りの者にも。
「若様?は、なんでショワのお母様と、その、ゴニョゴニョな、なんか、そのやらしい感じのこと、って思ったかなあ?」
それはショワにも分からない。




