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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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修繕の魔法


修繕・復元・防汚処理室。


ぐるりの壁に、引き出しがズラリ。


その引き出しには、種類ごと色ごとに、修繕に使えるかもしれない布が幾つも畳んで整理されている。


別に、一つのラックに、集められている布たち。それは、机の上にある、修繕中らしき広げられたドレスと似たバリエーションの布である。

装飾のビーズや宝石も、布より小さな幅の引き出しから、類似のものが選び出されて、整然とトレイに分けられている。


綺麗に整理されているのに雑然としている。作業中である職人の部屋は、そういうものであろう。


長方形、大きな机はまだ、一つだけ。椅子があって、斜めに先ほどリィアルが立った時のままだ。

部屋には広々と余裕があった。

いかにもこれから、人員が増え、また作業をするにもお互いにぶつからないだけの。


部屋の隅には、トルソーに着せられた年代物のドレス。

クリニエが、はわわ、になりながらそれを見ていると。リィアルが自分と同じ背丈の、けれども子供っぽいほっぺたを残した獅子少年の頭を、ポフ、と撫でて耳のふわふわ毛をモミモミ。


「あのドレスは、修繕が終わって、手汗とか汚れを洗って乾かしているんだ。あのトルソーの中は魔道具で、表面から風がフーッて出てんだよ。浄化だと落ちきらない分も取るために、わざとお湯で、専用の洗剤で洗ってるんだ。勿論、浄化も重ねがけするんだけどさ。」


へ〜っ!

「て、手汗?」

クリニエは、知る。


「そうさ。修繕でチクチクとしながら触るだろ、ドレスを。人がほんのちょっとでも触れば、汗やら手の脂やらがつくよ?そういうのがついたままにしとけば、黄ばんだり変色したり、臭いがついたりもするし、カビもあるし、虫食い穴ができる事もある。生地がダメになったりね。」


きれいにしとく、ってのは、手脂、手汗もダメなのだ。

あぁ、あのリボン。レースの。

汚れてくしゃくしゃになった訳だったんだ。

ショボンとする。


「わ、私、宝物のレース、いっぱい触っちゃった。たんれんとかして、汗かいたあとも、ポケットに入れてて出してみたりとか•••。」

扱い方を、分かっていなかった。


カッカッカ!

リィアル、しょんぼりなクリニエの耳を、向かい合って両手でモミモミしまくる。

「お気に入りってずっと持ってたいよなぁ。あたしが修繕したぬいぐるみも、ほんとボロボロになった子供の頃のやつなんかあったりしたんだよ。持ち主が、大人になっても捨てたくない、ってね。そういう汚れは、宝物も怒らないんじゃね?きれいに並べて、触らずにとっとくのが良いか、っていうと、またね。別の話だよね、それは。」


「そういう時のために、防汚の魔法があるのですよね。ここは修繕・復元・防汚処理室、って事だから、貴女も防汚の魔法が使えたり?」

貴族でドレスメーカーのオリヴィエが、真珠の腰飾りがポロリと半分分解している、修繕途中のドレスをマジマジと覗き込み。


織物会館の館長の息子トラムは、修繕待ちのドレスや男性服子供服、箱にラベルと共に入れられて重ねて積んであるもの、の周りを歩き回ってふむふむしているし。

寮っ子プランはクリニエの側で、心配そうな目を向けている。


「そうだねー。防汚しとけば、触れる宝物になんね。その前に、キレイにしないと汚れの上から防汚になっちゃうんで、それ以上は汚れない、になるだけ。あと汗を吸わないから、普段の服に防汚するのって、あまり気持ちよくないかもね。」


そして。

「あたしは、防汚、修繕、分離、浄化、の魔法が使えるよ。お直しするために生まれてきたようなもんだね。見せてあげるよ、坊やたち。そこらへんにある椅子持ってきな!座ってみてなよ。」


ひらり、と紺のワンピースを揺らして、作業机に出しっぱなしだったドレスに取っついて。リィアルは椅子に、スカートの中で足をガバっと開いて片方の膝にひっかけて片胡座。あまりにもリラックスした格好になった。

オリヴィエが、ふへ、と頬を赤くして、目を逸らした時。

「良いから見てなって!あたしの足なんかどうだって良いんだよ、やりやすければ!」

とツッコミが入ったので、咳払い後、4人はリィアルの手元にジッと注目した。


ちなみにトラムはリィアルのやり方に慣れていたし、プランは市井で荒々しい平民のおねえさんに慣れていたし、クリニエはよく分からないハテナハテナになっていたので。ポッとなったのは青年の、オネエではない、オリヴィエだけである。


「ほら、ここ、穴があるだろう?これは虫食いじゃなくて、引っ掛けてかぎ裂きにした穴だね。ほらほら、指が通るくらい。これを修繕するには、同じ織りの糸を、影響のないとこから取って、一本ずつ織っていくんだ。穴が大きいから、共布を差し込んでやる方がいいかな。どっちにしろ織っていくんだよ、途中から糸を差し込んでね。ほら、見てな、一瞬だよ!」


かぎ裂きの穴は、欠けてはいないので、共布を差し込みではなく糸を織って繋いでいくらしい。

縫い代から取った糸が、勢いよくシュン!と指先に吸い寄せられた。

と思ったら。


シュバババババ!


「え!」

「おお!」

「スゲースゲー!」


ピッと伸びた指先から、糸がすごく速い。見えない。

けど、押さえられた布は動かないから、段々とかぎ裂きが埋まって、糸が継がれていくのが、あまりにも美しく見えた。


ピッ


竜樹がいたら、スピードはあまりにも違うが、これは、「かけはぎ」だ!と言ったろう。

「できた!ほら、触ってみな。」


4人に順繰りに触らせる。布の穴が、まるで元々無かったかのように再生されて織られている。穴があった部分から少し離れた所にはみ出して出ている糸の端がなければ、全く分からなかったろう。

触っても、分からない。


ふわぁ、となっている4人に、二ヒヒと笑ったリィアルは、糸の端を、鋏でキチキチ切る。ぱん、ぱん、と叩いて糸くずを払えば、本当に。


「スゲー•••。直っちゃった。」


元の通りに。


「あたしの修繕は、これだけじゃないんだ。直すものなら、何でも、直す部分と同じ材料を用意すれば、復元できるんだよ。その真珠の腰飾りも直せるよ。見てな。」


貝殻が、何故にここにあるのかと思ったのだ。片手を内側が美しく輝く貝に、もう片手を、糸が外れて無くしてしまった真珠のパーツ1個摘んで。

ムムン。


コロ ぽとり ぽと。


コロリンコ、と魔法で作られた真珠が生まれてゆく。用意されたトレイに、次々と。


「•••これって、おおがねもちになれるんじゃね?」

プラン、良いツッコミである。

真珠が貝殻から作れるのなら、真珠屋さんになっても良いくらいだ。


「そう思うだろ?」

「おもう。」


ウンウン、と4人•••いや3人。トラムは知っているものか。

「だけど、腐っても修繕の魔法なわけ。直すための元があって、材料があって、そして、どんなにウンウン唸っても、直すための無くしたパーツの分しか出てこない。他に流用すると途端に消えちゃうんだわ。この真珠も、サラサラ崩れて。」


魔法で作った部品だから。

修繕の魔法だから。

直すためでしか維持されない。


「えぇ〜。ちぇっ、だね!」

プランが目をまん丸にして惜しがる。真珠が生めたら、どんなにか。

「チェでもないよ。真珠なんか魔法で生めたら、一生飼い殺しで偉い人に真珠ばかり出させられそうじゃん。修繕しかできないから、織物会館に来れたんだ。多分神様が、良いようにしてくれたんだな。」


そう。

期待に拉致られ、それを分かってもらえれば捨てられての繰り返し。どんな場所でもリィアルは真摯に修繕をした。修繕しかしなかった。

ゆえに熟達をした。

この織物会館に来る前は、とある商家で、囲われて中古のものを何でもかんでも直させられて。

「真珠が出せる、宝石出せるだろ、って最初はすごく殴られたりするんだよね。食事くれなかったり。でも元が高価でないと、修繕してもそれほどでもないからねぇ。結局、そんなに儲かるでもなくて、食費の方がかかるなんて持て余されて捨てられるんだ。」


ポム、とプランがリィアルの肩を叩く。

気遣い、労い。

「しゅうぜんできて、真珠直す分しかでなくて、よかったね。リィアル。」


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