バックヤードへ
「わ、私の中の女の子はね。まだ小ちゃくて、色んなことにドキドキしてる。泣き虫で、怖がりで、感じやすくて落ち込みやすくて、でもステキなかわいいもので、ご機嫌にキャイキャイ喜ぶよ。力でゴワッとしちゃう、わ、私が、壊れやすくてキレイなものを触るとき、ソーッと、そーっとね、って息をのんでる。」
クリニエも、ドキドキする胸に手を当てて、仲間であるオリヴィエとトラム、それから女の子を内包してはいないけど、話をバカにせず聞いてくれるプランに語った。
「女の子は肩くらいまでの髪で、キャって喜ぶとさりさりゆれる。白やピンクの花を飾っていて、裸足にファサッとしたワンピースは白くてね。今も、レースの見本帳を見ながら、ほっぺを真っ赤にして、ニコニコ笑ってるようなんだよ。」
ウンウンうん。男3人と1人の乙女会。
レースの見本帳の中は、一目一目編んだ透かしの波なみ、クロッシェレース。布地の白に花型の穴を糸で縁をかがり刺繍が美しい、綿レース。網目の地レースに糸が踊る、刺繍をした、チュールレース。一繋がりに刺繍をした後、ベースの生地を溶かして刺繍だけ残したケミカルレース。
魔道具で細い糸を繊細に編んで柄を出したラッセルレース、同じく魔道具で、ボビン糸を交差させながら柄を編むトーションレース。
柔らかく清楚に、そして豪華に。
ふぅ〜ンンンン。
3人の乙女男子は、うっとりため息を吐く。まだ常設展示さえ見ていないのに、クリニエもオリヴィエも、時が緩やかに流れ、トラムが捲る見本帳は大きくて、水色の紙面に貼られたリボン状のレースが細く、太く。
プランは、気遣いさんなので、満足に眺めている3人を邪魔しないように、ふーん、くらいの興味で大人しく参加している。
パタン、と1冊、たっぷり時間をかけて見本帳を見終わった所で、3人の中の女の子と女性は、ふわふわ反芻、目を閉じて、胸の中は花々、ポワポワまったりである。
「••••••ごめんね、プラン、つきあってくれてありがと。」
「うん、ぜんぜんいいぜ。新聞売りのとこでも、お客まちするから、じっとしてんのなれてんだ。」
幼馴染み達は、視線を交わし合ってテーブルに肘、頬杖つきっこした。あぁ、ここに美味しいお茶があれば。
しかし、飲食不可、美しくて可愛らしいレースの夢は、胸にそのまま飲み込んで。
「プランさ、さっき、織物会館が休みの日に1日だけでも、男だけのドレス着たい日、って言ったろ?」
「ウン。むりにじゃないけど。休みの日ってあれだろ、休みの日にしかできないことあんだよな。竜樹とーさがよく言うよ。」
ブラック反対!週休2日!って。
トラムは、ほち、と目を瞑って開き、ふにゅ、と手の形に包まれたほっぺを、く、と上げて鼻をスンとした。
「俺も、思ってたんだ。今日のお客さん、女の人ばっかりだな、って。ドレス着たいから、で分かるんだけど、入り口をチラチラ見てる男の人とか、ぽつぽついるんだ。興味あるけど、来づらいんじゃ?って。プラン、クリニエ様、オリヴィエ様、来づらくなかった?」
そういえば、である。
子供なプランやクリニエは、あんまり気にしないで入ってきたけれど、同じ年頃の男の子は、全くと言って良いほどいなかった。
オリヴィエは。
「夫婦でいらっしゃってる方達も沢山いるから、大人の男でも来づらいほどじゃないけど。確かに私以外に男1人で来た人は、同じ時刻辺り、いなかったね。仕事で関わってる男性も私の他にもいるんだし、興味ある人はいっぱいいると思うんだけどね。」
でしょう。
だねえ。
乙女男子3人と1人、頷きあう。
「織物会館は、ドレスだけじゃなくて、男服もいっぱいあるし、子どもや赤ちゃんの服も、カーテンや家で使う布、色んなものが、まだ沢山裏にしまってあるんだよ。そういうの、父さんがこれから、きっと、見せるにはー、って、特別展示とかってやつ色々するんだろうけど、俺、今のできたての織物会館も、男の布好きたちに、楽しんでほしいな、って思ったんだ。」
トントン、とテーブルについた片手、指がピカピカの面を打つ。
ふす、と鼻息吹いて。
「だから、父さんに、さっきの、男もドレス、言ってみたい。ドレス着なくても、女性に遠慮しながらじゃない感じで、自由にきれいなもの、見れる日があっても、よいな!って。」
クリニエの尻尾は、ピピン!と立った。
オリヴィエの口角が上がる。
プランは、ほお、と目をくりり、大きくした。
「嬉しいねぇ。」
「う、うれし!」
「スゲェなあ、トラム、色々考えてんだなぁ。」
「俺、将来、布屋プティフールやるか、織物会館につとめるからね!布がだいすきだから。」
ふふ、と笑うトラムは、この中で一番小ちゃくても、何だか頼もしい。
「父さんに言ってみないと分からないけど、こんな考えあるよ、って言いに行こうよ。招待するよ、皆を。」
織物会館の、バックヤードへ。
織物会館の入り口、階段脇にある、隠れた関係者以外お断りのドアを開ける。
一般のお客様が歩く会館の表は明るく広い。人が沢山いるから、温度も何だか温かいし、ザワザワとした音。そこからドア奥のバックヤードは白い壁、しん、と廊下は広くて、嵩張る布を運ぶ時でもゆったりと。
パタン。
4人は、そーっと廊下に立った。
表の会館と隔たれて、廊下は地下へ階段が続く。降りれば折り曲がる廊下に幾つものドアが壁にポツン、ポツンと。
ドアの上には、艶々の木目飴色に、草木の模様がデザインされて囲む金の枠。
歩きながら順に読めば。
販売物在庫。
ドレス倉庫。
男性服倉庫。
子供服倉庫。
生活雑布倉庫。
特別倉庫。
修繕・復元・防汚処理室。
ここまで歩くと、その先には、人が集まる部屋があるらしい。
喫茶・食堂。そしてトイレ。
スタッフルーム。
学芸員研究室。
奥の奥、突き当たりに、館長室。
「そういえばさ、美術館のかんちょうとかは、貴族のひとじゃん。王太后さまに言われたからって、よくモティフ親父さんが、織物会館のかんちょうになれたなぁ。」
プランが不思議に思う。
そうなのだ。貴族の人も来る織物会館のトップが、平民のモティフ親父さん、というのは、時に問題がありそうだ。主に、下に見られて威張られ、無理難題を貴族の人に言われたり、貴族のお家と布の事でやり取りしたりする時などに。
「父さんは、布についての知識では誰にも負けないし、学芸員をまとめるから館長だけど、館長の上に、貴族の人と話してくれる、貴族の会長ってのがいるみたい。王太后様がオーナーでいるから、父さんそんなに偉いってわけでもないよ。でも、布の事がいっぱいできて、父さんは喜んでる。」
「ヘェ〜。」
学芸員には貴族の次男坊や三男坊、女性も割といるのだが、誰も彼も布好きで、そこが共通しているし。雇用関係なども会長が握っているんだそうだ。
平民館長の下という位置のようでいて、実質、同僚の中で一番詳しい人が館長という感じで、一目置かれていて、特に問題はないのだと。
「会長室ってないの?」
「館長室のおくにあるよ。俺は入った事ないけど。」
館長室の前まで来ない内に、トイレから手を拭き拭き、誰かが出てきた。
「あれ、トラム。お客さん連れてなんだい?」
くしゃくしゃレンガ色の髪を、2つに三つ編みした背の低い女性。黒縁の、顔の半分もあるかという眼鏡は大きく、そして作業着らしく紺の地味なワンピースは白い丸襟、白い袖口。ポケットが沢山ついた、生成りのエプロン。鼻はちんまり、口は大きい。
「リィアル、父さ、モティフ館長のとこに来たんだ。皆と、話を聞いてほしくってさ。」
ふーん、とリィアルは指先の皮が硬くなったところを念入りに、綿の手巾で拭きながら。
「館長はお客さんきてるから、後にしたほうが良いよ。なんか偉い人っぽかった。」
「ええ〜。」
仕方ないが、出鼻を挫かれた。
どうしようかな?と、トラムが首を傾けて考えた所で。
リィアルが、ピッピっ、とエプロンを引っ張って整えながら。
「私んとこで修繕でも見る?トラム好きだろ。お客さんも、ここに来るくらいだから、布が好きなんじゃね?そうでしょ、オリヴィエ様。」
おや、とオリヴィエがリィアルの目を見てトラムを見る。大丈夫かな?うん、トラムがウンウンしてるから、大丈夫そうな人かな。
「私の名を知っていらっしゃる?」
「知ってる、ますよ。貴方様の作ったドレスを修繕した事もあるんでね。丁寧な仕事の人だ、あとドレスを作る時に、共布を付けてくれる気遣いの人だね。なかなかいないんだ、そういう人って。」
縫い代から糸とるより、随分やりやすいよ、です。
「しゅうぜん?」
クリニエは、突然現れたこの小さな女性、クリニエとなんと同じ位の背丈である、リィアルを見た。
平民なんだろうに、何だかオリヴィエにも偉そう。そして、腰に手、こっちをジロッと見て。
「坊主達も修繕見て行きな!これぞ魔法!ってこと、このリィアルが、見せてやるから。ーーー作るのも楽しいだろうけど、修繕も楽しいんだぞぅ?」
ニヤ、と笑った。あっか、と口を大きく開けて、カッカッカ!
「あー良かった良かった、1人だと話し相手がいなくってさ。仕事は好きだけど、時々息を抜きたいじゃん!修繕室にも早くもっと人を入れて欲しいなあ。」
「リィアルほど上手になおせるひとは、そんなにいないから、すぐは無理だよ。」
グワシ!とトラムの頭に手が。グシャグシャ。
「うむむ、トラム、やっぱ良いやつ。」
ニハハハハ。
「どうせ待つなら、リィアルの仕事見てようよ。面白いよ。俺、ずっと見ちゃうんだ。」
館長室へ向かう足を戻して、振り返って。たん、トン、トン、タトントントンと足音がバラバラ響く。
修繕・復元・防汚処理室の、ドアが開く。
リィアルが、手で促す、腰を折り迎える。
「お直しの部屋へ、お客様ようこそ〜。」




