お願い男子が1人増える
気遣い男子、寮っ子プランは、獅子少年クリニエの骨太な手首を掴んで、ヨイショと引っ張った。
クリニエは抵抗なんかしていないけれど、そもそも身体が大きめで、戸惑っているので、プラン任せで、子猫が獅子を引っ張っているよう、力入れて斜めになっている。
織物会館の1階は常設展で貴族のドレスの変遷をやっていて、順路通りに回ればぐるっとして、また入り口に戻ってくる。だから、入ってすぐと、帰りがけに見られるように、小物屋プティフール織物会館店も、入り口から少しの所にあった。
入り口から見て左右両端、2階へ行く美しい曲線の、堂々とした白い階段、その右階段を通り過ぎた辺りである。順路は時計回り、いわゆる右回りだ。縦書き文化でなければ、右回りが解説文を読むのに、目線が順に進む感じになるからである。
その、小物屋プティフールの前に、ヨイショ、とプランとクリニエ。
美しい艶々の木の販売陳列台には、可愛らしく布小物が並べられていて。店中へ入っていけばクリニエは、ふわぁとまた、嬉しくボーッとしてしまうかもしれない。
が、今は、そのお店の前の隅っこ、お客様に邪魔にならない位置で。
「クリニエ様、あ、あのさ、あのさ。」
袖を引っ張って下げて、クリニエより頭の位置の低いプランは、背伸びして獅子耳にぽしょぽしょ、内緒で話す。
「俺さ、ここの館長のモティフおやじさんとは、•••知り合いなんだ。息子のトラムも友だちだしさ。」
爪先立ちが、ヨロヨロしながらだから、クリニエはプランの背中をガッシと掴んで、頭をグイッと下げて聞いた。
「うん、うん?しりあい?」
プランは、ちょっと言い淀んだけれど。でも、決心したように強くギュッと瞑り、パチパチっと瞬いて、ふす、と鼻息、続けた。
「もしか、もしかだよ?たのんでみても、向こうも仕事のことだから、ダメかもだけどさ。今日みたいな、お客さんが多い日じゃなくて、休みの日とかだったら、クリニエ様みたいな男だって、ドレスが着れたりしないかな?」
やっぱ、さすがにお祭りの、こんなに混んでる日に、女の子と同じにドレスを選ぶのは、ヤバくね?
とプランは心配した。
着替え部屋が別だったとしても、お付きの者を連れた裕福な家の女性や、多分貴族の女性も、さっきからチラホラいるし。そんな中には、残酷に平気に、言葉で、そして物理的に従者に命令したりして、こちらを打つ者もいるだろう。
また、クリニエはまだ少年だけれど、それでも男。男性というものが苦手な女性もいる。嫌な事をするのが悪くもあるし、それだけでなく、冷たい目で見られて口撃されるかもしれない。
市井にいたプランは、お坊ちゃんなクリニエより、どんな事をしたら殴られるかという事について、詳しいのだ。
「•••プランは、私がドレス着るの、ダメって言わないの?」
クリニエは、は、と驚いている。
プランの事をバカにする訳じゃないけど、ドレスなんて男が着るもんじゃないよ!って、クリニエの繊細で揺れる気持ちなんかザックリ切り落として、慮る事なく、嫌な事を言われるかと思ったのだ。
ワイルドウルフの、同じく鍛錬をしている獅子少年仲間達なら、口をあんぐり開けた後、大笑いするか、変なものを見た、って微妙な顔をするだろう。
クリニエの宝物、ポケットの、レースのリボンを見た時も、何だぁソレ?ゴミは捨てなよ、と言われたのだった。
分かってもらえない。
はずなのに、どうして?
「男でも女の子の服を着たい、そんなにーちゃんは、わりと、いるもんなんだぜ。大体はかくれてるけどな、街でも。人とちょっとちがってると、殴っていいと思ってる人って、いるもんな。」
でも、男で女服着たい、そういうにーちゃんの中には、優しい人もけっこういて、俺たち、かわいがられたんだ。ぜんぜん関係ない人から、おかしいって言われたり、下に見られたり、そういういみで、俺たちも同じようなもんだったから。
虐められて苦労して、優しくなる者もいれば、捻くれてしまって毒を周りに撒くような者もいる。
誰にどうなれ、などと偉そうに、プランは言えないけれど、厳しい生活の時に優しかった人の事は、忘れないし嫌いになれない。
「クリニエ様はドレスが着たいんだろ。いいじゃん、べつに。着たいやつがいたって、しゅみってやつだろ?」
ニコ、ひそり、としたプランは、クリニエにとって。
「•••プランって、す、すごいね!?」
自分より小さくて、力も弱い人族の子供で、なのに。とても。人をホッとさせる、大人っぽい懐の深さ、ってやつを持っているのだ。
比べたら、ワイルドウルフの獅子少年仲間達は、悪い奴らではないけれど、単純で子供っぽい。
パンパンパン、と拍手が響いた。
ハッ、と少年2人は振り返る。
その、大きな手が上手に打って出す響き。出しているのは、見た事ある男性。多分貴族だ。着ているものが、素敵に違うからだ。
長い髪をちょっと個性的な真珠に彫金の葉っぱ、脇にリボン付きの髪留めで纏めている。女性的なアイテムだけれど、リボンの暗赤色と上着の赤み茶が同じトーンで、ピリッと纏まっている。
「私もそう思うよ。プラン?君?それから、クリニエ君。」
ニッコリ、と笑う顔は、裏なんかなさそうだったけど、プランはずずいとクリニエを後ろに庇って、前へ出た。その警戒した瞳に。
「ごめんごめん。勝手に話を聞いて、すまなかったね。別に変な人じゃないんだよ。私は。」
膝に手を置いて、腰を曲げて目線を合わせてくるその男性は、いつ、どこで見たんだったか•••。
「変な人は、だいたい、自分が変だって分かってないよね。俺はおかしくなんかない、まともだって言うよね。」
「言うねえ、プラン君。」
カヴァアール侯爵家オリヴィエ。
以前、ピティエも出た、浴衣のファッションショーの解説をやった事がある。
繊維業で一番と言って良いくらいの領地を持つお家の次男で、貴族向けのドレスメーカーな彼は、女性用アイテムをサラリと効果的に使うが。
オネエ、では、ない。
3人は膠着して、小物屋プティフールの前でもちゃもちゃくっついていた。
「お願いだよ、プラン君!その、男子だけの休日のドレス選び、私も一緒に連れてってくれないか!?」
え、え、え。
ええ〜っ!?




