織物会館にて
織物会館に行くチーム、リーヴ、クーラン、マテリア、スァラン、プラン、クリニエは。
ニコニコして、6人の後ろと横を歩く護衛の騎士さん達も一緒に。『パシフィストお祭り地図』という、新聞販売所で少し前から売っていた、大きな1枚の紙を時々出しては見ながら、目印を確かめ確かめ、道をゆく。
プランはジェム達と街中で稼いでいたから、道を良く知っているので、女の子に地図は任せている。クリニエは女の子に混ざらず、かといって離れもせず、プランと前後に並んで歩く。
心はわくわく、いつもと違う街の中は、昨日、歌の競演会の時も歩いたけれど、誰もかれも楽しそうに浮き立って、リーヴ、クーラン、マテリア、スァランの女子組は、どことなく足が弾み気味だ。
織物会館は、プランやジェム達、新聞寮の最初に入った孤児達の昔馴染み、古い在庫も沢山扱う、古布に関する困りごとなら、何でもござれな布屋プティフールが発端になっている。
街で仕事をもらって糊口をしのいでいたジェム達に、親切に仕事を良く依頼してくれていたのが、プティフールのモティフ親父さんとフィルル奥さんだ。息子のトラムも優しく、孤児だなんだと偏見なく、ジェム達を見下したりせず、友達をやっていた。
布に情熱をもって、その歴史にも精通し、ジェム達が『アンファン!お仕事検証中!』のテレビ番組で寄った事がきっかけで、騙しとられそうだった店を、竜樹の力を借り、無事に守った。
だけでなく。
その時に相談した、王太后様の後押しもあって。織物会館として、華々しく新しい創造の源あふれる場所として、建設された。お金はもちろん王太后様の私費で建ったのだが、館長はプティフールのモティフ親父さんである。
プティフールのほど近く、古いお屋敷があった場所を買い取って織物会館にしたので、途中で本店のプティフール前も通る。
ずっと前からそうだったように、プティフールには、ほんの1人か2人のお客さんが、熱心に布を見ていた。
布の1巻き、1反が、所狭しと並べられた狭い店内には、静かな時間が流れているようだ。モティフ親父さんが織物会館の館長なら、店員はどうなっているのだろう。
緑の尖り屋根が可愛らしい、白い石造りの織物会館は、窓ガラスもアーチに嵌められて、建物の外観そのものも美しく可愛らしい。立派な木の彫刻を施した、観音開きの扉がウェルカム、開いたままに留めておかれて、お客様を待っている。
扉の両端には、お姉さん。
シンプルな丸襟のワンピース、けれどスカートの端は非対称に角張り、フリンジ。腰の所にそれぞれ美しく花の柄織、幅広のリボンを結んだ案内係が、説明をしてくれている。ちょこんとつけた布の花の髪飾りには、タッセルが1つ、ふり、と揺れて、笑顔。
「いらっしゃいませ。織物会館へようこそ。こちらの会館を楽しんでいただくには、入館料がかかります。」
「大人銀貨1枚、子供は半額の銅貨5枚です。入館料を払っていただいたお客様は、館内の次の施設を利用できます。」
特別展示は王太后様のご幼少の頃から現在までの普段着、ドレスの変遷。
常設展示はパシフィストの貴族と平民の衣服の歴史展。
資料室にはカーテンや寝具など、身の回りに使われた、手に取れる古い端切れ資料、文献があり。
中古で貴族達から、王太后様の一声で集められた、色々な年代のドレス、男子向けの正装服が、選べて館内で見学の間、着る事ができるように。
「このお祭りでの目玉と致しましては、30着ほど、王太后様の各年代のドレスを、選んで着て写真を撮る事が出来るようになっています。こちらのドレスは、人気となっておりまして、着て館内を見学は出来ないのですが、記念になりますし、入館料とは別に銅貨5枚だけでお試しできますよ。そして、男性の方向けには、先王様のお召し物を着て写真が撮れます。ご夫婦や恋人同士などで撮れば、大変貴重な1枚となりますよ。」
王太后様のドレスで気にいるのがなくとも、他の沢山ある中古ドレスで見学の前、後、どちらかで写真はプラス5枚銅貨。撮影ができる。
小物屋プティフール・織物会館店もあって、テーマは『新しい時代も、優しく懐かしい布小物を一つ。私はしなやかに生きてゆく』だ。
全てを古色にするのではなく、今持っていても素敵な、通じる美しさの小物に仕上げている。
入り口笑顔のお姉さんに促されて、入館料をそれぞれ、窓口で銅貨5枚ずつ払った。
今日はお祭り資金として、竜樹とーさから、1人銀貨2枚分、銅貨にしたら20枚分のお小遣いを貰っている。
新聞寮の子供達は、それぞれの豚さん貯金箱から出すよ?と言ったけれど、教会孤児院の子、皆に出すんだから、貰っときなさい、と竜樹とーさはニッコリした。
お祭りにお小遣い貰えないなんて、どんなにか寂しい事だろう。とーさの親としての、頑張った金額が銀貨2枚である。
ワイルドウルフの獅子少年クリニエは、寮の子じゃないしお家は裕福だけど、何故か竜樹に頭をポンポン撫でられながら銀貨2枚を貰ったので、それをポッケに入れて持ってきた。
剥き出しでポケットに入れてくる所が、なんか男子である。プランも同じく、ポケット組。
因みにリーヴ、クーラン、スァランの女子達は、買い物自体をあまりしないので、お財布は持っていなかったが、ハンカチに包んで持っている。
貴族のマテリアは、家に商人が来るからやはり財布は持っていなかったのだが、今日この日のために、自分で縫ったお財布袋を持ってきた。
「さあ、どうぞ。ごゆっくり。」
「何かお困り事がありましたら、私たちこの制服を着ている館員までどうぞ。男性の館員もおります。同じリボンを腰に、布花を胸に着けています。」
一歩。
館内へ踏み出す。
床はピカピカ、6人の姿が映るよう。王太后様のドレスの展示、貸し出しもあるから、幅広い年齢の女性が多く訪れて、人波、順路に流れるように連れていかれる。
「まずは、ドレス着たいよね!ほんもののきぞくの人のやつ!」
「せっかくだもんね。着て見学したいよね!」
「私も、昔のドレス、着てみたいですわ!」
リーヴ、クーラン、マテリアが、ドレスでしょ!と入館料を払った印の半券をポッケに入れながら。
喋れないスァランは、ポポ、とほっぺを赤くしながら、でも、嬉しそうだから、着たいのか。
「おうたいごうさまのドレスは、着なくていいわけ?」
プランは不思議に思う。女の子って、お姫様みたいにするの、好きなんじゃないのか?だったら、貴族の人のドレスもだけど、王太后様のドレスが、絶対着たいんじゃないか?と思ったのだ。
「そりゃあ興味あるけど。きぞくの人のドレスは、写真とらなければ、入館料だけで着られるもの!まずはそれを着て、ゆっくり色々見てから、おうたいごうさまのドレスも、どんなのあるかなーって、ね?」
「そうよね。30着って言っても、私たちに合う大きさのがあるか、分からないし。」
「ですわですわ!」
「だよね!私も、パシフィストの貴族のひとのドレス、着てみたい!」
「ん?」
「え?」
無邪気に言った獅子少年、クリニエの言葉は、女子達によって、んんんんん?と疑問に聞き返された。
「クリニエ様?」
「ドレス。」
「着たいの?」
「••••••?」
プランは知っている。
街にいた、男なんだけど、女の子の格好をしている、いわゆる、おねにーさまというやつが、この世にはいる。
プランは知っている。
おねにーさまは、男が好きな場合もあるし、ただ女の子の格好が好きなだけの場合もある。
クリニエがどちらかは分からないけど、それは、普通に、いるんだ。
本当のところ、クリニエは、どちらでもなかった。女の子の格好が好きなんじゃない。女の子のドレスは、可愛いから、いっぱい手に取って見たいし、着たらどんな感じか、知りたかっただけである。
自分に似合わないのは分かっているし、普段したい訳じゃないけれど。今日はお祭りなのだし、特別だ。
素敵なレースの裾が、ふわり、さらさら、と足を滑り、風に揺れたら、さぞかし、さぞかし•••可愛かろう、どんな気持ちがするかなぁ•••と思ったのである。
男を好きな訳でもない。
人が流れる織物会館の館内入り口すぐで、またもクリニエは、突っ立って、えーと、と何も言えないでいた。しかし今回は、チームの残り5人も一緒に、立ち止まってくれている。
「あの•••。」
貴族の猫目っ子マテリアが、言いづらそうに口を開いた。
「ドレスをえらぶところは、たぶん、男性はいないとおもうの。きがえるところも、きっと、男性と女性と、別じゃないかしら。ドレスをえらんで、男性ようきがえ室に、行けるかしら?」
リーヴは平民の街っ子なので、もう少し直接的に言った。
「クリニエ様、きがえとかも、女子とまざるの、べつに私たちはいいんだけど、ここだとダメじゃない?チカンとまちがえられない?」
花街から回避の女子クーランは•••花街のお姉様達から、色々なその、色ごとの時の男性の癖をチラリと聞いてもいたので。
「クリニエ様、気持ちはわかるけど、そういうのは、専門のお店でした方がいいわ!」
そういう専門のお店?
とクリニエは今度ハテナになった。
プランが、むぐむぐぐ、と何とも言えない顔をして、クリニエの腕をハッシと掴んだ。
「クリニエ様。ちょっとだけ俺に付き合ってよ。」
ドレスを諦めろ、とも、着ていいよ、ともどちらも言わず、真剣な顔をしたので。
クリニエは、しゅん、としながらも。
「••••••うん。」
頷いて、獅子耳をパタリ、尻尾をパタリとしながら、ドレスを選びに行く女子達と分かれて、プランに引っ張って行かれる事になった。
ああ、多分、ドレスは着られないんだなぁ。
可愛いものって、どうして自分の側には。
ポケットが熱く感じる。
エフォールにもらった猫ちゃんの編みぐるみが、そこに入っている。




