図書館男子たち
「ちょっとちょっと竜樹君!話を聞かせてもらおうか!?パージュと、昼食をだって!?」
「お、おお。バラン王兄様。図書館にいらしたんですね。」
エントランスを超えて、カードを魔石カード探知機にかざして入館したら、いきなりバラン王兄がいた。本棚の陰、受付から見えない位置まで竜樹達を引っ張ってくると、小声で、
「ここは、音楽に関する文献も豊富にあるからな。それより!」
パージュを誘うなら、なぜ私に相談しないんだ!
へ。
「私だっていつかは、パージュをお昼に誘おうと!いや、夕飯だっていい。むしろゆっくりディナーに誘いたい。とにかく、何故私を出し抜いて、先に約束を!それにさっきの男は何だ!立派な淑女、パージュになんて失礼な!あんな男とは別れる一択だ!」
ふむ。
「王兄様は、独身でらっしゃるのですよね。」
「•••独身だ。心に秘めた女性はいるがな。」
「彼女、パージュさん、素敵なお声ですよね。」
「そうなんだ!うっとりするくらい素敵な声だろう?いつまでも聞いていたい声だ。あんな落ち着いた風をしていて、実は可愛い物が好きなところも好ましい。図書館の仕事も頑張っていて、音楽の文献の事、吟遊詩人の歌う詩についてまとめた本などにも詳しくて、博識で、わからない事があっても次に会う時までに調べてきてくれるような、勉強熱心な所もあってーーー。」
わかった、わかった、わかりました。
「つまり王兄様も、好ましく思われるような、素敵な方だということですね。」
「うむ、そうだ。」
照れつつも、素直に頷くバラン王兄である。
「すきなの?」
「バランおじ様、パージュお姉さんと結婚する?」
「母上が、喜びそうだなぁ。おじ様に早く所帯を持って、落ち着いて欲しいっておっしゃってたから。」
「うむ、す、好きだが、結婚できるとは、限らない。」
まだ、お昼にも、誘えていないし•••。
チラリ、と竜樹を見る。
ええ。分かっていますとも。
「実は、テレビ放送の事で、いいお声のパージュさんに、ナレーションを頼みたいなと思っていまして。今日は、そのお願い、というか、まずは、ナレーションてどんなものか、とか、頼むだけじゃ悪いから、俺の世界の図書館の話を、ご同僚の方も交えて、お話できたらなぁ、なんて、お約束ができた所なんですよ。」
「ふむ、ふむ。それで?」
期待を込めた、話を先へ促しである。
「ナレーションをお願いできたら、王兄様とも、音という同じ仕事で働く訳ですし、関係ありますよね。」
ランチ、ご一緒します?
「勿論だとも。私の力が必要なら、是非、あてにしてくれ。」
ニコニコリ。
満足。一転してご機嫌になった、バラン王兄に。
「ちょっと、よろしいですか。」
眼光鋭い、ピシッとしたシャツにシンプルな上着、帯剣姿の、バラン王兄と同じくらいの年齢らしき男性から、声がかかった。オレンジがかった、ゆるいウェーブ髪を靡かせた、同じ瞳色の迫力ある御仁である。
「エーグルじゃないか。図書館なんて来る用事あったのか、お前さん。」
マルサの知り合いのようだ。
「私の趣味は、読書ですよ。マルサ王弟殿下。バラン王兄殿下、ギフトの御方様、王子様方、ご挨拶申し上げます。私、騎士団副団長の、エーグルと申します。」
「はい、はじめまして、こんにちは、畠中竜樹です。竜樹でいいです。」
「うむ、エーグル副団長も、つつがなく。それで、何か用が?」
「パージュさんと昼食とは、聞き捨てならないな、と思いまして。」
ギン!と光を増した眼に、何故だか、図書館の本棚あちこちにちらほらいる男共が、ウンウンしている。
「私も、パージュさん、いいなと思って気持ちを温めていたのです。」
温めていたのかよ。
「恋の鞘当てに、まさかご身分を振り翳して強行するなど、芸術を尊ぶ雅やかなバラン王兄殿下は、そんな野暮な事、なさりませんよね?」
私も、パージュさんとの昼食会に、同行させていただいても?
ここで、周りの男共が、騎士団副団長もかよ!それに、王兄殿下ときたら、俺たちに勝ち目はないぜ〜。ううう、とかなんとか、阿鼻叫喚である。小声で。
うん、図書館、大きな声出しちゃいけませんもんね。小さな声でも、響くけど。聞こえちゃってるけど。
「見れば、貴人の方々がお集まりで。王子様方の護衛はいるけれども、バラン王兄様の護衛は見当たりませんね?」
「身軽に動きたいもので、遠くで守らせているのだよ。」
ギギン、と眼差しが交差する。
「婦女子の方々もご一緒されるようですし、私が護衛兼で食事会に参加させていただければ、安全性は増します!休日ですが、職務を果たすに、否やはありません。喜んでご一緒しますので。」
ニコリ。
参加に、否やは言わせない感じである。
「とにかくお話は、本を読みながら意見交換もできる、勉強室でしませんか?」
おーおー。
キョトンとしてる王子達(オランネージュは面白そうな顔をしている)も、立ち話ずっとさせておけないし、それはいい案である。
「じゃあ一旦、俺と王子達の読む本を、探させて下さい。」
「では準備できたら2階の勉強室へ。先に行って席を確保しておきます。」
エーグル副団長はそう言って、身軽に2階への階段へ速足で向かった。なんだかノロノロと、周りにいた男共も、後を追っている。
うん、ちょっと綺麗な図書館司書のお姉さん、こちらの世界でも、そそるんだね。
「じゃあ、3人とも、本借りるか?何か見つけておいで。護衛は1人ずつ連れてな。俺は子供の読む絵本の方へ行くけど、一緒に行くか?」
竜樹は書き言葉の勉強中である。ニリヤは一緒に来て、オランネージュとネクターは、それぞれ物語本と図鑑の方へ行った。
竜樹が絵本にスマホのカメラを向けると、こちらの世界の字の上に、日本語で翻訳がされる。勉強するのに便利である。
スマホを駆使して、タイトルを吟味し、竜樹が『ミネと大きなさかな』という絵本を、ニリヤが対の『ミネと小さなさかな』を選んだ。
オランネージュは、物語の『竜騎士アルディの冒険譚』を、ネクターは、『これで野営も完璧!冒険者の準備ガイド』を持ってきた。ネクター、冒険者に興味あるの?
個人の魔石カードを、本の見返しについている封筒の中の、本の魔石カードとくっつけると、本の魔石カードに借りてる本の名前と、借りてる人の名前、貸し出した日が浮かびあがる。それを貸し出しカウンターに預けて管理してもらうと、貸し出し処理が終わりである。
暇な時間に竜樹が作っていた、布のトートバッグに4冊本を入れ、肩にかけると、ミランが、「あ、肩にかけられるように、持ち手が長かったのですね。便利そう。」と感心していた。
本を借りなかった、バラン王兄も合流して2階へ。充分な広さの勉強室には、10台ほどの8人がけテーブルが並んでいる。ポツンと空いた机にエーグル副団長が、そしてその周りの机に、本を読んでいるテイの男共が集っていた。余ってる椅子をもらって、足りない分増やして、チームニリヤとエーグル副団長との話し合いである。
「大人気なんですね、パージュさん。」竜樹が腰掛けて落ち着いてから、口を開く。王子達も興味津津で、会議に加わっている。
「そうなんだ。彼女も魅力的だが、そもそも図書館通いするような男共は、密かに自分のお気に入りの司書さんがいたりして、司書さんは結婚率の高い、人気の職業なんだ。」王兄がうむうむしつつ、解説する。
「時間がキッチリ決まった勤務で、家庭に帰ってきてくれるし、会話も知的で、楽しいですしね。産後も短時間働く人が多くて、家計も助かりますし。子供も本に興味をもつ子になりやすいですし。いい事いっぱいあります。」とは、ミランの合いの手。
「勿論、女性目線でも、男の司書さんが素敵とかありますよ。だから、独身の司書さんの競争率は高くて、パージュさんも、あの癒しの声もあって、大人気なんです。」エーグル副団長も、うんうん頷く。
「それなのに。」
「そうだ、それなのにだ!」
何故かパージュさん、碌でもない男に引っかかりやすくて。
「そうなんですよ、みなさん!」
え、誰?
むん!と腰に拳をあてて仁王立ちする、くるりんとオリーブベージュの内巻きヘア、キリッとした眉にキラキラ琥珀色のドングリお目目の小さな女性の司書さん。勇ましくて気が強そうだが、腰に巻いた司書エプロンも、可愛くて味がある。
「失礼しました。私、パージュの同僚で、司書のプティと申します。昼食会の参加人数が決まりましたので、お伝えに。席の予約とかできますけど、お仕えの方にお願いしても?」
タカラが、「私が予約して参ります、人数を教えてください。」と慌てて申し出た。
「私も含め、5人参ります。館長も参加したいとのことですが、大丈夫ですか?大丈夫なら、全部で6人です。」
「大丈夫ですよ。是非。」
竜樹が代表して言えば、ニコッ、とプティは笑顔になって、そして空いている椅子を指して、「座っても?」と聞いた。
どうぞどうぞ。
そして、ふー、と息を吐くと、ぶっちゃけはじめた。
「パージュ本人は、年下の甘えたい男子は、好きじゃないらしいんですけど、とにかくそういうのに目をつけられやすいんですよ。そして、多分話とかも合う大人しい図書館男子は、遠慮がちに遠巻きに見ているし。その間に、図々しい若造が、押して押して恋人に無理やりなっといて、パージュもそんなに我儘に付き合いませんから、あの声で甘えられると勘違いして告っておいて、思ったのと違った、とか、とにかく一方的に言い寄っといて勝手に振る、この繰り返しなんです!」
「それは、良くないパターンですね。自信もなくしちゃいますしね。」
竜樹の同意に。
「そうなんです!とっても魅力的なのに、しょんぼりと諦め気味なんです!結婚願望だってあると思うし、子供だって欲しいって言ってたし、実は本人は、甘えられたり、パージュの方から甘える事もできる、熟した大人の男性が好みなんです!この際、王兄殿下でも、副団長でもいいですから、いい加減モノにして下さい!」
友達として、見ちゃいられません!
プティは勇ましく、2人の男に火を焚きつけた。