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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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閑話3 ちょっと未来のニリヤとエンリ


ネージュが黙って微笑む。窓から部屋に陽が射すような静けさで。

アンクレが黙って微笑む。濡れた水面が光るような、音の無い輝きで。


ひぅああああああ!

くるしいよおおおぉぉ!

どうしてぇえ!なんでわたしだけ!

ひとりでええぇぇえ!


エンリちゃんとニリヤは、じわ、と涙目になってきた。悲しいは、伝わると、幼い心、感受性は繊細に。同じ気持ちになってしまう。


「あぁ、ごめんなさいね。エンリちゃん、ニリヤ殿下。でも、でもね、お部屋に隔離して、精一杯に苦しみ悲しみを曝け出す、この時間が、彼女にはどうしても必要なの。申し訳ないけれど、様子が分からないと、危なっかしいから、音を遮る事はできないのよ。私達皆が、通ってきた道、交代で見守って、様子を穏やかに共有するの。」

白のネージュが、しゅん、と申し訳なさそうに耳を伏せて、エンリちゃんのお手てを握る。


「それでも、このお部屋は魔道具で少し音を小さくさせましょうね。幼い心に、悲しみ苦しみが、必要以上に植え付けられる事はないわ。今が輝く時なんですもの。•••少しは気になるでしょうけど、許してね。」

黒のアンクレが、きゅ、と眉を寄せて、小さな銅色、キューブの魔道具を半分上の切れ込み捻って。お菓子で一杯のテーブルに置いた。

途端に叫び声が微かに遠くなる。


ほっ、と溜め息が、どうしても漏れる。心あり人であるならば、それがたとえ他人であれ、苦しむ様子をまざまざと見聞きするのは耐え難いものである。

ぐし、とお目々を擦るエンリちゃんに、鳥おばちゃまに抱っこされていたニリヤが手を伸ばし、ぽむぽむ、と肩を叩いた。ニリヤのお口も、ふにゅ、と、とんがっている。


白のネージュが、そっ、とマドレーヌを摘んで、エンリちゃんのお手てに持たせた。

お菓子でご機嫌が直るような事ではないけれど、ネージュも、心の中では焦っている。こんな小さな幼児おさなごと接した事がないのだ。


「ネージュ様。エンリは強い子、大丈夫ですわ。後でよくよく、お家で気持ちを聞いてあげて、お話、し合いますから。」

リュリュおかーたが、そっ、と申し出る。


「エンリちゃん。」

「ニリヤ殿下。」

「大丈夫?つらい?」

「ごめんね、ごめんねぇ。」

犬おばちゃまも、兎おねえちゃまも、栗鼠おばちゃまも、何だかハンカチを揉み揉み。手を胸の前で組んで様子窺い。不安に2人を注視している。

エンリちゃんは、ぐしゅ、と涙、マドレーヌを握りしめてしまい、崩れかけ。リュリュおかーたがそれを、はいはいと取って自分のお茶カップの受け皿に置いた。慣れている。


「だいじょびでつ。エンリは、おばあちゃまのおはなち、きくでつ。おかーたゆったでつ。きょおは、おはなちするだちた。だいじな、おはなち、でつ?ひみちゅ?」

「ぼくも、きくよ。」


竜樹は空気になっている。

女性達の苦しみ悲しみを、問う事ができ、また穏やかに話題にできるのは、きっと今は、同じ女性のリュリュおかーたやシュシュお祖母ちゃんであろう。そして純粋な子供達である。

マルサ王弟も護衛のルディも、ただいる、を神妙にやる。


「秘密じゃないわよ。聞いてくれるのね。」

白のネージュが、犬おばちゃまに抱っこされているエンリちゃんの隣の椅子に座った。

黒のアンクレも、鳥おばちゃまに抱っこのニリヤの隣に座る。


「是非、エンリに、私達に、お話の続きを聞かせて下さい。皆様、その、お別れが心に落ちると、灰色になるのですね。そうなれば、苦しみから遠ざかる事ができるのでしょうか。」

リュリュおかーたが、エンリちゃんの将来を思って。


「そうね。•••順番にお伝えするわね。まず、ご心配だろうと思うから、最初に。幼い頃から番定めをして、お相手を決めた場合、心配しなくても、結ばれる事が多いのよ。そもそも相性が良いから、必要な人だから、本能で番定めをするのでしょう。そうでなければ、もっとこの神の家、「灰に残り火」が、幾つもないと、数が合わないと思いません?」

白のネージュが、ふ、と緩む。


「幼い番定めが稀だとはいえ、話には聞くし、知り合いの1人には、いるくらいの事よ。番定めすれば、深く愛して身を捧げ、お互いに心地よくなるように、増して努力するものよ。それが苦もなくできるから、結ばれやすいの。だから、そんなに強く心配しなくて良いのだけど。」

黒のアンクレが、お茶を淹れてもらって、息を安堵、ほ、と落とす。


「ですけど、絶対ではないから、私達がいる訳ね。灰色になったばかりの私達は、最初、白と黒との、丁度半分ずつ混ざった色合いよ。でね、ほら、エンリちゃん、ニリヤ殿下、おねえちゃまや、おばちゃま、おばあちゃま達は、色々の灰色でしょう?」


ね?と指し示された通り、色がない代わりに、灰色といっても様々な濃度の毛色なのである。

確かに若いおねえちゃまほど、白と黒との半分に近い灰で、おばあちゃまになるほど、例外はあれど、白か黒かに偏っているようだ。


「私は白、白のネージュ。白は昇華、灰色の間は、やっぱり時に彼を思い出して、苦しく辛く、涙したりする事もあるの。」

だけど、段々とそれが、良き思い出として、別れたけれど出会って良かったと、彼は私の人生の一部であったのだと、同じ時を交わり育って私になったのだと。一つ昇華する度に、毛色が白くなってゆく。


「一つ一つの思い出を、良かったのだと昇華し終えた時。幸福に満たされて、苦しみから許され、記憶の彼と結ばれたとも言える事になる訳ね。まあ、そうなるには長らく時間がかかるから、おばあちゃんになっちゃうのだけど。でも、悪くはないのよ。それが、私の人生、丸ごと、私の人生なの。」

リュリュおかーたのお茶の受け皿の、エンリちゃんが握りしめて崩れたマドレーヌを、つ、と摘んで。あら、ダメ、と止めようとしたリュリュおかーたに。ニコッとした白のネージュは、ちま、と美味しそうに上品にそれを齧った。


「私は黒、黒のアンクレ。黒は忘却。苦しい事を、思い出して悶える内に、段々と彼の事を、こんなに苦しいなら忘れたいと思うものなの。どんな表情をしていたか、どんな事を言っていたか、1つ1つ、忘れて解放されてゆく。」


忘れる度に毛色が黒に近づいてゆき、真っ黒になった時、彼の事を思い出を、全て忘れてしまう。関わった他の人との同じ時間の交わりも忘れてしまうから、親しかった父や母、兄弟姉妹友達との思い出も虫食いで、かなり喪失感もあるけれど。失ったからこそ、そこに新たに生を刻んで行ける。


「苦しんでいる、灰色のうちが、愛を味わっている人生ともいえる。私は黒、真っ黒になって、全て忘れてしまった。だから、第二の人生を歩み始めたばかりで、新鮮な気持ちもあるわ。といってもおばあちゃんなのだけど、歳とはまた別の事よ。苦しみから許されて、今までの黒の長の中には、歳をとってからとはいえ、再婚した方もいらっしゃるそうよ。喪失感が、生きる糧となる。そういう救いもあるの。」


苦しい事を忘れる救いを、誰が、いけないなどと言えるだろう。一見、昇華の方がポジティブなように思えるが、人は弱く、耐えられない事だってある。どちらが良いなど、選べず、そして決められもしない。

忘却は、人が良く生きる為の、一つの恩恵である。


黒のアンクレは、ニリヤに向かって、ニコッとした。どこか悲しそうに見えるのは、喪失感故なのだろうか。でも、よくよく話を聞いて、その黒の瞳を見れば、生きる挑戦に、キラキラと輝いているようにも思える。


「エンリ、でんかと、けこんするんでつ。」

「うん、ぼく、エンリちゃんとけっこんする。」


うんうん、良いわねえ、と白と黒、ふふふと笑って嬉しそう。

でも、もしかしたら•••なんて言わないのである。


「エンリちゃんが、ニリヤ殿下と結婚できるように、困った時は、ネージュおばあちゃまが、私の時はこんな事あったわー、って、お喋りできるわよ。」

「そうね、そうね。アンクレおばあちゃまも、思い出は忘れてしまったけど、こんなだったわ、って聞いて知っている事もあるし。どうしたら良いか、新しい気持ちで、一緒に考えられるわ。」


灰色のおねえちゃま、おばちゃま、おばあちゃま達は、真っ白や真っ黒ではない途中だけれど。昇華忘却、昇華忘却、しているのだそうだ。普通は灰色なまま人生を終え、その懊悩も、段々と増える苦しみに囚われない合間の時間、些細な生活の楽しみも、どちらも生きている確かな手応え、波なのだ、といえるだろう。


「エンリのおうえんして、くれるでつ?」

「ぼくたちの?」


「応援、するわ!」

「応援、するわよ!」

するわーするわー!と大合唱である。


リュリュおかーたとシュシュお祖母ちゃんが、そっと目で礼をする。

「皆さんお優しくて、ありがたく思います。どうぞエンリとニリヤ殿下の事を、よろしくお願いします。」


優しい、の所で、白のネージュも、黒のアンクレも、そして灰の女達も、皆、顔を見合わせて、居心地悪そうに苦笑する。

「•••優しいだなんて事は、ないのです。私達は、皆、優しくなかった。嫉妬に狂った、人を傷つけた事のある、女達なのです。」



ネージュがまだ、年頃の娘で。

そして、あの番定めした愛しい彼と、結ばれると思っていたのに。事もあろうに、ネージュの親友と、彼が、仲良くなっていって。

ごめんね、ごめんなさい、と2人は謝りにきて、謝ったのだからとネージュの近くにいたまま結婚して。

3人は若かったから、実家のネージュは2人から逃げるように外に出るのも業腹だったし、彼と親友は金銭的余裕もなくて、跡取りでもあり彼の実家から出ては行かなかったのだ。


それでも諦めきれずに、別れるのを待って離れられずにいて。何かとくっつきに行って終いには嫌悪の表情で彼に白眼視されるようになり。


そうして彼の妻、元親友が妊娠したのだ。


ふっくり、とふくれたお腹、幸せそうなその姿、を、見た時。

ネージュは。


むくむくと湧き出た、その腹を、蹴り上げたい、という醜い衝動と。

戦って戦って、そうして折れて、やっと、やっと逃げたのだ。

「灰の残り火」へ。


「•••私達は、番定めをして夢破れた女性が出た時、かなり早い時期に、そういう人がいるよ、と教えてもらえます。私の時も、心配した近しい親戚が、こちらに連絡してきて、どうしたら良いかと相談がありました。どうぞ、心配しないで、辛くなったらいらっしゃい、と言われましたし。今も、どなたにも言うんです。」


でも大抵は、どんづまるまで逃げない。愛から。彼から。破れた気持ちを抱えたまま、もしかして、を待ち、決定的な傷を負って、時には相手を傷つけて押さえつけられて、ここへやって来る。


「私は、彼女の妊娠したお腹を蹴りたくなった時、あぁ、もうダメだ、と思いました。私はダメになった。まともじゃない。彼女と、仲良く楽しく遊んだ事もあったのに、とぐつぐつ胸が煮えて思うし、自分が犯罪者になってしまうのも怖かった。押さえきれない心の中は、怪物のよう、有罪だったでしょう。もうここには、彼女と彼の側には、いられない。逃げてここにやってきた、そんな女なのですよ。」


黒のアンクレも、うん、と一つ頷いて。

「私も、忘れてしまったけれど、相当暴れたそうですわ。ふふふ。」


「私も。」

「私の心も、殺したいほどと醜かったわ。」

「理性と戦うのが、苦しくて。」

「今でもありありと。」

「狂った、と思ったわ。」


有罪の女達なのだ。

傷つけたいと思い、そこから逃げて、一歩を別れて踏み出したから。

傷をつける事が酷いことだと、身をもって狂い知ったから。


「優しく見えるとしたら、私達が、本当はそうありたいと、そして本当はそうではないからと、もがいてきたからなのでしょう。」

穏やかな白のネージュおばあちゃまは、本当に清らかな、透き通った優しい笑顔なのだ。


エンリちゃんは、お目々をでっかくして聞いている。

リュリュおかーたは、涙ぐんで黙っている。鼻を啜る音。心熱く、身につまされる。夫のアジュールが、他の女を愛したとしたら?

ああ、狂うほど愛した。狂うほど愛した。

それを乗り越えて歩む女達だから、優しいのだ。


「エンリもこないだ、おなのこにガブしたでつ。ニリヤでんか、とられるだったんでつ!やるか!やるんか!するでつ!またこんども、やるでつから。•••だから、おばあちゃまたちも、ガブしたでつよね?とられるは、やーでつ。」


黒のアンクレおばあちゃまが、まあ、と心配そうに、口元に手。

「エンリちゃん、私はそれで、彼に嫌がられたらしいのよ。忘れちゃったけど、喧嘩をふっかけすぎたらしいの。嫉妬は醜い、って。気をつけて、ニリヤ殿下を、ぎゅうぎゅう締めにしたら、苦しくて逃げちゃうのよ。私、もう一欠片も覚えてないけれど、妹に、あれは酷かった、って今でも言われるわ。」


え、とお口が開いたエンリちゃんに。

ニリヤは、それをハッと見て、うん、と頷き、ぽむ!と胸を叩いて。

「だいじょぶ、くろいおばあちゃま。」 


女達の視線をサッと浴びても、怯まず。

「ぼく、くっついてくる、おんなのこより、ガブしてるエンリちゃんのが、だいじだの。すきだの。だって、ひどいの。ぼくたち、なかよしに、おててつないでたのに、えいっ!ってまんなかにくるんだよ。」


まあ、それは酷いわねえ。

喧嘩もしたくなるわ!と灰の女達、ヤイヤイ。

エンリちゃんは、ぷふ、と鼻から息を吹いた。ちょっとほっぺが赤いし、満更でもない。ニリヤはいつも、エンリちゃんの方を選んでくれる、そうに決まってる。何故かそう、信じられるのだ。


「エンリちゃんが、ガブしたくなったら、ぼくがとめるから。それで、エンリちゃんが、すきだよ!って、だいじょぶよ、ってする。エンリちゃんは、まわりのみんなにたすけてもらって、ガブときどきくらいで、ちゃんとぼくとなかよくする。ぼく、かあさまが。」


かあさまが、とうさまとなかよくするの、いやしい、へいみんでのくせに!って、いっぱい、じゃまされたときあるから。

それでも、とうさまとかあさまが、なかよくするの、がんばって、たのしくしてたの、しってるから。


「じゃましてたひとたち、いまはもう、いないよ。ぼくも、エンリちゃんと、なかよく、たのしく、できる!」

ムフン!と胸を張ったニリヤ王子に。

まぁ、まぁ、まぁ!まああぁ!

と女達は瞳を輝かせて、乙女のように、きゃあっと盛り上がったのだった。


エンリちゃんは、ニコパッ!と笑って、きゃーい!

「ニリヤでっか!だーいすき、でつ!」

犬おばちゃまのお膝からジャンプ!して、ぴょん、ぴょこ。ニリヤのお胸に飛び込んだのだ。


お姫様じゃないけれど。小さな、優しい王子様と、虎の勇ましい小さな女の子は、きっと、結ばれる。

そう、女達は、未来を明るく思ったのだった。


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