閑話2 ちょっと未来のニリヤとエンリ
「ああ!馬車が来るわ!あれに乗っているわよ!」
灰色耳の兎おねえちゃまが、そわそわと足踏みをし、神の家の窓から外を見ている。
「まぁ、こうしちゃいられないわ!お菓子は焼けている?子供が好きそうな飲み物は?」
薄い灰色犬のおばちゃまが、今朝から何度も確認しているのに、はわはわ、と手を口元に、台所へ踵を返す。
「大丈夫、大丈夫よ!昨日から焼いて焼いて、クッキーも、バターたっぷりのふわっとした、えっと、ふぃなんしぇ?まどれーぬ?たっぷりあるわ!れもんけーき?も作ったし!ああ、お母様やお祖母様、ギフトの竜樹様もいらっしゃるのよね?私達、お眼鏡にかなうかしら•••役に立って、その、少し、少しでいいから、お手てを触らせてくれたり、しないかしら!」
濃い灰色栗鼠のおばちゃまが、お尻尾をフリフリとする。栗鼠おばちゃまのお尻尾は大きいので、慣れているおばちゃま、おばあちゃま達は、よっ、ほっ、と避けた。
バシ、と、灰色兎のおねえちゃまが、当たってイテテ、とよろめいた。まだまだダナ。
一角馬車に乗っているのは、なんともの虎幼女、エンリちゃん。4歳。
それから、番定めのお相手な、ニリヤ王子。5歳。
エンリちゃんのおかーた、リュリュ。
お祖母ちゃん、シュシュ。
ニリヤの付き添い、ギフトの竜樹。
竜樹とニリヤが来るとなれば、護衛のルディと、マルサ王弟も来るに決まっているのである。
女の園、神の家、「灰に残り火」。
慎ましやかな石造りの、お庭も自然、樹々がたっぷりで、秋深く色づいた葉っぱが美しい。
結局、彼女達は、待ちきれなくて、腰までの鉄の、模様がくるくるした門扉を既に開けて、ずらずらと並んで待ち構えていた。全て獣人の女性で、若いおねえちゃまもいるが、おばちゃまおばあちゃまも沢山いる。
そうして、彼女達は獣耳やお尻尾が。元の獣種の毛色から、すっかり色味だけが抜けて、濃淡あれど全て、全ての毛が。
灰色だけになっていた。
ぱかぽこ、ぽこ。
一角馬車が門の前に着いた。
獣人の若く凛々しい犬御者さんが、着きましたよぅ、と後ろに声をかける。
一角馬車の周りには、仮にも王子とギフトが乗っているから護衛。ぱかぽこ一角馬に乗ったワイルドウルフの腕利き冒険者達が5名ほど、護ってくれている。
ギ、と馬車の扉が開いたら。
「あらあら待って待って、エンリ!」
「待って、ご挨拶の都合が、おかーたが先に降りるわ、よぉ!?」
たんっ!
小さなあんよ、馬車でジッとはモゾモゾしちゃう。退屈だと泣いちゃうくらいに幼いのだ。よく我慢した方、エンリちゃん。
「おそと、でつ!ふわぁ!おしっぽがぎゅうで、おちりがいたいたなったでつ〜。」
タラップにぴょん!とて、とて、と真っ先に降りてきた。不自由で狭かった座席で、固まっていたお尻尾を、ぐねぐねひゅん、ふりふり、として。
ひゅん、と「灰に残り火」の女性達が、息を吸う。
ああ、小さなお手て!虎なのねぇ!お耳がふわふわよ!お鼻がチマッ、ツンとして、ほっぺがふくりよ!
あ、とエンリちゃん、灰色の女性達に、熱い視線に気付いた。
ぱちぱち、ぱちん。
お目々が、まん丸になる。
「おねえちゃま?たち?はじゅめまちて、エンリでつ!」
ぺこん、と頭を下げた。
わっ!わらわらわら、と灰色の女性達は堰を切ったように門から出て、エンリちゃんに駆け寄り、しゃがんだりしながら取り囲んで。
「いらっしゃい、エンリちゃん!」
「待ってたわ、エンリちゃん!」
「灰に残り火へ、ようこそ!」
「お、お、お菓子あるわよ!」
「お話、しましょうねぇ!」
「可愛いわねぇ、可愛いわねぇ!」
さあ、さあ、さあ!私達のお家へ、ようこそいらっしゃい!
リュリュおかーたと、シュシュお祖母ちゃんは、その様子を馬車から降りて、何だか、ふふ、と。
(心配しすぎちゃったかしら。大丈夫そうねえ。)
ゆっくり歩いて、挨拶の為にニコニコと会釈をしながら。
お家に入って、盛りだくさんなお菓子にお茶、さあさあほれほれ、ちやほやうふうふ、エンリちゃんとニリヤを中心に、大人もお茶会である。
「あぁ〜男の子も、可愛いんだわぁ。」
なんて、灰色鳥おばちゃまに抱っこ、撫で撫でされているニリヤは、ちょっとほっぺがふにゅーと恥ずかしそうだけれど。ヤダよーなんて言わずに大人しくしている。
ちなみに鳥獣人のおばちゃまは、背中に小さな羽はあるが、飾りのように小さく、飛べたりはしないのだそうだ。人族ならば耳のある位置、顔の横にも、灰色の羽が、髪に混ざり覆っている。
「今日は、番定めを幼くして決めてしまったエンリに、そしてお相手のニリヤ殿下に、皆様お話をしてくださると。お心乱される事もありましょうに、ありがとうございます。」
リュリュおかーたが、改めてお礼を言う。
「ありがとうございます。」
シュシュお祖母ちゃんも、竜樹も、頭を下げて。
「いえいえ•••私達こそ、ありがとうございます!」
犬おばちゃまが、エンリちゃんをお膝にのっけて、ふくふくとした笑顔である。
「頼っていただけて、嬉しかったのです。•••ここは、外から、はみ出した女達が来る場所ですから•••。小さな子なんて、本当に触れる事がなくて、ほんとう、ほんとうに、尊いものですね•••幼児というものは。未来のタネを、ギュッと握って輝いています!」
すり、と頬擦りするのを、羨ましそうに他の灰色達が熱視線。
ん!とお目々を瞑って、良い子に頬擦りされていたエンリちゃんだったが。きょろ、と周りを見回して。
「おばちゃま、みんな、どしてはいいろの?」
これ、エンリ!とシュシュお祖母ちゃんが咎めたが、コロロ、と犬おばちゃまが笑って。
「そうよねえ。皆、灰色で、気になるわよねえ。それはね•••あ、あぁ。」
そろり、そろり、と。
真っ白な。
背筋はピンとしているけれども、大分お歳を召した。猫耳が大きなおばあちゃまが、目を細めて皺が清らかに。長毛の尻尾が、優雅に揺れる。瞳も銀白で、ピカリだ。
「まっちろねこの、ばあちゃ?」
「白のネージュ様よ。」
犬おばちゃまが、エンリちゃんに教えてあげる。
ゆったりと近寄る、真っ白猫のネージュ様の後ろ、つ、と重なりがずれて現れたのは、真っ黒な。
やっぱり、ピンと耳の立った、短毛ツヤツヤな、お尻尾もこもこっと振った、狐のおばあちゃま。瞳も真っ黒で、どこか悲しみを含んで、濡れている。ネージュは大柄で。
「まっくろおばあちゃも、いるでつ!」
「黒の、アンクレ様よ。」
アンクレは小柄である。
灰色の、修道女の服と言って良いのだろう、長い地味なワンピースが、ネージュの白を。アンクレの黒を。
それぞれ、引き立てて、大きさも色も違うのに、対、双子めいているのだった。
「こんにちは。皆様。エンリちゃん、ニリヤ殿下、ようこそ。」
ニッコリ、ネージュ。
「こんにちは。皆様。エンリちゃん、ニリヤ殿下、いらっしゃいまし。」
ほんのり悲しみの微笑、アンクレ。
「「私達のお話を聞いていただけて、今日は本当に、嬉しく思います。」」
白と黒。
くっきりした色の2人の、間の濃淡で、灰に残り火の女達は皆、グレー。
白は昇華、黒は忘却。
番定めで破れた女達の救いは、ちゃんとそこに、あった。
漂白されて聖母めいたネージュが、皺のある大きな両手で、エンリちゃんのほっぺを包む。
「私はネージュ。元の名前もあるけれど、真っ白になってから、ネージュになりましたのよ。白くなった者は、白い色に因んだ名前に変えて呼ばれます。」
アンクレが、エンリちゃんのお手てをギュッと両手で握って、額に付けて。
「私はアンクレ。やっぱり、真っ黒になってから、そう名付けられたわ。」
「おねえちゃまたちは、おばあちゃになるのら、まっくか、まっちろになるでつ?」
「そうねぇ。」
「うまくゆけばねぇ。」
ひぃああぁぁああああ!
ビクッ!と。
灰に残り火を訪れたエンリちゃん達、訪れ人だけがびくついた。
叫び声、なんとも言えない、悲しみ、不安、抑えきれない思いにこぼれあふれた、あまりに破れた、胸をギュッと掴む声。
灰色の女達は、あー、と静かな目をしている。白のネージュも。黒のアンクレも。
「•••ごめんなさいね。びっくりしちゃったわよね。」
ネージュは微笑むが、しん、と静かな笑顔である。
ひいゃああああ!
なんでえ!なんでえ!
わたしじゃだめなのおおおおぉ!
なんであのおんななのおおお!
ちゅん、と黙ったエンリちゃんとニリヤは、お目々を見合わせて、ひゅーん、と悲しみを伝え合った。
わからないけど。分からないけど、とても、辛いが伝わるんだ。
「かなしだのでつ•••。どちて?いじゅめられたでつ?」
エンリちゃんのかなしみは、いじめられ一択なのらしい。
ネージュが、撫で撫で、とエンリちゃんを、撫でて、ふ、と息を吐いた。お耳がぴるぴる、手を叩いて、それがとても可愛い。
「今ね、エンリちゃん。番定めをしたのに結ばれず、夢破れてここに来たばかりの娘さんがね。隔離されているのよ。」
「かくり。 ってなんでつか?」
ネージュは静かな微笑みを崩さない。
「皆と一緒じゃなくて、1人でお部屋に、ちょっとの間いてもらう、ってことよ。悲しくて苦しくて我慢できない、うわーっ!ってなっちゃってる間、そっとしといてあげるの。3日もすれば、最初の嵐は、何とかなるわ。どうやっても、好きな、番だと思ってる相手と結ばれないと、心底落ちた時•••私達は。」
色を無くして、灰色に、なるの。




