閑話1 ちょっと未来のニリヤとエンリ
急に閑話ですみません。
お話を時系列で、順番通りに書こうとしすぎているなぁ、と思いまして。そして、ニリヤとエンリちゃんの未来を、不確定でもだもだずっとするのは嫌だったのです。
よろしかったらお付き合いください。
閑話が終わったら、お祭り話に戻りますが、今後は書きたい事をちょくちょく差し入れて、楽しく跳んで遊びたいと思っています。
閑話や番外編を読まないよー、って方•••は、ここを読んでないかもですが、良かったら、読んでね。
これは、ちょっと未来のおはなし。
花嫁さんは真白くヴェール、俯くふっくらとした頬にかかり、全身を初々しくも豪華に手編み、クロッシェレースとも言うかぎ針の。
周りの女達は、老若、息を飲む。この日のために、彼女達は、一目一目、丁寧に、そして各々、技と心を尽くしてレースを編んだ。
丸く、菱形に、星型に、楕円に花形に。真白く細く、生成りの温かいクリーム色に、どれもボテボテにならないよう繊細な糸で編まれたパーツが。どれ一つとして同じ形のないそれらが、沢山たくさん、ふわっと寄り集まって繋げられている。
芸術的に美しく、時には複雑なパーツを引き立たせるために、シンプルな編み方で繋ぐよう分量も計算されたデザインは、きっと最後に繋いだ者の技量が、とんでもなく素晴らしいのだ。
「エンリちゃん、とっても綺麗。」
「•••きれいね。きれいね。」
ニッコリ、と輝くばかりの今日の花嫁。虎耳にかかるレースが、ひこひこっ、と動いた。照れ嬉しそうな、モナーム家の長女、エンリは、クリクリの髪の毛を、結婚式とはいえ、伸ばさなかった。彼女らしい、活発で明るい雰囲気に、今は豪華なヴェールが、淑やかさを加えている。
しっとりした睫毛が、はた、はた、と今日の感動に瞬いている。
ぐすっ、と涙ぐむ周りの老若彼女達は、きれいね、この一言をいいたくて。ヴェールのためにこの1年、暑い時も寒い時も、編みに編んだ。その沢山の編み花を選りすぐって、良いものだけを繋げたのだ。
番定めで選ばれなかった者達の、神の家、ワイルドウルフの女の園。
「灰に残り火」と、憐れみをもって呼ばれてきた。
愛を情熱を燃やし尽くし、拒絶され、打ちひしがれた者達が、ほんの少しだけ、波立たずただ静かに終わっていく為の、終の住処、だったはずなのに。
背中が、丸くなり始めた犬獣人のおばあちゃまが、神の家の、灰色の地味で禁欲的な裾の長いワンピースの胸に、ぽたぽた涙を溢して。黒く濡らしている。側の兎おばちゃまが、犬おばあちゃまの手を支えて、背中を撫でている。
「あのエンリちゃんと、ニリヤ殿下が、今日、結婚するなんてねぇ。初めて会った時は、本当に、本当に、あたしの膝の下くらいに、ちっちゃかったのにねぇ。」
今日、この日、全ての報われなかった女達の思いが、次に繋がる生きた種火となって、若い夫婦、エンリとニリヤを祝福するのだ。
初めて「灰に残り火」に来たエンリちゃんは、4歳だった。パシフィストの第3王子、ニリヤ殿下に、番定めをしたのだと、だから、可能性の未来、報われなかった女達の話を、聞かせてあげて、と頼んで特別に。
落ち着いた状態の老女ならば、と応えた神の家の女達は、ソワソワと、エンリちゃんとニリヤ殿下を待ったものだ。
「けこん、なかった、おねえちゃま?」
エンリは、はて?と首を傾げた。
リュリュおかーたは、うんうん、と一角馬車の中で、愛娘のエンリちゃんと、パシフィストから話を聞きにやってきた、お婿予定のニリヤ殿下に頷いた。エンリとニリヤ、2人は、ふんす、と鼻息を吹いて、真面目な顔をしている。
側には、虎侍女スープルもいるし、シュシュお祖母ちゃんいる。伴侶のマジエスジジや、アジュールおとーたは、本当はお話が聞きたいけれど、神の家の女性達の気持ちを考えれば、幸せな家庭を築く夫婦達で訪れるのは憚られた。
「エンリ、ニリヤ殿下。もしかしたら、神の家の女性達の中には、ちょっとやなこと言う人も、いるかもしれないわ。でもね。」
リュリュおかーたは、心配なのだった。
「きゃーん!って怒ったりしないで、ちょっとだけ、そうなのね、そう思うんだね、って、して欲しいの。」
エンリちゃんとニリヤが、酷い!って怒ったり泣いたり反発して、傷が深い人と、新たに傷付け合ったりして、しまわないかを。
竜樹も、ニリヤの隣で、リュリュおかーたに大丈夫だよって風に笑った後、ニリヤの肩を抱いて、ポムポムりん、とした。
「怖くないよ。どんな人がいるか、分からないのは、新しいお友達と会う時と同じだね。」
「いじゅわる、なのかもでつ?」
ああ!エンリちゃんに偏った先入観を与えてしまったかしら、とリュリュおかーたは焦った。
竜樹はショボショボニコニコして。
「色んな人がいるよね。初めて会う人は、意地悪かもしれないし、でも、素敵な優しい人かもしれないし、会ってみないと分からないよねぇ。」
「はじめまして、だもんね!ぼく、おはなしきくよ!なかよく、できたら、いいな〜!」
ニリヤも分からないながら、頷いた。
「神の家にいる女の人達はね、結婚したかったの。でも、お相手に、しないよー、って言われたの。エンリちゃんみたいに、ニリヤだーい好きなのに、結婚しません!ってね。」
ギャン!とエンリちゃんのお口が開く。そんなの、そんなの。
「やでつ!けこんするでつ!!」
「だよねぇ。でも、相手の人は、別の人と結婚しちゃったり。悲しくって、苦しくって、そういう時、エンリちゃん、アルノワお兄ちゃんに、あっち行って!うわーん!なんて、八つ当たりしたり、泣きたくならない?」
じわわ、と涙の滲んだお目々は感情が豊かである。
「なるかも、でつ。やーでつ!もー!ってギャンなるでつ!」
ぱかぽこ、と呑気な音、ギャンなエンリちゃんを乗せて、一角馬車は進む。
「なるよねー。傷ついてる人の所に行く、って事はね、もしかしたら、ヤ!ってその傷をハンコみたいに、でこぼこ、まだ柔らかいエンリちゃんやニリヤの気持ちに、ギュッとして、傷を分け合うって言ったらいい風だけど、押し付けられる事だってあるかもしれないの。逃げても良いし、やだよ、やめてよ!って言ってもいい。だけど、リュリュお母さんは、今から行く神の家の女の人たちを、もう傷ついてるのに、もっとグサグサしちゃわないで、って言っているんだね。ギャンなってるんだよ、ってね。」
こんな風に、傷ついている、可哀想ねー、って憐れむのは、下に見ているみたいに思うかもしれない。
けれど、生じてしまうこの気持ちは、自然なもので。それがあるから、傷付いた者を柔らかく、そっとしておいたり、或いは慎重に大胆に、触れるようにもできるのだろう。要は、どうして欲しいか、自分のできる範囲で、相手を尊重する事が重要なのだ。
彼女達は精一杯恋して愛した。
みっともないとかだってある。醜く不恰好な気持ちもありのまま、奔流となり、それぞれのやり方でもって愛した。良いやり方だけとは限らない。必死だったのだろうから、人によっては強制だってしたろう。
心いっぱいに。それをした事のない者が、対してあれこれ軽く言うのは、ただの上っ面滑る残酷な言葉である。
「エンリちゃんとニリヤを、ギフトでししょうな竜樹おじちゃんは、守るからね。リュリュお母さんも、シュシュお祖母ちゃんも、守るよ。やな時は、やなの、ってそっと教えてくれる?ただ•••結婚できなくて、傷に色々と手を尽くして、時間も経って、落ち着いたおばちゃまや、おばあちゃまが、今回お話してくれるそうだから。そんなに心配しなくても良いのだけどね。」
ぱかぽこ、神の家へ。
馬車は進む。




