悪の流儀で
「ほ、他には?」
裏ボス、ミニュイの僕なシャトゥは、なかなか笑い上戸であるらしい。むくく、と笑い含みに、こほん、と咳払いをして促す。
竜樹は、スマホを出して、うぅ〜ん、と考えつつ、すらすらすらっと検索して、テーブルの皆に画面を見せた。
「裏寄り•••というか、まあ、表にもなるんだけれど。」
テーブルの真ん中のスマホ画面に、皆が顔を寄せる。
美しい、豪華なお召し物を着た女性が描かれているマグカップ。温かい飲み物をトポトポトポ。淹れると、あら不思議。するするする、と絵が変わって、女性が身をあらわに。
「ぶふ。」
マルサ王弟、販売元の会社に、どうだ!とあったその動画を見せられて、手で口を押さえて吹き出す。
ロテュス王子は、「うわぁ!不思議ですねぇ!」とマジマジ見、シャトゥは腹を抱えて、くっ、くひ、と笑い苦しくなっている。
「こ、これが、表になる時はどんなです?」
「こんなのですかねぇ。デザインを変えれば、なかなか洒落た物になりますよ。夜空に花火、海や、金魚、お花。温かいものを淹れた時ばかりじゃなくて、冷感のもあります。ガラスのコップに、冷たい飲み物を入れると、お花の色が白から美しい桜色、えーと、ピンクに変わったり。パァッと咲いて可愛らしいし、透明な冷えたお酒なんかだと、美味しそうでもありますよねぇ。贈り物向けっぽくもなりますね。こういうの、デザインがどれだけちゃんとしてるかで、出来栄えが大分変わります。」
こちらで、温度によって色変化や、色が消えるインクで絵付けが出来るのかな、ってのがまだ分かりませんが。と竜樹は言ったが、こういう品がある、と雫をポチョンと一つ落とせば、きっと、やりたいやりたい!と研究する者は出てくるだろう。
「面白いですね。表であり、裏にもなる。そして、何となくユーモアも感じる。いや、本に下着を履かせるものは、ぶくくっ、滑稽でありながらチラリと妄執めいたものを感じますけれどね。」
うんうん、とシャトゥに頷く面々である。
「俺なんて、その、お湯でご婦人が脱ぐカップ、家に置いといて彼女に知らないで使われたりする悲劇とか思い浮かぶぜ。間抜けな事故が起きそうだよなぁ。」
マルサが言えば。
「お母様が使ってバレたりね。うふふ、面白いですね。」
ロテュス王子も、クスクスである。
竜樹の息子、クロクのロニーは、ほえ!と口をカッピラいたまま無言であるし。
ヴァイスのNo.2で、唯一話が通じそうなオーンブルは。
(アホな物あんだなぁ、そしてそれを何故知っているのか、ギフトの竜樹様よぅ)
と口がムニュニュ、引き結びつつも歪んだ。いや、笑えねーって、ミニュイの裏ボス、直下の人の前で。
「成人向け映画館は、グレードを幾つか分けるべきでしょうね。あんまりお高い、劇場みたいにはしたくないけれど。貴族の方がお忍びで来ても大丈夫、裕福な方も寛いで観られる、そこそこ整ったボックス席を作ったもの。本当に庶民向けのもの。場末の最低限のものは•••出来てしまうだろうな、と思うのだけど、そこが一番、無秩序になりそうで、どうすべきかなぁ。」
「それぞれ客層を変えるという事は、金額も変えるのですよね。安全性を確保するなら金はかかります。そして、成人向けを観に来たと、知られたくない方もいるでしょう。秘密には、金がかかるものです。払える方に、沢山払ってもらいたいですね。」
動画を見た勢いのまま、前のめりに意見を交換する。
「秘密にする代わりに、って、目を付けたその辺の悪い人に脅迫とかされないようにしたいです。」
「花街に来るより、全然だぜ?」
「それでも、人によって、どう感じるかはそれぞれだしさ。開けっぴろげに大らかな人もいれば、本当に、恥ずかしくて仕方ない人もいるよね。」
「ちょっとエッチな映画を観にきたら、自分の家族や婚約者、周りの人に、この人破廉恥ですぅ!なんて言いふらすぞ、って脅迫されて、恥ずかしくてお金払っちゃう人いるかもです。エルフはそんなの、笑って終わると思うけど、人の、しかも真面目な職に就いてる人だったら。軽蔑されちゃう、って思うかも。」
「花街には皆、割と平気で行くのに、不思議だよな。そういうの、ありそうな感じするな。」
「その辺りは、ハルサ王様にお話頂いて裏と表で組んだ事業にかかるお話ですから、公認された映画館って事にして。ちゃんと利益見込みがあれば、こちらで見張りと、やりそうな奴等に首輪をつけましょうね。また、秘密裏に、誰でも駆け込める、表の相談所を作っておくべきかと。」
タラララン♪と楽しげに、指遊び再開。
「そうだな、映画館の件、表でも、公にする必要があるだろうな。テレビで発表したりしてよ。家庭の奥さんや婚約者達に、花街に行くよりは抵抗感がなくて、仕方ないなーっと許してもらえる感じの場所にしてさ。」
「というか、女性向けの場所は•••。」
竜樹の発言に、皆、ギョッとする。
え、何でギョッとするの?と不思議な竜樹である。
「いや、女性だって男性と同じく、性欲はあるんだから、女性向けの場所があっても良くないかい?成人向けに女性向けのものも出そうって話したじゃないか、何で驚いてんの、マルサ。」
「い、いやぁぁああ〜!?女性、観にくるかな•••。バレたら、男どころじゃなく、恥になるぜ?それこそ、脅迫されたら困りきるじゃんか。」
あー、文化的にも、まだこちらの世界は、そこまで女性が開いていない、って事はあるかも、しれない。
ふんふん、と頷き、考え、言葉続け。
「•••女性が安心して、少し大人向けの、うん、女性専用成人向け映画館は時期尚早かもしれないからさ、その、カッコいい男性のちょっとだけはだけた、色っぽい姿が観られるってソフトな感じのって言ったじゃん?まぁ、成人向け女性用カセットは作ろうって言ってたけども、そうか、そうだね、それは流石に女性は家で観たいかもなあ。性的な事では、どうしても女性は、男性より繊細に安全に、ってしなきゃだよね。被害を受ける、受け身になる事が、圧倒的に多いんだもの。」
まあ、でも。会社の女性達が、キャッキャと話をしていたのを聞くに、学生時代にエッチな大人向けの映像メディアを、女の子同士でどんなもんか、集まってワイワイ興味津々観たり、ってあったみたいだし。そういう罪のない集まりって、別にあっても良いと思うのに。
「ずっと言ってるけど、興味を持つ、持たない、ってのは、男女どちらも平等だと思うよ。」
興味がない人に、無理強いするようになるのも、いけない事である。
「女性の秘密の社交場、なんて、ちょっと素敵ですね!エルフが管理する、お洒落で、安心安全な、大人の女性用の場所を設けましょうか?」
ロテュス王子は、純粋そうな綺麗な顔をして、そんな事を言う。とっても心が広く、そしてエルフとしては子供だけれども、見かけの姿より年齢もいっているので、そこそこ深めな理解があるのだった。
エルフ達は、愛情がなければ性欲がなかなか湧かないもの。子供も出来にくいが、以前言っていたように、エルフが無理にその対象とされるのでない、人が不満を解消するに良い擬似的映像、写真には抵抗感がないのだ。
まあ、きっとエルフが運営するなら、上映するのは無理強いや暴力含みでない、ストーリーが平和なものにはなるだろう。
オーンブルは、眉をぐにゅ、と曲げた。いつも家に、違う男がいる、母ちゃんがしなを作って、その後はどうせおっ始める。居た堪れない空間で、部屋の隅に追いやられて、眠いのに煩くて。
そんな幼少期を、それが通常だったから、辛いと思った事はないけれど、竜樹の言い様には、何だかムカッとする。
「アンタの母ちゃんが、俺の母ちゃんみてーに男好きで、毎日取っ替え引っ替えでも、嫌じゃないのかよ。」
ボソ、とつい言ってしまう。
?とオーンブルをまじっと、小さいショボ目で見て。
「••••••嫌だよ?」
「じゃあ何で女が好きにすんのに、ギフトが手伝うみてーにすんだ!」
シャトゥはニヤニヤしている。
「手伝うというかさ。人って欲はある生き物だから。それはオーンブルも、お母さんも、そうだったと思うよ。ただ、お母さんは、やり方が上手くなかったんだろう、オーンブルにそう言わせちゃう、って事は。」
「やり方が上手けりゃ、良いのかよ?」
ブス、とぶすくれた顔は。浮浪者を嬲り殺したヴァイスの1人とは思えない、小さな男の子の尾っぽを滲ませた顔だ。
「人は五尺三寸の糞袋、って言うんだってさ。五尺三寸て丁度、俺の身長くらいだね。人は綺麗で、汚くて、だから嫌いになりきれない。違うかい、オーンブル。」
男と寝ている時の乱れた女、母ちゃん。
死に際、子供扱いに俺の手をギュッと握って涙を溢した、母ちゃん。
人は綺麗で、汚くて。
許せなくて、けどどうにも仕方なくて、もう逝っちまって文句も届かねー。
オーンブルはもう大人で、今はミニュイの裏ボス直下のシャトゥさんとギフトが話を詰めてて。母ちゃんがどーだとかこーだとかで、身の振り方を変えてる場合じゃない。
ぶるる、と顔を振って、ふー、と息吐き。小さな声。
「•••知ったような口きくんじゃねぇよ、おキレイなギフトがよぉ。」
「アハ、ごめん。」
結局表裏大きく映画館、ヴァイスごときがやれるような、小さな話じゃない。公に打ち合わせをまたしましょう、として、そして。
「竜樹様。クロクには、このシャトゥが責任もって手を出させません。ヴァイスの連中は、私が使ってよろしゅうございますね。」
ニン、と笑ったシャトゥに、恐々ヴァイスの頭が軽い暴力要員達は、何も否を言えなかった。いや、言ったというか暴れたが、瞬時にシャトゥに制圧された。ビシビシとほんの小石を目に鼻に、喉仏に胸にと急所に当てられ、グクゥと蹲ってそこら辺に平伏した。
「えーと、まあ、その、あんまりお互いに暴れたりしないで、穏便に、穏便にね。」
ヴァイスの巣の酒場から、帰りつつ、まあまあ、おさえておさえて、の手をする竜樹。シャトゥは、もう、と苦笑である。
「竜樹様、ご自分は爪を剥いでまで、ヴァイスの暴力からクロクを守ろうとなさったんですのに。•••まあ、竜樹様らしいですけれどもね。」
ぽりぽり、と頭を掻いて、恥入りつつも結局竜樹はシャトゥにヴァイスを託した。
ロニーの袖を握って、緩く手を引いて帰る、そんなに大きくもない背中のギフトの竜樹。しっかり守ったマルサ王弟は剣に手、揺るぎもなく。ぽやぽや、るふるふ♪と竜樹を信じて、カメラを片手にロテュス王子、軽く下手くそなスキップしながら付いていく。
見送るシャトゥは、オーンブルを後ろに付けて、腕組み、スゥと立ち。見えなくなるまで淡く、ミニュイの旦那様といる時と似て、微笑んでいた。
「オーンブル、竜樹様の爪を大事にするといいよ。」
「えっ?あっ、はっ、はい!」
ポケットの中、それは存在感を持っている。
「あの方の約束の印、爪を持つとなれば、怖いお兄さん達にも多少は目にかけてもらえるだろうね。悪も上にいけばいくほど、ただの暴力だけじゃない、覚悟が出来て込み入った話、頭が使える奴を配下に持つものだよ。」
「まぁ、コープじゃダメだろうな、とは思いますが。」
悪の中でも暴れるだけじゃ、永遠の下っ端である。
酒場から、見送る事なく当てられた小石、痛みに不貞腐れて、出てきやしなかった残りヴァイスの連中は聞いていない話だ。
「なぁオーンブル。あの話な。竜樹様は、明るくて魅力があって、そして側に寄れば燃える火に覆いをして、ぶんぶんと飛び回るものが飛び込んで死なず、当たっても熱さ、羽を打ち、はっと気付いて引き返せるようにする。生かすとね。•••それって。」
火に覆いをする者は、近く寄り、作業をするために止まり、ジリジリと焼かれて、すごく危なかろうねえ?
「あのギフト、焼かれますか?」
別に、別にィ〜オーンブルは良いけれど、まあ焼かれたら大変そうである。あの、甘ちゃんなギフトが焼かれたら、大騒ぎになるだろう。
ふっふふ、とシャトゥ、猫めいて忍び笑う。
「まさか、あの方が火に飛び込んだら、周りが大慌てで守るに決まってる!周りが傷つく事はしないだろう。あの方は分かっているから、自分がやらない代わりに、火に覆いをかける係を、上手くやり方考えて守るんだろうね。だからさ。」
ニッ、と悪い笑いをしているのを、認識阻害でオーンブルは見る事が出来ない。
「それは表の流儀だろう?裏を統べるミニュイの旦那様、その僕、シャトゥが代わりに、悪の流儀でやって差し上げます。細かい塵をね、パッと払う。ヴァイスの連中は、映画館ができるウチがやりたいいやウチが、っていう軽い揉め事に、下っ端として当てられるだろうね。クロクを構ってる暇もなく、使い潰されて、今まで嬲っていた浮浪者と、同じ立場に、これから、なるんだよ。」
オーンブルは、ポケットの中のギフトの爪を、ハンカチごとギュッと握った。それは、何だかほの温かいような気がする。
縋りたくなる。
「オーンブル。」
「•••はい。」
こくん、と唾を飲んだ。
「その爪、約束の印、大切にするんだよ。生命拾いをしたよね、あの方と話が出来たのが、オーンブルだけだったしね。」
ミニュイの旦那様は、あの方を気に入っているけれど、何でもはして差し上げられない。裏と表、悪と善、立場の違いがあるから。
「今回、オーンブルから、こちらに頼るよう、言葉が出たからね。やりやすくなった。竜樹様も身を斬って爪を差し出した。あの方がやる事は、大概丸く収まるんだ。あるべき所へ、お前も行け、オーンブル。」
ヴァイスは、捨てろ。
「はいっ、シャトゥさん。」
そうしなければ、オーンブルも惨めに嬲られて、どこか路地裏で、のたれ死ぬのだろう。




