躊躇いがない
ちょっと痛い感じの描写があります。
苦手な方ごめんなさい。
小指を斬ろうとすれば反発する。
そう聞いても、コープはやらない、とは言わなかった。
ヴァイスのNo.2、オーンブルは、イヤーな顔をして、すす、と下がって黙ってしまう。
「ごちゃごちゃウルセェんだよ!舐めてんじゃねぇ!お前らがやれっつったんだ、俺はビビんねーぞ!オーンブル、怖気付いたんだ、テメェは!」
コープは、自分の意気も高めるためか唾を飛ばしながら興奮と怒り、憎々しげに叫んでいる。
「あぁ。弱気は力のフォルセ神様もお嫌いだからな。コープなら呪われねーかもな。やってみれば。俺はボスじゃねぇし。」
半目のオーンブルは、ポケットに手を突っ込んで引いたままだ。
(あ、無責任よね。さっきまで仕切ってくれてたのに、オーンブル。)
まあ、こういう集団のヴァイスのNo.2に、責任感を持てというのもちょっと、違うのか。
恐々と。
さっきまで押さえつけ殴ったりしていた、ここでは弱者のクロクのロニーから身を遠ざけて、魔法の反発を警戒しているヴァイスの連中。
竜樹は突っ立つ沈黙の中を泳いで、自分の為に不利な状況で暴れてくれて、殴られて唇を切ったロニーのその顔、頭を。
まだ斬られていない小指のついた、大人の男だけれどもそれほどは大きくない掌で、さすって撫でて、くい、と自分の方へ寄せた。
ロニーをそのまま、後ろに移動させ、庇ってやった。
呆然とよたよた、寄ったロニーの鼻は赤い。息も荒い。瞳が興奮によってゆらゆら、きゅわあと大きく光っている。
守られている。守られている。
親に大切に思われて、それが自然に。
今更、ヤメロ、と苦々しく思うのに、ザラアと底の抜けた自分の腹に、胸に、熱いものが込み上げてくるのは何故だ。
ロニーは混乱して黙った。
そうして、必死に、何だか嫌だと思った結末、竜樹が痛みを得る事で裏切られる事はないのだ、と。
ストン、と落ちてきた。信じられた。
カメラを回しているロテュス王子と、マルサ王弟は、それを微笑んで見ている。
「俺はやる!やるったらやる!」
「はいはい、やってみて。それでもし小指が斬れたら、オーンブル。先程の交渉はイキという事で良いよね?」
「ああ、良いぜ。」
「俺はコープだ!何でオーンブルに言うんだ!」
うん、ヴァイスを纏めてるのは、多分コープじゃなくてオーンブルだからだね。と無言で竜樹達は目線を投げる。
きっと、サーカスに与太者のデテ元団長を送り込んで、魔道具の箱で子供を眠らせる指示を考えたのは、頭悪そうで場当たり的なヴァイスの他の連中なんかじゃなくて、オーンブルなのだろう。
だから、ここで押さえて話をしなきゃなのは、コープじゃなくてオーンブルだ。厄介なのも、きっと。
そんな見定めの視線に苛ついて、コープは弾かれて痺れている右手に左手を添えて、拾ったナイフを両手で上からグッと握り込んだ。
「オメェら、ギフトの奴を押さえとけ!無駄な抵抗すんなよ!」
押さえつける者は誰も居なかったけれど、そしてそれにコープは更に苛々と悪態を吐いて。
全くの自由のまま、竜樹は先程と同じく。腕を肘から先、ぺたりと汚れテーブルに付けて、小指を差し出して斬りやすくした。
「•••斬ったギフトの小指は、干してナイフにぶら下げてやんぜ!オゥらあ!!!!!」
真上から小指に刃先を当てて、振り上げて体重を乗せて両手で。
ドッ バキン!
「ギャ!」
「あぐ!」
「うワァァァァァア!!」
この位の攻撃、返すならこんなもんで良かろうってな程に。小さな魔法陣がパッと小指の上で光って。
その細やかな光に似合わず、ド派手にコープが弾かれて、ナイフごと吹っ飛んだ。仲間らを薙ぎ倒し、ベタベタしているもので汚れきった床に、転げ回る。
「ギャァアア!折れた!チクショ、ボキっていいやがったあ!」
右の手首を左で握って、指先はプランである。
それを見てヴァイス達は、暴力に慣れた彼等は、あ、コープでもこうなんだ。どうにもなんねーのかも、と。この、弱っちそうな奴に、敵わないんだと知った。
「•••弾かれちゃうんだねえ。エルフにはありがとうだけど、困ったなァ。俺、どうしてもヴァイスにはクロク達と手を切って欲しいし。」
竜樹が、うーんと悩み声を出す。
「クロクなんかいらねーわ。アンタ斬れねーのにケジメもねーよ。王弟もエルフも代わりにゃ重すぎるし、どうにもなんねぇ奴にこれ以上何しろっつんだ。もういい、儲け話で良いよ。」
はー。
オーンブルが、呆れて息を吐いたら、もうそれに反対する奴はいなかった。
「いやいや、何もないってのも、何か怖いじゃん。そうだ、爪は?爪は切れるよ、伸びたら。爪剥ぐ?俺が自分で剥ごうか?」
「イヤだから何でアンタ自分で痛い目に遭おうとすんだよ!俺は勘弁だぜ、エルフだかカルムだか運命神だか、手に負えねーよ!」
「爪剥げ!自分で剥げよ!!テメェも痛い目に遭え!!」
「コープ•••俺は言ってねぇからな。知らね。」
オーンブルがこんなにコープを冷ややかに見た事はない。床に転がって震えて叫ぶコープを、誰も助けない。
「分かった。自分で爪を剥ぐね。マルサ、ナイフ貸してくれる?浄化もしてくれると嬉しい。」
「あいよ。」
あぁああぁぁ〜怖い〜、と言いながら竜樹が、自分で自分の左の小指の爪に、ナイフの刃先を当てる。
「痛そうですよ。幾ら日常の痛みを感じた方が良いとはいえ、見てられませんから、痛みを麻痺させる魔法かけましょうね。はいっ!」
キラキラ!とカメラを持っていない方の手を振って、ロテュス王子が光を投げる。
その途端、ナイフの刃先で小指の爪を引っ掛けても、鈍い遠い感覚しか伝わらなくなった。
せーので びっ!
キラ! ピシャン
剥いだ。
薄いカーブの半透明な。
血がふわり、と浮いた途端に、キラッと指先が光る。
瞬時に爪が再生していた。
「あー、爪が無いと、日々痛いですもんねえ。お皿も洗ったりするのに大変だし。」
うんうん、と結果に納得のロテュス王子である。
竜樹は、素朴な綿のハンカチを出すと、それに剥いだ爪を包んで、オーンブルに差し出した。
「オーンブル、これは君に。良かったね、指より腐らないだろうし、爪。まあ、何に使えるってもんでもないけど。」
「アンタやっぱ、スゲーよ。躊躇いがねー。•••確かにケジメ、貰ったぜ。」




