良く無事で
さて、王宮へ帰ろう。
帰るにあたり、少し揉めた。
カスケード子爵家のムラングは、勿論同行するが。
甥っ子のクラフティが。
ニリヤ殿下が帰っちゃう、エンリちゃんと行っちゃう、クロクの皆もいなくなっちゃう。と知って、うるうるのふるふるに涙を瞳に溜めて。
「私も、私も、ムラングおじ様と怒られにいきます!•••せっかくお友達ができたのに、もう、はなれなきゃならないの?まだ遊んでもないのに、今日、お祭りなのに、なのに、私、一人ぼっち•••。」
グスン。ポロリ、と流れ落ちる涙を、大人達はムググと胸に痛く、う、う、う。
お目々ゆらゆら、ぽろ、ポロリ。
お手てギュッと握って、お鼻がズビ。
うぅぅっ!!
「タ、タエラレナイ!」
「弱いなぁムラング様•••でも分かるぅ。」
胸に拳を当てて、グッと抱き込み甥っ子の前で腰を折る、ムラング叔父様である。竜樹は苦笑して、クラフティをポフポフ抱きしめると。
「クラフティ?そうだよな、せっかくお友達ができたばかりなのに。また一人ぼっちは、辛いよね。もし、もしムラング叔父様が良いって言えば、一緒に王宮へおいで。クラフティもクロクに頼んだ責任があるのだものな。一緒に怒られようか。」
竜樹のマントは、しょっぱい涙で濡れる。ウン、と声も出ず、頷く胸の子。
「そうして、怒られた後は、新聞寮にお泊まりしてね。明日のお祭りの最終日は、うちの皆と遊びに街へ行ったら良いよ。お友達いっぱいいるぞ?良いでしょう、ムラング様、ムスティ執事。」
パッ!と輝く笑顔を見せて、ぐずぐずに濡れて見上げるクラフティに笑ってやりながら、保護者に許可を求める。ムスティ執事は、うむうむ、とニッコリ笑顔だったけれども。
「だ、だがしかし、クラフティはまだ子供なのに、私と上なるお方達に怒られるだなんて•••嫌な記憶が焼き付きはしないだろうか。それに、まだ礼儀作法もきちんとしているか。お泊まりに行くには準備も•••。」
ぶちぶちぶち。
あー。結局、ちょい弱の心配性なんだよなぁ、ムラング様はさ、竜樹はタハッとしながら。まぁ、人の本来の性格は、そうそうすぐに変わるものではないので。キューと悲しげな顔になったクラフティのお背なをポンポン。
「ムラング様。心配なのは分かるよ。大事にしたいんだよね、クラフティを。だけどさ、大事にする、っていうなら、この子の、お友達と一緒にいたいな、っていう気持ちや、怒られるのも一緒に乗り越えて、ってなかなか偉いと思うんだよ、そんな気持ちを、大事にしてあげてよ。•••俺が一緒にいて、何かあれば礼儀作法はまだなんですよーって、フォローしてあげるからさ。準備は、沢山子供達がいる寮だから、自分の良い服が、とか気にしなければ、汚しても寒くても何でも予備があるよ。気にするなら、下着と寝巻きと明日の着替え、少しお祭りのお小遣い、そんなとこかな。」
もし、お泊まりで、夜中に急に起きて家に帰りたいってクラフティが泣いたら、朝まで付き合って宥めてもあげるから。
子供あるある、竜樹は慣れっこなのであるからして。
任せて、の自信、地味で冴えない風貌が、この場合、信頼感、頼ってみようかな•••とムラングに思わせた。
ムラングの婚約者になったばかりのキュイエ嬢も、うんうん、とニコニコ頷いて。
「私がカスケード子爵のお家に、今日お泊まりできれば、クラフティを1人ぼっちにしておかないし、明日もお祭りに一緒をして、って嬉しくしても良いのですけど。」
え!?とムラングが真っ赤になる。
ムシシシ、とマルサ王弟が笑う。
「流石に結婚しましょうとお約束したばかりで、ウチの父や母にも報告しておりませんし、はしたないと怒られましょうねえ。怒られたってクラフティのためなら良いのですけど。まあ、でも、クラフティはきっと、立派に怒られて自分のやった事を受け止められますわ。そうして、同じ年頃のお友達と、楽しく過ごせば、今年のお祭りの楽しい思い出になるわ。もし夜中に泣いたって、それも経験ですわ。」
「私、夜中に泣きません•••。」
グシュン。お目々を擦る。
キュイエ嬢は、腰を曲げて指先で、ふふふ、とぽちゃほっぺを拭ってやった。
「そうね、クラフティはきっと、泣かないわ。とっても楽しいお泊まりになるわ!」
という訳で、王宮へ帰るのは。
竜樹にニリヤ、エンリちゃん。マルサ王弟に、ニリヤの護衛のルディ。ムラングとクラフティ。クラフティのお世話に、やっぱり心配とお支度持って、お付きのカスケード家の侍女さん。クロクの皆と第二騎士団。竜樹の首元には、離れられないプリッカ宵闇蛇少年。
その全員を連れて転移魔法を使う、エルフのロテュス王子。
「ムラング様は、カスケード子爵家に帰る時の馬車はどうするんですか?」
貴族って徒歩では帰らないと思うので。竜樹が気にする。転移あるあるなのである。エルフに頼んで移動しといて、帰りの足がなかったりして。
「我が子爵家の馬車を回しておきましょうか。王宮で借りても良いのですけど、怒られに行くのに、馬車貸して下さいは、ちょっと•••。」
まあ、確かにそうだ。
泣き止んだクラフティもニリヤ達とギュム、とくっついて、うふうふ嬉しそう。はーい手を繋いで下さい、と促されて、なるべくググッと集合し。ロテュス王子は、エイっと竜樹の腕を取ると、うふっ!と恋人繋ぎをして。竜樹様は、やっぱりクラフティにクロクにと、お優しかったなぁ、とふわふわ転移した。
ムスティ老執事が、嬉しそうにふりふり手を振っているのが、瞬時に視界から消えた。
王宮へ。ロテュス王子も分かっているので、エルフ達は王宮のどこへでも転移できるけれども、マナーとして最初の門の所へ出た。
そこでは、王宮に入ったり出たりする者を記録、管理している。
必ず顔を見て王宮へ入れるという事をするので、貴族も使う第一の門には、門番と同時に、ある程度貴族位を持つ第一騎士団が配置されている。
竜樹達は顔パスであるが、ムラング、クラフティ、侍女さん、クロク達や第二騎士団は許可を得て、魔法で記録をされる。
顔パスとはいえ、首元に綺麗な蛇を巻きつけた竜樹は、えーと、と一度戸惑われたのだが、ニコッ!ショボショボ目で笑ったら、ニコッ、と笑い返された。
「その蛇、置いていけ•••ませんよね、竜樹様。」
「この子は人なんだよ。白蛇族の宵闇蛇先祖返りなんだって。個人の魔法痕跡を、この子の分記録してもらえたら良いかな?」
通してくれるかな?名前はプリッカ君です。
『プリッカです。』
蛇が喋ったら、ビビるよね。
門を抜け、庭を通り、王宮内へ。迎えのお助け侍従さんが待っていた。ニコリと促されて、まずはクロク達が落ち着く為の部屋へ•••となるのかと思えば。
「皆様揃っておいでください。ハルサ王様がお待ちです。」
有無を言わさない笑顔というものがあるのだ。クロク達は、震え上がった。
謁見室ではない。
この大人数が入るほどの、テーブルを入れた一室である。床には高級そうな絨毯が敷かれて、足を下ろせばふかりと沈む。ハルサ王様は、そこで、マルグリット王妃様と、ぼんやりお茶をしていた。
ムラングが、頭など上げられぬ、というように肩身狭く胸に手、深く下げてただただ、お言葉をかけられるのを待つ。クロク達は慌てて、不恰好に頭を下げて、第二騎士団員達が膝をつかせようと背中を押した時。
「ああ、良いんだよ。あまり畏まらず。どうか皆、挨拶もあろうが、先に我が子とそのお嫁さんを抱きしめさせておくれ。ニリヤ、エンリ嬢、こちらへ。」
「はい、とうさま!」
「あい、おーたま!」
お手て繋いでニリヤとエンリ、とことこハルサ王様に近寄った。
椅子から立って迎えて、マルグリット王妃様も、はわはわ、とハンカチを揉みながら隣、ちみっ子の2人に手を伸ばす。
ぎゅむ!と王と王妃、父と義母に抱きしめられて、ニリヤは、ムニュ、と嬉しい顔をした。エンリちゃんも、ひこひこ、お尻尾を揺らしてお耳をひくつかせて受けている。
「良く無事で。ニリヤ、箱に閉じ込められたと聞いたぞ。暗くて怖かったろう。エンリ嬢も、さぞ心細かったであろうなあ。よしよし、無事で良かった、良かった。」
「•••••••••っ、•••!!」
マルグリット王妃様は、抱きしめて頬ずりをしながら、鼻を赤くして何も言えないでいる。
「とうさま、マルグリットかあさま、ししょうとね、おでんわしたの。おでんわがピッカリだし、エンリちゃんも、プリッカもいっしょで、こわくなかったよ。ルディも、いたし。」
「こわない、だったでつ!ニリヤでんかといっちょだちた!」
「まぁ、まぁ、まぁ。そうなの、そうなのねぇ。良かったわ。心配したのよ、本当に、心配•••。」
グスッ、と泣いて笑って、あー、と目を押さえて、しゃがんだままのマルグリットかあさまを、ニリヤとエンリちゃんは、綺麗に結った髪を乱さないように、そーっと。なでこ、なでこ、した。
「ふふ、ニリヤ、冒険であったなぁ?カスケード子爵家当主代理、ムラングよ。」
立ってニリヤの肩に手を置いた王様が、笑顔でムラングを呼ぶ。
「はいっ!」
頭を下げたまま、戦々恐々として返事を。
「箱に閉じ込められた、ニリヤとエンリ嬢、それからプリッカ少年を、カスケード子爵家で保護してくれたとか。助かったぞ、ムラング。」
「はいっ!大変申し訳なく•••は?」
ハルサ王様は、ニコニコしている。
「あぁなぁ。私はこう聞いておる。子供達をカスケード子爵家の嫡男、クラフティの友達にしようと、クロク団が、虐める気持ちなどなく、浅慮に攫ってしまったと。子供達はサーカスで箱の中見つかり、それにたまたま入り込んでしまったニリヤとエンリ嬢、プリッカ少年を。箱が開かないなら、開けられる者がいるから、と、芯から悪ではなかったクロク団が、カスケード子爵家へ誘導したという事だな。無論、第二騎士団も引き連れてだ。そして、無事に、傷一つ負わずに、ニリヤ達は助け出された。」
「カスケード子爵家で、ニリヤとエンリ嬢、プリッカは大事にされたのね。そうでしょう。ムラング。」
はっ、は、は?はっ「はっ!」
それ以上何も言えないムラングである。
「クラフティ。」
「いらっしゃい、クラフティ。」
ハルサ王様と、マルグリット王妃様に呼ばれて。礼儀作法をまだ学び中であるけれども、おずおずと礼を解いたクラフティが、ぽちゃほっぺを、うくん、と口結び揺らして、一歩、確かめていいのかな、一歩と近づく。
手が触れるところまで。
「ふふ、ふにふにの何と可愛いほっぺか。クラフティ、ニリヤとエンリ嬢と、お友達になってくれたかな?」
つんつん、撫でこ、と高貴なるお方がほっぺを触る。
緊張しながらも、クラフティは、んっく、と唾を飲んで。
「はい、王様。お友達になってくださいました。私、今日は、寮にお泊まりするんです。」
勇気を出して喋った。
「まぁ、まぁ、クラフティ。お友達になってくれたの。良かった、嬉しいわ、是非、仲良くしてね。」
うふふ、と泣き笑ったマルグリット王妃様は、何だか死んだお母様を思い出すな。クラフティは思いながら、くしゃくしゃと美しい指先に髪を撫でられた。
お目々をギュッと瞑って。パチンと開けると、もう嬉しくなった。
「はい!王妃様!」
クラフティは良い子ね、と万感の思いで撫でるマルグリット王妃様は、両親が亡くなって寂しい思いをしていた彼のことを、ちゃんと、詳しく聞いているはずだ。クラフティにも言い出した責任があるって知っている。
そうして、ニリヤには、箱の蓋を閉じて隠れた責任が。エンリちゃんには、恥ずかしくって逃げて、罠に使うはずだった箱に入り込んだ責任が。
いや、子供は思いもよらない事をするものなのだから、この場合、周りの大人達に責任が。
だけど、それを踏まえて。
「良いお友達ができて良かった、ニリヤ。お嫁ちゃんもできたであるなぁ!」
「ええ、本当!可愛らしいお嫁さんで、嬉しいことよ?一緒に冒険もしてくれちゃうのですから、心強いわ。ワイルドウルフの、エンリちゃんのお父様お母様に、よろしく仲良く致しましょうね、ってご連絡しなければねぇ。」
という話にするのだな。
竜樹は、ニハーと笑った。
「クロク団の皆よ。竜樹殿の養子となるとか。•••心入れ替え、真摯に詫び、そうして養われて育って、いつか本当に悪い事をしたなあと思えるように。励むのだぞ。」
「私達でも、大事な民とはいえ、悪から変わらない者を庇ってはやれないのですから。竜樹様はお優しく、深く関わって下さるわ。またとない機会、幸運なのですよ。」
謝罪公演も楽しみにしておるよ、とハルサ王。クロク団達は直答もできず、頭を下げるのみである。
「謝罪といえば•••第二騎士団長が、この度の騒動で、本物の悪党を見つけたそうな。ここから出動すると今準備中だから。まだ暫く時間があるだろうし。」
「皆。第二騎士団長レェアに。」
ニコーとした良い笑顔って、こういうのかな、でも何だか、ぶるると背中震えて怖い。何故。
「怒られてらっしゃい。」
「ああ、怒られておいで。」
「おこられるですか?」
「でつ?」
ニリヤ、エンリちゃん。そりゃ怒られるよ。というか、一番嫌な役目をレェア第二騎士団長が。
タハーとした竜樹に、ハルサ王様が、うんうんとしたり顔である。
「私達は、散々心配して、そうして良かったと安心して。やっと抱きしめられて、撫でてやったのに、その後に感情に任せて、なんて事をしたんだ!と怒る訳にはいくまい?そうしても、どう悪かったのか、具体的に伝わらないであろう?まあ、私達が怒る時は、相当人に処分が出る時である。物理的に首が、チョン、とかであるな。•••王と王妃というものは、そうそう軽々しく怒れないものだぞ。」
「ですわね!それに、お国の大事なお仕事を苦労してやっていて、子供達とやっと会えた時に、そりゃあ悪い事をしたら勿論!叱る時もありますけれど、出来るだけ機嫌良く一緒にいたいものだわ。今回は、現場で最も首を賭けて、責任を直に重く感じたであろう、レェア第二騎士団長に、どこがいけなかったのか!怒ってもらうのが、皆の為でありましょう。」
はい。
何が失われるかもしれなかったか、ちゃんと知ろう、という事ですね。
そして、一番親切で、一番はっきり雷が落ちる所に、怒ってもらうという事ですね。
「はーい!おこって、もらいます!」
「おこられるでつ!」
「私も、怒られます•••。」
呑気にお手てを上げてるけども、ニリヤにエンリちゃん。クラフティは、ちゅん、と恥じ入っている。
「俺も、怒られます•••。」
手を上げてる竜樹に、良い所をもらって後はぶん投げた、仕事の出来るハルサ王様とマルグリット王妃は。
ムフ、ムフン、と笑ったのだった。




