もう一つの事件
ここは王宮の、家族持ちのお助け侍女侍従さん達や、使用人達が住む所。王宮内の、もう一つの、小さな街、である。
お祭りだとて、王宮の仕事は変わらずあるので。
でもお祭りは楽しみたい、誰だって。
そんな彼らも、休暇をとって3日間の当番変わりばんこ。王宮内の街もお祭りに行って早くも帰ってきていたり(子供が小ちゃいと、ちょっとだけでもお出かけするのは大変!)、これから出かけようかな、なんて。そわそわと浮き立った雰囲気が、そこここにある。手に手に、屋台や商店で買ったお土産を持っていたりして。
今日、お父さんか、お母さんが仕事で、残った片割れと小さな子供達などは、お祭りに行ける日を楽しみに待っていたのだけれど。そこに、上手い具合に、ちょっとした楽しみがやってきた。
「はぁ〜い、新しく竜樹様から教わった、綿あめだよ!パクッと食べると、シュワっと溶ける、天上の味さ!ウチの味は、3種類、コックリ深い味の梨、香ばしい栗、キューッとすっぱいスモモス!混ぜたくない人には1つの味で、どれも味わいたい人は、くるくるっと3種類を順に巻いて、さあお好みはどれだい?」
威勢の良い、だけど優しそうで厳ついお父さんが口上を。ゆったり人寄せ、音楽のよう。綿あめを作るのに、腕力はいらないけれど、二の腕は逞しくムキっとしている。
「いらっしゃい、いらっしゃ〜い!」
その側で、高い声で呼ぶのは、アノー少年。
そう、あの箱に攫われてきて眠っていた、そしてテレビでの親御さんの涙の訴えの後、第二騎士団にそっと家族との対面をさせてもらえた、アノー少年である。ニコニコふくふくっとしたほっぺが真っ赤になって、長い睫毛にくりっとした瞳もキラキラとしている。
ちゃんと屋台の側には、すらっとした美人のお母さん、そうして腕には寒くないようにお包みにくるまれた、ふにふにのやわこい赤ちゃん。
家族揃って、ニッコリ王宮の街で、屋台をさせてもらえたのだ。
側には第二騎士団員も付いている。
アノーのお父さんは、綿あめの屋台のお仕事だけど。アノーを行方不明の少年としてテレビ放送した関係上、密かに家族は無事出会えていたとしたって、普通にお祭りで仕事は出来ない。どこから情報が漏れて、罠であると知れても困る。
だが、お祭りで働いて稼ぐ予定だったお父さんは、仕込みだってしてしまっているし、働かなかったらそれはそれで、家族の生活は破綻する。
第二騎士団長レェアは、厳しいが。市井の民の生活も近しく分かっているので、願い出て。
特別な王宮での仕事として、王宮内の街。お仕事で、秘密は秘密のままにしておく誓約を、家族も共に、神にしている、安心で安全な王宮で働いている人の家族達の街に、屋台を隠れて出さないか、となったのだ。
王宮で働く人々、今日残っているお母さんと子供、お父さんと子供、など。そして両親とも休みだけれど、小っちゃい、まだ人混みのお祭りに連れて行くには、おぼつかない子を持った家族達は。
第二騎士団員が、他言無用ですぞ、などと言わなくても。
(あーね、なんかあんのね、テレビで放送した子だもんね。)
ウフフと笑ってスルーし、そして街に屋台がやって来てくれたのを、殊の外喜んだ。
だって、屋台楽しみじゃない。
すぐ近くに来てくれて、行きやすくて、チビちゃん達も大喜び。
アノーのお父さんだけじゃなくて。攫われて行方不明のはずの子供達のお父さんお母さんは、「いやー街でウチの子を探しているんですよ?仕事なんてやってる場合じゃないから、いつもの場所にはいませんよ?」•••ってなフリをして、自分達の商売や、関わっている仕事の商品などで出来る、俄かの屋台を。
王都の街ではなくて、ここでやっているのだった。
アノーと一緒の箱で眠っていたリビィの、お父さんは仕立て屋さんで、練習で仕立てた小物や服、技術の為に作った実験的なもの、ちょっとした服の修繕をその場で請け負ったり、お客様からキャンセルで損した服などを集めて、小さな屋台。
その側で、クラージュ印の洗濯屋に勤めているお母さんは、リビィを抱っこして、ニコリと微笑んで椅子で寄り添っている。
他にも屋台、全部で行方不明のはず、の子供達の数だけ12、賑やかに、けれど小ちゃな子達も安心して楽しめるようにのんびりと、お祭りの欠片が持ち込まれて賑やかに。
売り上げは、もちろん王都の街に出て屋台をするほどはない。
けれど、捜査の為もあり、特別に王宮使用人への慰安のための補助金を出すとさせてもらって、公に許可が出たので。儲けは大幅にじゃなくても、それなりに出るのだ。
子供達が、帰ってきてくれたのだから、と、親御さん達は文句も言わずに、屋台仕事を楽しくやっている。
「ふふ、皆とっても楽しんでますね。これなら、何もなくても、来年もこの街に、屋台を招んでもらったら良いかもですね!」
お助け侍従、新婚新米パパ、乳糖不耐症の赤ちゃんグランドールをヨイヨイ日々しているレテュ侍従。
彼はこの屋台を、王宮の家族街へ出店するためのお手伝いやら手続きやらなんやら、纏め役をやった。
何故、行方不明のはずのアノー少年がここで屋台を両親とやっているのか、大体だけれども第二騎士団の捜査の為だと知っている。
屋台が目に入る、少し離れた場所で全体的に様子を眺めて、ウンウン、腕組み頷き、仕事に満足。
と。
コソコソ、コソっ、と手提げの袋に手を突っ込んで、そーっと屋台を去ろうとしている女性に気がついた。
全体を引いて見ているレテュでなければ、疑問に思わなかっただろう。
万引きか?
あんな人、この街にいたっけ?
基本的にこの街に住む人々は、皆、顔見知りである。新しく入った使用人、という事もあり得るけれど、何でコソコソしてるのかは分からない。
レテュ侍従は、自分の力を過信していなかったので、そこかしこで見張っている第二騎士団員、眉の太い彼に、チョイチョイ、と肩を突いて、あれアレ、と指さして教えた。
「何か見慣れない、不審な人なんですけど?」ヒソソ。
「御協力、感謝!」ヒソ。
第二騎士団員は捜査慣れしているので、怪しい女性に気付かれずに尾行が出来た。顎に黒子のある団員と、2人1組で付いていく。
そうして、女性は少し屋台から離れた路地の角で。
袋に突っ込んだ手を出すと、そこには携帯電話。
「もしもし?アシッド様にお伝えして。今、王宮の家族街にいるんだけど、そこに行方不明なはずの子供達と親がいるわ!アシッド様が子供達を引っ張っていたんじゃないのかしら、どうなっているの?え?関係ない?••••••関係ないのぉ?•••あぁ、まあそうね、こんなわざわざ取り締まりが厳しい、お祭りの日なんかに、幾らアシッド様が好きものでも、子供を攫ったりしないか。あちこちで第二騎士団が子連れの怪しい者に声かけたりしてるもんね。うん、うん、分かったわ、何か分かったら連絡する。じゃあね。」
プツン、と切った携帯電話を、フゥ、と二つ折りに戻して、サッと手提げの袋に戻そうと。
した所で。
ピッ、と後ろから携帯を取られた。
「ちょっ!?な、なに•••!?」
振り返る。
ニコリと笑うは第二騎士団の、眉濃い彼。サッとポケットに取った携帯をしまってしまうと同時に、ぐっ、ともう片方の手で怪しい女性の手首を掴んで、ガッと抱き込んで、身動き取れず、口元も覆ってガチリ。
もう1人、顎に黒子のある第二騎士団員が、腰の手枷になる魔道具を、カチリと素早く嵌める。
「静かにしてな。渡されているのがまだ限られている携帯電話を、何でアンタが持ってるのかな。それに、さっきの話ぶり、子供達にとって、オッカナイ人が、アンタのご主人様みたいじゃないか?」
「携帯電話って、通話先がどこか、魔法の波が辿れるんだよネェ。キリキリ吐いてもらうにしろ、この携帯電話は俺たちが預かるから。」
「ちょっ•••何でもないんだって!別に!返してよ!!」
女性は、口元を覆った眉濃い団員の手を、顔を振って外して何か言い訳するが。
「何でもないなら、調べさせてよネェ。」
「そうそう。何でもなければ、知ってる事を全部話せばいいじゃないか?聞こうじゃんね。」
さあ、王宮のどこか、使用人室でも借りて、サッサと吐いてもらうか。
女性は王宮に丁度良くやって来ていた、レェア第二騎士団長、直々の厳しい尋問に、サクッと知っている事を吐いた。
彼女は、好色幼児性愛家の男爵、アシッドに子供を斡旋していた阿婆擦れであり。普段は王宮の家族街へ出店していて、本店から派遣されてやってくる、雑貨屋商店の真面目を装った女性店員であった。
本店へ来るお客様の中から、美しい子供達を見繕って、アシッド男爵に商品を融通していたのである。
レェア第二騎士団長は、自ら指揮を執って、アシッド男爵家に乗り込む事を決めた。
そうして、ニリヤの箱騒動も、全くの無意味ではなかった、アシッド男爵の悪行を暴けそう、という事になって、しまったので。
「ニリヤ殿下とギフトの竜樹様を、怒りにくくなってしまったじゃないですか•••。」
まあ、でも、言うべき事は言いますが。
ふん!と鼻息荒く、カッカッ!と靴音荒く。
結局、怒るんかい!な、レェア第二騎士団長なのであった。
そんな事が起こる少し前。
猫のミュージカルを見つつ、和やかに過ごしていたカスケード子爵家の食堂、皆集まって。
携帯電話でマシュ団員が、レェア第二騎士団長に報告をし、竜樹のとりなしの言葉もあって。
(電話口で相手に見えないのに、へこへこしてしまうのは何故なんだろう。とレェア第二騎士団長に言い訳をする竜樹を見つつ、マルサ王弟は笑った)
ひとまず事件が片付いたなら、クロク団達を連れて、ニリヤ殿下達も王宮へ、という流れになった。
牢屋などでなく、一応竜樹の息子になる予定なのだからと、王宮の使用人達宿舎とかに。書類もマルサ王弟が連絡してくれて、王宮に行けばすぐ出してくれるそうだ。書くだけ、即提出、受付となる。
ちなみにレェア第二騎士団長に電話した時は、王様と内密に話をしていた所だったから、竜樹の収め方は、ニリヤが無事だった報告を受けて心配を緩めたハルサ王に、かっかっ、と笑われた。
(何だと〜!•••って王族を害した、って刃を振りかざしたりしない王様で、本当に良かったな)
竜樹はホッとしている。ハルサ王様って、王様としてかなり良いよね。
お祭りが終わって、サテリットのクレール爺ちゃんが書き入れ時を終えるまで、第二騎士団が付きつつ、細かく話も聞いて。取り調べほど厳しくなくする為に、竜樹側でも立ち合いを入れて、とにかくあまりちゃんと栄養と、安らかな睡眠を取れていないだろうクロク達の、基本の生活を立て直して2、3日、預かってゆっくり整えさせる。
「後は、クラフティの事と、ムラング叔父様の事だけかぁ。クラフティは、少ししたら、領地に帰るんだっけ?」
竜樹が聞けば、ニリヤが、ええ〜っ!?と叫ぶ。
「クラフティ、かえっちゃうの?あそぶ、でしょ?ともだち、いっしょよ!」
「あそぶ、でつ!」
「う、うん•••えへへ。」
クラフティは、ちょっと、期待と、そしてドキドキどうなるかな、の不安で、何とも言えない表情をしている。ムスティ執事と視線を合わせて、自然、窺う目になった。
老執事は、一つ頷くと。
「クラフティ坊ちゃまは、ご領地と王都を行き来して育つのが良いと思っているんですよ、私は。領地で育って、愛着を持つのもご当主として良い事でしょうし、長く住んで初めてわかる事もあります。けれど、領地だけでは今後の貴族的な人とのやり取りを覚えられません。どちらにしろ、領地でも地元の者と、王都でもこちらの貴族の子息令嬢と、関わりを持たせてもらいたい所なのです。まずは、ニリヤ殿下やエンリ嬢と、せっかくお友達になれた事ですし、そんなに急いで領地に帰らなくても良いのでは、と。」
「本当!?ムスティ!」
キラキラ!としたクラフティ、もっちりぷくぷくのぽちゃほっぺが、ニン!と笑んだ。
「本当ですよ。ムラング様に聞いていただきましょうね。」
ムスティ執事、ここは強くなるのだ。
ふむ、と応えを聞いて竜樹が考える。
「クラフティの領地って、ウチの教会孤児院ある?」
「ええ、ありますよ。悲しい事になっていた子供達を育てて頂いて、助かっております。まぁ、その、孤児院があるので、おおっぴらにカスケード子爵家で、クラフティ坊ちゃまの従者になりそうな子を、っていうのが難しかったりもしたのです。今からでも、どの子か従者に•••など、そんな話をしても宜しゅうございますか?」
食らいつきそうなハワハワのクラフティである。待て、待てよクラフティ。
「うーん、それはタイミングが悪かったね。ウチの子になった孤児院の子で、従者に、っていうのは、今もう落ち着いてしまっている子がほとんどだから、ちょっと勘弁して欲しいかな。クラフティ、残念だろうけど、分かるだろう?大人の都合で、あっちへ行け、こっちへ行け、ってされて、せっかく仲良くなった子も、教会孤児院のお兄ちゃんお姉ちゃんもいるのに、ってなるじゃん?」
あぁ〜、と俯く。シュンとしながらも、コクン、と頷いて。とても聞き分けの良い子なのだ。
竜樹はクラフティのぷくぷくほっぺを。撫で撫でとしてやる。
「だけどね、クラフティ。クラフティが、教会孤児院に、遊びに来れば良くない?そこには転移魔法陣もあって、王都の新聞寮や教会孤児院とも繋がってるからさ。友達いっぱいだよ!ニリヤ達とも会えるしね!」
パッ!と顔を上げた。キラキラの目が復活し、ふわ、と段々、お口が笑う。
「はい•••はい!私、教会孤児院に、遊びにいきます!」
うんうん。
「従者の件も、今、モルトゥって情報屋さんが、悲しい目に遭ってる子供達がいないか、お祭り期間中も探っているからさ。すぐじゃないよ、でも、そのうち、誰かいい子がいたら、なんて思うんだ。相性なんかもみて、その子が、クラフティと一緒にいて、やっていく気持ちがあるよ、ってなったら、だけどさ。」
それでも、いいかい?クラフティ。
ウンウン、うん!
勢いよく、何度も頷くクラフティのこれからは、ちゃんときっと、寂しくなくなる。大丈夫だよ、クラフティ。
「わーい!クラフティとあそべるぅ!ししょう、ありがと!」
「わーいでつ!でつ!」
キャキャ、とだまだまになったお子様達は、ばんざーいして、抱き合って、びょんぴょこ跳んで本当に嬉しそうだ。
「さあ、後はムラング叔父様の件だけだな。」
竜樹が顎に手をやって、う〜ぬ、とわざとらしく唸る。
あーね、とマルサ王弟やらロテュス王子が、タハッと困り眉になる。
「私、お友達と遊べたら、大丈夫です!ムラングおじ様は、お仕事大変だから•••。」
もう良いよ、って感じのクラフティ。良い子すぎるんだよ、クラフティ。切ないじゃん。ダメじゃん。
「もっと甘えて良いんだよ、クラフティ。」
これから仕事を終えて帰ってくる予定の、ムラング叔父様に。
一発ガツンとやったら、王宮に帰りましょう。
「そーだそーだ。ガツンとやったれー。」
ヤイヤイと囃し立てるマルサ王弟だが、彼だって竜樹の寮の子を見てるから。クラフティみたいに寂しく放っておかれた子の事で、ダメじゃん!って、ムラング叔父様にチョッピリ怒っているのである。
「クロクの皆、もうちょっと付き合ってね。ごめんね。」
「•••ウス。」
ロニーが返事をしおらしく。だって今まで、こんなに丁寧に気にしてもらえた事はないので•••。
と、窓の外。
一角馬車が、帰ってくる。
3月は更新頑張り月間にしますね!
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