ほんとうのなかま
少年達クロク団のボス、ロニーの記憶で、忘れ難い、夢に良く見るものがある。
下町、萎れた葉っぱなんぞをしみったれて売ってる、じじいの野菜売りの近くで。まだ小さなロニーは、しゃがんで、ただしゃがんで、待っている。
日がな一日中待って、初夏だったのか寒くはなく夜もそこで眠って待って、朝方またやって来た野菜売りのじじいが言った。
「坊主、お前の父ちゃん母ちゃんは、もうここに迎えに来やしねえよ。待っても無駄だぞ、他所へ行きな!邪魔、邪魔!」
お前は捨てられたんだよ!と。
喉が渇いて、よく眠れず、ふらふらとした中で、しん、と響いた。だからってどうしようもない。じじいに追いっとばされて、振り上げた手に、殴られるかと怖くて。
『ここで待っててね。』
母ちゃんと父ちゃん、そう言った。
静かな2人だったから、そう言われたら、ロニーがどんなにぐずろうと、何かを言ってはくれない•••んだったか?もう、親の顔の、喋り声の記憶はない。ただ、その日まではロニーは、何も困ってなかったが、突然置いていかれて、子供ながら、どうにもならなかった。
商店で水を貰う。親切な人もいたのだろう。ロニーは死ななかった。
そうして、あっちへ追われ、こっちへ小突かれ、彷徨っていた所、ニヤニヤ笑いのオッサンに捕まったのだ。
オッサンはボサボサの焦茶髪を、白髪まじりにして、乱杭歯が黄色くて、白目も黄色くて、姿勢が悪くて、ボロボロの服はだらしがなかった。
ここらで、何をしてるんだか、ふらふらしてるオッサンで。
怖かった。
だけど。
「坊主、俺の仲間にならねぇかぁ?」
と言った。
抱き込まれて、何だかさわさわと撫でられる。肩を抱かれて、上から押さえ込まれて、有無を言わさず耳に注ぎ込むように囁かれる。
酒場の店の外、ごたごたと空き瓶が箱に突っ込まれた路地裏で、秘密だというように。
「本当の仲間は、決して裏切らねぇ。」
「ほんとうの、なかま?」
「そうさ、本当の仲間さ。そして助け合って生きるのさ。世知がレェ世の中だが、お前が仲間になって、俺っちを助けてくれりゃあ、腹に酒の一つも、あぁ、坊主はパンの一つも、食えようぜ。」
ひひひ、ひ。
どうしてあんなオッサンの言う事を聞いたりしたのだろう。ロニーは子供だった。多分、親を亡くして友達を欲したクラフティよりも、もっと、もっと小さかった。
誰かに頼らずに生きるのは、不可能だった。
ロニーは石を持った。
オッサンの言うように、あそこだ!と指示された商店の、質の悪い窓ガラスを、時に持ち上げるのも重くてようような石で、打ち、投げ入れ、そして逃げた。
「コラァ!!このクソガキ!なにしやがんだ!」
オッサンはそこに、ガラスの大きな破片を背負い籠に入れて通り掛かる。
「おや、どうしたんですかい?窓が壊れているじゃねえですか?」
ちゃんと直すのは直すんでしょうが、間に合わせに、俺っちが、この破片で留めておきましょうか?
なあに、少しだけ魔法が使えやして。ガラスをちょいと溶かして、くっつけて、塞いで貼り足しておけばさ、すうすうしないってもんでしょ?
今なら格安ですぜ!
ロニーは、ゴミ捨て場から、足を何やかや壊れたゴミで引っ掛けて血だらけ、必死で拾ってきたガラスをオッサンに任せて。指示通りに商店3つの窓を割って。
その日、固い固いパンを1こだけ貰えた。オッサンはグビグビ酒を飲んだ。
オッサンの浅知恵は、3日もすれば、すぐに行き詰まる。悪ガキを捕まえよう、とそりゃあなるだろう。
そして、都合良く現れる、ガラス修繕•••と言えるほどの技術はないが•••ニヤニヤした身なりの悪いオッサンが、格安とはいえいつもこの辺りを巡って、上手いことやっている。
ガラスを割られた酒場の、料理人に待ち構えられて、ロニーは捕まったのだ。オッサンも、あっさりと。
「お前らグルなんだろ!話がうますぎるんだよ!そんなに都合良く何枚もガラスが割られて、儲かったなぁ!?」
短髪の、厳つい料理人にペシャリと地に伏せさせられ、ごりごりと膝を背中に乗せられて、ロニーは呻いた。オッサンは別の飲食の店主に、首根っこ掴まれて、あわあわと暴れていた。
「そのガキが勝手にやったんだ!俺に分前を寄越せって言って来やがった!とんでもねぇガキだ!そいつを殴ってくれよ、俺だってアンタらに、損をさせたかった訳じゃねえ!やめろって、怒ってやったんだぜ!」
ほんとうのなかま
けっしてうらぎらない、ほんとうのなかま
殴られて、その言葉が、わんわんと耳に響いて残った。
商売道具と、ありったけだが、ほんの少しの銅貨を毟り取られた2人は、路地裏に打ち捨てられた。
オッサンは、ガクガクと膝を揺らして立ち上がると。
「ちぇっ、ちぇっ!クソ坊主め!お前がもっと上手くやりゃああぁ!」
腹を蹴られて、オエッとなるが、吐くものなど何も入っていない。
「チッ!次は上手くやれよ!」
ほんとうのなかまじゃないオッサン
ロニーは睨んでいたのだろう。もう一つ蹴られて、そうして、どうしようもなく、まだしばらくオッサンと、生産性のない犯罪すれすれの商売で、あれやこれやと小銭を手に入れた。
ほとんどロニーの腹に食べ物は入らず、搾取されるばかりなのに、子供だからあてがないから、大分ロニーはオッサンに良いようにされた。
しかしそれも長い事ではなかった。
オッサンはしょんべんを垂れ流すようになり、どこか悪かったのだろう、動かなくなってロニーに路地裏で縋ったものだが。
フイ、と顔を背けて、ロニーは1人、下町を歩いて飯のタネを探すようになった。
ほんとうのなかま
けっしてうらぎらない、ほんとうのなかま
あんなオッサンの言った事だのに、ロニーには忘れ難く、言葉にしがみついていた。
悪い連中の下っ端として、おねえさん達の家に張り付いて、他の男が来ないか見張ったり。
言伝を届けたり。
かっぱらいを匿う手助けをしたり。
たまにはまともな、商人達の道案内などもして。
そんなこんなをしていて、同じように親のない、クロク団の少年達ごろつき連中が、本格的に悪となる手前の半端もの、廃墟にアジト、集まって仲間となって。
ロニーはクロクを食べさせてやらなきゃならない、いつも鋭い目をしたボスになった。破綻を目の前に、ヒヤヒヤしたものを常に腹に抱えて、だけど、仲間は。
決して裏切ってはならない。
「俺たち、どうなるんだ•••ですか。」
カスケード子爵家の食堂。皆一堂、話を聞いている。
ロニーが、むぐ、と黙っていても、早く喋れ!などと言わずに、全ての者が黙って待ったので、沈黙に耐えられなくなってロニーは喋った。
こんなの何になるんだ、と思ったけれど、喋れば喋るほど、今まで何とかやってきたのが、危うかったな、と思う。
いつ路地裏で、オッサンみたいに死んでも、おかしくなかった。
「ロニー。話をしてみて、どうだい?来し方行く末、っていうけど、今までの自分たちの生きてきた道で、この先やってゆけそうかい?」
竜樹が、穏やかに問う。
ロニーに喋らせたのは。誰しも自分の事を話そうとすれば、記憶を探って言いたい事を、自分にとって大事な事を、拘っている事を、感じ取らずにはいられないからだ。
喋りたくない事は、話さない。
例え嘘をついた時でも、それなりに嘘への理由があるもの。
「•••やっていくしかねぇよ。他にどうしろってんだよ、です。」
不貞腐れても、どうにもならないのは分かっている。
「ロニーは、仲間が大事なんだな?悪の入り口でもだもだしてても、仲間は裏切らない?」
当主の席、椅子に座って手を組んで、竜樹は穏やかな瞳だ。首元で宵闇蛇プリッカが、尻尾をうね、くね、うっとりしている。
「•••裏切らねぇ。俺たちみたいなんが、そっから落ちたら、本当底辺じゃんかよ。誰にも相手にされなくなんだろ。」
「じゃあ、まあ、そうなるかなーとは思っていたけども。仲間を丸ごと、一緒に俺が引き受けるしかないねえ。デッカい子が増えるなあ。」
マルサ王弟が、パチン、と顔に手、タハッとなっている。
はぁ?
ロニーは捻り上げるように斜めに視線、睨んで凄む。
「何でだよ!何でアンタなんかに•••!」
「だって俺、ギフトだから。」
少年少女、子供にプレゼント贈る人だから。
シレッ、と言った竜樹を、ロニーはぐううう、唸って威嚇する。
「アンタみてぇなお幸せそうな奴なんかに」「ロニー、お前達、この子供達誘拐未遂だったけど事件で、得たお金を、丸のまま自分らで貰える訳じゃないんだろ?上納しなきゃだったりしないか?本格的に悪い大人に。」
! どうして、それを。
「••••••。」
ハッとして、黙れば、その通りだと言っているようなものだ。




