チュッチュで元気に
箱の中は真っ暗だ。
ニリヤとエンリ、そしてニリヤの腕に巻き付いた宵闇蛇プリッカ、2人と1ニョロリが入って、ちゅんとお膝を抱えて座っていても、大きな箱はつかえずに、ほんの少しだけ余裕がある高さ、広さだった。
はあ、はあ、はあ。
ぐすん。ポロポロ。ひっく。
エンリちゃんは小さく小さくなって、暗闇だから見えないのに、お顔を両のお手てと、お膝の間に埋めて隠して、涙をこぼして肩を震わせている。
ニリヤ、内緒の蓋閉め、秘密の慰め、よじよじとエンリちゃんの側にくっつく。
「エンリちゃん。なかないでぇ?どうしたの?かなしく、なっちゃったの?」
肩をポムポム。ギュッと隣から抱いて、ニリヤは暗闇の中、そっと聞いた。小さなおんなのこが、ニリヤの腕の中で、ないている。何だかそれは、キュンとなって、お胸が痛いようなのである。
プリッカは、分かってた。
仲良しの、大好きなニリヤ殿下の前で、そしてライバルのフランチェスカの前で粗相して、恥ずかしくて辛かったんだよね、エンリちゃん。と分かっていたけれど•••口を挟まず、黙ってニリヤの腕に引っ付いて、ニョロ、と舌を出して仕舞った。
うん、大丈夫。子供達が眠れていた位だもの、蓋が閉まっていても、空気の通りは、あるね。
「エンリちゃん、なかないで•••げんきだして•••。ぼく、エンリちゃんのわらったおかお、だいすきよ。けっこん、だもんね。およめは、エンリちゃんだよ。」
クリクリの柔らかなカール髪を、ニリヤは撫でこする。お耳がさっきは、ブワブワに毛が立っていたのに、見えないけど、今はへにゃ、しおしお、ピルピルしている。空気が震えるから、分かる。
「ん。•••っん。ひっく、にり、でっか、エンリ、エンリ。」
もぐもぐ、とお手てで覆っているので、くぐもっているけれど、ニリヤにはちゃんと聞こえた。
「うん、エンリちゃん。」
ぴい!と悲しみの叫び。
「チッチ、ひっく、•••でちゃった!おしっこくさいこ、なんでつぅううぅぅうっく、ひく、えく!」
最初は生温かかったのに、お股が風に触れて、濡れたチッチが冷え冷えすーすー、じめじめしてきた。気持ち悪くて、情けなくて。今も、箱の中、なんだかおしっこくさいって気がする。
けれど、ニリヤは、おしっこに濡れたエンリちゃんの、頭を撫でこ撫でこして、ほっぺを合わせて、スリスリした。
「なかないで、エンリちゃん。おしっこしちゃうとき、あるよ。ぼくも、こないだね、ねんねしてて、おしっこにいくゆめみたの。ち〜って、でちゃったの。はずかしいだったよ。」
でもね。
ししょうがいってたよ。
こどもは、おしっこをちゃんとするのも、べんきょうちゅうだから、しっぱいしても、しかたない、って。
「べ、べんきょ、っく、ちゅ?」
「うん。それにね。おとなでも、もれちゃうとき、あるって。おんなのひとは、あかちゃんがおなかにいるときとか、うんだあととか、ふとったりでも、あといろいろ、おしっこもれるとき、あるんだって。おとなのおとこのひとも、あるひといるよ、っていってた。あかちゃんがおしっこしちゃっても、おとながおしっこもれても、もちろんこどもも、わらっちゃいけませんよ、って。」
それは、結構、身近な事なんだからね、って。
ひく、と泣いていたエンリちゃんが、お耳をピクんとさせた。
「おとなの、ひっく、おんなのひとも、な、なりまつか?」
「なるよ。コクリコおかあさんが、あかちゃんがおなかにいるとき、おしっこのふくろをボン!てけられて、ピュてでちゃう、ってゆってたよ。」
すん、と鼻を啜って、顔を覆うお手てをそのままに。エンリの嘆きは、ピタ、と止まった。
お膝から顔が上がる。お手てが外れる。ぐい、と涙を拭いて。
「•••おとなの、おんなのひとも、チッチでるでつ!でつね?だったら、エンリは、おしっこくさい、ちっちゃいこじゃないでつ!•••ニリヤでんか、エンリが、おとなで、あかちゃんうんで、チッチしても、キライナイでつか?」
キライナイ?
うん?嫌いじゃない?かな。
「だいすきだよ。エンリちゃん。おとなになったら、あかちゃんつくって、いっしょに、たのしくすもうね。おしっこしても、とりかえたら、いんだよ!」
優しいのだ。
ニリヤはリュビ母様に育てられた。
そうして、最近は男の子達と、わちゃわちゃ!と遊ぶけれど、もっと小さな頃は、どちらかといえば、おっとりとした優しい遊び方で育ってきた子だ。生来の性格もあるのだろう。孤独になりがちな母様を慰め、守り守られて、思いやりの気持ちを持っている。
「だいすきよ、エンリちゃん。」
チュッ。チュチュッ。
暗闇だから、目見当。
ニリヤの気持ち、チュッチュのキスは、エンリちゃんの濡れたしょっぱいほっぺと、睫毛の上に。
リュビ母様は、ニリヤがえーんと泣いた時、チュとしてくれたっけな。そうしてもらうと、ニリヤのお胸に、ホワッとお花が咲いたっけ。
慰めたいの気持ち、エンリちゃんに届いたろうか。
ムフ。
ゆるる、とエンリちゃんのお口は、ふにゅり緩んだ。
「•••エンリも、ニリヤでんか、だーいすきでつ!!」
ギュむ!
抱き返して、そして、睫毛に残って湿っていた涙が、パチパチ、ピッと飛沫、小さく散った。ほっぺは濡れているけど、ニリヤがポッケのハンカチで、ポフポフと拭いてくれる。お鼻もチンしていいですよ。ズビ。
ニリヤの腕に引っ付いているプリッカも、何とかエンリちゃんが気を取り直して。仲良しできて、ほっとして。
しゅる、と2人を見守って、何しろ宵闇蛇族の先祖返りであるから、闇の中でもよく見える。バッチリチュッチュも目撃した。素敵な2人だね、って。蛇のお口だけど、ニッカリ、シュシュ、と笑った。
「そしたら、エンリちゃん、おきがえもらって、キレイキレイよ。きっと、テレビのひとにきいたら、だいじょうぶくない?」
そう、こんな事もあろうかと、ちゃんとお着替えなども、テレビの衣装さんアシスタントさんは持っている。
客席に戻れば、皆が待ってる。
「ウン。きくでつ、キレイするでつよ!」
ニコパッと笑って、そう笑ってね、エンリちゃん。うふふ、と笑い合って蓋をあけ、開けて、開け•••?
ガタ、ガチ。かこかこ、ガチンコ。
「あれ、あ、あかない。」
「あかないでつか?エンリもえいするでつよ!」
う〜んしょ、え〜いしょ!
「あれぇ?あかないねぇ?」
「あかないでつ!」
プリッカ、冷や汗たらり。
2人が押し上げても、僅かに動くくらいで、蓋が上がらない。箱の中は余裕があるといっても、プリッカが変化を解いて3人で入っていられる大きさじゃない。
鍵は見かけだけになったはず、なのに。蓋の重さも、そんなに重くなかったし•••どこかに引っかかっているのだろうか?
ガタン!
「わっ!」
「う!うごいた、でつ!」
ふわふわ、ゆらら。
少し斜めになって、持ち上げられる感覚が伝わる。
ゆうらあ、ぐっ。
えっえっ、えええぇぇぇえ?!
持ち上げられて、運ばれて•••?
この箱、攫われてきた子供達が入っていた魔道具箱。悪い人たちが、サーカス運び屋、諦めて、子供達を取り返そうと箱を運びに•••。
シュシュ、シュー!!!
プリッカは焦って尻尾をうねうねしたけれど。
「どっかはこんで、あけてくれるのかなぁ?」
「あけてくれるかも、でつ!」
そう、第二騎士団の、サーカス団員に扮した人が、いたよ、いたじゃない!?見てたよね、エンリちゃんとニリヤと、プリッカの事を。
3人が、この箱に入ってるんだって。
ニリヤ達がお昼をバックヤードで食べていた頃に、少し時は戻る。
ここは王都の下の下町。貧民街とは言わないまでも、ぶっ壊れかけた家や、酒の空き瓶がごろり、狭い路地裏。
街をたむろする、少年から青年へとなりかけの、仕事もなかなかもらえないような半分ごろつき、親もない。でっかいのから、チビまで10人ほど。
そのアジトは、石を積んだ壁が崩れて、屋根がかろうじてある、風吹き込む埃っぽさ。
酒の空き木箱を逆さにして、積んだものに、てんでに片膝立て座る少年達。
「どうする、ロニー。祭りん時から、なんか魔道具?すきゃな?で、荷物をみんな見られちゃうだなんて、さぁ。金はもう、半分もらっちゃってるし。」
ロニーと呼ばれた少年、前髪が長く片目を隠したアイスカラー。いかにも尖った、痩せた彼は、クッとつり目を益々鋭く細くさせて。
「心配すんな、ソル。•••お貴族の坊ちゃんからは、連絡もらってある。領地へ運ぶはずだったオトモダチは、王都で受け取るってよ。サーカスで運ぶまでもねぇ。」
ソルはそばかすの低い鼻を、スン、と鳴らして、ザクザクに切った前髪を振ると、それでもウゥと唸る。足で酒瓶を蹴る。
「じゃあサーカスに、箱を取りに行くのか?デテの野郎がゴネねぇかな?金渡す分、どうする?」
「運び屋やったのの半分、払うってよ、坊ちゃんが。何もしねぇで半額貰えんだから、充分だろ。あっちも後ろ暗いんだ、騒いだらどうなるか、分かってんだろ。おい、ピッド!」
身体が一回り大きくて、肩幅がガッと広い。けれど顔はまだあどけなく、うっすらと産毛の髭がある、少年と知れるあっちこっちアンバランスなピッド。
うん?と、ゆっくりロニーの方を、ご機嫌に向いて、ふん♪ふん♪と鼻歌、頭揺らして、ニッコリ指示を待つ。
「な、なんだ?ろ、ロニー?」
「ピッド。お前、頭はアレだけど、なーんかいっつも、運が良い。お前に頼んだ仕事は、なんだかんだ、最後は上手くいく。だから、今度もお前に頼むから。•••サーカスへ行って、オトモダチが入ってる箱、知ってるだろ?今朝運んだやつさ、あれを取り返して来い。話はソルがつけりゃ良い。だけど、何か問題が起こったら、ピッドの言う事を皆、聞け。」
俺たちが生き抜くには、運って奴が、何かと必要なんだからな。
「悪運か、なんか分かんねえけどな。とにかく、この仕事はデケェ。王都で坊ちゃんに渡してしまいさえすれば、後は何とでもなるさ。箱は坊ちゃんちに運ぶんだぞ。俺も残りの連中も、坊ちゃんちで待ってるからな。行きゃあ、何かメシの一つも出してくれんだろ。」
金の残りとメシを貰って。
「サッサと仕事を終わらそうぜ。何かケチがついちまったからよ、この仕事、早くケリをつけちまおう。じゃあ皆。」
金をもらって、世の中お祭り、俺たちだって美味い酒の一つも飲もうってやつさ。
やるか。やったるか!
少年達はバラバラに木箱から立ち上がる。そうして、背中を丸めて、二手に分かれると。
片方はサーカスへ、魔道具の箱を、攫った子供達を引き取りに。
もう片方は、お貴族様の坊ちゃんの家に。




