鉄の女
ネクターが無理矢理、乳母オッターに引っ張られて行っては困るので。
竜樹達は、映画会まで、ネクターの日課に付き合った。
ニリヤはどこでも勉強できるので、一緒に座ってミランやマルサに習う。
ネクターの家庭教師、サンセール氏は、メガネのおでこ全開な前髪、お馬の尻尾な後ろ髪がアッシュベージュな、背の高い大きい人だった。少し目の下に皺があるのは、歳のせいか、それとも本の読みすぎか。
「ギフトの御方様が、ネクター様に付いて下さるなら、安心ですよ。乳母達は、ネクター様に偏った意識を強要しようとしますし、私もどうかなと心配に思っていたんです。」
私は、勉強は教えられますが、お世話はできないし、一日中一緒にいられませんからね。
ネクターに寄り添って、大きな背を屈んで、丸くなって熱心に教える姿勢は、子供好きだなと思わせる。この先生は、ずっと付いてもらっていい人だな、と竜樹にも思われた。
ネクターも先生、先生と懐いている。
「先生も、恐怖の映画会に、来ますか?」
ネクターが誘うと、
「興味深いですね!ぜひ!」
何故だかサンセール先生も参加する事になった。
「おお、竜樹殿。待ちかねていたぞ。」
王様ぁ〜。
映画会当日。夕方の黄昏時。
何故か、何故か、王様も王妃様も、そしてキャナリ側妃まで会場にいるではないか。なんだかんだで、揃いがちな王家である。
「面白い催しと聞いて、執務を押して片付けて参ったぞ。恐怖の映画会とな。どれほど怖いのか、見ものであるな!」
「うふふ。眠れなくなったら困りますわ。そうしたらオランネージュに一緒に寝てもらおうかしら。」
おや、私ではダメかい?
などど、夫婦トークかましているが、キャナリ側妃が、ギンとした目で睨んでいるヨ。
最後脅かすタカラ、王様の護衛に捕まっちゃうんじゃないのか、と思って、急遽マルサを呼んで「大丈夫か?」と聞いたら、護衛同士で連絡済みだから大丈夫だ、と安心の一言が返ってきた。ホッとする竜樹である。
人が2〜30人くらい入った広間に、チリがスクリーンを設置して、用意は出来た。後は竜樹の口上である。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。これから、恐怖の映画会を始めます。」
会場、観客席をぐる〜っと見渡して。
「さて、この映画会のきっかけは、ネクター王子の乳母、オッターさんと話していて、私は暗闇も1人も怖くない、と言われた事でして。」
チラリと、話の主役のオッターを見る。彼女は、ちゃんと会場に来て、スクリーンを前に、王家のみなさんが1列目、キャナリ側妃の後ろの椅子に座っていた。だいぶムッとした顔で。
「それというのも、私は、暗いのも1人も、すっごく苦手なんですよね。
か弱き女性に、そう言われてしまって、悔しいなあと。」
ハハハ。 笑いが軽く起こる。
「それなら、オッターさんを怖がらせてみせる!と、この映画会を企画した次第です。皆様、映画もですが、オッターさんが怖がるかどうかも、ご注目です。では、始まります。会場は暗くなりますが、雰囲気作りの為ですので、ご安心下さい。お静かに、お静かに•••。」
スゥーッ、と灯が絞られて、暗い中スクリーンが真っ白に光っている。ぱちっとタイトル画面になって、ホラーの時間が始まった。
「ヒイ!」
「わわっ!!」
ひたひたひた•••。
ゾゾゾゾゾゾ〜ッ。
大声を出す者はいないが、みんな固くなって次第に隣同士くっつき合っている。王様は、王妃とキャナリ側妃に片腕ずつ取られたまま、時折3人でビクッとしつつも、画面に見入っている。
うん、なんか、恋人同士でホラー観にくる意味分かるよね。
順調に大分みんな怖がっているな。
竜樹はオッターを見る。そこには、鉄の意志で、微動だにしない彼女の姿があった。
うん、まあ、そうか。
怖がらないなら仕方ない。
最後タカラの演技力にかけるか•••!
と、思った時。
ばち、ぱち、ぱちっ。
画面の映像が弾けて、ホワイトアウトした。
えっ 電波の調子でも悪いのかな。参った。
チリと竜樹で、うんともすんとも言わないスクリーンを、ざわざわし出す観客席を前に、あたふた同期している元のスマホを確認する。
スマホは、何の障りもなく映画が続いて動いてる。
「どうしたの?こわいえいが、おわった?そしたら、むかしばなし、みたいよ。」
トコトコトコっと、ニリヤがいつの間に、竜樹の元へ来ていた。ネクターも、心配顔のオランネージュもだ。
怖い映画観て、オシッコ行けなくなったら可哀想なので、怖がりさんかもしれない王子2人と、全く怖がらないが計画を知ってて、2人の面倒をみてるオランネージュとは、すぐ隣の控え室で待っていたはずだ。脅かす役のタカラと一緒に。
さっきまで、ドアの隙間を開けて、くすくす笑いながら様子を見ていたと思ったのに、来ちゃった。
うーむ、これは失敗かも?
灯つけて、仕切り直ししよう。
ふわっ。
タカラかと思った。
でも違った。
最初に目に入ったのは、女性の手。
うっすらと透けて、光ったその手が、ゆっくりとニリヤの上を動くと、撫で、撫で、した。
「かあさま!」
ふっ、と笑ったその顔は、ニリヤによく似て、可愛らしい。カールした長い髪を下ろして、白くて長いフレアのワンピースを着た、その人は、その人の足は、スゥーッと空気に溶けて、消えていた。