アッカ団長
タイガーショーのオクトロは、サーカスのバックヤードで皆と食事を摂り終わると、サーカススタッフの妻達がやっている賄い係から、キラキラの温かいコンソメスープを貰った。実はほんの少しだけカリカリしたパンが散っている、透き通った、飲みやすそうなものである。
いいによいだ、とニリヤは自分のサンドイッチの最後の一口を、パクッと食べつつ、ふぅ〜ん、とお目々を瞑った。
「アッカ団長に持っていくの?」
宵闇蛇少年、プリッカが、オクトロに。うん、と頷いたオクトロの脇で、セージャンタイガーのエスピリカが、ペロ、と舌をはみ出させてフスフスしている。
「ステージまでまだ時間があるし、顔が見たいから。アッカ団長、大分食べていなかったんだからね。すぐ食べられるか分からないけど、治療師の人も言っていたし、スープから、できるだけゆっくり、って。」
出演時間は決まっているので、まず自分が食べて、それからステージまでの時間をアッカ団長と過ごしたい。
孤児だったオクトロは、子供の頃から育ててくれたアッカ団長を、父親のように慕っているので。何ともの世話を彼がしたがるのを、サーカス団員達は、ニコニコと見守った。アッカ団長の事は、オクトロに任せておけば、間違いないよ、と。
「俺も行っていい?オクトロ。」
プリッカが、ニリヤとエンリちゃんを連れて、食器を片付ける場所へ重ねながら。プリッカも、子供の面倒見が良かったアッカ団長に、良く可愛がられたから、慕わしい心配な気持ちがあるのだ。
「ぼくもいく。」
「エンリもいくでつ!」
ニリヤとエンリ、アッカ団長に興味。護衛のルディが「お疲れの団長さんに、お邪魔しちゃダメですよ」と言ったのだが。
「良いですよ。アッカ団長は、サーカス大好きだから、観に来てくれた子供達、王子様がお見舞いしてくれる、なんて、喜ぶに違いありません。ただ、疲れていてお話はできないかもだから、ちょっとだけ、手を握ってあげて下さいね。」
ニコ、とオクトロが言ってくれたので。食べ終わった取材っ子達皆で、アッカ団長の所へお邪魔する事にした。
古ぼけた最後の1つ、開かなかった箱、まるで棺桶のようなそれの中。
毛皮の襟巻き、物語の本、ピカピカの工具箱、素敵な赤い靴、綺麗な真新しい日記帳、薄絹の光沢あるスカーフ。
それらがこちゃ、となってるのに埋もれるようにして、顔色の悪いアッカ団長は、眠っていた。
子供達が眠っていた魔道具箱の、何代も前の仕様の、けれど同じ仕組みの魔道具だという。昔の箱の方が、眠る時間を長くできるようにされていた。だからこそ、アッカ団長は、段々と衰えながらも箱の中で眠って、探していたサーカス団員達のすぐ側で、ひっそりと一緒に王都入りしたのだ。
サーカスは、王都にお祭りの前日到着して、団員達は宿屋で旅の身体を休めつつ、待機していたので。お祭り当日からのスキャナー荷物検査はすり抜けて、分からなかったという事らしい。
何故、眠りの魔道具箱の古いものがあったのか。
そして、そこにアッカ団長が眠っていたのか。
一緒に入っていた、雑多な物は何か。
アッカ団長が、まだ話す事ができないので、細かい所は推測するしかないのだが。
古い魔道具箱の中には、雑多な物と一緒に、手紙が入っていた。
アッカ団長の書いた手紙である。
彼は、寄る年波、体力も衰えて、やっぱり元々、引退を考えていたようなのだ。雑多な箱の中の物は、贈り物。
サーカスの団員達に、引退の記念に贈る、欲しがっていたもの、似合うと思うものなどを、少しずつ集めて、箱に溜めていた、と。
そういえば、と古参のサーカススタッフが。昔は、公演に出演する虎などの肉食の獣を、大きな都市への搬入時、念には念を入れて眠らせておく、という事があった、と。
クレピッピサーカスでは、獰猛な獣を痛めつけて芸をさせる、という事はなかったのだけど、受け入れ側に願われて、どうしても安心安全のために、と言われた事が、昔はあった。
猫ちゃんショーや、人の言葉をちゃんとわかるセージャンタイガーのエスピリカをタイガーショーに使うようになって、箱は要らなくなり、仕舞い込まれていた。
アッカ団長は、その、今は使っていない箱に、たまたま大きさなどが丁度良くて、贈り物をこっそり詰めていた。
ここからはデテ団長•••いや、デテ乗っ取り団長の証言になるのだが。
「引退するっつうから、俺が引き受けてやるって言ったんだ!そうしたら、お前になんか、団長ができる訳がない!って!ムカついたから、丁度開けていた箱に閉じ込めて鍵を掛けてやったんだ!」
知らんぷりしていれば、眠って衰弱し、死んでしまうだろうと。
オクトロ達は、「最初からサーカスを乗っ取るつもりだったんだろう!」と糾弾した。アッカ団長は、デテが来てから、かなり具合を悪くして、ふらふらしていたものだったから。怪しい。
問い詰めれば案の定、アッカ団長の所へ転がり込んだ時から、運び屋をやるつもりで狙っていたのだ、と。
アッカ団長に弱る薬を盛った。そして、始末する機会を眈々と狙っていたのだ。
デテはアッカ団長の、サーカスを引退した妹の子で、母親がサーカスで働いていた時の事を、子守歌代わりに良く聞いたらしい。
眠りの魔道具箱について知ったのも、そもそも母親経由でなのだった。
だからこそ、子供達を、サーカスで使っていたような眠る魔道具箱に攫ってきて、運び屋をやるのを思いついたのだ。
いや、デテが言うには、まず悪い奴らに、子供をサーカスに紛れさせて運べないか、と持ちかけられたのだそうだ。デテがクレピッピのアッカ団長の親戚だというのは、つるんでいた悪ズレ達の間では良く知られていた。デテの母が、ナイフ投げの妙手で、親子喧嘩をすると良くナイフが飛んできた、と笑い話の盛り話で。
子供達は魔道具の箱で、王都で運び込む手筈。その前にアッカ団長を始末しなければならない。殺したら死体が残る。どこかで捨てるにしろ、見つかって調べられたら殺した事がバレるかもだし、サーカスが足止めをされるかもしれない。
だったら、箱に閉じ込めて知らんぷりしちまえ、と。アッカ団長が贈り物の準備に、コソコソと箱を開けているのを見掛けて、乱暴な考えで犯行に及んだのだった。
かくして、新しい魔道具箱に子供達、古い魔道具箱にアッカ団長。
眠る5つと1つの箱が、奇遇にもニリヤ達やサーカス団員達の前に揃った、という訳だった。
「デテが持っていた、サーカスの権利書があるじゃない?」
オランネージュが、エスピリカの、ふにんふにんと柔らかく足音のしないぶっとい足、肉球のクッションをじい、ニコニコ!と見つめながら側で歩きつつ。
「サインが、ほんとにアッカ団長のものか、詳しく竜樹が作った私文書鑑定所で確かめてもらうと良いよ。私文書偽造の鑑定専門業者だから、偽造疑いを徹底的にみてくれる。筆跡、残滓魔力鑑定、商人組合でもみてもらって、二重に鑑定するとか。多分、きっと、偽造なんじゃないかなぁ。」
「ありがとうございます。そんな所があるんですね、うん、そうしますね。偽造だったら、あんなの無効ですもんね、権利書。気兼ねなく俺たち、クレピッピを出る事なく、ここでサーカスやってられる。」
アッカ団長が元気になって、訳を話してくれるには時間がかかりそうだから、王都にいるうちにやって、ハッキリさせましょう!
オクトロの足取りは軽いのだ。
団長室に簡易なベッドを入れてある。そーっと入り口の幕を捲って、オクトロを先頭に。
窶れた、くしゃくしゃ焦茶髪に白髪のおじじいさま。顔は、ムンと辛そうに、やっぱりくしゃくしゃ、皺が寄っている。
生きている証拠、掛けた毛布が、ふーす、ふーこ、と上下している。
「アッカ団長。」
そっ、と声を掛ける。
カタン、とサイドテーブルにトレイを置く。スープはまだ、湯気が立っている。
肩に手を置くと、ゆっくり、アッカ団長の群青色の瞳が、瞼の切れ目から覗いて、パチン、と一つ、瞬きした。
「•••う、う。」
「無理に喋らなくても良いよ、アッカ団長。スープ持ってきたよ、飲めそうかな。」
治療師さんも、治癒、分離で毒の排出はしてくれたが。体力を消耗するので、治癒はそこそこまでで止めてある。水分を摂って、おしっこをして、身体の循環のサイクルを取り戻し、徐々に栄養を行き渡らせるのは良い事である。
「う、うぅ。」
僅かに、コクンと頷いたろうか。
目がパチン、として、了承したものか。
「無理にじゃないからね。辛かったら口を閉じて知らせて。でも、一口くらいは、飲んでみようか。」
「•••うぅ。ン。」
枕元にしゃがんで目線を合わせて、オクトロが、そーっとそーっと、宝物を触るかのようにアッカ団長の身体、脇に腕を差し入れる。寝たまま食べると、誤嚥する可能性があるので、起こして食べさせてね、と言われているからだ。
ベッドヘッドに身体をもたせかけて、くしゃくしゃの髪を整えてやり、スプーンでコンソメスープを掬って口元へ。アッカ団長は、自分から口を、フカ、と開いた。
「ゆっくりね、団長。•••美味しいかい?」
「う。」
コクン、と飲み込むのを確認して、もうひと匙。
セージャンタイガーエスピリカが、ベッドの足元で、顎を乗っけてフスフスしている。
「のんだ。」
「スープ、のんだね。」
ひそそ、と取材っ子達も、何となくホワ、となる。
「アッカ団長が戻ってきてくれて、凄く嬉しいよ。•••引退なんて、嫌だよ。身体が動かなくたって、俺達がずっと一緒にいるから、迷惑なんかじゃないから、いなくなったら、寂しいか、ら。贈り物なんかより、一緒にいてよ、アッカ団長。」
「•••うぅ?うー。」
表情で分かる。
アッカ団長は、でもなぁ、って気持ち。だけど、しょんぼり少年のようになっている、しおらしいオクトロは、アッカ団長の皺ついた手を握り、撫でる。
「•••寂しいよ。1人で決めて、どこかへ行かないで、アッカ団長。せめて、俺達に相談してよ。旅が辛いなら、工夫もできるし、どうしてもってなったら、なら、今は転移魔法陣があるから、ちゃんと面倒見てもらえる人とか付けて、安心して任せて、いつでも会えるように。」
「うー。」
ショボ、とするアッカ団長である。
「そうだん、だいじよ!」
「エンリも、おかーた、こまったこまったは、おしえてね、ってゆーでつよ?」
宵闇蛇少年、プリッカが、オクトロが握る手の上から手を置く。
「アッカ団長。早く元気になってね。また、坊主、良くやってるな、ってギュッとしてよ。」
く、とアッカ団長の口元が上がり、情けなく少し笑ったと思えたのは、見間違いなんかじゃないんだろう。
オクトロが慎重に、一匙一匙、スープを飲ませてゆく。アッカ団長は、協力して、まだ重そうな身体、口の動きも、頑張って、パク、トロリ、ごくん、としてゆく。
「今日はテレビの取材が入ってね、王都のお祭りなんだよ。大きな仕事だね。パシフィストの王子様や、ワイルドウルフの王子様、取材の子達が、興味津々、サーカスのバックヤードまで入って、公演を楽しみにしてくれてるんだよ。」
ヒョコ、とオランネージュが顔を出して。
「パシフィストの第一王子、オランネージュだ。アッカ団長、気にしないでそのまま身体を大事に、ゆっくりスープを飲んでいてくれ。私は猫ちゃんショーが楽しみで、ワクワクしてるんだ!」
ファング王太子も、お耳をひこひこさせながら。
「ワイルドウルフの第一王子、ファングなのだ。私も、かしこいエスピリカのショー、楽しみだぞ!」
プリッカが退けて、促したので、オランネージュから順番に、自己紹介しながらアッカ団長の手をギュッとしては離れた。
アッカ団長は、指を、僅かに、ふわふわ、と動かして。口元が笑って。
「アッカ団長。クレピッピサーカスは、王都でも皆に楽しみにされて、テレビでも取り上げられて、きっと有名になるよ。色々な街や村で、あのクレピッピサーカスが、やってきた!って言ってもらえる。これからが楽しいじゃない?•••一緒にやろうよ、ねぇ、アッカ団長。」
まずは、元気になって。
元気になってね。
スープは、ほんの少し、を残して、アッカ団長のお腹の中に入った。
満足した顔、前よりほんのり赤く、血色が良くなったように見えるアッカ団長を、再び寝かせて。サーカススタッフの中で手が空いたものを、付いていておトイレなどの介助にと手配をして。
オクトロは、バックヤードに戻り、そして、ふっと立ち止まり。
フーッと息を深く吐いて、両手で顔を覆った。指が細かく震えている。
プリッカが、足元でオクトロに寄り添う。エスピリカも、さり、と頭を足に擦り付けた。
「良かった•••良かった。あぁ、あ。」
「うん、良かったね、オクトロ。」
大人だって泣くことがある。
オランネージュやニリヤ達は、ポムポムとオクトロの足を叩いて、こちゃ、と集まって、ぎゅうして、そうして。しばらくオクトロの静かな泣き声に、付き合っていた。
ちょっと更新時間遅れちゃいました。
ご容赦くださいませ〜。




