サーカス分裂
ニリヤは、首に緩く巻き付いて震えている、宵闇色の蛇に、シャツの上からお手てを当てた。ぶるぶる震えている。その尻尾が、ピルピルして。
「うく。くしゅぐった!」
「?ニリヤでっか?」
セージャンタイガー、エスピリカから、とこん、と降りたエンリちゃんがハテナ?の顔をしている。
ちょび髭の悪辣顔なおじさんは、真っ赤な顔でニリヤ達をギリギリ睨みつけながら、鞭を、ゆん、と振って折りたたみ、両手の間で、ビシビシ!と音を立てて威嚇した。
「何だぁ!?関係ない奴らを入れやがって!叩き出せ、オクトロ!」
だん、だんだん!とガニ股で近づいてくる。上着は赤に金刺繍、派手派手で黒いブーツがごつい。
ひっく、としゃっくりをして•••ニリヤの顎を鞭先で、くい、と上げさせた。オクトロは、焦ってその鞭先をグッと握って、離させて。
「デテ団長!こちらは、このお国の王子様でいらっしゃる、ニリヤ殿下ですよ!失礼をしないで下さい、お話したでしょう、テレビの取材が入るって!パシフィストの殿下方や、ワイルドウルフの王太子殿下方なんですよ!」
エスピリカも、オクトロの脇をつるんと。でっかいおにぎりみたいなあんよを、ふみ、ふみと近寄り、ニリヤの側に付いた。
乱暴すんなよ、のひと睨み、くかお!と軽く牙見せ、欠伸する。
「あぁ!?テレビの取材だあ!?ダァれがそんなもん、入れて良いって言ったんだよ!帰ってもらえ!高貴なお子様らにゃ、こんなお遊びサーカスなんぞ、面白くも何ともねぇだろ、あぁ!!」
かっ、ぺっ!
唾を床に吐いて、何だか下品なデテ団長は•••ふらふらして、ひっく、とまたしゃっくりした。
バックヤードにいたパフォーマー達が、皆、ムカッ!つん!とした冷たい視線で団長を見ているし。先程ステージで会った、怪力フォースが、ムン!と引き結んだ口で、こちらに向かってくる。
それをまるっきり見もせず、続けて団長はニリヤの首元に、手を。
「くちゃい。」
「くしゃ。」
顔が近づく。何だかくちゃいのだ。
お酒の匂いだ、とニリヤ達は知らなかったけれど、お鼻を手で覆った。なんかくちゃくてツーンとして、お目々はギュッとなるし、首はまだくすぐったいし、ニリヤはエンリちゃんと手を繋いで、後ろに、う、う、う?と下がった。
スルリ。
護衛のルディが前に立つ。がし、とデテ団長の手を掴んで、軽く反対側にくい、と捻った。
「イテ!イテテテテ!!何しゃがる!」
「ニリヤ殿下に触らないでもらおうか。アンタ酔ってるな。これからサーカスは本番なんだろう。酒なんかこんなに飲んでいて、いいのか。」
「ウルセェ!!どんだけ飲もうが俺の勝手だ!離せよ!」
バッ、ヨタヨタ、と下がって、腹立ち紛れに鞭をパシッと床に打つ。
「気に入らなきゃガキども連れて帰りやがれ!プリッカ!出てこい!俺のとっておきを溢しやがって、この•••!」
パシッ、パシッ!床に弾けて跳ねる。
「おい、デテ団長。そりゃあねえんじゃねえか。」
怪力フォースが、腕組みし、冷ややかな目のパフォーマー達の前で仁王立ち。
「アンタ、オクトロが宣伝やら、次の街への繋ぎやら、場所の許可やら、旅の計画、食事の事なんかだって、何でもかでもやってんじゃねぇか。テレビの取材だって、繋ぎ取ってくれてさ!俺たち、テレビの取材嬉しいぜ。楽しみにしてたんだ。殿下達、チビちゃん達、興味持って見てくれてさ!」
これを機会に、色んな街のお祭りやら何やらに、声かけてもらえるかもしれない。沢山の人が見てくれる。
テレビで映るのは、サーカスにとってもチャンスなのに。
「デテ団長、アンタ酒飲むばっかじゃねえか!俺たちの事をお遊びサーカスだなんて、前のアッカ団長だったら絶対言わなかったぜ!ちゃんとサーカス、やる気あんのかよ!?」
うぅ〜!!と唸るデテ団長は、ピシッとまた鞭。イライラと足を踏みつけて、ウルセェウルセェ!とまたふらり。
「プリッカ!プーリッカ!!出てこいってんだろ!飯抜きにすっぞ!!」
「プリッカちゃんに八つ当たりするのも、やめて下さい!」
怪力人間跳躍パフォーマンスの1番上に乗っていた少女が、怪力フォースの後ろから、凛々しくも突っ込む。
うんうん、と同じパフォーマンスをしていた女性とがっしり男性も頷いて、一歩も引かない構え。金属の輪を操って踊っていたパフォーマーや、猫耳の猫ちゃんショー担当女性も。裏方さんも、建設大道具の、7つ道具を腰の袋に突っ込んだお兄ちゃんおじさんも。
クレピッピサーカス団員皆が。デテ団長と睨み合う。
「プリッカちゃんは、そもそもサーカスの仮団員、裏方の軽いお手伝いをしてればいい、目的地までの約束でって取り決めで一緒に来た子だわ!その分預かり金だってもらってるはず。団長にそんなにちょくちょく連れて行かれたら、困ります!」
鞭打ちするし、子供なのに、酷いわ!
「そうよ!それに、白蛇族なんだから、寒くなってきて動きが鈍くても仕方ないって、プリッカのお母さんからもどうかどうかよろしく、って頼まれているわ!大切な預かり子に、無体はやめて!」
ニリヤの首のプリッカが、ポツンと。
『シャーリィ、マリカ、ふえぇん。』
湿った粒が、宵闇色から、ほろりと溢れたのは、きっとニリヤの勘違いじゃない。
本日、短めご容赦!




