閑話 夢見るツバメはとーさのこ 7
ツバメと、ツバメの血縁の父ルナール、母のラピッド男爵夫人エリァル、そして養父竜樹の、初めて誓約してから5年後になる今、誓約更新の日がやってきた。
ルナールは、雇い主で義兄ともなる予定、尊敬し慕っているイノセンス商会の商会長ディニューと。結婚する予定のディニューの妹、ベニエと共にやってきた。誓約の更新と聞いて、是非に同席させてほしい、そしてツバメと会わせてほしい、どうかどうかのお願いがあったのである。
場所は、王宮の、幾つかある小さな応接室。
まだエリァルは来ておらず。
ルナール、ディニュー商会長、妹ベニエは、先に応接室に案内されており、ツバメと竜樹、シャンテお母さんの夫で寮のおじさんになった、ランディおじさん、お助け侍従のタカラに、護衛のマルサ王弟達、それからこの誓約更新を放送するため、カメラを持ったニュース隊たち、が入室する。誓約魔法を使うチリ魔法院長は、もう少し後から来る予定だ。
ルナール達はバッと立ち上がって、深く礼をした。
「いやいや、直られて下さいな。皆さん、こんにちは。今日はよろしくお願いします。撮影も、了承してくれて、ありがとうございます。顔は認識阻害の魔法を、かけますからね。ディニュー商会長さんの妹さん、ベニエさんとは、初めましてですね。」
竜樹が、ちょっとだけの微笑みで話しかけると、ベニエは、目をパチパチさせて、挨拶を。
「初めまして、ギフトの竜樹様、それから、ツバメくん!私、ベニエと言います。ルナールの、奥さんになる予定よ。ちょっとだけお酒を飲ませる、小さな店をやっております。きょ、きょ、今日は、会えてうれし、うれし」
「落ち着けベニエ。」
だって、兄さん!
強面兄のディニューの腕を、ぺし!と打ったベニエは、うねる黒髪に目元のほくろが色っぽい、すらっとして出てるところは出ている、なかなか魅力的な女性である。
「わ、私、ギフトの竜樹様に、治療の話をもらって、どんだけ嬉しかったか!ありがとうございます!ツバメくんにも、とっても会いたくて。可愛いこだわ、おばさんと少しお話してくれたら、嬉しいわ!」
おい、とルナールが咎めるが、それを笑顔、片手でツイといなして、ベニエはニコニコの興奮してハフハフである。
ツバメは、キョトンとしていたが、竜樹を見上げて、いいの?って顔をしたので。竜樹も視線を下ろして、ウンウン、と頷いてやった。
そっか、なっとく。して、ベニエの側にトトト、と寄っていく。
「ツバメです。こにちは。」
「こんにちは〜!ベニエおばさん、って呼んでね!あぁ、目のとこなんか、ルナールに似てるわ!可愛いわねぇ、可愛いわねぇ。」
しゃがんで目線を合わせて、しきりにツバメの頬や、お手てを撫でるベニエである。とっても嬉しそうだ。
「おい、やめとけ。」
ルナールとげとげおとーさは、何だか、う〜っ、て感じでソワソワしているが。
しまいにはギュッと抱きしめて、小さな、おせなをポンポン、撫でこして。
「何よ、良いじゃない?私、ツバメくんがいてくれるから、気持ちが、なんかホッとして治療が受けられるのよ。ぜーんぶツバメくんのおかげ。もし、私が子宮の治療しても子供が出来なかった、それでも、アンタの血は残るし、誓約の更新?で、私らもなんか、ツバメくんに、してやれるんだわ!って。」
「あかちゃん、ほしいの?」
ギュウから少し身体を離して、ツバメはお目々を大きく見張って、ベニエと視線を合わせた。
ニッコリが、少し深い感慨のある笑みになったベニエは、ツバメの頬のガサガサを味わいながら。
「そうね。•••ツバメくんみたいな、良い子がきてくれたらなあ、赤ちゃん欲しいわ、って思ってるの。でもね、ベニエおばさんは、お腹の中の、赤ちゃんを育てるところの形が、皆と違うのよ。だから少し、育ちにくいの。」
「そだちにくいの?かなしいねー。」
眉下がりである。うん、とベニエはツバメを見つめて。
「かなしいわねー。沢山泣いたの。赤ちゃんなかなかできないの、だからだったんだわ、って。私、たまたま健康診断やってみて、赤ちゃんの袋が皆と違うって分かったら、その時に結婚してた旦那に、捨てられちゃったのよ。」
ギャン!な顔のツバメは。
「すてられちゃたの!?•••ツバメとおんなしねー。」
う、と唸るルナール。
竜樹はニココのままである。
「アハハハ!おんなじだわね!ルナールは、子供が出来なくても良い、って、結婚しよう、って言ってくれたのよ。ツバメくんには、やなお父さんかもしれないけど、私には、良い旦那さんなの。」
ふぅ〜ん?
「トゲトゲおとーさは、いいだんなさんなのね。」
「トゲトゲおとーさ、ってなに?アハハハ!」
「ベニエ!!」
分かった分かったわよ、とクスクス笑い、立ち上がってツバメの頭を、しなやかな手で、だけれど台所仕事をする荒れもある指先で、撫でこして。
「ツバメくん、生まれてきてくれて、本当ありがとうね。ツバメくんがいるだけで、私は助かっちゃったのよ。」
「ふぅ〜ん?どして?」
「オイ、ベニエ!」
ルナールがむぐむぐと苦い顔をしているが、それを竜樹が止めた。
「ルナールさん、もし、ベニエさんが言う事で傷つくのでなければ、どうか、ツバメに教えてやって下さい。男の子も、どうして赤ちゃんが、どうやって、どんな苦労があって生まれてくるのか、女の人の気持ちを知っていれば、無体をする若者には育たないからね。」
それに、ツバメに、生まれてくれてありがとう、って言ってくれるベニエさんだから、きっと、子供の心に素直な、残る言葉を言ってくれるのじゃないかな。
ベニエは、ニコニコしながら竜樹のツッコミを聞いていた。
ルナールは、グッと黙って、むぐ、とへの字口になると。
「•••ウス。分かりました。」
とベニエに細目で視線を投げた。
コックリ、と頷いて続ける。
「ツバメくんがいなければ、竜樹様に私のこと、知ってもらえなかったわ。竜樹様が、解しの魔法を使って、壊しと再生、ってやつ?難しい事は良く分かんないんだけど、赤ちゃんの袋の直しができるんじゃない?って、そういうのに詳しい治療院を、紹介してくれたの。もし、それをやっても、赤ちゃんが絶対生まれるかどうかは、分からないのよ?•••でも、ルナールには、ツバメくんがいるわ。そう思ったら、とっても気が楽なの。」
慈しむ目というのだろう。
ツバメは、こんな目を良く知っている。シャンテおかーさや、ラフィネかーさ、竜樹とーさたちが、良くこんな顔しているからだ。
「きがらくなの〜。よかったねぇ〜。おむねがすーすー、ぐるぐるしてると、ケンカしちゃったり、いじわることばいっちゃったり、うまくいかないことあるの。ベニエおばさんも、なる?」
「アハハハ!なるなる!だから、助かってるの!ありがとね。」
ウン!
コクコクと頷いて納得したツバメは、ベニエのお腹に、ぱっふり!と抱きついて。
「あかちゃん、おいで〜!うまれておいで〜!」
ぽふぽふ、なでなでと、赤ちゃんの袋がありそうなところ、お腹をさすった。
「アハハ、ツバメくんにそう言ってもらえると、本当に生まれそうな気がするわ!ありがとね。」
「ん!」
グズッ、とベニエは、涙声だったかもしれない。
コンコン、とノックがあって。
「チ、チリです。」
更新の誓約魔法をかけるチリと。
「ラピッド男爵夫妻もいらしています。」
案内してきたお助け侍従さん。
「どうぞ。」
バァァァン!バタン!
ドアが激しく開いて、皆、ビクッとなった。ツバメも、ベニエのお腹に引っ付いて、ひぅえ?!となっている。
「ツバメ!•••何よあんた、離れてよ!私の子なんだから!!」
抱き合うツバメとベニエを見て、クワ、とオニの口になったエリァル夫人は、ダッ、と駆け寄る。
勢いに、呆気に取られていた皆だけど、アワワワ、と止めようと。
「ちょっと、ツバメくんに乱暴しないでよ!」
ベニエが己の身でツバメに覆い被さり庇う。
「なんでアンタにそんな事言われなきゃいけないのよ!離しなさいよ!」
エリァルはそれを引き離そうと、爪を立てて襲いかかる。
「だから乱暴にしないでよ!色々やわい子供なのよ!?」
「私の子よ!!」
そこに、ハッとしたラピッド男爵が、おじじいさまなりに身体を張って、エリァルの胴を持って引っ張る。
「やめなさいエリァル!」
ルナールもバッと、ベニエとツバメを抱え込んで。
「ベニエ、離すんじゃねえ!おい、エリァル、何しやがんだ!」
そこに、ディニュー商会長が、貴族相手はヤバいと、無言で手を出して。
「ご夫人、落ち着いて!」
ランディおじさんが、ふむ、と一歩引いて、タイミングを計っており。
わちゃわちゃ、わわわ。
チリは、ドアの外でずっこけて足を上げたまま倒れている。
「エリァルさん!」
ビ、と響く声で竜樹が一言。ベニエを引っ掻こうとした、エリァルの腕を掴み、腹に力。
お助け侍従のタカラが、その隙にツバメをわちゃわちゃから助け出して、遠ざける。
ツバメ、お目々をパチパチ、ハフ。
エリァルは、ツバメから遠ざけられて。う、と潤んだ目で、肩を上下させて息荒く。
「だから!もっと早く行こうって言ったのよ、あなた!どうしてのんびりしてんのよ!ルナールんちにツバメが取られちゃうじゃない!」
ひっ、ひっ、と嗚咽混じり。興奮冷めやらない。
怒られたエリァルの夫、ラピッド男爵は、白髪まじりの銀髪を緩く結って、乱して、はぁ、と疲れた顔をしていた。
装いは落ち着いているがお洒落で、なかなかダンディなおじじいさまであるが、タハ、と息を吐くのは情けない顔。
「エリァル、落ち着きなさい。ツバメくんは、お前のものにも、ルナール氏のものにも、ならないだろう。仮の誓約内容を、頂いて一緒に読んだだろう?」
細い肩に、ポンポン、と手を置いて、竜樹が離した手を引いてやり、距離を取る。
「うっ、ひっ、だって、だって•••。わ、私の子•••。」
「?とげとげおかーさ、うみたくなかった、てゆったじゃない?」
ツバメの言葉に、皆が、ビタ、と止まる。
あー。
「ツバメ、不思議な事に、自分が俺の子になった日の事とか、覚えているみたいです。神なるお力が働いているんですかねぇ•••。」
竜樹が、タカラからツバメを引き取って、お腹の所に優しく抱いて。
ツバメは竜樹とーさを見上げて、エリァル夫人に向き直る。
くく、と苦しそうに唇噛んでいるのに向かって、更に。
「ツバメがいなかったら、もっといいひとと、けっこんできる、てゆったの。ずっと、しっぱいしちゃった、てゆって、トゲトゲイライラ、してたのだもの。けっこんできた?ツバメは、たつきとーさのこになって、しーやわせ!なの。」
トゲトゲおかーさも、しーやわせ、じゃないの?
「幸せじゃない!幸せなんかじゃ•••!」
グッと握りしめる拳が震えている。
ラピッド男爵が、ふー、と額に手を当てて溜め息。
「なに、しやわせじゃないの?ツバメに、おはなし、してみない?ツバメは、たつきとーさのこ、だから!おはなしすると、ピッとかいかつ!しちゃうかも!だよ〜。」
はーい!とお手てを上げるツバメは、あんなに取りっこされたのに。呑気な所も、竜樹に似ているかもしれない。
タハッ、と、とーさは笑って。
「話してみない?」
ツバメの肩に両手を置いて腰を曲げ、かさかさクリーム塗ったほっぺの、いい匂いが分かるほど顔を寄せて、ニカリと笑った。
「あぁ、ひ、酷い目にあった。認識阻害の、魔法をかけますよ。カ、カメラを回してお話、し、しましょう。だれかにみられる〜、と思って話をしたら、ちょっとは、抑えがきくでしょ?」
ではね〜、とチリ魔法院長が、ルナール達や、ラピッド男爵夫妻に認識阻害の魔法をかける。さっきまでずっこけていて、やれやれと起き上がって、呑気者がここにもいた。
カメラが回り始め、皆、一旦落ち着いてソファに座り、お助け侍従タカラともう1人の侍従さんが、お茶を淹れるのを、ある者はソワソワ、ある者は憮然と、そして呑気者はのんのんのんきに待つ。
「さぁ、お茶でも飲んで。ツバメもお話の準備は、できましたか?困ったらとーさに、分かんないよー、とか、どうしようー、とか言っていいからね。」
「はーい!」
お手て、上がる。
「じゃあ、ツバメが聞いてみて下さい。エリァル夫人に、どうして幸せじゃないのかなぁ〜、ってね。」
「うん。トゲトゲおかーさ、どうしてしやわせじゃ、ないの?けっこん、しなかっただですか?」
むぐ、ぐす、とハンカチで涙を拭きながら、エリァル夫人。
「•••トゲトゲおかーさ、って言わないで。•••結婚は、したわ、したわよ。でも、何だか、そう、夫のイブーはおじいちゃんだし、もう家は前の奥さんとの息子が継ぐし。なんか私•••子供はもてないのかな、って思ってる。自由に遊びにも行けない、楽しいこともない、おばあちゃんみたいな、地味な変わりのない生活で、食べるには困らないけどやる事もなけりゃ、暇なばっかりで。」
怒涛の愚痴。
ラピッド男爵は、若い平民出の妻の愚痴に怒りもせず。
「だからといって、君、私と離婚して外に出て暮らしを立てる気も、ないだろう?」
グサリ刺される。
エリァル夫人は、恨めしそうな顔をして夫、ラピッド男爵イブーを見た。その通りなのである。彼女は、もう平民に戻りたいとは思わない。
エリァルの母や父も、ラピッド男爵のお世話になって、それなりに安楽に暮らしている。彼らも離婚は許さないだろう。
何かを手放して、自由を手に入れる。というのは、彼女の選択肢にないのだ。
でも、でも。
あまりに必要とされていない。
ただ、居ればいいだけで。穏やかな生活に倦んでいる。
納得ずくの生活だが、自分の考え通りに身体も心も納得してはくれないのである。
「子供がいたら、楽しいかと思って•••。使用人の親子とか見てると、なんか楽しそうで、惨めな気持ちがして•••。」
「えー。ツバメは、トゲトゲ、えっと、イライラおかーさの、おうちのこには、なりゃないよ。だってサンにいちゃたちとも、あそべなくなっちゃうしぃ。」
「•••イライラおかーさって、言わないでよ!•••分かったわよ、分かってます!でも、他の女にギュッとされてるの見たら、とられる!って思っちゃったんだもの!仕方ないでしょ!」
ふぁああ、と周りの大人は肩が落ちている。何だよそれは。
しかたないのか〜。
「チクチクおかーさ、おとなになるにはさぁ、しれんが、ひつようなんだよ?ツバメも、おにーちゃだから、シャンテおかーさが、あかちゃんよいよいしてても、がまんできる!なんだよ。」
サンにいちゃたちと、あそんだり。
たつきとーさと、おはなしして、おむねのすーすーを、なでこ!してもらったりして。
「チクチクおかーさって、言わないで!エリァルお母さんって呼んでよ!」
「エリァル、今まで育ててもないのに、お母さんと呼んでもらえるだけ、凄いことなのじゃないのかい?」
ラピッド男爵イブーは、何だかんだ言って、今日も来てくれるし、口は出すが面倒も見てくれる、良い夫なのであろう。ただ若い妻と、生活が合わないだけで。
ムス、と怒りを堪えきれず顔に出して、エリァルは本当に、あっちもこっちもダメダメばかりで、窮屈!なのだった。
うーん。
悩んで、腕組みをし、考えるちみっちゃい何とも言えないカーブの背中を。竜樹は撫でて、ニンとしたまま聞く。
「さあ、ツバメ、どうしようかねぇ。いい考え、あるかな?」
うーん。うーん。うん!
「エリァルおかーさ、ツバメとあそばない?トゲトゲおとーさと、ベニエおばちゃんと、えーっと、そこのおじちゃんと。ランディおじさんも、たつきとーさも、いっしょに、かんけりしようよ!サンにいちゃたちも、よんで!」
思いついた!って、わぁと遊ぼのお誘い。
「一緒に遊ぶ?エリァル夫人が、なんかつまんなそうだから、かい?」
「うん、しやわせじゃなくて、あそべないのダメなら、ツバメ、あそんであげるよ!あそんで、なかよしなったら、みんなしやわせなる!たつきとーさの、ぴっとかいかつ、なるよ!」
だってツバメは、とーさのこ。
イライラ、トゲトゲしてても、仕方ないから、一緒に遊んであげるよ、と。
アッハッハ!
竜樹が笑った。
チリも、クスクスしている。
ベニエはニコニコして、ルナールは、あぁ?って感じで。ディニュー商会長は、フッと渋く笑ってる。
ラピッド男爵イブーも、うんうん、ニコとしているし。
シャンテおかーさの夫のランディおじさんも、嬉しそうだ。
「え、え?遊ぶ?かんけり?」
戸惑っているのは、エリァルばかり。
「そうだよね。仲良くなってないのに、誓約を更新しよう、なんて、順番が違ったよねえ。皆さん、ここは一つ、子供と本気で遊ぶ、ってやってみませんか?それから更新したのでも良いでしょう?」
竜樹はツバメの父である。
多分この中で一番、発言権もある。
そう言えば、皆、なんだかポッポと、ソワソワと、照れながら、遊びは嫌だよ、なんて言わないのだ。
「かーんけった!」
逃げろおおお!!!
「ちょ、ま、おい、また俺オニかよ!」
「トゲトゲおとーさ、へたくそだねぇ。かんけり。」
ツバメとペアになった、トゲトゲルナールおとーさは、はーっと息を吐いて、薄らかいた、こめかみの汗を拭った。
エリァル夫人は、はふはふいって、くたびれて、既に隠れるのも大変な様子だし。ベニエは、アッハ!と笑いながら、あー疲れた、と言いつつも、遊びに根気よく付き合って木の影にシュッとなる。
案外子供との遊びに慣れているのが、ダンディおじじいさまのラピッド男爵イブー。それからシャンテお母さんの夫、ランディおじさんである。彼らは男子の子持ちであった経験があるので、ドワッと発揮される子供達のエネルギーをスルリとすかして、自分のエネルギーを節約しながら遊ぶのに慣れているのだ。
ディニュー商会長は、身体が大きすぎて見つかってばかり。
竜樹は、マルサ王弟と共謀しながら、なかなかの策士、さっきから缶を蹴りに目を盗み、超遊びに本気である。
サンにいちゃやロンにいちゃ達、小ちゃな子達も加わって、キャイキャイ!キャッキャ!と笑いながら走り通しだ。
あ、エリァル夫人が捕まった。
ゼイゼイしている。
「•••子供って、ほ、ほんっと、げんきすぎるじゃない•••。」
次に捕まったのは•••たまに休む為にワザと捕まったりしている夫のイブーである•••ふふふ、と笑って。
「子供って力の塊なんだよ。君、自分の中だけで子供欲しいって思ってたみたいだけど、本物の子供って思い通りにならないし、こんなに付き合うと疲れたりもするものなんだよ。慣れてない、ってのも、あるけどね。」
「そ、そうなの•••。そ、う、ね。」
思っていた、自分の胸に閉じ込めて、撫でまくって癒されるような存在、なんかじゃないのだった。
もっと、跳ねて、飛んで、追いかけて追いかけて、はー、と息吐くような。
「でもまあ、そろそろ君も、分かってきたみたいだから。自由には、自分が選んだ選択肢には、ちゃんと代償が、責任が必要だって。•••君が私と結婚した時、おじいちゃんの夫なんてニコニコしてれば、デレデレしてくれて、何でもしてくれるんでしょ、って気分でいたのなんて、バレバレなんだよ。」
まあ、私も、亡くなった妻の遺言で、これから学びをする若い平民の妻を娶った訳だけどね。
「•••何よ、それ!」
「ふふふ、私はね、子作りまだできるよ。亡き妻は、私が彼女に殉ずるのを、良しとしなかったようでね。息子に家督を譲るのは決めてあったけど、これから先、気を緩めて過ごせる伴侶を持つために、老いさらばえて人生を諦めて生きないように。若い妻の教育と学び、保護をしなさいと言ったもんだよ。」
エリァルは、情けなくなってきた。
「何ヨォそれぇ•••!?」
くくく、とイブーは可笑しそうに。
「気分を害したかね?でもね、私も亡くなった妻に育てられた夫だったんだよ。彼女は言ったね。人は育てて育てられる。人から学んで、学び合える。まあ、若い頃の私は、碌でもない夫だったねぇ〜。」
思い出の中、失敗の日々も、キラキラしている。
「君は自由の価値を知った。まだ何もできない籠の鳥だね。ツバメくんの方が、よっぽど自由に飛んでいる。これから、子供についても、責任とって得る自由の獲得の仕方も学んで、いいお母さんになれそうなら、私ももう一踏ん張りしようじゃないか。•••それとも、若い愛人の子を欲しいかね?」
まぁ、その場合は、私は育ててあげられないけれど。流石に。
「•••バカっ!」
とエリァルは頬を赤くして、怒りながらイブーを叩いて言ったので。何かそのうち、夫婦で上手いこといくのかもしれなかった。
「まぁ、でもまだまだ、君、子供より子供だからなぁ。早く成長しておくれ。」
ペシ、と叩いて返す。
夫は時々、カッコ良いので腹が立つ、とエリァル夫人は思っているのだ。
その頃、ルナールは、ツバメに。一緒に缶蹴りのオニ、パタパタ走りながら。
「俺も、トゲトゲおとーさは、ちょっと•••その。」
と情けない顔で申し出ていた。
あー楽しかった!
遊んで、おやつ食べて、ふは、と休んで。
そうして誓約は更新された。
大体は仮の更新内容に沿ったが。
1文、付け足される。
◎ルナールとエリァルは、週に一度までの関係を持てる際に、時々、ツバメと子供の遊びに混じって遊んでも良いこととする。
誓約の拘束力としては、何も効力のないそれを、全員一致で了承して入れることになり。ツバメはニコニコ呑気に笑って、あそぼーねぇ、と眠そうな顔をした。お昼寝をしたりしなかったりの昨今なのである。
運転免許証に似た、カードが、ルナール、エリァル、ツバメ、竜樹に、不思議な力で発行されて、左の小指に指輪の形となって嵌まった。いつでもカードに戻って、更新の期限や、裏面にひっくり返すと、誓約内容がふわ、と浮かび上がって読めるようになっていて、確認できるのだった。
今日も、ツバメはのんきなこ。
竜樹とーさの、夢見る大事な、愛しい子供である。
そして天上では。
「セルメント神、誓約を上手いことしたくて、ツバメに時間を遡って夢見させただろう?」
ランセ神が、とんとん、と腕組み人差し指を叩きつつ。
「•••何の事であるやらなぁ。我は知らないのじゃ〜。」
ピーピピー♪と口笛は吹かないけれど、目をあっちの方へ向けて、知らんぷりの誓約の神、案外お茶目な、セルメント神なのであった。
長くなりました!読んで下さり、ありがとうございます。
リクエスト、ありがとうございました!
これで閑話の企画は終わります。
次から本編、エンリちゃんとニリヤ達の、サーカス話に戻ります。今年もどうぞよろしくお願いします。




