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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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539/692

閑話 ピティエの喫茶室・プラージュにて

企画で募集しておりました、閑話でございます。

matukoさまのリクエスト。

ピティエのお茶屋さんのお話です。


淡い色の石造りなかっちりした、頑丈で瀟洒な街並み。真鍮の経年を感じさせる落ち着いた看板、堅実な商店や、上品なドレスメーカーの開くお仕立てデザイン店が並ぶ、少しだけ高級志向なエリアの街中。

そこから、段々と庶民的なお店と混じり合う、汽水域のような。


貴族の訪れも庶民の人通りも、多くなく少なくもない、ちょうど良い感じの通りに、ピティエの喫茶室はあった。


竜樹の寮に遊びに行く貴族仲間、プレイヤードやエフォール達と、寮の子アミューズ、どこかに弱さを抱え、けれど苦しみ悩んだそれをゆっくり自分の中で個性として消化しつつ、溌剌と活躍をしはじめているチーム荒野達の1人。


視力障がいがあり光に弱く、それをいつもサングラスで洒落て装うピティエは、この、静かで小さな、色々な客層が来るお店を、とても気に入っている。


最近始めたばかりのモデル業。

領地でお茶畑を管理しているルテ爺とそのお孫夫婦達と、転移魔法陣も駆使して玉露という緑色のお茶について、現地でも勉強する事が沢山あって忙しい彼は。

ずっと家で閉じこもって燻っていた頃とは、全く違った日常を過ごす中。待ち時間も多くあり、ゆったりした時間の流れる、自分の喫茶室で、今日も、嬉しくお客様を迎える。


喫茶室・プラージュ。


カウンター席が5つ。


渋く光る木肌の白。観葉植物と壁紙は、落ち着いたグリーン。

窓が大きく、夜明け色に曇り色付き紫外線対応ガラスに、日が当たって落ち着く、明るくほの暗い、相反した雰囲気を内包した店内。

木と布張りの、シンプルな椅子には、まだ誰もお客様が座っていない。


お茶は緑茶から紅茶、拘らずコーン茶や麦茶まで、ピティエが美味しいなと思ったものを、選んで絞って、多様なお客様に対応できるよう。

お菓子はピティエのお家、アシュランス公爵家のシェフ達と、毎日あんなこんなどんなお菓子がいいか、と話し合い、季節感に合わせて楽しみながら用意した練り切りや焼き菓子、フルーツやクリームを、お店で複雑な調理をする必要のないように揃えて。


助手で補助の、コンコルド少年と、せっせと今日も開店作業。


お釣りの用意、ヨシ。

レジスターなんて置かない、綺麗な、美しいキャメルの革の釣り銭ケースは四角く、箱型のバッグになっていて。コインを種類別にピシッと並べておけるし。

パカリと開いた蓋側には、ピティエがお店で気付いた事や、備忘録のための録音をしておける、ボイスレコーダー『呟きメモ』魔道具が仕込まれたポケット、いつも入っている。


コインケースバッグは、こういうのが欲しいな、って既存のものにアイデアを出して、特別にオーダーしたもので。こういうことを、足りないな、って考えながら充実させて、徐々に作ってきたお店なのだ。


カウンターの拭き掃除、ヨシ。

店内のクリンリネスは、コンコルド少年と一緒に、最も気をつけている事で。

家のシェフに、私は料理長になっても、掃除は自分の手で、必ずしますよ、と教えを受けて。時々彼のチェックもしてもらいつつ、ピティエ自ら、コンコルドに助けてもらい、身体を動かして清掃している。


ピティエは、お掃除がけっこう好きだ。


自分の中の、毎日降り積もる、失敗したなぁとか、ちょっとシュンとした気持ちや、モヤモヤとした事も、拭いたり掃いたり磨いたりしていると、綺麗になってやる気が出てくる気がするのだ。


身体を動かす、ってのも、良いんだろうね。

と竜樹様は言った。

単純に身体を動かせば元気になる、って全てに言う訳じゃないけれど•••ジッとしていると血流も滞るし、元の世界では椅子に座って仕事をする時間が長いほど、身体と心の健康にリスクがある、って言われていたくらいだよ、と。


ただただ身体を動かせ、と言われたら、何だかやる気が出なかっただろう。けれど、自分の手を動かせば、一つ自分が行動すれば、必ずきちんと綺麗になるお掃除は、清々しくて。


視力が弱いからといって、散らかってても分からない、なんてない。

あちこち物が散乱して、手に埃がざらりとしたり、そんなの、スッキリしないし動きづらい。

一度キレイにしたら、そうじゃないと嫌だな、と思うようになった。


お菓子ヨシ。

食器の定位置ヨシ。

まだまだ需要のある、冷たく仕込んだ飲み物ヨシ。

ピティエとコンコルド、お互いの身だしなみヨシ。


「では開店しよう!コンコルド、お迎えするよ!」

「は〜い、ピティエ様!今日もがんばりましょう!」


ん、がんばろう!と返して、カウンターの中キッチンから店の外に出る。ドアにはやっぱり真鍮で、喫茶室・プラージュと小さくプレート。ドア前に、まだ準備中ですよ、と知らしめるための、二つ折りの告知板に。コンコルドが意外な才能で描いた、本日のお菓子とおすすめのお茶の絵を貼って、歩き行く人の目を留められるよう、少しドアから離して見栄え良く斜めに置く。


ドアの位置を手先で確かめて、右と左脇の定位置に大小2人分かれ、スッと姿勢良く立つ。


黒のベストに本当に微かな、遠目で見ては分からない程水色淡いシャツ、プリーツも繊細で、襟はまっ白なスタンドカラー。腰には脹脛までの黒ロングエプロン。前でキュと縛って、リボン結びもキッチリと。ズボンも靴も、キリッと黒で引き締めて。

コンコルドの手には、ガラスの小さな手振りベル。


「コンコルド、お願いします。」

「はい。」

小声で、やり取り。


スッ リリンリリーン♪


「喫茶室・プラージュ、開店致します。」

「「ようこそいらっしゃいませ。」」


お客様が待っていようがいまいが、挨拶をキチッと決め、片手を胸に当てて、ゆったりお辞儀をする。

これが開店の2人の儀式である。


(キャァ)

と声が上がったけれど、2人には聞こえない。向かいの帽子店の2階からである。

モデル・ピティエのファンクラブの、守護乙女達が、この店の2階の権利を買い取って。代わりばんこに開店のご挨拶を一目見ようと、見守っているのである。


「今日も麗しいですわぁ〜ピティエ様、すてき!」


ファンクラブの会長、シフレ公爵家ココ嬢が、うっとり。

運び込んだソファに乙女達が10人程並んで。

「ねぇ〜ココ様、素敵ですわね!今日のお髪、片翼の簪で纏められて、よくお似合いですし!」

「あのシリーズ、私も欲しい〜!」

「お家で、そっとお揃い!キャッ!」

「デザイナーのトラディシオン、グッとくる小さなものから、見映えがする大きなものまで、片翼シリーズで色々と出しておりますわね!」


キャイキャイ。


乙女達は置いといて、ピティエとコンコルドは喫茶室・プラージュに戻り、カウンターの中、定位置に。


リンリン・リリン♪


ドアベルが鳴り、2人声を合わせて笑顔。

「「いらっしゃいませ!」」


「あぁ〜?ここってな、何か?の、飲めるのか?」

「なんか飲み物の絵があったから、さ•••あぁ〜でも、俺らじゃ、ちょっと、店に合わない、か•••?」

入ってきたのは、黒熊獣人の親父さんと、羊獣人の青年。熊親父さんは大きくて、パツパツのちょっと汚れたシャツは腕まくり、竜樹が普及させた安全ヘルメットを被る。

羊獣人青年はスラリとして、身体がシャツに泳ぐようだが、同じく腕まくりに汚れ。角がちゃんと出るように、形を工夫したヘルメットは、特注だろうか。

腕には腕章、熊親父さんが工事長、羊青年が主任と書かれている。


ピティエが、声を頼りに写真入りのメニューを出しながら。

「お客様。この喫茶室では、お茶を楽しんで頂けるならば、どなたでもお迎え致しております。」


「ああ、でもヨォ、なんつーか、俺たち汚れてるし、こんなキレイな店じゃあ悪かったなぁ。声もさ、デケェし•••。」

「あー、雰囲気ってやつ、ね•••。」


近くで建設工事やってるっけな、とコンコルドはニッコリしながらカウンターの外に出て、席を2つ引き、どうぞ、と片手で促した。

ピティエがメニューを席に置いた後、サングラスをちゃ、と持ち上げて。


「お客様。お気になさらず。お声のことは、本日はまだ、他にお客様がいらっしゃいませんし。私は少し視力が弱いので、お聞きするのですけれど、お腰も汚れてらっしゃるのでしょうか。でしたら、お気にされるようなら、洗い替えできる布敷きがございます。ご用意致しますし。」


コンコルド少年も。

「お足元が気になるのでしたら、ちょうどお立ちの場所に泥落としのマットがありますから、使っていただいて。」


片足持ち上げて、靴底に泥の詰まったそれを、えーっと、と、ピッカピカの床に踏み出せず気にしていた熊親父さんに、提案する。


「ご無理は申しませんが、お茶、美味しいですよ。お喉が渇かれていたら、少し休まれませんか?」

「お店の壁のガラスは色がついているので、割と人目も避けられて、結構落ち着くんですよ。うちのお店。」


どうですか、お客様。

ニッコリ、と笑うピティエと、コンコルド少年は、こんな事はもう経験済みなのだ。


雨の日。嵐の日。

風の日。晴れ晴れの日。

色々なお客様がやって来た。

良い客も、難しい客も。

こんな小さな喫茶室でも、その度にささやかなドラマがあって、気づき、勉強になったものだ。


かしかし、かし、と泥落としマットに靴底を擦り付けた熊親父さんと羊青年は、促されて。

「う〜ん。この辺、他にお茶処もないしなぁ。今日は俺、大きい方の水筒忘れちまったんだよ。まぁ、勘弁して寄らせてくんな、ご主人。」

「お邪魔させておくれね。」


「どうぞ、ごゆっくり。」

「メニューのご説明を致しましょうか。」



工事現場の2人が席に落ち着いた頃、帽子屋の2階の守護乙女達は、キャイキャイと紛糾していた。

「先程の工事現場の2人、大丈夫なお客様かしら!?」

「以前、乱暴な庶民の方もいらしたわよね、心配!」

「でも見かけじゃ分かりませんわよ、厳つくても、良い方だった事、割とありましてよ。」

「汚れてるし!喫茶室に似合いませんわ!」

「まぁまぁ。ピティエ様は優しいお方だから、少し汚れていたって、喉が渇いた方を追い出したりなさいませんわ。親切にされて、良いお客様になる事もあるし•••。」


ココ様、どうしましょう?


ふーん、とココ嬢は顎に手を当てて。


「私達が、ピティエ様のお店を、どのような場所にするか、決める立場にはありませんわ。あくまで、かの方の思いの通りに、それを、陰ながら応援する。その分を弁えなければなりません•••が!!」


が。


「心配は、心配ですわよね。」

ウンウン、と頷く乙女達である。


「ここは一つ、偵察と、多少の牽制のための人員を出しましょう。」

「ですわね!では、まだお店に行った事のない、ルーシュ様がよろしいんじゃない?」

「順番ですもの!」

「えっ、私?よ、よろしいの•••!」


ルーシュ嬢は、大人しそうな背の低い、そばかすに金髪を赤い大きなリボンで後ろ一つに結んだ、ワンピース姿で薄い拳を胸に当てて。ふわっと上気、靴先がもじもじと動いて。


「お1人で、大丈夫?」

「ええ、ええ。喫茶室の外のベンチに、侍女を待たせておきますし、それに、たった5席の可愛らしいお店ですもの。なるべく私達で、席を埋めてしまって、お邪魔したくないわ。」


むん!とルーシュ嬢。

意気揚々、応援多数、頑張ってね!と見送られ、喫茶室へ出陣である。



「えーっと、喉乾いてるんだよな。ごくごく飲めるもの、あるか?」

「俺はそんなにだけど、でも量があんまり少ないのはやだな。できればあったかいものが飲みたい。」


「はい、お客様。では、ご提案致しますね。こちらのお客様には、ほんのり生搾り柑橘フルーツの、アイスティーを。こちらのお客様には、ポットで提供する、ほうじ茶を。いかがですか?」


「それで良いよ。」

「俺も、それで。」


リリリン・リンリン♪


「「いらっしゃいませ。」」


ルーシュ嬢が、きょろ、としながら入って来て。ニコニコ、ニコ!とコンコルドに誘導されて、熊親父達と間を空けてカウンター席に座って。


ニココ!

と熊親父さん達に愛想良く目礼をする。素敵なお店づくりの、あくまで応援であって、邪魔しちゃいけないのである。

あ、ども。どもども、と慌てて頭を下げて、熊親父さん達は目をぱちぱちした。


「甘いお菓子は、おつけになりますか?もしおつけにならなくても、小さな焼き菓子か、ドライフルーツ餡の小さなお菓子が、お茶には無料で付くので、よろしかったらなんですが。」


ほんのお印程度のお菓子だけれど。お値段を気にしてお茶だけ、は味気なくて、気持ち付けている。

ただ甘いものが苦手な人もいるので、いつも最初に説明しておく。


コンコルドがルーシュ嬢にメニューを渡す。ルーシュ嬢は、メニューが読めるので、決まったらお願いしますね、と小声で言って、熊親父と羊青年をジッと見ないように観察しながら、メニューを見るフリをする。

あっ、今日のお菓子、栗丸ごと一粒大福だわ!うぅううん!


「えーっと、菓子が付くのか、じゃあ、別に無料でつくやつでいいかな。」

「むっ、この焼き菓子うまそう。あぁ、どうしようかな。あーっ!こういうとこ、彼女とくれば良かったんだ!」

熊親父はあっさりと決め、羊青年は悩ましい声を上げる。大概悩んで、緑の葉っぱの先が、ちょん、とグラデーションで紅く色付いて美しい、練り切りで栗餡玉を包んだ生菓子にした。悩んだフルーツカップケーキは、諦めたらしい。


ピティエは。

「承りました。少々お待ち下さい。メニューよろしいですか?」

とメニューを回収して、先ずは魔道具の湯沸かしポットに水を汲み、スイッチを手探りで入れた。

魔道具湯沸かしポットは、表面が熱くならないので、ピティエでも安全にお湯を沸かす事が出来る。


その間にコンコルドが、新鮮な柑橘フルーツと、ほうじ茶用のポットを用意する。コンコルドはピティエの目、何でもはやってしまわないけれど、2人協力して、お茶の準備は真剣に。


小さなカッティングボードは、厚みがあるもの。ピティエはゆっくり、柑橘を6分の1だけ切り取り、残りの皮を勿体無い位分厚くナイフで剥いて、大きく乱切りにした。

場所をちゃんと覚えて取り出したガラスのポットに、乱切りの柑橘を入れて、氷もたっぷり。

フルーツティーとして合う紅茶を別のポットで。お湯を入れて、砂時計をかたんとひっくり返す。

砂が落ち切ると、リン♪と可愛い音のする魔道具なのである。


氷と柑橘の入ったガラスのポットに、熱々の紅茶を注ぐ。位置を確かめながら、慎重に。見栄えを気にして高い位置から、なんて出来ない。ただ、美味しくなるようにと、丁寧に。


カランコロン、と氷が溶けてゆく。


声が大きいから、と言った熊親父達も、ピティエの雰囲気と、視力が弱いと伝えられた事を腹に置いてか、何だか、黙って手元を見てしまうのである。

ピティエは、食べこぼしや、食事、お茶の作法などを、小うるさい親戚にやいやい言われて育ったので。その頃、萎縮はしたが、仲の良い家族には、そっと淹れてあげたりもしてきて、慣れていて。

動作はとてもゆうるり、視力が弱いからこそおっとりと、空気を撫でるように、姿勢もモデルになってから気をつけて、美しいのだ。


思えば、家に引きこもっていた時だって、何もしていない訳じゃなかった。


とぽぽぽぽ。


ほうじ茶のポットにも茶葉とお湯を、確かめながら入れてーーー茶葉の缶には、竜樹情報提供の点字を打つ魔道具で描いた、ほうじちゃ、の点字テープが貼られている。ポコポコしていて、最初はコンコルドに取ってもらっていたピティエも、今では自分で指先、確かめられる。文字読み上げ魔道具と併用して、動きがなるべく滞らないように、工夫して。


熊親父さんから。

果実も入った分大きなグラスに注いだ、ガラスのストローも美しい、柑橘アイスティー。皮付き果実もちょんと縁に。丸いぽっちり、親指の先ほどのシンプルなクッキーを、2つ豆皿に添えて。


「こちらお先に失礼します。」

「あ、ああ。」


羊青年のほうじ茶ポットにカップと、栗餡玉葉っぱの生菓子も、コンコルドも助けて程なく準備でき。


「お待たせしました。」

「ありがとう。」


葉っぱの生菓子だけ、お客様からの向きがピティエには分からないから、コンコルドが置いて、ポットとカップはピティエが置いた。


熊親父さんは既に、ずスーとアイスティーを飲んでいる。

「ウマッ。」

「うわぁあ。写真より、実物のお菓子の方が、キレイだあ。•••これってどうやって、食べたら良いんだ?パクッと食べて良いの?」


羊青年は、生菓子を、斜めから上から横から、皿を持ち上げて、ほぅ〜と眺めている。


「お好きに食べてよろしいんですよ。でも、せっかくだから、ちょっとだけカッコつけたいな、ってことでしたら、その小さなナイフで食べたい分だけ切って、刺してお口に入れて下さい。」


お茶のお作法まで細かくしたら、美味しく食べて飲むと、また別の事でもあるだろう。ピティエの喫茶室では心地よく美味しくお茶を楽しむ、美しいのは良い事だけど、押し付けないのだ。


まむ、と恐る恐る生菓子を切って口に入れた羊青年は、途端にニコ!と目を細くした。


熊親父さん達は、喉が渇いた事もあったのだけれど、実は。働いている工事作業員達の前では話せない、勤務態度が悪い奴の教育と進退をどうすべきか、話し合いに来たのだ。

腕は良いが、他の者と連携が悪くて、我儘も言うし、遅刻や休みも多い。どうすべきか、という。


だが。

まったりなこの喫茶室で、な〜んかそれを話す気にはならない。

側に若いお嬢様•••ルーシュ嬢がいる事でもあるが、美味しいお茶とお菓子を、そんな話で台無しにしたくなかったのである。


ルーシュ嬢がカフェインレスの玉露と栗入り大福を頼み、うまうま、ピティエ様かっこいい、美味しい、うう、幸せ、となっている横で、熊親父はたっぷりのアイスティーを飲みきり。羊青年は、ほうじ茶をとぽぽとつぎ足しながら、生菓子を味わいきった。


「•••あいつも連れてくっか。」

「ん?この喫茶室にですか?」


うん、と熊親父さんは頷いて。

「ご主人。少し話をしても良いかい?」


きっちり片付け洗い物をしていた、ピティエとコンコルドは、ふ、と顔を上げて。

「はい。よろしいですよ。何かございましたか?」


「お茶は美味しいもんだったよ。何も言うこたあねえ。あんた、目が弱いと言いなすったね。それにしちゃあ、良くお茶をいれられた。慣れてるんだね。随分丁寧だった。」


「はい。」

洗い物で飛んだ水分も、残す事なく布巾で拭い取り、手を止めて。

「私は生まれた時から目が弱いので、慣れている•••と言えば、そうですかね。見えている方と同じように、素早くは出来ないのですが、丁寧になら、出来ます。」


「お菓子はどうなすってるんだい?自分で作っている?」

「いいえ。どんなものを作ろうか、相談しながら、別の者に頼んでおります。」


ふーん、と鼻を鳴らす。

「目が見えないにしちゃあ、この、生菓子って奴は、とてもキレイじゃないかい?不思議なんだ。」

「ああ、そっか。見栄えだけでもなくて、味も良くて、でもキレイで、食べるのが勿体ないような菓子だもんな。よっぽどその、菓子担当とは、すげえ奴なんだなあ。」

羊青年も、ウンウンと頷く。


ふふ、と笑って、料理長が聞いたら喜ぶだろうなと嬉しくなったピティエは。

「伝えておきますね。私も、全く見えない訳じゃなくて、色は分かるんです。綺麗な色のお菓子、大好きなんですよ。今日はどんなのにしよう、って、私なりに考える事がある、って、そしてそれを一緒に考えて、実現してくれる人が身近にいる、って、とても楽しくて、嬉しい事ですね。」


コンコルドは、そんなご主人のピティエが、大好きで。微笑んで会話を聞いている。


ふーん、うんうん、と熊親父さん達は納得して腕を組み。

「ご主人。もしかしたら、少し面倒な奴を連れてきても、許してくれねぇか?腕はいい仕事仲間なんだが、態度が悪い奴でよ。•••心底悪いとまでは、言えねえって俺は思ってるんだが、ここらで一発、殴っておかねえといけねえのよ。」

「ダーリ工事長、まじですか!奴をここにぃ!?」

暴れたりしねーだろな、と羊青年が呟いたのを、ルーシュ嬢が、ピクピクん!と指先揺らして、聞いている。


「リーデル主任よぉ。あいつは腕は良い。センスがあんだよ。だから、この店の良さは分かるはずだ。それに、目が弱いご主人が、誰かとみっちり協力して、信頼できる仕事仲間と、この店を作り上げてんだ、って事もさ。比べてみたら、アイツの仕事には、この店にある、美しいのにしっくりくる感じがねぇ。アイツだけ尖ってトゲトゲしてやがるんだ。芸術家なら良いぜ、でも、工事はそれじゃダメだ。どんなに尖っても、どこか調和がなくちゃなんねえ。そこだけ違和感になっちまうんだよ。気づけば良いよな。でも、それでも鈍くて、自分の我儘や乱暴さで、この店の良いところを、壊しちまうような奴だったとしたら、そん時は俺ぁ、アイツをクビにするよ。」

まぁ、クビになった方がアイツ、イキイキするかもだけどな。


止めてください!

と、ルーシュ嬢は言いたかった!でも、でも、それを言うのは自分じゃない。ピティエ様のお心の自由を奪えない。ここは彼の創る城。邪魔してはいけないのだ。


「いつでも、どなたでも、お茶を楽しむのならば、この喫茶室プラージュへいらしてください。」

ピティエは、す、と姿勢を正して。

分かる、伝える、その努力をしてみる事。分かり合えない人もいる。

それを知る前に、拒絶するのは、彼には違うように思えたのだ。


ああ、ピティエ様!お人が優しすぎる!

ルーシュ嬢は思った。


コンコルドも思った。

ああ!繊細なピティエ様、失敗したり乱暴な人が来たりすると、ズーンてその度に落ち込まれるのに!

心を閉じずに、無防備、純粋すぎる!


「ご主人、まあ奴が我儘言うにしても、喫茶室での我儘なんて、こういうの飲みたいとか、食いたいとか言うくらいだろうし。俺たち一緒だから、無理言ったらすぐ止めるから。じゃあ明日、連れてくっから。」

「ダーリ工事長、この喫茶室、随分見込んだんですねえ。」

羊青年リーデル主任が、感心して言う。


「あぁ。俺、店ってのは、店主と、お客と、そこに携わる人たちが共同で作り合う、不思議なキセキの場所で時間だと思ってんだ。その時にしか味わえない、いつもちょっぴり、特別な場所だな。俺、この喫茶室の、丁寧、って奴に、アイツの、乱暴をぶつけてみたくなったんだ。何か、パッと、反応が起こりそうな気がしてな。」


それが良い反応なら良いが。

悪い反応なら、どうしたら良いのだ。




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― 新着の感想 ―
明けましておめでとうございます! 覗いてみたかった喫茶室、光景が浮かんで、素敵でした〜 ボリュームもたっぷりで幸せ(*^^*) 良い1年になりそうです! 竹美津様も良い1年になりますように☆
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