セージャンタイガーと一緒
アルノワの前で、口吻の先、チョロ、と舌を出した白虎はちょっとお茶目なのかも。怖い顔だが、ペロリ、と前足を舐めて。
竜樹の世界の白虎とは少し違う所、くるりんくる、と柔らかそうなカールした長い鬣を、ふるふるるる!とデッカい顔回して振った。
うわ、と圧倒されたおにーたアルノワは、もう携帯電話を投げた、心のモヤモヤなど、サーっと霧散して、ただオドオドびっくり。
白虎は、すん、すん、と匂い嗅ぎ、アルノワおにーたに。
ずん。ずし。
「わっ、わわわ!」
腕に手をもう一度かけ、その重さにコテン!と尻餅をついた所を。
のしっと乗って。
「う!」
ざーり、ざーり。ベロリン、ざーり。
「おにーた!たべちゃダメでつ!」
「エンリちゃん!ぼくもいく!」
トコトッ!とエンリちゃんとニリヤ王子も、白虎にのし掛かられて、ベロベロ舐められているおにーたの元へ走り寄る。
「うあ!たべないでつよ!メ!」
「エンリちゃん、アルノワ、たべないでぇ!」
ガシ!コロリンコ。抱きっ。
ベーロ、ベロリン。
「わぷ!」「きゃい!」
エンリちゃんのお腹に、優しくぶっとい前足が。ピンクの肉球がやわっと押して、コロリン丸いお尻がおにーたの上に乗った。そこにニリヤが来て、飛び込む。お団子である。
3人を白虎は、前足で抱きっとして。ザリっと舌で、ペロリと舐めるけれど、ゴロゴロ、ゴロロロ、と喉が鳴っているし、一向にガブリといく気配は、ない。
護衛のルディが、白虎とアルノワ・エンリ・ニリヤ団子の側にしゃがんで、ニッコリ、ポンポン。白虎の背中を叩いて、ヨイショと3人を引き起こす。
それぞれ、お尻や腕をぱふぱふ叩いて、土埃を落としてやり。
大人しく、白虎は伏せている。
「ニリヤ殿下。アルノワ様、エンリ様。そちらの虎は、セージャンタイガーですよ。」
「せーじゃんたいが?」
「安全な、懐こい、賢い虎です。」
護衛が動かなかったのだ。
危ない獣なら、そんな事はあり得ない。そうだ。ルディ達は知っていたのだ。セージャンタイガーが、ニリヤ王子やエンリちゃん達を迎えに、やって来るって。
「エスピリカ、殿下達を気に入ったんだね?良かったね、見に来てもらって。」
ゴロゴロ、と喉を鳴らしたセージャンタイガーに、とんとん、と近寄り。声を掛けた糸目でタレ目な青年。
シンプルなシャツに裾の長い、ブルーアシードの上着は、少し着古しているけれどパッと美しい金の縁飾り。ポッケには白い手袋の指先がチラリ、ズボンの裾を長いブーツに入れ、動きやすくまた、少し華やかに。
普通にしていても笑っている、福々しい親しみあるひょうきんな顔、相応しいオリーブ髪に瞳。腰を曲げて。伏せた四つ足タイガーの、その大きな身体を、ぐわしっと腕抱え、鬣揉んで、ふかふか、と撫でてニッコニコ。
「初めまして、殿下方。クレピッピサーカス団からお迎えに参りました!エスピリカとオクトロのタイガーショーへようこそ!僕がオクトロ、このセージャンタイガーは、女の子でエスピリカって名前です。人の言葉が分かりますし、とても賢くて、有名なガーディアンウルフと同じように子供好きで。懐っこい、安心な虎なんですよ。」
ゴロロロロ。喉を鳴らしオクトロの手に頭をグリグリ擦り付ける。
ふわ、とニリヤ達はお目々パチパチ、そろ、そろり、大人しくって賢いエスピリカの側に、恐る恐る近寄った。
オランネージュ王子が。
「触っても、いい?」
わき、わき。手をモゾつかせて、オクトロと護衛のルディに聞いた。
ルディが頷いて、オクトロが。
「大丈夫ですよ、オランネージュ殿下。ゆっくり、優しく触ってあげて下さい。乱暴にしても怒りませんけど、淑女ですから、そっと、ですね?」
と言ってくれる。
そーっ、と近寄り、鬣に手を差し込む。撫で、撫で、くし、くし、とすると、オランネージュのお腹に口吻をポフ、と埋めて、ゴロロロロ、とする。
耳が丸くて、迫力があるのに、ふかふか可愛い。
きゃっ!と嬉しくなって、がぱりとしがみついたオランネージュに、ふっふ、と濡れた鼻息、頬ずり。
「わ、私も!私も触っても良いか?」
狼ファング王太子、ブン!とお尻尾膨らませて興奮。
「私も!」
「ぼくも!」
「おりこう、エスピリカ。なでなで、でしゅ。」
熊兄ルトラン、熊弟カルタム、垂れ耳兎でしゅましゅルルン、シロクマ少年寮の子デュラン、寮の子少年プーリュも、集まって、わぁわあ、エスピリカに取っついた。煩がらずに、大人しくて、心なしか嬉しそうなセージャンタイガー・エスピリカである。
「••••••これ。」
虎少年アルノワおにーたが、何だかしょんぼり。ぷくっと頬、お口尖らせて、手にした携帯電話をニリヤとエンリちゃんに差し出して、返す。
「おにーた、どして、いじゅわるちたでつか?」
携帯電話を受け取り、お手てにたらんと織紐とビーズのストラップ。エンリちゃんは不思議だった。だって、おにーたは、いつだって優しかったのに。エンリに意地悪なんて、した事ないのだ。穏やかで、勉強熱心で、大好きなおにーたなのに、どうして。
ムグ、とアルノワは応えない。
意地っ張りネ、とエタニテ母ちゃんは、やっぱり眉をフニャっとさせて苦笑した。
寂しいんだよ、って。
妹のエンリを、とらないで、って。
今度は素直に言えば良いのに。
言わんでもいい事を言い、言った方が気持ちが伝わる事は言えない。
(上手くいかないのだワ。)
う〜ん、なのだ。
「うらやましい、だの?」
「なっ!?」
ニリヤが、うん?て顔でアルノワをジッと見る。
あららら、とエタニテ母ちゃん、ニリヤのぶっ刺す発言に、目を見張る。
あちゃー、と護衛ルディは、ちょっと苦笑。ニリヤ殿下、それは、厳しいと。
案の定、アルノワは、カカッと顔を興奮させてクワクワ、ワナワナなお口になっている。
「ぼくがね、ちょうしのるな!って、ネクターにいさまに、ペンってされたの。そのとき、にいさま、さびしくて、うらやましかっただって。ニリヤはいっしょ、ねてもらって、わたしだけひとりよ!って。」
うん、良く覚えているなぁ、と撮影しながらカメラマン兼侍従のミランは感心した。
あの時、国歌のためにお歌の練習をしていた3王子達。ニリヤは、ちょっと音痴なネクターに。
『だいじょうぶ、よ。いっしょにれんしゅうしたら、じょうずなるからね。』
肩をぽむぽむっと叩いて、慰めたのだった。それって、落ち込んでいる最中のネクター当人にしてみたら、今のアルノワみたいになる、だろうなぁ〜、って大人は分かるよ、大人はね?
『調子に乗るな!ちょっと歌えたからって!!』
肩の手を振り払って、キレイに手首のスナップきかせて、ペン!とニリヤの頭をぶったのであった、あの時も怒って。
わんわん泣いたニリヤに、そしてネクターも泣いた。
『ちょっと歌えるからって。寝る時だって一緒に寝てもらって。私だけ1人。ひっ、ひとりでっ、うっ、うっ、うええええぇ!』
真っ赤な顔をくしゃくしゃに歪めて、思いの丈を、竜樹にぶっつけて。
『ニリヤは、ヒック、いっぱい一緒の人がいて、ずるい。私も、夜、1人で寝るの怖いのに。』
「ししょうが、いったの。よしよし、って。さみしかった、うらやましかったんなぁ、って。それでね、これからは、いっしょよ!って、いった!そうしたら、ネクターにいさま、ごめんねってしたの。」
『よしよし。そうかそうか。1人で淋しかったな?ニリヤが羨ましかったんな?これからは一緒に遊んだりできるからな。夜怖いのも、ギフトの御方が、言ってやるぞーってするからな。もしならニリヤと俺と一緒に寝てもいいし。』
「だから、エンリちゃんと、ぼくと、アルノワ。なかよくいっしょしたら、いいとおもう!エンリちゃんと、なかよく、したかったんだよ!さびしんだよ!きょうだいなかよくは、おとくよ!」
うん、何だかんだと、ちゃんと合ってるかなー。
エタニテ母ちゃんが、ニココと笑うし、カメラ侍従のミランはニハハだし、護衛のルディも、ウンウンとなった。
虎侍女スープルは、ハッとして、だからなのですか?!とやっと、いつも優しいおにーたなアルノワの乱暴の理由が分かった。
エンリちゃんは、ふくっと笑って。
そっか。おにーた、さびちかったでつか!ニリヤでんかと、エンリばっかち、なかよちだちたら、さびちぃのでつね!と、分かった!
「あい!ニリヤでんか!エンリはおにーたと、なかよくするでつ!」
うふっ、とふるふる拳を握っているアルノワおにーたに一歩、駆け寄って、抱っこのぎゅっ。虎のお耳をくしくしと、おにーたのお腹にすりすりした。
だから、アルノワだって、怒る気持ちが、シュワっと溶けるしか、ないじゃないか。
ムプン、とまだお口は尖っていたけど、眼鏡をツイと上げて、おにーただもの。妹が抱きついてきたら、抱きしめてやらなくちゃ。
ぎゅむ、ポムポムりん。
抱き合っている虎兄妹を見て。ニリヤは、テヘヘっと笑う。なかよしは、たのし。うれしだものね。
ニコニコしていたサーカスのオクトロだが、何か頃合い?と察したか。
「さぁ、さぁ、皆様。ここでエスピリカと遊ぶのも良いんですが、そろそろパラディサーカスへ行きませんか?自分で言うのも何ですけど、なかなか楽しいんですよ、サーカスって!」
と、いつまでもセージャンタイガー・エスピリカを撫でこしているオランネージュ王子やファング王太子達のお団子含め、皆をサーカスに促したのであった。
今年の更新はこれで納めでございます。
年末年始休みは、12月29日から1月3日まで。
4日から、応募していた閑話リクエストの企画更新をして参ります。
リクエストありがとうございます、書くのも楽しみです!ちょうどいい量のリクエストで、いただいたもの全てにお応えできそうで良かったです。
その後また本編、エンリちゃんとニリヤのサーカス見に行った話を続けますね。ゆるりとお付き合い下さい。
今年も、王子達のお話を読んで下さって、ありがとうございます。
来年もどうぞよろしくお願いします。




