表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

535/692

負けるはずのない賭け


「こんにちは。初めまして、ザックス男爵夫人。」

いきなり未亡人、って呼ぶのも失礼か。恐喝犯にも礼儀正しい竜樹である。


「あら、私をご存知?意見交換会には、行きませんでしたのにね。やはり、ギフトの竜樹様も、男性だったということかしら?」

男性は遍く自分に惚れるのである、とでも言いたげである。つるん、と黒髪を手で払って、うふふふ、と笑う。

「立って歩いてばかりで疲れました。私にも椅子を。」


「ありません。」


当然のように同席して、椅子も用意してくれるよね、とお助け侍従タカラに目配せをしたザックス男爵未亡人だったけれど。ニコニコしながら竜樹がピシャリ、拒んだ。


「こんにちは、初めまして、って挨拶したのに。ちゃんと返事をしてくれないし。俺と貴女は、仲良しじゃないんですし、俺も立ってますから。この記念飲みには部外者の、貴女とお話するのは、立ち話で大丈夫でしょう。」

ニコニコ。


「あら。あラァ。」

ゆっくり手にハンカチ。口元に持っていき、くふふ、と笑う。

「何か誤解があるようですわぁ。私、ギフトの竜樹様には、とってもお世話になっているんです。感謝していますのよ。べセル伯爵と、テンテ様が何をおっしゃったか知りませんが。」

女性の事であれこれ、ない事を吹聴するのは、紳士として如何かと。


ねっとり、視線が粘つくのは、ヘンタイ・ルッシュも同じだが。あちらがヘンタイとして突き抜けて悪気もない(悪い事はしている)のに比べ、こちらの未亡人は、悪い事を分かっていて悦楽に思いやっている、そんなたっぷり毒を含んだ表情だ。


「取引の事、聞きましたよ。」

「あら、人聞きの悪い。私は夫の喪に服している未亡人でしてよ。神聖な私の心の、夫に捧げた時間を、踏み躙られた。責任を取っていただくか、慰謝料を、というのは私のせめてもの心の慰めに必要ですわ。いやだ、恥ずかしい事を、立ったまま言わせるだなんて、竜樹様も無粋なお方ね。」


うわ〜ニュルニュル言い逃げる。


「•••確かに意見は双方から聞かないとですね。では、ザックス男爵夫人は、神に誓って自分の意思でなく、テンテ君に開かれた。そう宣言してもらえますか?」

「テンテ様が、無理矢理、私にあんな事を、なさったのですわ。」


「神に誓って?」

「••••••アァっ!女性から言質を取ろうとなさる!傷ついているのに、あ、私、何だか気分が•••。」


侍っている退廃美青年達が、ルレ様!と口々に言いながら、わざとらしくよろめくザックス男爵未亡人を抱き止める。


「えぇ〜?神様にちかえないんじゃん。ごまかしてもダメじゃん。おばさん、チカンなんだろ?」

サンジャックが突っ込む。


「うん、あのおばさんは、チカンでヘンタイで露出狂なんだろうね、多分。」

竜樹が、よろめいても椅子を用意しないので、イラっとした退廃美青年達が文句を言い出した。

「か弱きルレ様を立ちっぱなしで追い詰めるだなんて!」

「ギフトが聞いて呆れる!男の風上にも置けない奴め!」


「良いのよ、あなたたち。」

ゆるり、とたっぷり間を取って、ぬるりと手を艶かしく差し出して。

「竜樹様、誤解ですわ。私は被害者なの。貴方様が助けるべきは、この私。それでもテンテ様とべセル伯爵に慮れというのでしたら、代わりにせめてものお願いです。貴方様の。」

恥じらう素振り。


貴方様の、お情けが、欲しいわ。


唇に指を添えて、艶然と笑う。


こいつ、ターゲットを竜樹に変えてきやがった!

竜樹の周りの者達は、ふぉお!っとイキリ立つ。


「良いですよ。それで、テンテ君を、リオ君の誕生日パーティーで無理無体して撮影した写真を渡して下さって、貴女達の手元には残さない。そしてべセル伯爵のワインコレクションを諦めると言うならば。」

「ダメだ竜樹!!」


マルサ王弟が、ムン!と前に出て止める。

「聞いてりゃ犯罪なんじゃねぇか!俺が捜査の許可を出す!国の、世界の宝にもなる竜樹と、こんなアバズレを関わらせる訳にゃあいかない!」

「あら、酷い。竜樹様の想いびとは、確か花街の元花でらしたそうではない?やっぱりね、男性って、そういうものなの。花があれば手折らずにはいられないのよ。ふふっ。そして、ね、竜樹様。その人と私と、比べるべくもなく、私の方が美しいでしょう?」

竜樹の首元に、指先をツツッと辿らせようとする。のをマルサがパシリ!と叩いて落とした。

ヴィフアートもギュリギュリ歯軋りしているし、ロテュス王子は冷たい美貌で氷のような目をしているし。

タカラは当てられて、動揺しながらも、ギュッとキャリコ、サンを守っている。バーニー君は皮肉な笑いのままである。


うーん。どこから、その自信は来るのであろうか。別に竜樹は、そりゃあ多少ザックス男爵未亡人は美人かな、とは思うが、そんなに美人か?とも思う。好みではないし、あんまりビビっと来ない。

「あ、そりゃそうか。」

ポム、と呑気に手を打つ。


「マルサ、大丈夫。ちょっと話させて。」

「うう、大丈夫かよ竜樹。こういう女は、油断すると血の最後の一滴まで抜かれちまうぞ!」


言われても、ふふふ、と笑うばかりのザックス男爵未亡人である。


「貴女は危険な女性のようです。だから、貴女と関係を持つのは、なんか不特定多数のその1として、って感じがしてー、あのですねえ、ついさっき性病で不妊の話を聞いたばっかなんだよね。性病で不妊、俺が結婚するにしても、勿論男性にも責任が降りかかってくる訳じゃないですか。そうだ、ザックス男爵夫人て、子供は欲しくないんですか?」

う、うぅ?

何か今までの男性と勝手が違うな、と。この辺りでザックス男爵夫人ルレは、ちょっと躊躇ったが。


「貴方様のお子様を、身籠る事が出来たら光栄ですわ。」

気を取り直して、押せ押せの押しで行く事にした。

ギフトの竜樹に食い込めたら、伯爵どころでなく特別で高貴な扱いとなる。性技には自信がある。一度寝所を共にし、骨抜きに出来れば、テンテなどまだひよっこな少年を手玉に取るより、ワインのコレクションなんかより、ずっと大きなチャンスとなる。


ザックス男爵未亡人ルレは、欲をかいた。欲なくて、手を伸ばさなくて、何が手に入ろうか。そういう人生だった。

そしてそんな強欲なルレを、男達は、こぞって愛でてきたのだ。


「うーん。俺にリスクが多すぎる。ねえ、ザックス男爵夫人。」

「ルレとお呼び下さいな、竜樹様。」


「賭けをしませんか。貴女はご自分に自信がありそうだ。俺が貴女より、本当に抜きん出て美しい方をここに連れて来れたら、テンテ君を諦めて、べセル伯爵のワインコレクションも狙わずに、俺の事も諦めて欲しい。もし連れて来れなかったら、俺が貴女の言いなりになりますよ。」

ショボショボ。地味な顔が、どう?と提案する。

テンテが、ダメ、ダメ!と弱々しく頭を振っている。

べセル伯爵が、蒼ざめて、いけません、いけません!と竜樹を止めようと。

ヴィフアートが、ロテュス王子が、サンが、サンジャックが、マルサ王弟が、タカラが、バーニー君が。そして感情解放途中のキャリコまでも、薄らと怒りの表情で、でも竜樹を信用して、見守っている。


勝った!

とザックス男爵未亡人ルレは思った。


「仕方ないですわね。よろしくてよ。」


たとえどんな美人が来ようとも、美の評価は人それぞれである。難癖は如何様にもつけられる。

それに、そうそう自分より、そんなにも抜きん出て美人な者が、いるものか。




勝った!

と竜樹も思った。


「それじゃ、お呼びしますね。」


スマホを懐から、スチャ、と出す。

メッセージグループ、神々の庭、オープン。


竜樹

『麗しき美の神様。

もしいらっしゃって、竜樹を哀れと思し召せば、このスマホから、チラリとお姿、ご顕現下さい。

お礼に、これから開くエステ店には、神棚、小さなご祭壇ですね、それをご用意し、エステティシャン達、美の使徒に日々祈りを捧げてもらいます。他にもご要望が何かありましたら、竜樹が出来る範囲で、どうぞ、お申し付け下さい。』


ボーテ神

『••••••嬉しい。呼んでくれた。

••••••エステ、すごい興味ある。

••••••祭壇も、嬉しいぃ。

••••••お酒飲みにふらふらしてる、エレバージュ神みたいに、私も仮の姿で、人に混じり、エステ、受けてみたい!』


竜樹

『承ります。

お祭りでは大騒ぎになりましょうから、後ほど場を整えて、でよろしいでしょうか?』


ボーテ神

『••••••もちろん、良いよ。

••••••では、顕現しよう。

••••••エステ店なる素敵なものを、造ってくれているから、顕現のポイントは、与えるいいねと、相殺する!』


竜樹

『ありがとうございます!』



竜樹がスマホを、恭しく両手の上に捧げ持つ。


ザックス男爵未亡人は、んん?って顔をしている。


マルサとタカラとバーニー君が、ああ、だよね、ニハ、と笑った。



キラッ


光か。風か。するりとそよぐ薄衣。


爪の先まで輝く、美しい指先がそれらを纏って現れて。

蕾。虹光りする真珠色の花弁と、青々とした葉が、御本体を覆っている。段々とスマホ画面から生まれくる。


ゆっくり花弁が開く。

時折、零れ落ちるのは露か、香気か。

真珠の花弁が開いてゆくたび、うっとりするような香りが増して、だが、それはいかにも神々しく、いつでも新しい。

最後の花弁が開いた時、中に座すはボーテ神。女神ともいえ、男神ともいえる中性的な美しさは、ゆらゆらと揺らいで。丸みを帯びた美しい女性に見えるかと思えば、キリリとした凛々しい美青年にも見える。

あどけなく、足りぬ所なく、瑞々しく、妖艶にも見え、生まれたての鮮やかさもある。ゆらゆら、いかなる者にも理想となる、そのお姿は、いっ時も止まる事なく、美を形作っては煌めいている。


ほぅ、とため息を吐いたのは、誰だったか。



かっ

「神様を呼ぶなんて!ズルいじゃない!」


ザックス男爵未亡人が美人だなんて、何だったんだ。何かお肌は厚化粧だし、香水臭すぎるし、神の後光に照らされて出来た目尻のシワの影、ほうれい線は、つう、と脂ぎっている。


「ありがとうございます。ボーテ神様。ご顕現、麗しゅうございます。」

竜樹が片手を胸に当てて、跪き首を垂れる。


パチン。嬉しそうに瞬きをする、かの神の睫毛の、なんと美しく長い事よ。髪も睫毛も、真珠色なのである。


きれい。

キラキラ。


大人はてんでに眩しく跪くが、サン、サンジャック、キャリコ、テンテ少年は、はわ、とお口が開いちゃっている。


「••••••竜樹。私と美しさ比べをするのは、この者で良いのかな?」


すう、と差し伸べる御手はザックス男爵未亡人に向かう。すう、と覗き込むそのお顔が照らす、未亡人。いや、ボーテ神様、近づけば近づく程に、本当の美しさと、化けの皮が剥がれて現れる醜悪さが比較されます。


「はい、その者です。」

ひえ、えええ、と後退りするザックス男爵未亡人だが、ボーテ神が、ピン、と人差し指を額に向けると、ビクン!と動かなくなった。


「••••••もう少し美しい者かと。」

「すみません、ボーテ神様。」


ザックス男爵未亡人の取り巻きな、退廃美青年•••いや、ボーテ神様を見てしまえば、彼らもただの疲れてる青年である。ポーっとなって跪き、神を見て感動に震えている。

記念飲みの皆も、会場のお客さんも、ふわわわ、と膝を床につけて。


「うん、俺、神様を時々見るからね。そんなにザックス男爵夫人、美人に見えない訳だよなあ。神様の美しさとは比べられないじゃん。好みでもないし、中身の良さが顔に現れてもないし。」

うんうん、と納得する竜樹だが、皆、神の美しさに感動して動けなくなっているので、そんな中普通にしている所、やっぱりギフトだけはあるのかもしれない。


「••••••お前は無謀にも、神に美の勝負を挑んだ。負けたのだから、竜樹の言うとおりにおし。」

ボーテ神が微笑むので、未亡人もカーッと顔を赤らめてコクコクと頷いた。


「••••••本当なら呪っても良いのだけど、私が呪うと、ものすごく醜くなってしまうから。この者、魂が汚れているから、顔に出る。これから歳をとるごとに、それなりにどんどん醜い顔になってゆくだろう。自然と。それで良いか?顕現しただけで、他に何もしなくても?竜樹よ。」

ん?って顔をしたのが、またチャーミングなのである。


「充分です、ありがとうございます。そのお姿を拝見出来ただけで、全てがまるっと、収まるのでございます。」

おまけに夫人の未来の顔予想までいただけて、ありがたいです。

ははー。


「••••••うん。私も会えて嬉しかったよ、竜樹。エステ楽しみにしてる!」

ニコッと笑えば、真珠の小さな花が、チラッ、パッと咲いて降るのであった。


ボーテ神様に、エステが必要かな、と竜樹はちょっと思ったが、いやいや、血行を良くしたりリラクゼーションのやつとかをやって貰えば、と思い直して。

スマホにシュルシュルと戻っていくボーテ神を見送った。

ぺたん、と腰を抜かしたザックス男爵未亡人は。

しと、とドレスの裾と床が濡れていき。


あぁ、漏らすほど美しいって、あるんだなぁ。

恐ろしい美しさだった、と竜樹は。お目々をキラキラさせているサンとサンジャックの頭に、手をそっと乗せた。

撫でこ。

メリークリスマスイブ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ザックス男爵夫人をどうこらしめるのかなと思っていましたが、彼女の武器である『美しさ』で倒す形になりましたか。 竜樹の周りは心の美しい人が多くいますし、神様たちとも何回か会ってますから、見せかけの美に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ