ちゃんと祝福
サンジャックが、目をまん丸にして。エレバージュ神様と竜樹を交互に見る。瞳は揺れて、不安気に。
竜樹は、ギュギュッと手を握り返してやると、酒の神に。
「エレバージュ神様の祝福は、お酒で苦労をしなくなりますか?」
サンジャックに、本当の意味での祝福をと、親心。
「うーん、そうだね。私の祝福だから、一生、酒と濃い縁が繋がれた事は確かだね。それから•••。」
ニッコリ笑顔は含みがある。悪気はないのだろうが、何事にも深く、味がありげな神様なのだ。
少し遠目で、ノンアルエールの試飲販売のお姉さんが。素敵なおじ様風エレバージュ神様が目を惹き、何を話しているかは聞こえていなかったけどポポっと見ていた。所に、お客さんが来て、はっと。
「いらっしゃいま•••!!」
ピタ、と首筋にフォークを突きつけられ。
キャァアア!
叫んだのは誰だったろう。
「うるせえ!静かにしゃがれ!テメェら、ひっく、のんあるだぁ!?酒だと思って飲みゃあっ、女房の野郎俺を騙しやがった!こんなもん売ってんじゃねえ!ひっく、うぅ〜。」
酔っ払いのオヤジである。服は新しそうなのに、着崩れてヨレヨレで。近づけずに、痩せた奥さんらしき人がハラハラ。
「アンタッ!やめて、やめてちょうだい!酔っ払ってんのにも程があるわよ、危ないわ!」
マルサがムッ、と厳しい顔をして、サッと周りに目を巡らせる。優秀、すぅ〜、と衛兵さんが集まってきて、慌てて避けたり駆け出すお客さん達を誘導、背に庇い。
「俺はぁ!気にいらねぇ!ヒクッ、のんあるってやつ、全部、捨てろ捨てろ!!ほら、姉ちゃんがどうなってもいいのかヨォ!」
酔っ払って手元がブレブレで危ない。首をぐるりと抱き込まれて、机を挟んで前に腰を折ったお姉さんは、ヒワワワ、と青い顔、震える事さえ出来ない。
エレバージュ神様は、それを、微笑したまま見ていた。神なれば何とでも出来るだろうが、それをしないで静観、つまり人が始末をつけられるだろう、とお思いなのだ。
サンジャックも、顔色をサーっと青ざめさせ、はく、と、お口を開けて。ふる、ふる、顔を振った。掠れ声が、小さく落ちる。
「お、おれ。お酒のえん、いらない!あんな風になりたくない!」
竜樹とーさの腹にぎゅうむと鼻を埋めた。
「え?」
たらり。エレバージュ神様、ちょっと焦った表情。腰を折ってサンジャックに。
「神の祝福だよ?珍しいんだよ?あの、あのね、ちゃんといい事が、あっ、あっ、あああ〜泣かないで大丈夫大丈夫、少し脅かしてしまったね、ごめんごめん。あぁ〜私、結構大人には好かれるんだけど、人の小さな子達には、何だかあまり上手く出来なくて•••。」
アワワワ、と。フォークを持った酔っ払いにじゃなくて。瞳をゆらゆら涙に濡らし、竜樹とーさのシャツをぎゅむと握って俯くサンジャックに、エレバージュ神様は慌てて、シュン。ガクリ。とほほ。
「竜樹•••どういう祝福なら、人の子、サンジャックは喜んでくれるかな?」
素敵なおじ様神の、上目遣いなど、なんとレアな事だろう。
ん〜、そうですねぇ〜。と竜樹が苦笑していると、フォーク持ちお姉さんを人質にとった酔っ払いの包囲網は、段々に狭まっている。
マルサはススッと竜樹の後ろから酔っ払いの脇に、死角を辿って。いの一番、ギュン!とフォークを持った手を押さえると、衛兵さん達がワッ!と寄ってたかって押さえ、縛り、机に突っ伏させて。
「マルサ殿下、指揮すべき方が、現場で突撃しないで下さい。」
「ワリィワリィ。早く捕まえてやらないと、売り子の娘も、奥さんも、可哀想だと思ったらさ。」
衛兵の纏め役な感じの人に、注意されてるマルサである。
「お〜い、酔い醒まし係いるか〜。」
酔っ払い捕縛を確かめて、サンジャックは、ふぅ、と息を吐いた。竜樹は腹に抱き込んで、ぽむぽむとしてやる。サンも机の下から潜って、パッと竜樹とーさにしがみついている。
「よしよし、サンジャック、サン。怖かったな。大丈夫、大丈夫。ここには神様もいるし、マルサだって衛兵さん達だっているし、あの酔っ払いの人だって、すぐ強制的にアルコール抜かれちゃうんだ。きっと、醒めたら、ヒェッとなるんじゃない?」
タタタ、と酔い醒まし係、の緑の腕章を着けた紺の衛兵服の女性が、必死な顔で走ってくる。押さえ込まれ、ぎゃーわー叫んでいる酔っ払いの所で、はあ、ふう、と息を整え、水筒が掛かって揺れている胸に手、とんとんしてコホンと咳き込んだ。衛兵服は着ているけれど、ちみっこくて、まるで身体を鍛えている風はない。
そして、やっと、手を酔っ払いの背中に翳して。
「良いですかぁ〜?身体の中のアルコール、全て抜きますよぉ〜。お話はそれから伺いますからねぇ〜。」
音も無く。
水筒の蓋を、片手でキュポ、と開け、その上で。翳していた手をくっ、と握ると、多分、分離したアルコールが付いてくるのだろう、拳から透明な液が滴って、水筒に落ちてゆく。
アルコールで手が荒れるだろうな、と竜樹は見ながら思った。
自分がバーニー君達と、必要だとして配置してもらった、沢山の分離魔法使い、酔い醒まし係達。今も会場のあらゆる場所で、アルコール分離し走っているだろう。その奮闘に応えるべく、今度良いハンドクリームかなんかを支給しよう、と決めていると。
「あぁ〜、ああなっては、酒の美味さも、酔いの楽しさも何もないのだよなぁ。分離して出たものは味も素っ気もないし、酔い醒ましを分離で実現するだなんて、竜樹はまた、面白い事をする。」
エレバージュ神様が、ふうむと感心している。そして。
「サンジャック、酒飲みが、怖いかい?」
少し悲しげに。
「こわ、こわい、やだ。」
「こわいー。サンのぼうけんしゃのフォルスおとーさ、おさけのんだけど、あんなあばれなかったよ。」
涙で瞳が光るサンジャック、だけじゃなくて、サンまで、むぷん!とお酒の神に否を言う。
「う〜ん。でもね、私は、お酒の祝福、サンジャックにあげたかったのだよね。祝福を貰わずに、お酒と縁を切って、飲まない触らないと拒絶して生きる事もできただろうけど•••ノンアルを飲んでみて竜樹達のやり方を見て、一歩先にゆける、そんな道を残してみたかった。」
まあ、お酒を嫌ってほしくない気持ちも、多くあったのだけど、と。
「サンジャックは、今のままでは、お酒の嫌な面しか味わっていないのですものね。」
竜樹が、サンジャックとサンを、撫で撫でしながらしみじみ言えば、うんうん、と頷く神。
「なかなか良いものなんだよ、サンジャック。飲み方次第なんだ。君の人生は、ワインに例えれば、葡萄の酸っぱい渋い所しか、味わっていないんだ。神なればこそ、君の人生がこれからああなるこうなる、と軽々しくは言えないけれど。」
サンジャックは、暗い目をして竜樹とーさの腹に片頬を埋めたままだ。
「エレバージュ神様。未来は分からねど、お酒の神の祝福ですから、サンジャックは。」
ぽん、と小さな肩に手を置き。
「お酒をたまに飲んだとしても、飲み続けたりしてコントロール出来なくは、ならない。元親父さんのようには、ならない。お酒に強く、分解する力が強いでしょう。ね、そんな祝福ですよね。」
片目をパチン。ショボ、ショボ。
むふふ、と笑う竜樹の瞬きに。
ん?ん!んんん!と喜色を浮かべる神。うんうん、コクコク。
「ああ、そうなるな!あのようには、けっしてならないぞ。何せ、お酒の神の祝福であるから!酒と親しんで、悪いようにはなるまいよ!」
「ならないって、サンジャック。良かったね。」
ニッコリニコリ。
アルコール依存症の親を持つ子が、成長しながら思う恐れとは、自分もあんな風にならないか、だろう。先ほども、あんな風になりたくない、と心の叫び、サンジャック。
ああならない、という決意と、ああなったらどうしよう、という、冷えびえとした不安。普通の飲み会でも、お祝いの乾杯でも、一歩引いて、影のように付き纏う、傷が齎す懸念。それも人生の一部分、渋みだ。
うまし時も過ごして、熟して絶妙で深い味の人生となり得る。そのはずだ。
人生の渋みが、強すぎてしまわないように。
そんな祝福で、あれ!
「サンジャックは、子供です。酸っぱさ、渋みは、もう充分ですよね。まだまだ、お子様ワインで良いんです。これからは、周りの大人に安心して甘えて、段々ゆっくり大人になって。」
「あぁ、そうであるね。甘みが必要だ!」
エレバージュ神様の笑みは、サンジャックに注がれて、腰を折ったまま。ん、ん?どうかな?と期待のこもった眼差しである。
サンが、お子様ワインの瓶を見て、サンジャックにいちゃを見る。
にいちゃ、おこさまワイン?
サンジャックも、ゆっくり竜樹とーさの顔を見上げて、少し、気が向いてきたか、血の気が戻り、ぷふ、と鼻から息を吹いた。
「大人になった時、どうしてもお酒に縁があるなら、そこから考えたので良いじゃない?ソムリエ、お酒の目利きさんなんてやっても良いし。お酒の怖さを伝える、研究者になっても良いし。お酒を造る、売る、バーテンダーをやる。何にも関係ない将来にするのもアリだし。何せ未来は、決まってないから。」
「関係ないこと、していいの?」
恐る恐るの言葉に、しっかりたふたふ、背中を叩いてやる。
「良いさ。だって、サンジャック、今はお酒が怖いのに、無理に好きにならなきゃ、ってなったら、苦しいでしょう。まあ、でもね、酒場を放浪してる職業の人もいるしねぇ。美味しく飲むのを、テレビで放送して、それでお金貰ってるんだよ。色々いるな、って、もっと、とーさと一緒に安心な所で休んでから、自分が知りたくなったとしたら、その時に自然に知ればいいんだよ。」
「酒場を放浪する番組•••!」
うん、見せます、見せますからね。落ち着いて、エレバージュ神様。
竜樹がアイコンタクトを送る。
「無理をして、今、お酒を受け入れようとしなくていいんだ。子供なんだから。ねえ、エレバージュ神様、お酒って寝かせたりするでしょう。熟してナンボ、時間が必要です。気を長くもって、うまし人生に。」
「あぁ、あぁ、そうだとも!サンジャック、無理する事はないよ。私の祝福は、ちゃんと祝福だから!竜樹のところで、一番良い所で、ゆっくりゆっくり、大人におなり。」
くしゃり、と御手がサンジャックの髪をかき混ぜて。
はい、と小さく返事をしたサンジャックは、ふーと安心して、やっとの気持ちで。複雑を飲み込んで、お酒の神様に、ちょこんと頭を下げたのだった。
「サンもとーさといっしょ!おとななるー!」
はーいと元気にお手てを上げる。
「ウンウン。サンも、サンジャックも、竜樹とーさと一緒だなぁ。」




