バレてる
シトロンちゃんは、『おにぎり・まんまや』の中にドアを開けて入った。
お店は、握りたてのおにぎりをカウンター席で食べられるので、八百屋さんみたいにオープンな店舗ではない。まあ、オープンだったらとっくに、求婚男子吟遊詩人ノートと、にわか撮影隊達、そしてスーリール達ニュース隊は、わちゃわちゃ店の前で何やってんの、って事になるだろう。
前に飲食店だった場所を、改装して開いたので、壁はクリーム色が少しくすんでいるが。とても丁寧に清掃されていて、カウンターの白木も、近づけば爽やかな良い木の匂いをさせている。
そしてカウンターの中は、透明なケースの中、時止めの壺達に、美味しそうなおにぎりの具がズラリ。煮卵、焼き魚、魚卵、ピリ辛な葉の漬物、海老の天ぷら、肉そぼろ。他にも色々、それを見ながら、選んで握ってもらえる。
カウンターの中には、白茶斑三角猫お耳の、背の低いお姉さん。三角巾バンダナをズレないようにピンで止めた、ボブカット、ふわっとした優しいマロン色が明るくて。黒茶飴のまん丸瞳が、きらりくりくりっと。
何故だか、緊張した顔で、白いエプロンをつけた胸の前で、ぐっと拳を握っている。眉が柔らかく曲線を描いて、親しみやすそう。きっとこのお姉さんが、マオさん。
そしてその隣で、あーこっちのお胸がぽよんな、キリッと美人顔の、背の高いお姉さんが、豹獣人のミオンさん。なぜか何故だか?半目になって、シトロンちゃんを睨んでいる。
きっとお父さんの、ちんまり猫獣人おじさんと、ミオンの未来形であろう、少し皺が見え始めたか、豹獣人のスラリお母さん。2人とも、三角巾バンダナから出たお耳がそれぞれ、ぴこぴこピッコリして、満面笑顔でニコニコだ。
因みに、この小ちゃいお父さんが工事仕事で家族を養っていた大黒柱であった。見えないが。しなやかな身体を生かして、いわゆる鳶職。肩を怪我して、腕が上がらなくなり肉体労働は引退したのだ。
ニッコリ!
どんな雰囲気の所でも、まずは笑顔で愛想良く!を実践する、天才吟遊詩人少女シトロンちゃん。お店飛び込みには慣れている。
「こんにちは!私はシトロンって言います。お姉さんが、マオお姉さんですか?」
「は、ははは、はい!私がマオです!」
肩をビクッとさせて、マオが耳をきゅわ、っきゅわー!と左右に開いて閉じて、瞳が揺れて。ふすー!と荒い息。
何でこんなに緊張しているんだろう?
とシトロンちゃんが思いつつ、マオを店の前に連れ出そうと口をパク、開いた時。
『頼む•••頼むマオ•••結婚しても良いわよ、って言ってくれぇ。』
聞き慣れた声が、高い位置から。
あ。
お店に、テレビが、ある、ね。
まんまや前で、もだもだしているノート達の様子が、筒抜けだった模様。
「え〜と。マオお姉さん、分かっちゃったとは思うけど。」
ふ、ふゅん。
とマオは鼻から息を吐きながらシトロンちゃんに頷いた。
「の、ノートったら、ったら!」
ニャア!
お顔を真っ赤にして、両手で覆い、俯く恥ずかしがりのマオである。
あー、でもこの様子なら、ノートお兄さんは上手い事いきそうだな。と思ったシトロンちゃんは、任務を遂行すべく。
「マオお姉さん。ノートお兄さんが、話があるって。お店の前にいるから、少しだけお時間下さいな。」
「嫌です。忙しいので。」
「ミオン!?ば、ばか!シ、シトロンちゃん、大丈夫よ、行くわ。行きます!」
バシッ!とマオ姉が、不機嫌そうなミオン妹の腕を叩いて、焦って了承。
「やったね、マオ!」
「待ってたもんね、マオ!お店の事は気にせず、ゆっくり話をしてらっしゃい!」
お父さんお母さんは、イェイェイ、ふーふー!とノリノリで見送ってくれた。ミオン妹は、腕組みで、すーふ、と不服な鼻息であったが。
お店を出ると、何故か遠い目になっているノートが、出て来たマオを見て、カカッと真っ赤になった。それを見たマオも、猫耳がふ、ふふ、と震えて真っ赤なほっぺになっている。
「連れて来たよ!ノートお兄さん!花束預かるよ!」
「う、うん。うん。」
しーん。
俯いて、向き合った恋人同士は、何を言ったもんだか、きっかけが掴めずに。ぽぽぽと赤くなって、ちら、ちらっとお互いを見ては恥ずかしそうに。
「ノート、ほら、歌だろ、歌!」
「いけ!やれ!男を見せろ!」
うるさい外野だが、今は勢いに必要かも。う、う、とノートは唸り。何とか勇気を振り絞って。
「そ、そ、その、マオ。忙しいとこ、悪かったな。」
「う、う、ううん。その、ノートこそ、今稼ぎ時でしょ。優勝したんだもん、今日は街でいっぱい聞いてもらえるね!だ、大丈夫なの、会いに来てくれて、えっと、あっ!優勝おめでとう!すごいね!テレビで見てたよ!」
勢いよく喋ったマオは。
「あーっ、会いに来てくれたの嬉しいんだよ!?えーっと、そうじゃなくて、あのね!あの、あの•••。」
あたふたして、あっちこっちに目を遣り手を振り、次第に黙って、しゅ〜ん、としてしまった。
ノートは、黙ってカチコチになっていたが、一方が焦ると、もう一方は何となく落ち着くものである。
(マオ、可愛いな。)
俯いて上気した耳、背が低いので旋毛が見える。首が女性らしく滑らかに肩に繋がり、たまたま触れた事があるから知っている、ふに、と柔らかな、ノートに比べて確かに細い二の腕を、ああ、抱いていたい。
三角巾、エプロンが似合っている。笑顔でくるくる働く。
「マオ、マオに歌を作ってきたんだ。」
「•••歌?」
ノートは、マオの、胸の前でグニグニ強く握っていた手を取って、両手で温めるようにした。まだ外気は、朝でも思ったほど寒くないけれど。寄り添いあいたい、その気持ちそのままに。
ぽぽぽ、とまた赤くなったマオが、きゅ、と鼻を鳴らして、ノートをくりくり目で見た。
「聞いてくれる?」
「う、うん。」
歌となれば吟遊詩人、ノートはプロである。だが、今日このステージは、一生に一度きり。キリリ、と気持ち引き締めた後、ふぅ〜、と息を吐いて、背負っていたリュートを肩から外し、すっ といつもの弾き語りのスタイルに。
吟遊詩人は旅をする
歌って 歌って
帰るは愛する人のもと
会いたいあの子と
会えない時間
思うは彼女の事ばかり
マオは、ビクン!と肩を揺らす。
みるみるうちに瞳が潤んでくる。




