ナンニモ、タクランデ、ナイデスヨ
そわそわ。
呪いは無事に返された。
となれば、歌い手達への報酬である所の、ミュジーク神様からの祝福ーーーそれがあれば、きっと一生、幸福に音楽で食べていける運が付くーーーが、誰のものになるかに、皆で胸をドギマギさせつつ。
ミュジーク神様が最初から言っていたように、歌が1番に上手い、という基準でもないのだろう。
1番に、と言っても、これだけ歌声もキャラクターも、歌の傾向も違う出演者達の中で、人の審査員、観客席でさえ、票が割れたのだ。
その人その人で、この歌い手さんが素敵だな、が違うのだ。神様の選択肢が、多数決だった、というのも、ちょっと思い難い。
ミュジーク神様は、くすす、と笑って、ふわふわ浮かんだお姿、衣を腕に絡め。
『皆、誰が祝福を得るか、待ちかねているようだね?うんうん、呪いを解くに値する歌を歌った者はーーー。』
こくん。
誰かが唾を飲み込む音。
『迷うんだよね〜。だって、やっぱり金の優勝を獲った吟遊詩人ノートは、良いよね。ちょっと引っかかる声も、それが若々しくて魅力的で耳に残ってさぁ。選曲も良かったじゃない?秋の歌の競演会に相応しい、『実りの時に』、歌詞も響きも。祝福するのは1番とは限らないって言ったけど、そこは流石に良い歌は、良いじゃん?ーーー2番の銀のアマンドも、しっかり掠れない高音と、ふくよかな並の声が、滑らかで、乙女らしい初恋の曲と相まって、麗しの名に恥じないねぇ。』
評価を受けた2人が、感激してうるうると、ミュジーク神様を見上げて胸に手、唇をむぐむぐ震わせる。
観客席も、神様の評に、誰一人として帰る事など思いもつかず、うんうん!と神のお言葉を受ける。
『3番、銅のドゥアーはさぁ、またこれも悩みどころでねぇ。歌はさ、まだまだ未熟だよ、でも、それが良い!揺らぎのある、完璧じゃない、この先の成長を感じさせる、危うさ脆さがあって、そしてそれが聞く者の心を鷲掴みにするんだよ。』
ザ・アーティストな髪型にサングラスの吟遊詩人ドゥアーも、ギュッと両手を握って、真剣に評価を聞いている。
神は衣を絡めた腕から放し、頬の両方に手を当てて、ふわぁと盛り上がり。イヤンイヤンとばかり、身を捩りお髪を衣を振る。
『夢も良いじゃな〜い!音楽映像カセットに、音楽都市の構想、素晴らしい!音楽学校に、録画録音スタジオ、きっと楽器店も集まってくるし、コンサートをやる会場だって大小幾つも出来てくる、聴衆も育つよね?その都市の人達が、音楽に携わり、愛し、音楽を育て、また音楽の中で生まれて生きる。そんな夢の都市••••••私が応援しなくて、どうするっていうんだい!』
「あー、ミュジーク神様は、この話きっと大好きだろうな、って思いました。」
竜樹が、タハー、ニハハと嬉しそうな顔で笑う。
「それで結局、どうされるんです?」
うーん。
『•••他の歌い手達もねぇ、良かったんだよ。そりゃあ、順位をつければつくし、少しずつ足りなさはある。老年に差し掛かった吟遊詩人エキュメは哲学的で、年輪を感じさせるが溌剌さは若い者に及ばない、派手さはない、だが、声も似合って渋さが光る!深い!とかね。優劣はあるよ。聞けば、分かる。だが、どの歌い手達も、•••良かったんだよなぁ。』
うーん、うーん。腕組み考え込む。
「まぁ、誰か1人にやるよ、と決めておっしゃった訳では、ありませんでしたよね。ミュジーク神様は。」
ムフン、と竜樹は、ショボショボ目で、キャリコ少年の頭を撫でながら、片手を後ろに回して、ナンニモ、タクランデ、ナイデスヨ、のポーズをとる。
ん?んん?
ニンマリしながら、ミュジーク神様が片目を瞑ってチラリと見る。
「世の中にどれほど、歌い手がいましょうか。この、歌の競演会に出場するにあたって、予選を行いましたが、落ちた者も多く、その中で本番で歌えた者は、ほんの一握りなんですよね。来年も、開催して、きっと今度は出場したい。ーーーそんな歌い手達が、羨ましくなるような者が、ここの、ステージに立っている、歌い手達なんですよ。」
ふん、ふん?
『それでそれで?』
「この上、出場者達の多くが、祝福を得られたならーーーまあ、そうなったとして、それは一握りであり、またミュジーク神様の、特別な!特別な、またとない、今回限りのお計らいでしょうが!」
ふん、ふんふん?
『だよねだよね、そうだったとしたら、大盤振る舞いは、今回限りの、特別。だよね!』
うむうむ、と腕を後ろにしたまま、竜樹は、一歩、二歩、と足を進め、また下がる。名探偵は何故歩きながら推理するのであろうか。
いや、竜樹は探偵でもないし、推理もしてないが。ただ、歩きながら話すと、リズムが良いのは確かだ。説得力を増すtipsか。
「ええ、ええ。来年の出場者候補達は、今度こそ自分も、ミュジーク神様のお目に留まりたいと、切磋琢磨する事になるのでは?だって皆、音楽を愛しているのですものね。それに、仮に、仮にですよ、今回多くの出場者に祝福したとして。ミュジーク神様の祝福は、音楽で大金持ちになる、だとか、高名になって人に誉めそやされる、だとかな訳じゃない。本人が音楽で、どんな状況でも、貧しくとも、細々とでも、まぁ人によっては裕福にでもありましょうが、兎に角。何事にも拘らずに、ただ、食べていけて。そして、音楽をしていくことを、幸福だと感じられるーーー多分きっと、音楽に携わる者が、心の芯で一番シンプルに欲しい祝福であろうか、と思います。そして、他に悪い影響をほとんど及ぼす事がないのではないか。況してや、音楽にとって、それは幸いとなるのでは、ないか?」
音楽を、幸せにやっていける人が増えるという事は。
うん、うーん、うんうん。
ミュジーク神様は、深く頷く。
竜樹は、もう一声か、と押してみる。
「じゃないです?•••ご参考までに、竜樹が愚考致しますれば、ミュジーク神様。やっちゃえ、やっちゃえ!という、迷いをうっちゃって、決断に勢いをつける言葉も、ございますよー。」
(や、やっちゃえ、やっちゃえ!?)
関係者席で、恐れ控えて聞いていたファヴール教皇は、何と、神に何たる言葉を!と慄くのであったが、誰にもそれは伝わらない。
「やっちゃえ!」
「やったれ!」
「やった?」
3王子もワクワク、お手てを口に当てて、団子になっている。
『うん•••。』
悩ましく色っぽく。だが。
『だよね?だよねー?!••••••私が今年の出場者全員に、祝福した所で、なーんにも悪い事、いっこもないよね?まあ神の力を乱発するのは良くないんだけど、今年は、初めての歌の競演会だしぃ。私、1人だけに祝福する、なんて言ってないもんね!』
「はい、そうですとも!」
竜樹は、迷ってる風だったけど、言って欲しい事を言って背中を押してあげる、をやった!のである。
その結果。
『分かった!今回限りの特別なんだからね!このステージの歌い手、全員に、私、ミュジーク神からの祝福を授けよう!』
バーン!
シャラリーン♪と音楽が鳴って、歌い手達が飛び上がって、ひゃっほ〜い!
光と、黄金と見紛う小花降る降る。
うわぁ!ステージは華やかに、かの神のように、絢爛豪華な演出に包まれた。
バニラの香りのするコーヒー、美味しいですね。




