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王子様を放送します  作者: 竹 美津
本編

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504/692

胸一杯に歌い尽くして


ドゥアーは、1つ1つ言葉を置くように。

丁寧に、そして切なく歌う。



もう戻らないと出た故郷

駆け出しの吟遊詩人は世の中の

厳しい洗礼を受ける

親切な人もいるが

冷たい人も

まだ魅力の足らない彼は

人々の目に止まらない

素知らぬ顔の 知らぬ顔


逃げるように帰った故郷は

心の中にあったまま

さりげなく

厳しくもあり

温かくもあり


祭りの歌が聞こえてくる

ああ あの歌

涙溢れるのは何故だろう

この歌で育った

この地に育った

この人達の中で 優しく育った


忘れられない 故郷の歌

この歌ある限り

どこに行っても大丈夫

また行って 帰ってくるよ

祭りの歌を 今度は歌いに

聞いておくれよ

故郷の人よ


•••••••



若者はいつか、巣を飛び立つもの。

そして成長して、帰ってきたなら、それは望外の喜び。

彼は自分の心を歌にして、精一杯に、リュートを少ない音で、ゆっくり、トゥルリ、トゥルリら、と爪弾いた。

予定していた歌ではない。オーケストラには頼まない、素朴な、一途な、青年の声、今の飾らない自分の歌だった。


大きな息子がいるような、顔に皺も出来始めた親父や、その奥さんが、グスッと涙ぐみながら聞いている。若者が、男女とも、それは自分に降りかかる未来ではないかのように、人ごととして、そんな事もあるんだねぇと同じ切ない気持ちになって顔を揺らし。あるいは、置いてきた故郷を胸に、神妙に耳をすませ、心掻きむしられて。

子供達は、そんな大人達を目に、ただどこか甘やかなその音楽に、トゥルー♪とお口を合わせて気分を乗せた。


夢みて巣立つ者が、全て成功するとは限らない。

時には故郷に帰り、傷を癒やし、また第二の出発をもって、深みをもったその心で、人と触れ合い、何かを育む。

失神するほど緊張したステージに、また再び、立つ。

今度は、人に助けてもらいながら。



歌い終わって、しん、となった会場に、ロン、ロン、ロンと最後のリュートの音がいつまでも響いている。



「•••果敢に歌ってくれました、今度は成功、ですね!故郷もご自身も、これからの夢が一杯、吟遊詩人ドゥアーさんでした!」


「ありがとう、ございました。」


大きな大きな拍手が、歌い終え、息をフーッと吐いた彼を包んだ。


やはり故郷を出て嫁にきた、望郷の思いをどこかに抱え、ハンカチで涙を抑えるマルグリット王妃に、賞を。胸にブローチつけてもらって、審査員にもこれからが楽しみな青年と声をかけられ、無事にステージでお辞儀をした。

益々の拍手、拍手。

会場のお父様、エール子爵ブリックは号泣して、妻のイーグレットに背中を撫でられて。



感化され、盛り上がり、午後の出場者達は、またそれぞれに思いの丈を込めて、司会のパージュさんと掛け合いながら1人、1人と個性的に歌を歌ってゆく。


秋の日は釣瓶落とし。

次第に夕暮れて、灯が会場に、出店通りに、光を並べてゆく。

途中でお昼寝ができなかったニリヤは、くしくしとお顔を時々擦っていたけれど、良い子に王族審査員を勤め、欠伸もせずに3王子、ブローチを出場者に届けた。


子虎のエンリちゃんと、子熊のカルタム、子兎のルルンは、おねむの時間は虎侍女スープルに、ルムトン副隊長とステュー隊長、3人それぞれに抱っこされて、大音響のままでも我関せず、お背中とん、とん、すーく、すーく、とねんねをして。起きてちゃんと、応援の拍手でふんふんとお歌を楽しんで。


最後の出場者が歌い終わった。


「ありがとうございました!•••さて!それではこれから、審査員による金の優勝者、銀の準優勝、銅の3番賞を決める審査が行われます。」


パージュさんが、誰になるかな?とでも言うように、会場をぐるりと眺めて、間を取って。


「会場の皆様には、投票メダルつき記念の腕輪の販売が始まります。会場エントランスの腕輪販売ブースへ、皆様よろしかったら足をお伸ばし下さい。投票は、会場内のステージ前へどうぞ!歌い手さんの写真と名前のついた箱がありますから、どなた様もお間違えなく、投票していただけると思います。」


さあ、では、審査、はじめま〜す!


ざわざわ、と席を立って移動しはじめる観客達。

ステージには。


すすすすす。


ニヤリとした、何でも実現バーニー君が、マイクを持ってステージに。

パァ!と片手を広げて。


「さぁて皆さん!投票が終わった方から参加できる、『ハグしようあの歌い手と!どんけつ相撲でハッケヨイのドン!』のコーナーですよ!」


竜樹が、話、聞いてないよ!と口をあんぐりしていると、バーニー君は視線をいたずらっぽく投げて、くふふ、と笑った。何という企みか。


「憧れの、あの人!素敵なあのお方!素晴らしい歌を届けてくれた歌い手さん達と、どんけつ相撲で1人勝ち抜けば、握手。2人勝ち抜けば、ハグができます!ハグは、軽く、友愛を持って願いますよ!女性の歌い手さんもいますから、いやらしい目的の不埒な方は、ポコ殴りにして叩き出します!」


ステージにはスタッフ達が。新聞寮でどんけつ相撲をやった時の円柱のクッションを置き、その周りに、倒れたりの怪我防止、ふかふかお布団を敷き詰め始めた。


「どんけつ、でつ!エンリもやったでつよね!」

子虎エンリちゃんは、ふわ!ニコッとしてお手てをばんざーい、した。チームワイルドウルフ達、ちょっと疲れが出てきていたけれど、俄かに盛り上がる。


「おお!そこのお嬢様、投票終えられましたか?ありがとうございます!じゃあ、どんけつ参加しませんか!上がって上がって、ーーーはいお名前教えて下さいー。」

ピンクの石の記念腕輪をした、貴族のお嬢様をバーニー君が指名する。呼ばれて、キャ!と嬉し恥ずかし応える、金茶のふわふわ髪の女性は、胸の前で手を組んでドキドキ、といったようにステージに上がってくる。

「あの、フロマージュです。」


「フロマージュ様。ご贔屓の歌い手さんは誰ですか?」

「あの、あの、吟遊詩人の、ノートさんです!」


おおお、ノート。やったね!

ステージ上に集められた出場者達の中から、今日は歌い始めに、歌を作ろうでも伴奏のリュートと、大活躍したノート青年が、ニコニコりん!と笑って胸に手を当てる。


「さあ、ここでは身分であれこれは無粋ですよ、フロマージュ様とトゥーシェ様のどんけつ勝負。はい、どーんけつ相撲でハッケヨイのドン!ドン!ドーン!」


チームワイルドウルフ達が、おはやし手を叩いて、ハッケヨイのドン!ドン!と笑っている。つられて周りも、ドン!


男女入り乱れてどんけつ相撲。

キャアキャア!と嬉しそうな笑い声に、2連勝しハグしてもらって嬉しそうなフロマージュ様。続々と投票済みの、記念腕輪を持った人々が、どんけつに参加する。

ひとしきり貴族の、主に女性、そして時々青年が参加して、おじさまおばさま、おじいさまおばあさま達は、ほんわりニコニコとそれを笑って(中には本気で勝負に燃えて応援しつつ)温かく。


「はーい、ここからは平民の方達にもチャンスがありまーす!」


と平民席からも呼んで、おずおずと参加した、歌い手ファンの老若男女で盛り上がって、ファンサービス。ハグは恐れ多い、としながらも、平民でも貴族の歌い手さんに握手をねだる者も多くいて。

してもらった平民観客も、ねだられた貴族の歌い手も、とても嬉しそうに。一言、二言、素晴らしかったです!や、素敵で忘れられません!など交流して、審査で緊張する事もなく和やかに。


そしてバーニー君の目論見通りに記念腕輪の売り上げも爆上がり。

ニヤリである。


「流石商人の家の息子、バーニー君。」

竜樹が、どんけつ相撲に、少し気持ちが動いて、うず、手がピクピク、としている感情育ち中のキャリコ少年と。席で呆れ笑いしながら。


「記念腕輪の売り上げを、随分心配していましたからね。竜樹様が、どんけつ相撲をやるのを見ていて、すぐに手配していましたよ。」

お助け侍従タカラが、うんうん、バーニー君はやり手、と頷いた。


1時間とったのは、腕輪販売の時間があるからだが。大勢が動くとなると、テレビやラジオの番組ではまどろっこしくても、現場は大忙しである。その間にチームワイルドウルフ達は、誰が金銀銅だと思う?などとインタビューし、腕輪販売の様子もリポートし、実際に買って投票もやってみせ、ちゃんと番組を繋いだ。


子虎エンリちゃん、子熊カルタム、子兎ルルンも、ルムトン副隊長とステュー隊長に抱えてもらって、各々好きな歌い手さん投票箱に、メダルを入れられた。


1時間が30分延びて、それでも会場の観客達は帰ったりせず、夕飯を出店で買ってきたりして各々ゆったりと楽しみ、開票を待っている。

バーニー君がどんけつ相撲を締めて、ステージの大道具がはける。


席を外していた司会のパージュさんが定位置に。

そしてハルサ王様、マルグリット王妃様、バラン王兄殿下、オランネージュ王子、ネクター王子、ニリヤ王子、審査員のアプロディスおじ様とシュショテ夫人が戻ってくる。


出場者が、ステージ上の奥に一列に並んで控えて、スッと緊張。

パァアアアア、と魔道具ライトが出場者をスポットで照らす。皆、充実した、やりきった顔をしている。


パージュさんの所に、審査員の審査結果が、カードとなって運ばれてくる。


「審査員は、お一人メダル100枚分の票を、好きな風に振り分けて、推薦したい歌い手さんを推します。そして、皆さんが投票した、それぞれの箱の重さを測りますと、中に何枚入っているか分かります。2つを足して、結果を、発表致します。」


スタッフが、長く台を出場者の前に設置する。審査員の審査結果を、本物のメダルの量で、アシスタント嬢がトレイに載せて運んでくる。


「多い順に発表します。審査員メダル獲得数。吟遊詩人ノート、126枚!」


ノートの前に、メダル126枚が置かれた。ノートは胸一杯に、クシャ、と胸のブローチごと上着を掴んで、ふ、ふ、と上気した息を逃した。

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