熱い心で気象風船を
「そうなんだぁ。お仕事は、嫌じゃないんだね。でも、嫌じゃない、て事は、好きでもない?」
竜樹様は、本当に聞き上手だった。
普段は愚痴を聞く係みたいになっているトレモロからも、すらりすらりと、気持ちの澱の、底をひっくり返して、あれこれ。軽く魔法院の日常の面白い話から入って、プライベートな家族の事、仕事の事など、話は変わりながら。
「事務、好きなとこもあります。空気砲の、誰も傷つけない所、結構気に入ってる。役に立たないけど。そんなとこも含めて、私に似合ってるかな、って。」
「うん、うん。俺も事務してたし、分かる。それに、トレモロさんは、誰も傷つけない魔法が気に入ってる、っての、俺も嬉しい。」
へへへ。へへ。
竜樹様は言葉をせっつかない。
待ってくれる。
だから、言ってしまいたくなる。
「でもね、でも。」
トレモロは、く、と拳を握る。
「私だって、仕事に熱く燃えて、何かを追いかけるような、精一杯やり甲斐を感じてコツコツと、だけどワクワク心走り続けるような。そんな風に、やってみたい。今の仕事は安定していて、ちゃんとやっただけ小さな達成感もあるし、不満はないのだけど。」
トレモロは、ロワズィ達みたいに、魔法バカ達みたいに。
一つの事に、燃えてみたいんだ。
「安定してる、ってそれだけで、奇跡のような、貴重な事でもあるよね。でも、足りないんだね。•••それは、どうしてだと思いますか?」
竜樹は研究室のボロい椅子に座って、両手でお茶カップをほんわり持って啜りながら。
トレモロも、コクンと喉をお茶で湿らせて。
「だって、楽しそうですよ。やるべき事を見つけた人って。本当、楽しそう•••。それを、すぐ側で、毎日見ているんだもの•••。」
ロワズィなんて、魔法の事ばっかりで、書類は書けないし、お風呂も入らないし、食事も適当で生活も破綻してるし、歩いてて、ハッと何かメモしたりして転んだりするし。本当に大変そうなんだけど。でも、それでも、心の底から、毎日毎日、楽しそうなんだ。
良いなあ、って、羨ましいし、憧れちゃうんだ。妬ましい、って思えないほど、明らかに才能がないから、底辺から見上げて、キラキラと憧れるばかり。なんだけれど。
「私の魔法は一つだけ。役に立たない空気砲。でも、きっと何かには役立つかな、って、皆の仲間になりたくて、私なりに研究してきました。でも、足りないんだなぁ、ああ、足りないんです。頭も良くないし、事務仕事は出来るけど、満遍なく滞りなく仕事は淡々と回せるけれど、どこも突出してない。それでも手抜きは、しないですけど。」
それをやったら、本当に何やってんだか、分からなくなるから。
「高望み、ですかね。一生を捧げるような、そんな仕事が、してみたい。私みたいな者でも、いつかは。なんてね。」
てへへ、と頭を掻けば、竜樹はテーブルに肘を突いて、頭を手のひらに乗っけた。ショボ、と目を瞬き、ふーす、と息を吐いて。
ポンポン、とトレモロの二の腕を叩く。
「トレモロさん。貴方がやってきた事は、きっとこれから、沢山役に立ちます。仕事の、そんなに面白くない地味な、小さな事を疎かにしない、それって大事な、そして、とても素敵な才能です。でね。賭けてもいい。」
空気砲で気象風船を打ち上げるプロジェクト。天気予報。
きっとトレモロさんの、生涯の仕事になります。
「•••••••••。」
ふく、とトレモロの頬っぺたが膨らんだ。赤く上気する。お茶を飲む。
コクン、と喉を通るのが、やけに生々しく、塊に感じられる。
じ、と竜樹様を見れば、小さな目、閉じた口がほんのり笑っている。
「•••••••••ほ、ほんと、ですか。私でも、わたし、私に任せて、下さる?」
「トレモロさんみたいな、真面目な人に頼みたいです。お天気って、毎日毎日、見ていかなきゃですよ。そういう淡々と続ける、と、熱く開発する、きっと両立します。だってね。」
お天気って、人の生活を、とても左右するでしょう。
「農家の人は、お日様を待ち望んだり、雨を乞い願ったり。時期時期に、どうかな、どうか、と祈るように天を見ます。旅商人は、旅立ち、今日は風が吹くか、雪じゃないか、支度はどうする、向かう地方は変更するのか。嵐に吹かれて生活は傷み、雨で氾濫した水に、命からがら逃げる。時にお天気は、人々の生命を、握っているんですよ。燦々の太陽は、私たちを、活動的にさせてくれる。洗濯物は、乾くかな。毎日、毎日、違う。」
それを、知らせてくれるシステム。
天気予報。
「熱心にならずに、いられないでしょう?」
誰もがそれを、待ち望む。
「わ、私が。それを。」
「はい。トレモロさんが、天気予報を。」
えへへ。へへ。
トレモロは、頭を掻いて、ポワポワ、と熱くなる気持ちを、胸を。
ところで。
「気象風船って、どういうものです?」
風船は、このパシフィストにもある。
これも役に立たない魔法、空気より軽い、匂いも燃えもしないガスを、発生させる魔法があるのである。それを、これは竜樹の世界とも共通、微妙に木は違うらしいが、樹液で作られたゴムの風船に詰めて、子供に向けて売っている。
「役に立たないって言うけど、とんでもないな。気球とか飛行船が作れそうだけどなあ。ガスの量が必要だけど•••。まあ、それは置いといて、風船にカメラをくくりつけますね。結構、雲より上まで飛ぶんですって。宇宙まで撮れますよ、やる気になれば。上で割れて落ちてきちゃうけど。だから、広い場所で、誰かに当たったりしないようにしないと。カメラ、回収しないとですから。毎日上げるんだから、コストもねえ。」
「ずっと撮ってる、テレビのカメラみたいな?それとも写真?」
うーん、それは映像を写真にも出来ましょうよね。
「魔法で、落下を緩やかにできますね。それから、どこに落ちるか、誘導できたらいいな。そんな魔道具できたっけ。ええっと、それって、1つだけ、毎日飛ばす?」
「その辺も分からないんですよね。俺、鑑定魔法で雲の写真見て、天気予報出来ないかな、って思ってるんだけど。」
「それ確認した訳じゃないんですね?そっちの手配も、天気の鑑定技能の熟練も、必要ですしね。あんまり高い所からの写真で小さく陸地が写ってて、分かるのか、それとも細かく割と近く低く何枚も欲しいのか。」
ですですね。
それに、それに。
風船はどんな大きさにしたらいいのか。
空気砲、物をスルンと避けちゃうけど、それをちゃんと、風船を後押しするようにするには。
地方都市とか色々な土地で毎日やるなら、いい広い場所にわざわざ行かなくても、危なくないように確実に街中でもできるように。
どんな風、雨、天候でも、変わらず上げられるように。
風で流されて、位置がズレないように。
トレモロは、段々と熱が入ってきた。口数多く、独り言、メモし出して、竜樹を放って考え出す。その姿は、魔法院の、そこら辺にいる魔法使い達と、全く違わない様子で。
にふふふ、ふ。
竜樹は、本当におかしそうに笑って、お茶を飲み、没頭し始めたトレモロを、のんびり見ていた。
竜樹様は、がっしりとトレモロと握手して帰って行った。
早速行動を開始する。
工夫する事、沢山あるじゃないか。
魔道具の開発部に助けを求めないと、トレモロ一人の力じゃできない。
魔法院の一角、技術屋達が集まる開発部の扉は、これまた細かい芸術的な設計図が貼られてはためき。
「こんにちは〜。」
「トトトレ、トレモロ!ギフトのた、竜樹様ノォ!」
「バカ俺が、俺がやるんだって!何か面白い魔道具!」
「いーや私だね!今仕事が空いてるのは!」
開発部3人衆。1人は女性だが、あまり違いはない。皆ツナギ、指が設計図書き込み魔道具試作で真っ黒だ。
目が点になる。
開発部の長、おやっさんが、ゴホ、ゴホン!と咳払い。醜い争いをしていた魔道具開発職人達が、手を止める。
見習いの少年、テクニカが、ツナギを着て、お茶を淹れた所で、トレイにカップを持ったまま目をキョトンとさせて驚いている。
「竜樹様、話を通しておいてくれたんですね。」
「ああ。詳しくはトレモロに聞けと言われちゃ、俺らは焦らされてそわそわってもんよ。お天気に関係するんだって?」
「それが、こんな風船で。」
おやっさんの机に皆で集まって。見習いのテクニカも、トレイを抱いて、ふんふん、と。紙に要点を図したトレモロの、上手くはなくて鈍臭いけれど、発展の芽をそこら中に秘めたメモを覗き込む。
「風の影響!マジかよ。真っ直ぐ上げて、真っ直ぐ落とすなんてよ!」
「どんな天気でも〜かぁ。」
「やりたいやりたいやりたい!高いとっから街を見てみたいじゃん!」
「あぁうるせぇ。風船のデカさは、空気砲のデカさ勢いにもよるな。空気砲を風船から逸らさないための魔法陣の工夫、こんなのでどうだよ。」
わあわあわぁ。
あれこれ、大きい紙を出してきて、あちこちから手が出て、書き込み、書き込み。
テクニカが、それをジーッと見て。
「風船を空で、一度止めたらどうですか?」
ん?
3人衆+おやっさん+トレモロが、顔をギュッと振ってテクニカ少年を見る。
「あの、あの。映像も写真も、安定して何秒か、空に止まっていた方が、撮れるものが毎日安定するかな、って。風船も、破裂するまで自然に高く上げて待つんじゃなくて、コントロールできたらな、って。」
ふむ。
おやっさんが、腕を組んで、長考。
テクニカは、黙ってトレイをいじっている。
ふむ!
「テクニカ。この気象風船の仕事、お前がやんな!」
「えっ!」
「「「えええぇ〜っ!!??」」」
うるせえうるせえ、と耳の横で手を振って。
「この気象風船の仕事、テクニカなら、最初から専属で、毎日の調整までできんだろ!この仕事にかかりっきりで、しかも目の付け所もいい。勿論未熟だから、俺たちがちょくちょく相談にのる!•••で、我慢しろ!!」
「「「はぁ〜い•••。」」」
「ほ、ほんとに?俺が、この風船の仕事を!?」
テクニカが、パッと目を輝かせて、トレイを胸に抱きしめて、おやっさん、3人衆、トレモロを見る。
トレモロには分かる。
テクニカの今の気持ちは、歩き始めた熱い、自分の気持ちと一緒だって。
「頼むよ、相棒。テクニカ、君が頼りだ。」
手を差し出して、握手。
ふりふり、と振ると、テクニカは、うはっ!と破顔して両手でトレモロのぷくぷくした手を握った。
カラ、カラカラーン!
トレイが落ちても、そんなこと。気になんかしてられないんだ。




